職場でとんでもねー事が起きてしまい、その後始末に上司がかかりっきり。
その分、時守も補助やら代理で進めなければならない案件が多く、残業しまくって執筆時間が削られてしまっています。
いやマジで上司、呪われてるんじゃないかと思うくらいハードラック…。
スランプで書けないというのもありますが、流石にこれを放って一人だけ定時で帰るのは心が痛みます。
次回投稿も暫く時間が空くと思いますので、ご了承くださいませ。
SIDE ホロウ
ホロウにとって、性行為とは旅費を得る為の手段でしかなかった。忌避するものでも、好むものでもない。ただ少しばかり胸や股座に触れさせれば、短い時間でそれなりの金銭が手に入る。
最後まで行為を行った事は無い。どういう訳だか、そういった行為を要求してきた相手はすぐに辞めてしまい、つまらない物を見るような目を向けられる事も多い。それこそ、ホロウにとってはどうでもいい事だったが。
今回もそれと同じだ。旅費を得る為ではなく自分の中に居るオビトを助け出す為という違いはあるが、性行為自体に思う所は無い。
事実、前回の診察を受けてもそれは変わらなかった。ここの女性達…らぶらびっつ隊の者達が揃って絶賛しているのを聞いた事はあったが、評判の割には大したことは無い、としか感じなかった。
それは彼が上手いとか下手とかいう事ではなく、自分に元々備わってない機能だからだろう、と考えていた。
だからこそ、触れられ抱きしめられるだけで反応する体に戸惑った。
最初は攻撃、襲撃を受けたのかと思った。突然、体を強い衝撃が貫いたからだ。鬼の体当たりを受けた時のような、体の芯まで響く衝撃。
敵が…イヅチカナタが来たのだと考え、抱きしめる腕を跳ねのけて飛び起きようとした。しかしそれを正面から抑えつけられ、布団に押し付けられた。
「何をしているんです、敵が!」
そんな者は来ていない、逃がさないと囁かれ、腕を掴まれた。その時、掴まれた腕から同じような衝撃が走る。押し倒された拍子に体と体が触れ合い、そこでも同じような感覚が生じる。
そうしてようやくホロウは理解した。この衝撃は攻撃によるものではなく、性行為によるものだと。
(し、しかしただ触れただけでこのような…。私にその手の機能は無い筈ですし、所謂愛撫すら行っていないのに)
触れただけでこのような衝撃を受けていては、一般的な生活すらままならない。
突然鋭敏になった自分の体に戸惑い、自分を拘束する腕を振り払おうとするが。
(力が入らない……体が痺れる…!?)
話に聞いていたような、何もかもを蕩けさせるような快楽ではない。だが、むず痒い、甘い痺れが体のそこかしこから生じている。無視しようと思えば無視できるが、つい体を動かしてしまうような、感じるまいとしてもつい意識してしまうような、そんな痺れと痒み。それが体中のそこかしこから生じ、ゆっくりと広がろうとしている。
その痺れと痒みから逃れようと体を捻るその動きは、彼の情婦達に…指先の動き一つで悶絶するまで弄ばれ、あられもない痴態を晒す女達にそっくりだった。
つまりは、男の劣情を煽り、肉欲を引き出す動きである。
体中から生じる得体の知れない痺れは、どんどん体を蝕んでいく。精神や理性にはまだ影響がないが、それもいつまで保つか怪しいものだ。
未知に対する警戒心が、あっという間に心を満たす。
反射的な抵抗の動きを抑えつけられ、「オビトの為だ、抵抗するな」と囁かれた。
その囁きすら、脳を痺れさせるような眩暈を引き起こさせる。耳元の呼吸音が、脳の中に侵入されているような錯覚を引き起こす。
(逃げなくては……逃げては…逃げては、いけない…。オビトの為…)
勝手に反応して動く体に戸惑いながらも、ホロウは自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。
ぐらぐらと揺れる頭の中、それ以外の思考が塗り潰されていく。それは決して嘘でも間違いでもないが、誘導された考えである事も確かだった。
