混乱している非常時であっても、俺の一声は有効だった。いや、混乱しているからこそ、かな。
良くも悪くも、皆思い思いに動こうとしていたからなぁ…。次の揺れに備えてすぐに外に避難しようとする者、それを指示しようとする者、必要最低限の物だけ持ち出そうとする者、パニックになっている者、何とか宥めようとして自分もパニックに呑まれる者…。
命優先で、まず避難が正しいが、自分だけでなく周りの人も非難させようとしている子も居たな。何かを持ち出そうとする子だって、私物ではなく今後有用そうな物を持ちだそうとしていたようだし。まぁ、それで便器を外して持ち出してきたのはどうかと思うが。壊れてるし…。いや、野外生活で糞尿の処理に困るというのは実に同感なんだけどね。
とにもかくにも号令一喝。全員を屯所の外に連れ出し、万一倒壊しても影響のない場所まで離れて点呼をさせる。
…よし、全員居るな。つっても戻ってきてない凛子凛花以外は、だけど。
んじゃ、次は状況確認と対策だ。
明日奈、神夜達と共に結界周辺の警戒に当たってくれ。鬼の仕業と限った訳じゃないが、騒ぎに乗じて襲ってこないとも限らない。
災禍、隊員番号1から20率いてウタカタに迎え。救助と状況把握を最優先としろ。
那木、災禍達に同行して、怪我人の治療に当たってくれ。
時子、21から30を率いて屯所の整理を任せる。火を消し、必要な物を持ち出しておけ。俺の部屋に全部屋の鍵束があるから使え。第二波第三波があるかもしれん、いつでも外に飛び出せるようにな。
天音、地震…いや、衝撃の元凶を探る。残りを率いて供をしろ。
何か確認する事は? ……よし、じゃあ行動開始!
落ち着いてくれれば、うちの子達は極めて迅速に動き出す。秘書執事チームが必要な役を割り振り、最低限の事を確認してからそれぞれ散っていく。
残っているのは、天音が率いて俺に同行する子達だけだ。
「若様、元凶を探ると言っても、心当たりがあるので?」
ああ、衝撃の元がどっちのどの辺りにあるのかは検討がついている。伊達に地震慣れしてないわ。
遺跡に行くぞ。敵は…いないと思うが、一応武装はしておけ。時子が武器庫から持ってきてくれる。
夜道を走りながら、幾つか考えを纏める。
おそらく、さっきの衝撃は遺跡が出現した衝撃なんだろう。今までの出現・消失でこんな衝撃が発生した事は無かったが、何か異常でもあったのか…。少なくとも、遺跡と無関係という事は無いと思う。
遺跡が出現したのだとしたら、中に入っていた凛子凛花、博士、ホロウも戻ってきている筈。何かあったとしても、そうそう遅れをとる面子ではないが…フィラデルフィア事件みたいに、時空跳躍の歪みに巻き込まれて…なんて事になってなきゃいいんだが。
彼女達が遺跡に向かったのは、ホロウの記憶が戻るのではないかと期待しての事だ。さて、少しでも思い出してくれたのかね。
遺跡があった場所に着くと、数名のモノノフが倒れていた。
慌てて助け起こすが、意識が無い。…大きな怪我も無いようだ。
鬼に襲われたのかと思って周辺を見回すも、それらしき足跡は無し。どうやら、間近で発生した強烈な衝撃により、吹き飛ばされて気を失ったらしい。
見れば、遺跡に繋がる洞窟は酷い有様で、いつ崩落してもおかしくないくらいだった。
そして、その有様を見て確信する。遺跡が戻ってきている。何故今回に限りこんな事になったのかは分からないが、やはり衝撃の発生源はあの遺跡だ。
それだけに、中に居る筈の4人と、まだ目覚めていない滅鬼隊の源流達が心配だが…この洞窟を直接進むのは、流石に危険だ。
倒れているモノノフの護衛に数人を残し、周辺の探索を行う。どっかに別の入り口でも開いていてくれないかと思ったが……流石にそう都合よくはいかないか。
むぅ、地面に潜れる系の奴を連れてくればよかったな。
「どうします、若様。今からでも権佐のようなタマフリ使いを呼びに…」
いや、あいつは里の救援に向かわせて、今頃走り回ってるだろう。見つけ出すのに手間を食う。
それよりも…。
「それよりも?」
さっさと突っ込む! 下手な考え休むに似たりよ!
全員距離を取っておけ、万一生き埋めになったら、色々まとめて吹き飛ばして脱出してくるか「「「「「なりません!!!!」」」」」おおおお!?
