そのまま、イヅチカナタを葬ること2体。
率直に言えば、どちらも弱かった。だが、それぞれ個体差はあったように思う。
体の大きさ、咄嗟の行動、判断力、機転。少なくとも、以前のように千歳を盾にしようとすることはなかった。
…何と言おうか、やっぱり俺が追いかけているクサレイヅチは、良くも悪くも他とは違う個体のようだ。地金があると言うべきか、自分の性能を使いこなしているというべきか…。あれは鬼というより、人間の戦い方のような気がするな。
尽きない疑問を抱えながらも、三体目を討伐。空中に放り出されるとき、また周囲を確認する。
状況は目まぐるしく動いている。地面に降りていたトキワノオロチはいつの間にか空へ飛び上がっているし、暴れていた怪物たちは数こそ減ってないものの、顔触れが随分変わっている。どうやら倒した分だけ新しい怪物が出現していたらしい。
里の守りとして残ったホロウは、独自で何か見つけたようで里の内部に向かって動き出していた。
気になることは多いが、今は方針転換すべきではない。自分は、クサレイヅチ共を始末することに専念する。
ほどなくしてもう一体のイヅチカナタを討伐すると、やつらの動きが変わった。
今までは里を囲んで因果簒奪の効果を及ぼそうとしていたのが、里から離れて移動し始めている。逃げた? …にしては進む先が全員一致している。
あの方角は、みんなが戦っている方角…トキワノオロチがいる方向だ。合流しようとしている?
…真意はどうあれ、あちらに行かれると危険だな。あそこには因果簒奪を防ぐ結界もない。やつらの能力が発揮されたら、みんなあっという間に戦えなくなってしまう。
トキワノオロチも、空を飛んでこちらに合流しようとしてきているようだ。埒が明かないとみて、戦い方を変えるつもりか。
こちらに背を向けて移動を図るクサレイヅチ共を追いかけて、さらに一匹討伐。だが流石にそこまでだった。
腐っても強力な鬼だけあって、頑丈さ、しぶとさは相当なものだ。一匹を討伐する間に他の個体…残り2体のイヅチカナタが、トキワノオロチに接触するのを許してしまった。
…ミッション失敗、か…。いや、ならば尚の事、塞ぎ込んでいる時間は無い。
まだ取り返しがつかないと決まった訳じゃないし、皆は戦っている真っ最中だ。頭領の俺が真っ先に諦めてどうする。
それに、イヅチカナタとトキワノオロチが揃った時、何が起きるのかしっかりと見定めておく必要がある。…防げれば、それが一番良かったのだが。
とにもかくにも、現場に向かう。
空を飛ぶトキワノオロチは、遠目にもそれなりの被害を受けているように見えた。みんな、随分頑張ってくれたらしい。
だが、残念ながら仕留めるには遠い。外殻こそ損害を与えているが、トキワノオロチから感じる生命力や威圧感は、殆ど減っていない。
やはり、国を亡した鬼と言われているだけの事はある。しぶとさだけでも、他の鬼とは桁違いだ。
追いかける俺を他所に、とうとうトキワノオロチとイヅチカナタは対面してしまった。
空の星のような光に化けていた2体のイヅチカナタが姿を現し、背中から生えている触手のような物を掲げる。その先端に、言い表しようのない『何か』が貯め込まれているのが分かった。
それに応じるように、トキワノオロチは口を大きく開く。炎でも吐くのかと思ったが、その逆か。何かを受け止めようとするように、口を開いて制止する。
寒気を感じた。
『それ』をさせてはならない。
フロンティアに居た頃でさえ感じなかった程の、強烈な悪寒と嫌悪。
何がおきるのかは分からないが、何をしようとしているのかは明らかだ。イヅチカナタの触手に宿るナニカを、トキワノオロチに注ごうとしている。
だが、間に合わない。トキワノオロチもイヅチカナタも、上空に居る為にとても手が届かない。神機の狙撃も、距離を開けられ過ぎた為にリーチ外。
…阻止できない!