意図的に無抵抗になろうとしているホロウを蹂躙しようとしているように、体を包む布に手を掛けられる。服を脱がそうとしている、と察したホロウの頭に言いようのない衝動と恐怖が沸き上がった。
今までは、殆どの場所は服越しに触れていた。遮る物があってさえ、このような異様な痺れに浸っている。これが直接触れられたら、一体どうなってしまうのか。これが恐怖。…ただ、ホロウの体は無意識に、その恐怖の裏に別の感情を感じ取っていた。
そしてもう一つの衝動は……ホロウはこの感覚を知らない。言葉にできない。
だが、あえて近い名前を付けるなら、羞恥であるのだろう。
今まで、ホロウは恥辱と言うモノを感じた事がない。
そういう感覚が最初から設定されていなかったのか、それとも因果と共にイヅチカナタに奪われたからなのか、或いは体を見せる事が恥と思う文化と触れ合ってこなかったのか。
いずれにせよ、ホロウが服を纏っているのは防寒や擦過傷を防ぐ為である。もしも服を脱いで体を見せる必要があるなら、誰の目があろうと羞恥一つなく全てを曝け出すだろう。
そのホロウが、反射的に体が動くのを、意味をなさない声が漏れるのを感じる度に、心の中で何かが滾る。
そして、服を脱がされるという行為に、言いようのない不安感が浮かんでくる。
服とは心の鎧だ。ただ何かを纏っているというだけで、人は安心する。肌を見せる事を恥と思わないホロウでさえ、それは例外ではない。
させてはならない、と本能が抵抗するが、オビトの為だと理性がそれをせき止める。結果、ホロウは自分の心身を焼くチリチリとした『何か』に身を焦がされ、それを猶更強く感じ取る事になる。
着飾った服…ホロウの目から見ても、上物だと分かる…が乱されていく。
徐々に露わになっていく白い肌が、自分の物とは思えないほど異質に見える。『淫靡』という表現に理解が遠かったホロウだが、嫌でも理解できた。
今、自分はひどく淫靡な姿をしている。美でもなく淫らでもなく、淫靡な姿。
気づけば着物の裾は開けられ、汗ばんだ乳房と生足がモゾモゾと自分の意思に反して蠢き、体中に感じていた甘い痺れは、別の感覚に変わり始めている。
体が末端から徐々に溶けていくような、或いは神経が剥き出しになって自ら刺激を受け取りにいっているような。
体を覆う服が、鬱陶しい。
ついさっきまで心を覆う鎧であった筈が、今では心地よい感覚を遮断しそれを求める為の動きをさせない拘束具のように思えてくる。
服をずらされ、肌を外気に晒す行為すら心地よい。
体の感覚を阻害する拘束具である服が、快感を徐々に増していく引き立て役に成り果てる。
「はっ……ぁ……くっ……… く、うぅぅ…っ!?……!」
荒い呼吸が聞こえる。その声の主が自分だと気づいたのは、一際大きな声を上げた時だ。
特に強い行為をされた訳ではない。ただ脇腹を二本の指で、すーっと撫でられただけ。触れるか触れないかの接触でしかなかったのに、ホロウの体全体に電流を流されたかのような衝撃が走る。
未知の刺激を受けるのは、初めてではない。長い長い旅路の中、鬼から受けた毒で前後不覚になった事もあれば、薬の副作用で風が吹くだけで痛むような体になった事もある。体調を崩し、熱さと寒さを混ぜ合わせた言いようのない不快感に身を浸した事もある。歯を食いしばって耐えられるものもあれば、そうでないのものもあった。
だが、歯を食いしばる事すらできない感覚は初めてだ。
「あっ、はっ、い……ぅあ、あっ、 ん、んんん……んうぅうぅ、あ、ぁ、ぁぁ、あああ!」
訳も分からず声を漏らすまいとしたのに、気付けば口が開いている。唾液に濡れた舌が突き出され、体が打ち上げられた魚のように痙攣する。
力が抜ける。体が望む。心が怯えているのに、本能が欲する。そして『オビトの為』と叫ぶ理性が消えていく。
抵抗する体を抑えつける役割を担っていた理性が、徐々に消えていく。だが、もう体は逃げ出そうとはしていない。
ホロウは、『人は快楽に逆らえない』という言葉を、体で実感し始めていた。
(食い縛れない……体が…熱くなってくる…! ですが……それ以上に、もどかしい…!)
