黄昏月拾壱日目
えー、必要かどうかはともかくとして、ツルペタボディ〇学生の風華に、娼婦ぐらいしか着ないようなエッグい下着を売った識の名誉の為に一言。
あの下着は識自身が売り物として仕入れた訳ではない。単に、いつもの超界石ガチャで出てきた品だった。
幾ら何でもこれはなー、と識本人も考えていたようだが、娘召喚ガチャの為に宝玉が必要だったし、その為ならば対価は問わないと決めていた。
何より、求めたのは風華本人だった。売り物として並べるのもちょっとなぁ、とお蔵入りにしようとしたところ、タイミング悪く目撃されてしまったのだとか。
辛うじて「自分が着る」とは言っていなかったし(業が深い事に、この里では風華以外に着られないようなちびっこ向けの大きさだったが)色々な事に目を瞑って売り渡したんだそーな。
後になって、娘さんに懺悔したい気分になったそうだが。
いくら娘を助ける為なら何でもすると言ったって、限度はあるよな、限度は…。
昨晩はかなり愉しませてもらった。雪華達との逢瀬の事だけじゃない。里の連中の歓待で、いいもの飲み食いさせてもらったしな。
里が色々と変わっているのにも驚いた。半分くらいは、両さんの発案と識の提案の組み合わせらしい。
モノノフ達の戦い方も、霊山から仕入れた技術を組み込み、新たな戦術を作り出そうとしていた。
泥高丸の鬼纏なんか、その最たるもんだな。試行錯誤中で、まだとても形になっているとは言えないが、完成すれば俺に一矢報いるくらいの効果がある!と断言するくらいだ。
春になっても雪に覆われていた里周辺も、気温の上昇で随分と雰囲気が変わったものだ。
異界が消失したのも一因だろうが野山の恵みがそこかしこに見受けられる。野原を開墾しようとしているのか、耕された土地も幾つかあった。
食糧事情は、劇的に改善されたと言っていいだろう。
そして何より違うのは、やはり里人の表情だ。
俺がやってきた時には、じりじりと迫る絶望に抗い、最後の一瞬まで戦い抜く気概と、滲み出る焦燥を感じていた。焦燥は勿論のこと、最後まで戦う気概…とは、裏を返せば勝利は無いと思っているようなものだった。
里を出ていく頃には、ようやく見えた希望に必死に縋りつこうとしているのがよく分かった。それこそ、掴んだ好機を捕らえる為なら、どんな対価でも構わない、とばかりの気迫だった。
そして今は……なんだろうな。生きて勝利を掴む事。未来に辿り着く事。そして、日々が充実したものである事がよく分かる表情だった。
尤も、本人達にそれを言えば、少なくとも最後の一つは否定されるだろう。
何せ。
「おい、またお頭が抜け出したぞ!」
「何か企んでるな! 探せ探せ!」
「新種の鬼を捕獲に向かったか!? それともまた宝の匂いでも嗅ぎつけたか!?」
…彼らが退屈していない、程々に刺激的な日常を送れているいるのは、何かと問題を起こす両さんのおかげ…せい? なのだから。
今日は泥高丸と共に、新種の鬼の捜索に出る。一応言っておくが、自分で自分を探す誤魔化しではなくて、振るった覚えのない大きな斬撃の痕を残した鬼だ。
しかし、瘴気が無くなったこの近辺で、そんな強力な鬼が出るのかって疑問もあるんだよな…。
それはそれとして、出発前に識の店を訪ねた。偉い繁盛しているな、と思ったら、姿を消した両さんの行く先について相談を求められていたようだ。
「…いや、この時期であれば、新種の鬼をどうこうしたとて、儲けの種にはならん。恐らくそれは陽動だ。ならば……先日興味を示しておった、鉱山があったな。そちらか」
「鉱山! お頭がいかにも好みそうな話だな。よし、そっちを探ってみる! 全員準備しろ、山狩りだ!」
