黄昏月拾日目
シノノメの里に到着。雪華、風華、練の姉御が出迎えてくれた。
…出迎えは有難いんだけど、えらく偏った面子だな。関係をもった相手のみとは。
「里の全員で出迎えられたかったかい?」
いや、そんな事はないけど。…雪華、嬉しいのは分かったからいきなり飛びついてくるなって。人が見てるぞ。主に嫉妬している風華が。
「どっちに嫉妬しているのでしょうね? ふふふ、この子ったら、一人で眠る夜にはあなたの名前を呼びながら」
「ね、姉さま!」
それは興味深いお話ですな。
それはそれとして、何かあったのか? 何だか里がざわついてる。あちこちに、武装したモノノフが動き回っている形跡がある。
「ええ…今朝方、新種の鬼が確認されたのです。それも里の近くに」
ほう、新種! 不謹慎ながら、興味深いな。
どんな鬼なんだ? 今までの鬼の中で、似ている鬼は居るか? 数は? 大きさは? 狂暴か?
誰がどうやって見つけたんだ?
「直接接敵したんじゃなくて、遠眼鏡を覗いていたモノノフが偶然見つけたって聞いてるよ。確認した時点では、数は少なくとも小型が10体。その場所に急行したら、既存の鬼には当てはまらない痕跡が散らばっていたんだってさ」
小型が10…結構多いな。自然に集まる数じゃない。統括する個体が居るな。
「かもしれない。そして、それを蹴散らした鬼が居る」
…ん? んん?
「新発見された鬼を調査しに行ったら、そこにはどでかい斬撃の痕が刻まれていたんだと。人間の身の丈程もあるような大太刀で、横一文字、縦三本線で刻まれていた。少なくとも、小型鬼に出来るような事じゃない。フウマみたいな、小型で強力な鬼でもな。しかし、大型鬼の足跡らしいものも見当たらないんだと」
…………ちなみに、それが発見されたのって、いつどの辺りで?
「時刻は明け方、場所はあっちの山の中腹辺りだな」
………一番最初に聞けばよかったが、新種の鬼の外見は?
「人型の顔なし…いわゆる、ノッペラボウそのものなんだそうだ。山の中を集団で歩き回り、よく分からない儀式のような事を延々と行っていたらしい。里に対する呪いでもかけようとしたのかもしれんな」
…お、おう。そいつかどうかは知らんが、俺もちょうどその辺りで野宿をしてたな。思い返せば妙な夢を見たような、微睡んでいる間に妙な気配を感じて太刀を振り抜いたような。
何匹か、夢現に叩き斬ってるかもしれん。
「…は、発見されたのは……10匹以上だそうですから…きっと、もっと、沢山…居ます…」
…そうだね、風華。そう考えるのが普通よね。
どうしよ、無駄に騒がせてしまったようですっごい気まずい…ん?
練の姉御、発見されたのは早朝で、その場には横一文字、縦三本線の痕跡があったんだよな?
「ああ、そうだけど?」
…そうか。
…妙だな、昨晩はあののっぺらミタマ共を狩り尽くす勢いで大暴れしてたけど、そんな傷跡作ったか?
あいつらは好き勝手に動いて…確かに一時的に集まる事はあったけど、同じ場所で4度も腕を振るった覚えはない。少なくとも、アラガミ化した状態で生える、特大ブレードは。
怒りと苛立ちに我を忘れて、記憶が飛んだ? いやそれは無い。苛立たしいことこの上なかったが、クサレイヅチの姿を見てプッツンした時程じゃない。
…本当に、新種の鬼が居るかもしれんな。それも、遊び半分になっているとは言え、回避率と煽り力が無駄に高くて、これでもかと言う程しぶといのっぺらミタマ共を狩れるような鬼が。
おし、その鬼の捜索には俺も一枚噛ませてほしい。…とは言え、先に用事を済ませるのが先か。
雪華、頬擦りも服の中に手を忍ばせるのも止めないから、ちょっと冷静になってくれ」
「……むぅ」
拗ねない拗ねない。やる事全部済ませてからの方が、お楽しみにも力が入るってもんよ。
とりあえず、寒雷の旦那の所に案内してほしい。返礼の品を渡すにしても…。
…と、まず一番最初に言わなきゃいけない事を忘れていたな。
雪華、宝玉の転送のおかげで、物凄く助けられた。おかげで、うちの隊の皆も、ウタカタの里も無事で済んだ。
本当にありがとう。お礼と言っては何だけど、出来る限りの事はする。
「ん?」
「いま」
「できるかぎりのことをするって」
「「「言った?」」」
仲いいね君達。…予防線を張るようで悪いが、出来る限りの事は、だからな!
