SIDE 雪風
神夜と二人で汗を流し、さっぱりして浴衣に着替えた。胸を揉み過ぎて、場所も弁えずに途中でちょっと盛り上がりかけたのだが、別の入浴者の気配を感じて中断した。
水を差された分、本命と楽しく遊ぼうと決める…が、ふと声を上げて立ち止まった。一緒に歩んでいた神夜が振り返る。
「どうかされたのですか、雪風さん?」
「いっけない…。お母さんから頼まれ事されてたんだった。残念だけど、遊びに行くのは後にするわ」
「そうですか。でしたら、遠慮なく私が独占させていただきます♪」
手伝う気を微塵も見せずに、役得と言いたげな神夜だが、雪風から向けられるのはむしろ心配そうな視線である。腰とか大丈夫かな、と。
雪風が頼まれていたのは、不知火が担当している作業。里の周囲に張り巡らされた罠(主に幻影や毒)の手入れである。
がさつ……もとい、細かい作業を面倒臭がる雪風にそんな事任せて大丈夫か? むしろ自分が幻影ひっかかるか、媚毒にひっかかってアヘるんじゃね? という疑問はあるが、一応その辺は不知火も考慮している。……見る人が見れば、任せた時の不知火の顔にびっしりと汗が浮かんでいたのが分かっただろうが。
そこまで不安なのに任せるなよ…と言われそうだが、これで失敗させないのも問題だ。
彼女達が引き受ける任務は充実したサポートと仲間が居る為、滅多な事では危険な状態異常や右も左も分からない状態には落ち込まない。
だからこそ、そうなった時の対処法や搦め手を知っておく必要がある。そういうお手本の場として、里周辺は最適だった。何せ、不知火や静流を筆頭とした搦め手の専門家が知恵を絞って作り上げた迷い路だ。うっかり入り込んだ里のモノノフが、えらい目にあって搬送されてきた事が何度かある。
(まったく、お母さんの任務を何で私がやらなきゃいけないのよ。手が足りない時に助力しあうのは分かるけど、こういう面倒なのは苦手なのよ。お母さんだって、別に用事がある訳じゃ……あったのかしら?)
ただし、当の雪風はそんな親心を全く理解していなかった。
頭は悪くないし、義親子中も爛れた関係になる程には良いし、周囲を見て考えるよう教え込まれてもいるのだが、だからといって周囲の気遣い全てを理解できる筈も無かった。
むしろ、雪風自身は適性のない技術を無理に習得するより、さわりだけ覚えて、あとは得意分野を伸ばすべき。むしろ中途半端に覚えるくらいなら、いっその事知らない方が…と考えていたりもする。…本気で考えているのではなく、どうにも性に合わなくて腰が引けているだけだ。宿題を後回しにする小学生のようだ。
とは言え、流石に無理もないだろう。異常な境遇と戦闘能力を持っているが、雪風は本来遊びたい盛りの年頃だ。
右も左も分からなかった頃とは違い、それなりに経験を積み、よくも悪くも自分で考えるようになっている。
一言で言えば反抗期だ。
とは言え、お役目であるからには、やる事はやる。
一緒に作業する予定(実際は教師役)の静流達と合流し、本当なら今頃、それはもう濃厚で密接でねっちょんねっちょんな時間を過ごしていた事を想い、ちょっと不貞腐れ気味に作業を手伝う。
手伝うと言っても、出来る事はあまりない。先日の戦いの余波で壊れた部分は既に再調整されているし、作業が必要な部分は専門的な知識が必要で、素人の雪風には手に負えない。
なので。
「…今度はどこに行けばいいの…?」
「そこをそのまま進んで頂戴。ああ、黒い線が見えたら、絶対越えちゃ駄目よ。迷い路の中に入り込んで、間違えた道を進んだら死ゲフンゲフン、傷だらけになるから」
「死って言ったぁ!?」
「だって鬼を撃退する為の罠だもの」
雪風は実験だ…もとい、被験者の役割となっていた。既に4つの罠を体験したのだが、真っ直ぐ立っていられないほどフラフラだ。
平衡感覚を奪う罠、幻影を見せる術、認識できないのに神経を掻き乱す現象、いつの間にか口の中に忍び込んでくる甘露と言う名の睡眠薬…。
どれも予め言われていないと気付けない…いや、言われても気付く事が難しいものばかり。
こんなものが所狭しと敷き詰められていると言うのだから、能天気な雪風をして背筋が寒くなる。これが母の実力なのか。
「酩酊状態って意味なら、これよりもっと凄いのを何度も経験してるでしょうに」