識の言葉に、疑いもせず走っていく若いモノノフ。…しかし、えらい気合が入ってるな。
よう、来たぞ。随分信頼されてるじゃないか。
「お前か。あのお頭の考えそうな事を幾度か言い当てたら一目置かれるようになったのだ」
あの人の行動を先読みするってだけでも凄いが…いや、あの人の場合途中まで予測できるか、途中から予測できなくなるか、だろうな。
その二択で予測できる方を告げて、暴走する前に首根っこを抑えたと。それでも充分凄いが。
「分かっているではないか。…長く生きてきたが、見た事のない人種だな。あまり観察したい人間でもないが…。そういう意味では、お前もだが…」
両さんと同類扱いとか、失礼だと憤慨すればいいのか、光栄だと笑って流せばいいのか。
だが、識の目付きはそういう冗談を言っているものではなかった。この里で出会ってから見せていた、何処か不真面目で軽薄な…三枚目染みた印象の目ではない。かつて、クサレイヅチの影響の中で平然と動き回っていた時と同じような、狂気と鋭利さと陰鬱さを煮詰めて凍結させたような、触れるのも憚られる狂相が顔を覗かせた。
「………ふ、ん。成程な。どの道、現状では私の計画は無意味だった訳か。まずは貴様を排除せねば」
一人で納得してんじゃねーよ。聞きたい事も知りたい事も山ほどあるが…やる気だってんなら、この場で相手するぞ。
「それこそ意味がないな。この距離で貴様から逃げおおせるとは、如何に私でも欠片も思わん。仮に貴様を殺せたとしても…それこそ全てが無に返るだろう?」
…自力で繰り返しの事に気付いた奴は初めてだよ。しかも、前の記憶が残っているとは。
「全てを覚えている訳ではない。私が知っているのは、貴様と出会った私がどのように見えたか、というくらいだ」
本当かねぇ…。軍師の言葉を鵜呑みにするなんぞ、自分から釣り餌に飛び掛かる魚みたいなもんじゃないか。
「クククク、疑われたものだ。まぁいい、信じるかどうかは好きにする事だ。さて、そうさな…聞きたい事、知りたい事があると言っていたが……対価は準備しているのだろうな?」
…一応、里に留まる間の軍資金に、って事で貰った宝玉持ってきたが…これでいいのか?
返事をする前に、識の手が雷のような速度で伸びて、掌の上にあった宝玉5つを奪い取った。…そこまでガチャを回したい…もとい、娘を助けたいのか。
だが理由はどうあれ、給料が入るなり課金しまくっている爆死の人にしか見えない。
「毎度。…さて、貴様が知りたがっているのはどの話だろうな。対策か、正体か、起源か…」
思わせぶりな言葉を漏らすくらいなら、全部話せ。
何を話すかはそっちの選定に任せるが、内容によっては追加報酬を出そう。
「うむ、話が早いな」
…最初から追加報酬狙いかよ。がめついぞ、このおっさん。
「そうさな……。貴様、イヅチカナタと因縁があるだろう。奴に奪われた因果を、一部ではあるが回収する方法と言うのはどうだ?」
手持ちの宝玉全部だ。疾く話せ。すぐ話せ。今話せ。
「よかろう。これは、お前が言う『以前』の事を私が覚えている理由にも通じる事だ。知っての通り、イヅチカナタは因果を奪う。奪った因果を体の一部に貯め込み、貯蓄としている。ここまでは知っているか?」
ああ、知ってる。因果だけじゃなく、生身の人間を取り込む事もあったよなぁ………!!!!
「ほう、それは珍しい。興味深いが…今は置いておこう。イヅチカナタは、因果を奪い喰らう鬼…とされているが、その実態は違う。奴は『因果を集める鬼』なのだ」
喰らうのではなく、集める…? つまり、奪った因果を消費する事はない…と?
