ちょっと日付が飛んで、
黄昏月肆拾日目
ホロウに戦力外通告されてから、約一週間の日が流れた。
最初こそ悩んだものの、幸いにも初日に解決方法が見つかった為、後はそれをずっと実践していた。解決方法と言ってもホロウを説得できる材料と言う事ではなく、接近禁止令を出し抜く方法が見つかった、と言うだけだ。しくじったらその後のホロウとの関係が一層危険な物になりかねないが、俺の勘はここが勝負所だと囁いている。
実際の所、俺もいつまでこうやって人間(…ハンターって人間だっけ…)をやっていられるか分からない。
俺は因果について論じられるほど詳しくも頭が良くもないが、世界の中で一個の生物として真っ当に生きるのに、どうやっても必要不可欠な存在だと言う事は予想が付く。それをホイホイと取り上げられたりくっつけられたりして、正気を保っていられるだろうか。
クサレイヅチ自体、俺と同じように因果を奪われたり取り込んだりを繰り返した元人間って仮説まで立てているのだ。俺が同じ事にならない保証はどこにもない。
正直、まだまだ余裕があると思っていたんだがな…。想像以上のループを繰り返している事が明らかになったのだ。残り回数なんぞ分かったものではない。
まぁ、逆に言えばまだまだ猶予がある可能性だってあるんですけどね。俺もそろそろ奴の顔は見飽きたし、何より千歳やうちの子達を解放してあげたい。この好機に全力ブッパする所存です。
あと何回繰り返せるかの問題はともかくとして、この数日間何をやっていたかと言いますと、ただ只管に盛っていました。
そこ、いつもの事じゃんって言わない。いつもは愉しむ為に盛ってるんだけど、今回のはちゃんとした目的意識があって盛っていたんだからな。楽しんだけど。
元々、オカルト版真言立川流という技術は(俺はエロの為に身に付けたけど)互いのエネルギーを交換しあい、増幅する事を目的として創設された技術だ。……少なくとも、建前はその筈だ。初めて読んだ指南書に書いてあったのを、今でもはっきりと覚えている。
で、俺はそれを丁寧に丁寧に、ずっとヤり続けていたのだ。
相手を気持ちよく、そして興奮させた方が効率は良くなるので、結局はもっとエロくもっとエロくと繰り返していったわけだが、結果は変わらないのでどうでもいいだろう。
これによって得られた結果は、霊力、ひいては魂の増強。魂と霊力は別物で色々とややこしい関係があるんだが、そこら辺は省く。これらを直接強化できるのが、オカルト版真言立川流の真骨頂だな。
何で今更そんな事をしたかと言うと、ぶっちゃけホロウに食わせる為だな。
あいつの魂喰らいの機能は、燃料とする魂が強く大きければ、それだけ強い力を発揮できるらしい。どうせ喰われるなら、徹底的に強化して、クサレイヅチとトキワノオロチを一蹴できるくらいの力を発揮してほしい。
そんな訳で、その辺の事情を理解したうちの子達の協力の元、可能な限り盛り続けて、限界を超えた強化を行い、ホロウに宛がわれた家を訪ねた。。
強化の内容を具体的に言うと。
「…随分と……何と言いますか、肥えましたね」
一目見たホロウから、そんな言葉が出るくらい。
一応言っておくが、物理的に太った訳じゃない。とにかく霊力を貯め込んで凝縮しまくったので、霊的視覚を持つ者から見ると……なんだ、その、饅頭? おにぎり? 小錦? 特にホロウはこれから魂を喰らう事になるので、より食い物っぽく見えてるんじゃなかろうか。
こころなしか、ホロウの視線が極大饅頭に齧り付こうとしている時に似ている気がした。
「何のつもりですか。霊力を貯め込み増強する術があるのは知っていましたが、そこまで貯め込むと逆に戦えないでしょう」
その通り。のんびりしていれば大丈夫だが、下手に動くと溢れ出しそうなのだ。限界を超えた強化、と称するだけあって歪な状態に仕上がっている。
例えていうなら…マッチョがサイズの合わないシャツを着込んでる感じ? ちょっと力むと世紀末救世主よろしくあっという間に素っ裸。ただし下半身も含む。
…どっちかと言うと、排泄をギリギリまで堪えている感じ、の方が伝わるかな。ちょっとでも気を抜くと、ズボンの中に納まりきらない大惨事が発生する。
で、何のつもりかって言われれば、そりゃホロウに協力しようとしているんですが、
強い魂を使った方が、強い力を得られるって言ったのはお前だろ。
「確かにそうですが……」
何企んでやがる、と言わんばかりの視線を向けられた。
まー無理もないよね。俺が居ると勝てない、と断言されたものの、それで大人しくしていると思う程、ホロウは楽観的じゃない。
ホロウ同様、クサレイヅチを延々と追いかけてきた執念を知っているのだ。素直に諦めると思う方がどうかしている。
実際の所、企むと言う程大仰な事を考えている訳ではない。
単純に、『多少傷ついても気にならないくらい強く大きな魂になれば、ホロウに魂を齧られた後でも動けるんじゃないか』って程度の事だ。だから延々と霊力で魂を補強し続けた。要するにあれだ、安全なエイヴィヒカイト?