ウタカタを離れてシノノメで暮らせ、とか言われても困る。
「そこは大丈夫ですよ。そうしてくれたら嬉しいですけど、あなたにも目的があって行動しているのは分かってます。それを邪魔するようなことはしません」
ですが、と雪華は表情を歪ませた。一見すると怜悧、実際に付き合ってみるとフレンドリーな雪華だが、こんなに情欲に歪んだ顔を見られる男は俺だけだ。
「私達、3人に使ってくださいね? 『烙印』」
…ゆ、雪華に使うのは、まぁ構わないというか、ずっと覗いてた時から『私にも』って気配を感じてたから、想定内だけど。
風華と練の姉御にまでか? どういう術なのか理解してんの?
「いや、私は全く。その『烙印』ってのは何なんだい?」
「私は…その、姉さまから、『とても気持ちよくしてくれる、素敵な術です』としか。姉さまも一緒なら、いいかなって…」
練の姉御は至極あっさりと、風華はモゾモゾと体を縮こませて口籠る。しかし、目付に期待が滲み出ているのを自覚しているだろうか。
…まぁ、術を受けるかどうかは、詳しい説明を聞いてからの判断に任せるよ。間違いなく一生を左右するような影響があるから、ちゃんと考えて受けてくれ。
「ふぅん…それにしても、本当だったんだねぇ。雪華が言っていた、、遥か遠くのウタカタの里まで、宝玉を転送してあんたを助けたって話」
「練さん、疑っていたんですか!?」
「そりゃ疑いたくもなるさね。雪華が虚言を弄して詐欺を働くような子じゃないとは分かってるが、話が荒唐無稽すぎるし、それで自分の宝玉の貯えが無くなってしまったから貸してほしい、だぞ」
あー、やっぱりそうなってたか…。袋に一杯の宝玉とか、いくら神垣の巫女でもほいほい吐き出せるような代物じゃないものな。しかも、送ってくるまでの時間から考えれば、貯蓄量を計算して温存なんて考えていたとは思えない。
文字通り、全財産を叩いて助けてくれたんだな。
「…姉さまに感謝してください。……神垣の巫女が、ご飯を食べるハクもなくなるなんて前代未聞です」
「その分、風華がお汁粉を沢山奢ってくれました!」
うーん、奢らせてもらって風華が嬉しそうだ。
しかし寒雷の旦那も、疑ってる訳じゃないんなら融通してやってもよかろうに。
「暖を取る為の宝玉まで使い切ったから、風華の部屋に入り浸ってなぁ。それはもう、風華が嬉しそうに世話を焼く世話を焼く。こいつにしてみりゃご褒美そのものだったろうよ。それを取り上げようとすると、涙目の膨れ面になってじーっと睨みつけてくるんだよ。それに、いくら事が事だって言っても、宝玉は里の共通財産みたなもんだ。例外を作るのは好ましくなかったんだろうさ」
なるほどねー。まぁ金は厳格に管理するもんだし、例外は少ない方がいいわな。
実際、いくら雪華が強力な力を得ているとは言え、ウタカタまで宝玉を飛ばしたって聞いた時は耳を疑ったからな。目の前に証拠があったから、信じるのも早かったけど。
「自分から宝玉を貸してくれる、と言う方は居たのですが、どうにも気が引けて…練さんや風華にお世話になっていました」
貸してくれるって言うなら、素直に借りれば…。
「……お頭なんです。牡丹様じゃなくて、前お頭で、再び里長として復帰した、両さんです」
………うん、俺でも借りんわ。
つーか、両さんは結局お頭になったのな。霊山との取引や策謀やらを考えれば、これ以上ない程適任ではあるが。
…つーか、確か霊山から使者が来ている筈だよな? 識っていう、超が付く程悪役顔のおっさんが。
聞いた話じゃ、何だか珍妙な事になっているそうだが。
「あー、あのおっさんな。確かに悪党面で、里に来て超界石に飛びついて、訳の分からん醜態を曝していたもんだが」
…ガチャは、底なし沼だからな…。深淵に沈んでしまったのさ…。
「沼なのか異界なのかよく分かりませんけど、今はもう落ち着いてらっしゃいますよ。最初は皆、警戒したり……その、ちょっと色々と問題なる人だな、って思っていましたが、今ではむしろ頼りにされています。…借金を笠に、いいように使われてもいますが」
…頼り? どういう事だ?