「いいや、消費はされる。因果とは即ち、原因と結果の結びつきを指す。この結びつきは何事も無ければ維持されるが、生憎と時間という偏屈極まりない邪魔者があるのでな。時間が経てば経つ程、原因と結果の間に別の要因が入って行き、その結びつきは徐々に細くなっていく。まぁ、完全に消え去る事はまず無いだろうがな」
奪い、貯め込んでいる因果が死蔵されている間にすり減っていく…か。………俺の娘も…。
「…貴様も、か…。…話を進めるぞ。イヂツカナタは、個体差はあるが何らかを核として、解離された因果が集まった集合体だ。そういう意味では、因果を集めるだけなのも、生存に必要な食事をとっていると言えるかもしれんな。だが、奴は本来それを許される役割に無い」
………ん?
因果の集合体…いやそれは前からそれらしい考察はあったが。…そういや、俺ものっぺらの集合体だったな…。
いやそれよりも立場? 個体差?
「イヅチカナタの本来の在り方は、全てを呑み込む暗黒の穴ではない。あれは、言わば貯蔵庫だ。入れた物を保管し、然るべき場所に運び、護り続けて吐き出すのが本来の役割」
ちょい待った。…そもそもの話なんだが、イヅチカナタって複数居るのか?
俺、少なくとも一時期には一体しか居ないと思っていたんだが。
「む? そこからか。珍しい鬼だが、居るぞ。亜種までいたな。確か、カガヨウモノ、だったか…。大体、一時期と言っても、奴は時空を回遊しているのだぞ。同じ個体が同じ時期、別の場所に存在していても何ら不思議はないわ」
マジかよ…。ん? つー事は、俺が追いかけてるクサレイヅチが、千歳やあの子達を奪った鬼とは限らないのか?
「そいつを見た事が無いから何とも言えんが…いや、以前に見はしたのか。覚えておらんが。だが、その心配はないだろうな。イヅチカナタは貴様から大量の因果を奪っている。因果を奪われたと言っても、完全に貴様との繋がりが断たれている訳ではない。か細い糸のような繋がりだが、数が揃えばそれなりの引力となるだろう」
そっか…。まー仕留めたイヅチが狙ったイヅチでなかったとするなら、また探し当てて斬るだけだわな。気が遠くなりそうな作業だが。
それに、あのクサレイヅチはどういう訳だか俺に纏わりついている。今更、どこかに行くとも思えん。
「話を戻すぞ。奴は、正しい手順を踏めば、取り込んだ因果を自ら吐き出す。後は、その因果の本来の主が近くに居れば、自然と戻っていくだろう。だが、その際にはイヅチカナタと戦えるとは思わん事だ。どんな因果を奪われたのか知らんが、身に覚えのない記憶が濁流のように押し寄せてくだろう。確実に、脳の処理能力を大幅に超える」
その場でぶっ倒れるって事か。…あのクサレイヅチの前で…。
奪われた因果、つまり記憶を取り戻すか。それとも問答無用で始末して、千歳や産まれてもいなかった子を取り戻すのか。
いや、取り戻すったって産まれる前の子供をどうやって取り戻す? 解放すれば、フラウやセラブレス達の元へ自然と飛んで行ったりするのだろうか。…その場合、いつの時期だろうな。全てがリセットされているのだから、俺と会った事もない筈。下手をすると、見ず知らずの男に知らない間に孕まされてた、なんて事になりかねん。
…考える事は色々あるが、とりあえずその正しい手順ってのは何だ? どうやれば、奴に因果を吐き出させる事ができる?