とは言え、ホロウの魂喰いによるダメージがどれくらいになるか分からないし、どういう形式で魂を抜き取り、燃料とするのかは分からない。正直言って、対策としては博打もいい所だ。
…最悪、肥え太らせたのっぺらミタマどもを身代わりにする事も考えたんだが…それも結局、俺の体を削るって事なんだよなぁ…。
ともあれ、もしもこれが上手く行ったとしても、ホロウに察知されたら作戦失敗だ。上手く行こうが行くまいが、動けない体を装わなければならない。
と言うか、今更聞くのもなんだが…魂喰いは今から使うのか? クサレイヅチどもが現れてからじゃなく?
「はい。まずはミタマを私の中に取り込みます。必要な時になったら、それを燃料とする二段階方式です」
そっか。…まぁ確かに、戦いの場で都合よく取り込めるミタマが居るとも限らない。事前に取り込んでおくのが効率的なやり方だわな。
「それと、魂喰いを行う事自体初めてですが…この機能は、生きた人間からミタマを奪うのは本来の使い方ではありません。理論上は可能ですが、戦略的にも推奨されていません。推測になりますが、ミタマを抜き取られた貴方は、殆ど動けなくなると思われます」
ああ、それは予想できた。
その間の世話は、那木に頼んである。時間になったら迎えに来てくれるから、体はそっちに渡してくれ。
…うちの子達には、本当の事は言うなよ。トキワノオロチ討伐に必要だから、力の殆どをホロウに預けて動けなくなる…って事にしてある。魂を燃料にする云々を伝えると、猛反対どころか下手をするとホロウに殺気が向きかねん。若の魂を返せって、闇討ちどころか真正面から来る。
「承知しました。…では、準備はいいでしょうか」
…ああ、やってくれ。
目を閉じて、床に座り込む。胡坐を組んで、手は両膝の上。目を閉じ、リラックスして呼吸を深く。瞑想に近い精神状態。
……目を閉じているのでホロウが何をしているのか見えないが、奇妙な感覚があるので分かった。
どうやら魂喰いを発動させているらしい。発動までに時間がかかったのは、躊躇いでもあったのだろうか。
……何かが触れる感覚がある。肉体的ではなく、もっと深い所に。霊力とは違う。のっぺら共に触れられるのとも、また違う。
オカルト版真言立川流を使っている時、似たような感覚を感じるな。これが魂に触れられる、と言う事なんだろうか。
…この部分を、抜き取られるのか。
思っていたより、怖くも痛くもないもんだな。ある意味、死ぬような物だと言うのに。まぁ、何度もデスワープを経験しているからかもしれないが。
…意識も意外とはっきりしてる。
魂のより深い場所に、何かが絡みついて来る。痛みは無いが、くすぐったい。
引っ張られる。くすぐったい。
引っ張られる
くすぐったい
引っ張られる
ばらんすがくるう
引っ張られる
くすぐったい
引っ張られるばらんすがくるう
引っ張られるくすぐったい
引っ張られるくすぐったい
引っ張られるくすぐったい
引っ張られ…………
すいませーん、ホロウさん? まーだ時間かかりそうすかねぇ?
何ていうか、神経を直接コショコショと撫で回されているような感覚が続くだけで、魂取られてる感じがしないんですが? なんつーか、くしゃみが出そうで出ない感覚が全身に広がってるって言うか…。
片目を開けてホロウの様子を見る。ひょっとしたら、もう魂を抜き取られてるんじゃないか…と思ってたんだが、そんな事は全く無かったようだ。体は相変わらず座ったまま、視点も空中に移ったりしてない、やろうと思えば手足も動かせる。
どういう事だとホロウの様子を見てみると、ホロウ自身も困惑しているようだった。
「…おかしい。魂喰いが発動しません」
発動しないぃ?