「若様が最も危険な役に突撃してどうされるのです!」
「そうだよ! 頭領は後ろで構えてるものでしょ常識で考えて!」
「私達に散々単騎特攻するなって言ってるのに、自分から行ってどうするのよ!」
む、むぅ…ぐうの音もでない。一番手っ取り早くて効率的なのは確かなんだが。
確かに軽率が過ぎるのも確か。…動揺してたんだ。そういう事にしとこう。
「…しかし、どうしたものか…洞窟の天井を支える支柱でも作るか?」
「どうやって?」
「出番のようね!」
ここぞとばかりに声を上げたのは、寝巻姿で手甲だけ纏っているきららだった。抜群のスタイルと体格で胸を反らされると、白くて丸いのがポロンとしそうになるが、この場でそれに注目を集める者は居ない。だってよく皆の性的な玩具になってるし。
ちなみに、寝る前で髪を解いていたらしく、ツインテールが無くなって角が見えている。後ろから手を伸ばして結んでやった。
「ありがと」
「きらら、何か手があるのか?」
「ん、まぁ別に難しい話じゃなくて、氷の柱で天井を支えようってだけよ。別に氷じゃなくても、何でもいいけどね」
「む……残念ながら、この場で支えになるような物を作れる隊員は居ないな」
選別している暇が無かったから、おおざっぱに分けて連れてきたからなぁ。
水使いやら炎使いやら、他の者のタマフリも、体を頑丈にするとか、身体能力を跳ね上げるとか、強力ではあるが支えにするのは難しい。それでも出来る事はあるんだが。
「なら、きららと共におれが行く。おれの目なら、暗闇でも問題ない」
…分かった、藍那。任せる。
きららも気を付けろよ。言っちゃなんだが、二人ともどんどん行け行けな性格してるからな。崩落すると思ったら、引き際を見誤るな。
「見誤るつもりはないけど…中の4人を見捨てるのは御免よ」
仲間を見捨てない気持ちは分かるし美点だと思うが、それでも戻ってこい。
目の前で4人が死にかけてるならともかく、崩落して道が塞がれただけなら、別の手段も取れる。ちょいと危険度が増すがな。
二次遭難は絶対に避けろ。
「…遭難かどうかは微妙だけど、分かったわ」
「安心しろって。敵と戦う訳でもないんだ。おれ達だって、それくらいの分別はある」
…そう願う。任せるぞ。
自信ありげな二人を見送り、残った俺達はもう一度周辺を捜索する。
大した考えがあった訳ではない。遺跡出現の衝撃で、何処か地割れが出来ていたり、山崩れの前兆でも生じているのではないかと思った。
幸いにしてそれらしい兆候は無く、遺跡に向かった二人が戻ってくるまでの時間潰しにしかならなかった。
見張り役をしていたモノノフ達は既に目を覚ましており、状況の確認と、自分達が知っている情報の交換を行っている。
と言っても、大した事を覚えている訳ではない。いつも通りに、火を焚いて視界と暖を確保し、退屈だと思いながらも緊張を維持していたが、突然の轟音と衝撃であっという間に意識が持っていかれてしまった。
…んー、ちと気になると言えば気になる…か?
確かに遺跡出現の衝撃は大きく、離れた場所まで届くくらいだったが…突然それを浴びせられて気絶するか? 仮にもこいつらは、最前線のウタカタで戦っていられるくらいに鍛え上げられたモノノフだ。
それが気を失うくらいの衝撃……有り得ないとまでは言わないが、それにしては倒れていた場所が気にかかる。
こいつらが一溜りも無く気絶するような衝撃なら、もっと吹っ飛ばされていると思うんだが…。
そんな事を考えていると、遺跡に通じる洞窟の中に灯りが見えた。
一斉に注目が集まる。
「出迎えとは、貴様らにしては殊勝だな。それならそれで、灯りくらい用意してこいと言うのだ」
…この尊大な声は博士だな。声真似する鬼って可能性もあるので、いつでも動けるように警戒していたが、それは無用だった。
松明を持ったホロウ、その後ろに続く博士、凛子、凛花、そして救助に向かったきららと藍那。
よかった、全員無事だったか…。きらら、藍那、よくやってくれた。
「よくやったも何も、正直殆ど何もしてないんだけどな…」
「支柱を作りながら進んだら、普通に遺跡から出てきてたわ、4人とも」
そうなのか? まぁ、それはそれで構わんけども。
全員怪我は無さそうだな。
「ああ。若様も皆も、心配をかけてしまったようで済まない」
「どうなる事かと思ったけどね…。若様、幾つか報告しなければいけない事があるわ。時間を取れるかしら」
ああ。だが、今は里の救助という作業も控えている。それを置いてでも聞いた方がいい話か?
「では一言だけで済ませます。この近辺に、非常に強力な…他の鬼とは比べ物にならない鬼が呼び寄せられる事になりそうです」
…どうしてそうな…いや、それは後回しか。
何時頃になりそうか、予測はつくか?