「こ、こんな訳のわかんない状態に覚え何てないわ…」
5つ目の罠を体感した雪風は、そこで白旗を上げた。気力はまだ残っているが、単純に足腰が立たない。どうやら麻痺毒の類を受けたらしい。
先程までの4つの罠からも回復しきった訳ではないので、心身ともに乱れまくって、地面で大の字になって動けないでいた。ついでに言えば、呂律が回らなくなっている。上記の台詞は翻訳したものです。
「なーにを生娘ぶってるんだか。毎日毎日、若にしてもらてるでしょー? 前後不覚で動けなくなるくらいにさぁ」
「どう考えても、系統が違うわよ…」
「あー、でもよかったなー。前から使ってみたかった毒を試せて。鬼に仕掛けても意味ないし、人に悪戯すると流石に怒られそうだしで、機会を伺ってたんだよ」
「き、機会があったからって使うなぁ…!」
にやにやと陰気な笑みを浮かべて雪風を見下ろしているのは、毒の使い手である六穂。
子を作れない、普通に恋人を作る事もできない体質の為にひねくれていた娘だが、それを解決できる頭領に心酔する女。……そして、今の状態でも性格に難があるのは変わっていなかった。
それとは対照に、雪風を膝枕している静流は溜息を吐いていた。その態度以上に、視界を塞ぐ大きな丸い膨らみが雪風を苛立たせている。知っているが、敢えて無視する静流だった。
「うーん、困ったわね…。予想以上に効果が高すぎて、殆ど実験できてないわ。正直、もうちょっと回避できると思ってたんだけど」
「わ、罠って回避できるもんなの…? と言うか、自分から罠にかかりにいかせておいて…」
「罠に嵌るのと、抵抗できないのは別物だよ。特にこういう、感覚系の奴は。神夜さんも一度試したんだけどねー」
「ああ、あれは凄かったわね。薬も術も効いている筈なのに、『心頭戦に昂れば、どのような不調も平時と同じ極まりないです!』とか言って無効化されて、一閃しただけで周囲の罠が壊されて」
「おかげで直すのが大変だった…」
遠い目をする二人。文句を言いたいが、本格的に口が動かなくなってきた雪風。
雪風はせめてもの意趣返しに、この二人には…いや、母に対しても睦言の制約条例の事は話すまいと心に決めた。せいぜい普通にまぐわってなさい。私は今のうちに、今後できなくなる遊びを満喫しておくから。
(…なんだかあまり勝った気がしない…)
雪風は不貞寝する事にした。
「…寝ちゃったよ。ところでさぁ静流。若がやれって言った事だし文句をつける気はないんだけど、この罠って必要なのかな? 鬼を相手にするんじゃなくて、人間相手にしか効果が無い罠も結構作ったじゃん」
「ん、まぁそこはね…。最初は里との信頼関係も築けてなかったから、いざと言う時の為って考えてたみたいよ」
「…僕達だけが知っている罠の抜け道を使って、伏兵戦とか考えてた?」
「ええ。逃げる時に壁代わりにするとかね。…でも、里との関係が安定するにつれて、対鬼用の罠に段々変えて行ってたんだけど…昨日から、また人に利く罠も一定数混ぜろ、って指示が来たのよ」
「ふーん…。まーた余計な事考えてんのかなぁ。今更、里の連中相手にやり合う理由が出来るとは思えないけど。…ま、それも若がやれって言うならやるけどね」
若干、剣呑な気配を醸し出す六穂だが、静流にたしなめられてすぐ落ち着いた。
六穂としても、ウタカタと積極的に揉めたい訳ではない。飯は美味いし、お人好し揃い(それ故に陰キャには眩しくて辛い)だし、距離を置いて付き合っていくには最良の環境だと思っているからだ。
静流としても、人間相手の罠は必要ないと思っている。ウタカタと戦う事は無い…と思っているからではない。理由が無くても、2人揃えば争い、3人揃えば派閥が出来るのが人間だ。
ただ、こうやって人間用の罠を作る事で、ウタカタの猜疑心を煽る可能性が高いと思っている。そうでなくても、稀にこの罠の中に迷い込む者がいるのだ。重症人でも出たら、目も当てられない。
だが静流としても、命じられれば結局は従うしかない。
「私達の最大の弱点ね…。若様の意思を何より優先しているから、意見できる者は居ても、諫められる人、強引にでも止められる人が居ないの等しい」
「……独裁者って言っても、差し支えない状態なのは確かだね。僕はどうこうする気はないけど」
「……………」