これから始まるであろう、悍ましい『何か』を思って、苛立ちのままに歯を食いしばる。
だが。
突然、イヅチカナタの触手が突如千切れ飛んだ。2体のイヅチカナタの、全ての触手がだ。
『何か』を放出しようとしていた触手を引き千切られ、二体のイヅチカナタは苦しんでいるようだ。トキワノオロチも邪魔が入った事に苛立っているのか、口元から炎を撒き散らしながら咆哮を上げている。
千切れた触手は、青い光を撒き散らしながら地面に落ちていく。あの位置なら…他のモノノフ達が向かえるな。再生しないよう、鬼祓で散らしてしまってほしい。
一瞬見えたのは、地面から空に向かって駆け上がる、流れ星のような光。
驚異の未来を一発で打ち払ったその軌跡を辿れば、銃を掲げて紫煙を立ち上らせる、見覚えのある姿。
『標的に命中。作戦成功』
恐らくはそう呟いているであろう、ホロウが居た。
先程の銃撃は、鬼千切…だが普通の鬼千切ではなく、鬼千切・極のようだ。あれなら、一発で複数部位を破壊できるからな。一人でどうやって発動させたのかは分からんが…。
どうやら、イヅチカナタが移動し始めた時から、移動先を予測して決定的な瞬間を待ち構えていたらしい。俺より移動速度が速い訳じゃないから、偶然いい位置に居た、と言うのもあるだろうが…何にせよ、大手柄である。
相当に霊力を籠めたのだろう。疲労の為か、近くの岩に倒れ掛かるのが見える。
あそこで動けなくなるとヤバいな。まずはホロウの救出を優先するか。
何にせよ、奴らの企ては何とか阻止できた。
また余計な事をしないうちに、どちらか片方だけでも片づけてしまおう。トキワノオロチの戦闘力は未知数だが、イヅチカナタを始末するのに、そう時間はかからない。2匹いても特に問題は……!?
星が、一つ動いている。さっきまでは、動いていなかったはずの星。……違う! 普段の夜なら、あんなところに星は無い!
あれは、星に擬態していたイヅチカナタだ!
ようやく気付いた俺をあざ笑うかのように、星の周囲が歪み、見慣れた巨体が姿を現す。間違いない。あのイヅチカナタは、俺が追い続けているクサレイヅチだ。
頭がカッと熱くなり、同時に体の中心に酷く冷たく重いものがのしかかる。相反する二つの感情が駆け巡るが、冷静さを失うことはなかった。確実に仕留める。千歳達を開放する。そのことだけ考えていれば、暴走せずに済んだ。
…とは言え、むしろ暴走した方が良かったかもしれない。クサレイヅチはさきほどの2匹と同じように、トキワノオロチに向けて、なにかを放出しようとしているようだ。
ホロウも次弾は放てそうにない。俺の射程距離にも入っていない。
早い話が………間に合わない。
クサレイヅチが、青い光…因果を放出するのが見えた。それを、今度こそ受け止めようとトキワノオロチの顎が開く。
鉄砲水のように、怒涛の勢いで溢れ出た青い光。
それを見た時、以前にシノノメの里で識から聞いた話が脳裏をよぎった。
『イヅチカナタは、因果を奪い喰らう鬼…とされているが、その実態は違う。奴は『因果を集める鬼』なのだ」』
『イヅチカナタの本来の在り方は、全てを呑み込む暗黒の穴ではない。あれは、言わば貯蔵庫だ。入れた物を保管し、然るべき場所に運び、護り続けて吐き出すのが本来の役割』
『正しい手順を踏めば、取り込んだ因果を自ら吐き出す』
これか。これがその、然るべき場所、正しい手順と言う奴か!
識が言っていた通りだった。イヅチカナタの本来の役割は、因果の貯蔵庫……いや、もういっそ『弾薬庫』と言った方が分かりやすいか?
因果を浴びたトキワノオロチから、暴悪的なまでのプレッシャーが撒き散らされるのを見て確信する。
因果を食って力に変えているのは、クサレイヅチじゃない。トキワノオロチの方だ。
クサレイヅチは…その能力で国を滅ぼし、歴史を滅茶苦茶に書き換えてしまうような恐るべき鬼は…、トキワノオロチの元に因果を運んでくる役割を果たす、働き蜂でしかなかったのだ。
だが、それも納得だ。
余波だけで破壊を引き起こすような力の塊。フロンティアでさえ、ここまで並外れた力を持つモンスターは、そうそうお目にかかれない。
因果をエネルギー源とするってのは、これ程強力な力を引き出せるのか。
天井知らずに跳ね上がっていく力に、寒気を覚える。
だが、逆に絶好の好機でもあった。
クサレイヅチもトキワノオロチも、因果の供給の為に動きを止めているし、奴らの体を駆け巡る力を鬼の目で見通せば、急所、重要な器官も一目瞭然。
あとは、あそこまで届く攻撃があるかどうか。
ホロウはもう動けない、うちの子達も里のモノノフ達も遠くに居る。やれるのは自分だけ。
神機のスナイパーでも届かない、3つの世界のどの道具でも無理。
…道具。
いや、ある、あるぞ! いっちばん単純な道具なら、俺ならワンチャンある!