立場で言えば、霊山の遣いで軍師だろ。下手に隙を見せたり、信じすぎたりすれば、どんな策略に引っ掛かるか…。
と言うか、借金?
「ええ、今の私なんて足元にも及ばない程、負債塗れです。自業自得と言いますか、お頭と寒雷さんの策略の結果と言いますか…」
「くくくく、言うてくれるな。否定できんのがまた痛い」
!? どちら様!?
「ふむ。お主が噂の、異界を消し去るモノノフか。私は識。霊山の軍師よ」
「元…がつきます…」
「細かい事を気にするでない」
元…が細かいか…?
いやいやいや、あんた霊山の軍師って、それ超重要人物じゃん。九葉のおっさんと同じ階級だろ。
それがいきなり元ってなんじゃい。そうそう辞められる、辞めさせられるような立場じゃないだろ。
九葉のおっさんだって、北の地を見捨ててもまだ軍師なのに。
「あれは当時、オオマガトキによる戦乱でどうしようもなかった為だ。後の結果で、そうしなければ人全体が滅んでいたと判断されたしな。それに、紛糾しなかった訳ではない」
そらそうよな…。例え霊山側が、致し方ない判断だったと認めても、人の感情まで鎮まる訳じゃないし。
しかし、それらがあっても九葉のおっさんはまだ軍師なんだぞ。一体何をやらかせば、それと同じ重要人物が無職になってんだよ。
「自営業を営んでいるので無職ではないな。何をやらかした、か…。強いて言うなら、重要人物だからこそだ」
はぁ?
首を傾げると練の姉御が呆れたように肩をすくめた。
「ちょっと考えてもみなよ。軍師でも神垣の巫女でも里長でもいいけど、重要な立場にある人が、仕事をいきなり放りだして私事にかまけ始めたらどう思う?」
あ…あー…。
そういや、里に来るなりいきなり超界石でガチャにド嵌りしたって…。
「ついでに言えば、立場が高い分、政敵も多くてな。隙を見せた途端、あっと今に解任されてしまった」
されてしまった、じゃねーよ。
…こいつ、こんな性格だったか? 殆ど話した事はなかったが、もっとこう…重厚感がなかったか? 少なくとも、クサレイヅチの能力で皆が動けない中、一人だけ平然としていた時には凶相もいいところだったが。
「性能の確認と称して、越界石を使う為に霊山からの使いとしての全予算を注ぎ込み、それを使い切ったら自分の全財産を注ぎ込み、更に目的の物が出ないからと里の皆からあの手この手で宝玉をせしめて…」
「せしめたとは人聞きの悪い。皆、進んで貸してくれたではないか」
「…お頭の命令でしたから…」
両さんの? ………おい、それって超界石に夢中になっている間に、文字通り貸しを作りまくろうという策略じゃ…。
「その通り。先程神垣の巫女も言っておったが、里長と 万事屋の若旦那の謀略よ。普段なら引っ掛からんのだがな…」
引っ掛かる以前に、あちこちから借金してる時点で論外だろ。
仮にも霊山の軍師まで上り詰めた人間が、何をやってやがる。
「私とて人間だ。ずっと探し求めていたクラネの手掛かりが目の前に突然現れれば、狂乱もする。他の手段も模索していたのだが、必要な物が見つからなくて手詰まりだったのだから猶更だ」
クラネ?