静流は頭を抱えた。確かに自分達の性質上、頭領に逆らうのは不可能に等しい。
今はその必要すら殆ど感じてないからいいものの、彼が道を誤った時、自分達は共に滅びにいくしかないのだろうか。
現実逃避気味に、いつの間にやら鼻提灯を膨らませている雪風を見て溜息を吐く静流だった。
SIDE 木綿季
木綿季の朝は早い。と言うより、実は寝る必要が無い。
何せ体はカラクリで中身は霊魂。博士によるカラクリの手入れの時以外は、いつでも動き回っていられる。
他のミタマによると、「生きていた頃の習性で眠気はある筈」との事なのだが、鬼に何年もミタマを捕らえられ、昼も夜もない生活を送っていた木綿季は、その辺の習性を半ば忘れてしまっていた。
その為、皆が寝静まった夜中であっても、夜道の散歩に出たり、屋上で剣を振るったり、夜の女子会が行われているのを敏感に察知して菓子折り持って参加しに行ったりと、とにかく動き回っている。
長く囚われの生活であった為に、その分取り戻そうとしているかのよう…と思いきや、親友の明日奈に言わせると「睡眠時間はともかく、生きてた頃からあんな感じだった」との事。
とにかくこの世の全てを愉しみ尽くそうとするような生き方をしている木綿季であるが、そんな彼女でも不快と感じる事はある。
例えば友達が嫌な顔をする事。
例えば鬼を斬るのを止められる事。
例えば…。
「鬼に捕らわれていた時の話を聞きたい…?」
例えば、無力な餌として囚われていた時の事を思い出す事。
カラクリの姿なので表情は動かせなかったが、嫌そうな雰囲気を醸し出す。
彼氏からの頼みであっても、思い返すだけで顔を顰めるくらいには屈辱だった日々だ。若くして死んだのは、まぁいい。無念だったが、病魔に負けた自分が弱かっただけだ。
魂だけとなり、右も左も分からない状態で彷徨って、鬼に捕食されたのも間抜けなだけだ。
だがそこからが地獄だった。
鬼の腹の中で、自害する事も出来ずにただ時間が過ぎていく。時折感じる、鬼の力の源としてじりじりと力を吸い取られる感覚。
屈辱だった。敵の糧になるくらいなら、自らの首を躊躇いなく落とすのが木綿季という人間(当時10歳未満)だが、それすら封じられ、幼いながらも鍛えてきた剣を振るう事もできない。何せ体が無いのだから。
だが、それ以上に苦痛だったのは『退屈』だ。
動かせる体も無い、話し相手も居ない、時折外の景色は見えるが基本的に真っ暗。鬼が体を動かす音は伝わってくるが、不快な音でしかない。常人なら発狂して当然の状況だ。
が、木綿季は耐えた。普通に過ごした。暇だ暇だとミタマになった状態で騒ぎながら、大の大人でも三日と経たずに音を上げる環境で、年単位で鬼の腹の中に居た。
いつか訪れるかもしれない、鬼が討伐されて自由になる日の為に……なんて事は考えず、とりあえず死ぬ事も逃げる事も出来ないので生きた。
「…っと、そんな感じだったかな。鬼は頭に来るのに斬れないし、退屈だし、段々力を吸われていく気がするし、暇だし、とにかく大声出したりして気晴らししてたなぁ」
そして人生の半分以上を費やす事になった、そんな屈辱と退屈な日々を、とっくに『過去の事』として割り切っているのが木綿季である。
良くも悪くも刹那的で、過去を振り返らず未来を視ず、ただこの時に何をするのかだけで駆け抜ける。対価に何を要求されるとしても。それが木綿季の根っこだった。
「で、それがどうかしたの? 『若』君」
木綿季に問いかけたのは、この集団の頭領の男。木綿季にとっても、一応恋人…と言っていい、筈だ。多分。
ぶっちゃけて言ってしまうと、木綿季にとって頭領に従う理由はあんまり無い。鬼から解放してくれた恩人の一人で、故郷を助けてくれた英雄と言っていい。
が、抱かれてもいいと思うような出来事は無かった。
明日奈の体に宿り、『生前出来なかったんだから』と気軽に初体験を迎えた結果、『何これすっごい気持ちいい!』と病み付きになってしまっただけだ。
(ま、ここは居心地がいいし、この人は強いし面白いし、離れる気はないんだけどね)
だが理由が無くても、気に入った相手にはとことん執着する女だった。ネコのように気儘な割に、犬のような忠誠心がある。
それはそれとして、囚われていた時の事を聞いたのは、『ミタマを削られるとどんな風になるのか』を知りたかったかららしい。