おいおいおい、そりゃどういう事だよ。これでも結構悩んで、覚悟決めて来たんだぞ。
魂喰いは、トキワノオロチとクサレイヅチ討伐の戦略の鍵だ。それが発動しないんじゃ、前提からひっくり返ってしまうじゃないか。
一体どうした、故障でもしてるのか。
「…いえ、各種機能は正常に働いています」
働いてないやないかい。クサレイヅチ探知機だって、上手く動いてなかったじゃないか。
「あれは故障ではなく、複数のイヅチカナタを感知していた為と判明したではありませんか。前例がない事態だったので、故障と誤認していただけです。魂喰いも、稼働している感覚はあります。あなたのミタマに機能が接触し、抜き取ろうとしています。ですが、抜き取れません」
確かに、魂に何かが接触してきている感覚があるが…。
…単純に、強化しすぎたとか? ミタマの容量が大きくなりすぎて、重さと大きさが許容量を超えて引っこ抜けなくなったとか。
「それも考えにくいです。本来であれば私の中にミタマが吸収されていきますが、許容量を超えているのだとしたら既に私の中は限界まで満たされている筈」
…齧られて一部を引っこ抜かれる、って感覚も無いな…。なんつーか、本当に魂を引っこ抜こうとしているのか怪しいくらいだ。
できる限り力を抜いて、無意識の抵抗もしてない状態…のつもりだ。その状態で全く干渉できてない状態…。
吸引能力が低下している?
と言うかホロウ、魂喰いが出来ないなら、その機能止めてくれんか。
さっきから全身がむず痒いと言うか、魂がくしゃみをしそうと言うか……………へ、
ヘェッキシ!!!!
「あっ」
あっ
唐突になんだが、今の俺はダムみたいなものだ。
限界を超えた強化、過剰なまでに霊力を貯め込み、それをちょっとばかり強引に術式で押し留めている。ギッチギチに詰め込んで、強引にガムテープやビニール紐で包装した段ボール箱に似ている。
しかも、中身をちゃんと整理して入れたのではなく、力で強引に詰め込んだ段ボール箱だ。
そして梱包しているその紐は、二重三重にしているとは言えあまりにもか弱い。
そんな状態で…おかしな言い方になるが、『中身』が飛び跳ねたらどうなるか。
無論、弾け飛ぶ。パァーンと逝く。中身が飛び出す勢いで吐き散らかされる。
ただし、中身は指向性の無いエネルギーの濁流とする。
バコォン「旦那様!?」「ちょっ!?」「あっ、俺の傑作が!」「なんだぁ!?」「キャー覗き…あれ、誰も居ない」「あら、夜這いならぬ昼這い……もう行ってしまわれるなんて、つれないお方」
ホロウの部屋の壁を蹴り破って、ちょうどやって来た那木が驚くのを尻目に、里を駆け抜けました。
人家をぶち抜いて、たたらさんが打っていた武器を足蹴にして、息吹の目前を横切り、禊中だったお嬢さんからは紳士的に目だけ背け、橘花の部屋を素通りして…。
それはもう、アラガミ化しての鬼疾風よりも速く突っ走った。合言葉はラディカルグッドスピード!
…極限まで強化すれば、人の身でアラガミのスペックを超える事もできるんだな…。いい勉強になったよ。
その代償として、里の裏山の更に裏が盆地になったけどな。
ギリギリまで抑え込んだものの、そこまでしか移動できなかった。無意識に咆哮をあげながら爆発するその様、まるでベジータのファイナルエクスプロージョンの如し。
…元々、強引に圧力をかけて霊力を安定させてたからね。そこにホロウの魂喰いでコショコショされて、バランスを崩した挙句に、くしゃみ一つで最後の綱が切れてしまった。
このままでは爆発する(比喩抜き)と、咄嗟に色々ぶっ壊しながら被害の及ばない所まで突っ走ったのである。
なのに、大和のお頭のみならず、那木やたたらさんやうちの子達からメッチャ説教受けました。
そりゃ、勝手にホロウ共々、怪しい術で戦力強化を目論んで失敗した挙句、地形を変えるくらいの大爆発を引き起こし、俺自身も自爆を受けたヤムチャみたいな状態になったが……そこまで怒られるとか、解せぬ。