「博士の言葉を借りれば、いつどこに出てきても…それこそ、今この瞬間この場に出現してもおかしくないと…」
…博士がホロウと話していた、トキワ某ってヤツか…。あの博士が因縁のある相手なんて表現するくらいだから、普通の鬼じゃないのは確かだ。
しかし、そうなると逆に考えるだけ無駄とも思えるな。いつ来てもおかしくないなら、いつ来てもいいようにするしかない。『頑張る』とか『気を付ける』みたいな精神論じゃなくて、他の事を斬り捨ててでも最低限の備えをしておかないと。
取り敢えず言えるのは、ここで立ち止まってても時間の浪費にしかならないって事だ。
報告は後で詳しく聞く。今はここから退避し、里の状況を見に行くぞ。
ホロウ、博士、そっちはどうする?
「私も里に向かいます。甘味処が壊滅していたとしたら、全力を以て立て直しに貢献します」
「私は帰って一眠りする。代わりに真鶴を救助に寄越そう。ああ、そっちの二人が言っている鬼は、今すぐここには現れん。大体の場所と時間は予測しているから、それまで準備しておくといい」
「何? さっき言っていた事と違う…おい待て博士、話を」
「待ちなさい、凛子。今は里の救援に向かうのが先よ。博士がああ言う以上、確信があるんでしょう」
「む……」
凛花に抑え込まれる凛子。博士は随分と信頼…信頼? まぁとにかく、言う事がハッタリとも的外れとも思われていないようだ。この短時間に、印象が変わる事でもあったんだろうか。
…まぁいい。博士がああ言ってるなら、信じるのは吝かではない。頭脳だけは一級品だものな。
幸い、遺跡に通じる洞窟も、きららが上手く凍り付かせたおかげでそうそう崩落しそうにない。まずは里に向かうとするか。
結局里に戻ったのはほぼ、無駄足となってしまった。
いや、いい事なんだけどね。里には思った程被害が出ていなかったってだけだから。
流石に無害とまではいかないものの、倒壊した家もなければ重症人も居ない。轟音に飛び起きて出てきた人達が騒いでいるが、混乱に陥っている様子は無い。
…と言うか大部分の里人達は慣れ切った様子で、片付けして二度寝(夜中だから寝直すが正しいか)に入る体制のようだ。
幾ら地震大国日本とは言え、図太過ぎやしませんかね?
「単純に、慣れの問題だな。確かに地揺れには驚いたが、夜中に叩き起こされるの自体はそう珍しくないからな」
あら、息吹。…寝間着姿とは珍しい。
「ほっとけ、着替える暇があったら一人でも避難を手伝おうとしたんだよ。…幸い、無駄になったみたいだけどな」
で、慣れてるって? 少なくとも、俺が里に来てから、地震なんぞ一度も起こってなかったと思うんだが。
それに慣れているとしても、すぐに寝るってのはどうかと思うね。余震だってあるかもしれないし。
「慣れているのは、夜中に叩き起こされる事だよ。最近じゃお前さん達のおかげもあって、鬼の襲撃は減ってたが、ちょっと前まで夜中に襲撃を知らせる八点鐘が鳴り響くのもいつもの事だったからな。無警戒に眠り直すのも問題だが、その度に朝まで起きてちゃ身が保たない。すぐに避難の必要が無いなら、少しでも体を休めよう…ってのがいつもの判断だ。最初は襲撃が終わって、迎撃に出た連中が戻ってくるまで起きている…って子も居たんだが、繰り返されるとどうしても、な」
理に適っているのかいないのか…。まぁ、里の人達が寝てようが起きてようが、前線で鬼の襲撃を迎撃するモノノフにとっちゃ関係ないわな。
今回は、鬼の襲撃は無いみたいだな。警戒に当たってるうちの連中からも、ウタカタの哨戒からも狼煙とか上がってない。
散らかった物の片付けだけして、とっとと寝ちまうのがいいかな。
「そうしとけ。…心配していた、遺跡に行っていた4人も戻って来たようだし…一安心ってところだな。俺は念のため、朝まで起きてるよ。目が冴えちまった」
着替えとけよ。男の寝間着姿なんて、需要は無いぞ。
「生憎、ウタカタ一の伊達男の寝間着姿ともなれば、涎を垂らして見入るご婦人だっているんだよ。そっちこそ、さっさと眠っちまえ」
いや、うちの子達の様子を見ておきたい。必要であれば、朝まで付き添って落ち着かせてやらないといけないし。
遺跡で何があったのか聞くのは、その後にするかな。
どーせ、何だかんだと理由をつけて集まってきて、いつも通りの爛れた展開が朝まで続くのは目に見えてるし。
つーか中途半端な所で終わって、俺も不完全燃焼だし。
「………朝になるまで、丑の刻参りとでも洒落込むか…。里の男連中も参加してくれそうだ…」
丑の刻、もう過ぎてるぞ。