確かに、鬼の餌になる感覚を知っている生きた人間はまず居ないだろう。ミタマなら沢山いるのだが、感覚とか死生観とかが変質しているので情報源としてはあまりアテにならない。
「…は? 近い内に、ミタマを齧られるかも? 何それ、そんな強い鬼が来るの? …違う? そう」
…別に頭領が喰われないのを残念がっているのではない。強い相手が襲ってくると期待して、肩透かしを食っただけだ。
「うーん、もしそうなら今のうちに沢山戦って、強くなっておこうと思ったんだけど。真面目な話、ミタマから力を奪われると何もできなくなるよ。僕も慣れるまでは、何度も意識が途絶えたし。魂に関する事はよく分からないけど、要するに気力みたいなものじゃない?」
吸い取られれば、精神的に疲弊しきって気を失う。或いは死に至る。
木綿季は経験でそれを知っていた。一度は肉体的に死に、鬼の腹の中では何度も何度も力を吸われて死の淵に至った。…そのせいで死の感覚に慣れて、ギリギリの土壇場でも平常心で居られるようになったのは皮肉である。
「てか、鬼じゃなければ何にミタマを齧られるのさ? また何か妙な事考えてるね。…ふーん、よくわかんないけど、難しい決断なんだ」
軽く話を聞いた木綿季だが、悩みの内容を全て白状された訳でもなく、繰り返しやら何やらの背景事情を知らされている事も無い。そんな状態で、何が問題でどうすればいいのか、答えなんぞ出せる筈も無かった。
ただ、彼氏が悩んでいるのは確かなので…できる事はやってみよう、と思ったのだ。
カラクリの体に内臓されている機能を稼働させ、人間の体を投影する。「成長した自分」を想像して具現化させるのに、既に10秒も必要なくなっていた。
頭の中で、それだけイメージが固まっているのだ。その分、巨乳化するなどのアレンジは難しくなっているが。
「じゃ、しよっか。…うん? 何でって、悩んでるんでしょ。じゃあしようよ。うん、睦言。まぐわい。交尾。いやー、下手な考え休むに似たりって言うじゃん。ちゃんと考えて、それでも結論が出てない問題なんでしょ。延々と頭を抱えてたって意味ないよ」
一理ある。一理あるが、この考えると言う行為を戦闘においてしか使わない阿保の子にいわれると、どうにも最初から考える事を投げ捨てているようにしか聞こえない。
そもそも、何でそこで色事しようという展開に繋がるやら。
「気持ちよくて、楽しくて、すっきりするでしょ? まぐわってすっきりすれば、大抵の事はどうにかなるよ、多分! 昔お母さんから聞いたんだ、『そうあれかしと叫んで絡めば、世界はするりと片付き申す』って」
おい馬鹿やめろ、判事が来たらまとめて死ぬ。と言うかお母さん何者だ。木綿季は十字架のペンダントを持っていたし、晩年(死んでるけどまだ死んでないが)に編み出した奥義にも『マザーズ・ロザリオ」などと名付けるくらいだから、例の宗教と何か関わりがあってもおかしくないか。
「そう言ってもさー、僕には戦う事くらしかできないし。若君だって、戦うか女の子を喜ばせるくらいしかできないじゃん。いやできるのかもしれないけど、しないじゃん。出来もしない事や決められない事に悩んで時間を使うくらいなら、出来る事を全力でやった方がいいと思うよ。だからさ、ほ、ら、ね? ごほーし、ごほーしするから♪ 舌の使い方、色々工夫したんだよ」
チェシャ猫のような笑みを浮かべて木綿季は圧し掛かる。なんのかんの言って、この手の誘いを断られた事など無い。この彼氏は、据え膳は骨の髄までしゃぶり尽くす男なのだ。
これでも、元気付けようと考えてやっている事だ。決して、新しく覚えたエロい技術を試してみたいだけではない。
具体的には、3本に増やした舌でベロベロしながらディープスロートとか、膣内のヒダを全て極小の舌に変えて、本番とナメナメを同時に行うミミズ千匹ならぬ舌千本扱き穴とか。
投影した人の姿で、幾つも仕込んだビックリどっきり精搾り機能でどうやって驚かせてやろうと考えながら、木綿季は粘膜の接触に耽った。
そして、集中が維持できなくなり、人の姿の投影が出来なくなった後。
「ん、どしたの? …悩みが解決した? よくわかんないけど、よかったね! 言ったでしょ、一発抜いてすっきりすれば、色んな事は片付き申す…って」