「かつて、鬼との闘いに巻き込まれて特殊な異界に引き摺り込まれた私の娘だ…。愛しいクラネ…。今も時間流の中を漂っているだろう。あの子を取り戻す為なら、私は何でもしよう。越界石には、その異界から物を引き出す力がある。あれを研究すれば、クラネも取り戻せる筈だ」
そう言いながら、識は懐から取り出した物を撫でる。あれが、超界石から現れた、クラネとやらが持っていた物なんだろう。
…攫われた娘の手掛かり、か…。
分からないではない。俺だって、クサレイヅチに奪われた、まだ生まれてもいなかった娘を解放しようとしている。同情と言われるかもしれないが、協力を求められたら無下にはできそうにない。
だがそれはそれとして、娘の私物…履き古された靴、それもスニーカーのように見える、大きさからして小学生になったばかりくらいか?…を愛し気に撫でる姿は、拗らせたロリコンストーカーにしか見えなかった。
「その為に、宝玉を融通してくれ…って話だったな。全部を全部信じてる訳じゃないが、本当かも、と思うくらいには必死だったからな」
「ああ、感謝しているとも。だから、超界石から出てきた物は、全てではないが里へ融通しているのだ」
全てではない…手元に残してるのは?
「超界石の研究に役立ちそうなものと……里の者達が、宝玉を対価としてでも欲しがりそうなものだな」
なるほど、それで稼いだ宝玉を、また超界石に突っ込むと。…賭博師みたいな生計だな。
その内、交換に使える素材が一つも出ずに、詰んでしまうんじゃなかろうか。
「流石に他にも収入源はある。話しかけたのは、それが本題でな。簡単に言えば、相談を請け負っておる。お主も一度は訪ねてくるといい」
「評判はいいんですよ。最初は『その場の勢いで借金漬けになった軍師の知恵が、当てになるのか?』みたいな声もあったんですけど」
「余計な事は言うでない」
「細かい事は………気にしない…んでしょ…」
「そうね、風華。ともかく、困っている事とかあったら、あっという間に解決してくれるんです。この人のおかげで、新しい戦い方も開発されました。泥高丸さんなんか、頻繁に相談にきて鬼纏の改良を進めているんです」
ほー。まぁ、仮にも霊山軍師だものな。娘さんが絡まなければ、頭のキレは一級品か。
しかし、相談する事…ねぇ。全くないとは言わないが…。
「そうだな…。お前が追っている鬼の話などどうだ?」
…………。
横目で雪華を見るが、無言で否定。彼女が話した訳ではないようだ。
「現れただけで、周りの人間は動けなくなる。対策が必要だろう? 『以前』の私がしていたようにな」
…………なるほど、話をする価値はあるらしい。どっちの意味かは分からんが。
とは言え、それは私事でしかない。今はウタカタの里から、救助の返礼の為に訪れているんだ。まずはそっちをこなしておかないとな。
識は、予想してはいたがやはり只者ではないようだった。とは言え、ある程度の境遇の予測はつく。
あの、クラネとやらの手掛かり…吐き古されたスニーカー。そう、スニーカーだ。ちなみに、踵の部分になんか文字らしきものが書かれていたが、読めなかった。多分名前なんだろう。
明らかにこの世界の技術と釣り合ってない。
娘さんがそれを使っていたというなら…識も、何処か別の時代から連れてこられたのだろう。娘が時間流に取り込まれたとか言ってたが、それは識自身も同じだったんじゃなかろうか。
それよりなにより重要なのは、あの最後の言葉。『以前』の私がしていたようにな、の部分。
…あいつ、ループの記憶が残ってるのか?
俺がクサレイヅチを追っている事も知っていたし…一筋縄ではいきそうにない。…衝動のままに突っ走って、霊山軍師から借金漬け賭博師に身落ちするような奴だけども。