人が用いた原初の道具、その名も『石ころ』。念のためにMH世界製。
単なる石ころ(100回投げつければハンターも倒せる石ころだが)に、俺の全霊力を籠めて! First…Comes…Rock…!
アラガミ化し!
余計な事は考えず、ただブン投げる! セイヤッサーボンジャンッ!
…自分でやっといてなんだが、脳筋過ぎて引いた。
アラガミ化した俺の身体能力を限界以上に振り絞っているとは言え、キロ単位で離れた相手に対しての攻撃が投石ってどうよ? 人の手でそんな距離を投げられる筈もない。
まぁ、届いたんですが。しかもクサレイヅチの重要機関に直撃。レーザー送球もいいところだ。
我ながらナイスすぎるピッチングである。これならやきう界にちょっとした話題を引き起こせるのではなかろうか。
え、俺ってばいつのまにイ〇ローのミタマを装着してた訳?
具体的にどれくらいナイスかと言うと、余波で衝撃波が起こり、目視できるくらいである。空気を文字通り切り裂いて飛翔した石ころの後に、彗星の尾のような輝きが後を引く。
ソニックブームで木々が薙ぎ倒され、大気摩擦で発生したらしい炎が撒き散らされ、何故か地割れまで発生し、クサレイヅチを貫通した石ころは壊れる事もなく雲を吹っ飛ばしながら遥か彼方に消えていく。
当然、こんな物が直撃したクサレイヅチはただでは済まない。
物理法則から半ば逸脱している鬼だから爆裂四散こそしなかったものの…されていたらされていたで、中の千歳がどうなったか考えたくもないが…体の3割ほどが吹き飛んで、放出しようとしていた因果も飛び散った。
被害甚大なのは、クサレイヅチだけではない。
余波だけで、トキワノオロチでさえ結構なダメージを被ったようだ。今まで、モノノフ達やうちの子達の攻撃を散々受けて軽傷で済んでいたのに…恐らく、クサレイヅチから因果を受け取る為に、シールド的な何かをオフにしていたんだろう。
イ〇ローの威光がダメージを与えたんじゃないかと思ったが、それは忘れておく。
…しかし、やはりこの一発は失敗だったかもしれない。
アラガミ化が強制的に解けたと思ったら、体のあちこちから不協和音が飛び出してくる。全身全霊を、問答無用で籠めた一発だったからな。「もう二度と投げられなくなっても構わない」ってくらいの思いで投げた。
アラガミモードはあらゆる能力が上昇し、能力配分も自分の意志で随意に変えられるけど、その分ストッパーが無かったんだな。
10ポイントを使って自在に能力を上げ下げできるけど、うっかり11ポイント目を使ってしまうと物凄いしっぺ返しが来る。今までアラガミモードの全力以上を使った事は無かったし、初めての経験だ。
…なんて、呑気な事考えてる場合じゃない。
ちょっと誇張抜きで動けない。完全に自爆技だった。
この状況で、あの2匹が暴れ出したら…いや、因果の受け渡しを終えられたら、どうなる? 俺やホロウ抜きで、クサレイヅチとトキワノオロチを相手にできるのか?
うちの子達もモノノフ達も手練が揃っているが、因果簒奪の権能にどこまで抗えるか。それに、さっきのトキワノオロチから放たれるプレッシャーからして、まともに戦う事自体は間違いなくらいの力の差がある。
無理に阻止して動けなくなるくらいだったら、万全のまま戦った方がまだ…。
…と、論じても意味の無い後悔を抑え込んでいると、問題の二匹の鬼は急に動きを変えた。
苦しんだ後、怒りに燃えて俺を狙ってくる、或いは暴れ出す……かと思いきや、先程までの気炎は何処へやら。吠える事も無く距離を取り、それぞれ別の方向に消えてしまった。飛んで逃げたとかじゃなくて、鬼が移動する時に使う黒い穴を開けてソソクサと。
……ん?
…あれ?
え、ちょっと待って、何処行ったの…いやどっか行ったんなら待たなくていい。このまま戦っても全滅するのは目に見えていたし。
でもこのタイミングでどうして居なくなるワケ? 逃げた? でも逃げる理由なんて…。
混乱しながらも、とりあえず立ち上がろうとした…が、その瞬間に違和感に襲われた。
自分の中に、『何か』が侵蝕してくるような異物感。だがその異物感は、無くしてきた物が戻って来たかのような安堵感と混ざり合っている。受け入れるべきか、跳ね除けようとするべきか。
悩む暇も無く、異物感に覆い尽くされて、意識が遠のいて行った。