まさか『開けゴマ』なんて合言葉で反応してくれる訳じゃないだろう。
「大まかなやり方はそれに近いな。イヅチカナタには、それぞれ巣と言える場所がある。そこで特定の合図や状況に反応し、因果を吐き出すのだ。これは考察だが、イヅチカナタはそのように作られているのであろうな。人の手によるものか、もっと別の種族によるものかは不明だが、要するに奴らは『特定の何かを収集し、それを定められた場所まで運搬し、それを補充するのを至上命題とされているのだ。貴様の追うイヅチカナタは、色々と規格外のようだがな」
ふむ…。マイクラで、作られた物資を自動回収して、保管箱に入れる為の機械がクサレイヅチだと。
しかし、その例えで行くと…クサレイヅチの行動の目的は様々だ。麦を狩り集める者、鉱石を掘り返す者、整地ついでに資源を集める者。
…と言う事は、その合図って…。
「当然、それぞれ違うだろうな。何を目的に作られ、どんな時に貯蓄を解放し、そしれその鍵となる合図は何か…。これらを解き明かし言い当てるなど、不可能に等しい。故に、結論は単純だ。騙すのだ。その場所がイヅチカナタの巣であり、貯蓄を吐き出すべき状況であると錯覚させるのだ」
…ハッキングかな? ID…使用者を偽り、パスワードを探り当て、内側に潜り込んで奪い取る。ハッキングじゃなくても、泥棒強盗と似たようなもんだな。
しかし、騙すったってそれこそどうしたもんか…。
「まずは五感と意識を奪い、自分の状況を見失わせる事から始めるのだな。要するに混乱させろと言う事だ。奴は天敵の居ない生態ゆえ、危機管理能力は高くないと思われる。一度騙してしまえば、そうそう気付く事はあるまい」
うーん…憶測を元に行動するのは不安……いや、いつもの事か。
つまるところ、膾切りにして戦闘能力と生存能力と生殖能力を奪い、現実逃避させてから解放させると。
…叩き斬った方が早くね?
「それも良かろうが、奪われた因果が戻ってくるかは定かではない。まぁ、どちらにするかは貴様の判断次第だ。ただ、これは憶測になるが……貴様が特定のイヅチカナタに纏わりつかれているのなら、その理由と解放の合図は、恐らく切っても切れない関係にあるだろう。貴様を延々と追い回すその理由こそが、奴が因果を吐き出すべき状況に直結している」
………俺の行動が、奴の合図。
それが正解だという確信もないが…いや、確かに筋は通る、のか?
あいつが俺を追い回すのは、俺自身が識が言う所の『巣』…因果を吐き出すべき場所だとしたら。
…俺から奪った因果を貯め込み、俺自身に向けて吐き出すのがクサレイヅチの役目? …やっぱり、イマイチ筋が通らない。
しかし、識は随分とクサレイヅチの生態に詳しいようだ。これらの証言を、的外れ、上辺だけの戯言と断ずるのも難しい。
…正直、出費の元が取れたと考えられるかは微妙なラインだが…収穫ではあった。
「また何かあれば頼ってくるがいい。本来なら対価は宝玉のみとしているのだが、貴様には恩を売っておいて損は無さそうだ」
生憎と、恩は売られるものじゃなくて売るものだと思っている。数日したらウタカタの里に戻るから、機会はないと思うが…まぁ、覚えておくよ。
こっちも、あんたが娘に会えるように武運…じゃないな。ガチャ運を祈っておこう。
祈りが物欲センサーに引っ掛かるかもしれないが。
「おいやめろ何だか知らんが嫌な予感しかせん」
識が宝玉を手に超界石に向かって走っていくのを見送り、俺は適当なモノノフ達と合流する。
これから、新種の鬼を探して山狩りだ。さて、俺の知らない鬼が出てくるか…それとも、記憶にないだけで傷跡は俺がやった事だったのか。
何にせよ、新しく考案された戦術とやらもあるようだし、そこそこ楽しめそうだ。
…何より、昨日ののっぺらが万一残っていたら、塵も残さず切り刻まねばならんしな。
本願寺顕如=サンに迷惑をかけにいっていたのっぺらが居る事が判明。土下座したら百式観音ならぬ百式不動明王の拳で張り倒されました。
畜生、この分だとのっぺら共、思っていたより多く残っているっぽいな。本気で山狩りせねば。