まだ辛うじて布地…服ではなく下着…に包まれた女性として重要な部分。鋭敏な神経が集まっている場所に、言いようのないむず痒さが集まっている。
触れてほしい。この熱をもっと高めてほしい。この感覚で焼き尽くしてほしい。
どうしてそうして欲しいのか…性感を欲している自覚すらないまま、ホロウは乱れていく。
自覚もなく卑猥にくねる体、それを彩るのは他の女達の悪意(善意?)で付けさせられた華美な下着、更に覆い隠していた清楚な服。その構図は、分厚い理性の下に隠されたホロウの欲望を顕しているようだった。
無意識のうちに羞恥を感じているのか、それとも弱い姿を見せる事を拒否しているのか、訳も分からずホロウは体の熱を『なんとか』しようとする。
この熱に支配されてしまったら、何かが変わり、そして終わる。それは本能で分かっていたし、今までの繰り返しの中で何度もそうなった女達を見てきたから、嫌と言う程よく分かっていた。
かつての繰り返しの中で、鬼に家族を皆殺しにされて、自棄になって独りだけで復讐の為だけに生きている女モノノフが居た。一晩見ない内に、体に触れられるだけで顔を赤らめて服従する女に変わっていた。
男女関係に潔癖で、彼を軽蔑しきっていた女が居た。半刻もしないうちに、彼の後ろをいそいそと三歩下がってついていくようになっていた。
里の為に滅私奉公し、人の心がないようだとさ言われた里長が居た。いつの間にか、里の全てを捧げものにするのすら躊躇わない狂信者と化していた。
長に心酔して彼を警戒していた副官は、その立ち位置と姿勢こそそのままに、仕事以外の場では彼にべったり張り付いて甘えるようになっていた。
戦いと鍛錬が人生の全てと言わんばかりだった武術家も、目的の為なら自分の命も駒として扱う策謀家も、亡き夫に操を立てていた未亡人も、育ててくれた母に感謝しているその娘も、男を惑わし破滅させると謳われた娼婦も、野盗の殺人鬼も、まだ孕む事が出来ない幼子さえも、みんなみんなこの男と一晩過ごしただけで、別人かと思う程の変わりようを見せていた。
何故、自分だけが例外だと思ったのか。イヅチカナタの討伐だけを使命として、長い長い旅路を歩んできた自分だけは大丈夫だと思ったのか? 自分にとって、性行為が大したものではなかったから?
それは関係ない。性行為が問題ではないのだ。性行為をするだけで人があの風に変化するなら、世の中はもっと歪な形になっている。
そうだ、性行為ではない『何か』が問題だったのだ。
(何故……何故、一体何が問題で……何故、そんな事を、見落として……っ! 因果…!?)
刻一刻と悦楽に呑まれ、動かなくなりつつある理性が空回りする。
この状況から抜け出そうと考えるのではなく、自分の失敗の理由を求める…これ自体が、迷走している行為と言えるだろう。
それでも理由に気付いたのは流石と言うべきだが、それはホロウがこの淫獄から抜け出せないという証左を突き付けるものでしかなかった。
ホロウが彼に、イヅチカナタ戦での戦力外通告をする理由。それが因果だ。今まで繰り返しで何度も何度も積み重ねられた因果によって、彼はイヅチカナタに打ち負ける事が決まっている。
だが同時に、別の事も決まっている。彼は女を口説き落とし、侍らせ、従属させる。そう、女であれば、誰でもその対象となり得るのだ。人造人間のホロウでも、それは例外ではない。
そして因果によって、そうなりやすい流れも創り上げられる。
(…私も……因果に、囚われた…。自分も対象に含まれる事に気付かず、因果に誘導されている事にも思い至らず…!)
心と体が、じわじわと溶けていく。
快楽が自分の深い所に絡みついて、同化していく。
内側に入り込んだ悦楽が、自分を塗り替えていく。
内側から湧き上がる熱、否定したくても否定できず目を逸らす事すらできない悦楽、望んでいない筈なのに湧き上がる欲望。
それら全てにグチャグチャに書き回されながら、ホロウの精神の最奥は、吹雪の中に体一つで放り出されたかのように凍えていた。
(震える…。次の瞬間が訪れる事が、溜まらなく精神を圧迫する…。これが……これが、恐怖…!?)
どんな苦痛にも孤独にも動じなかったホロウが、無力と絶望に圧し掛かられる。
ホロウは今まで恐怖と呼べる感情を持ったことは、殆ど無かった。鬼と対峙しようが、人に敵意を向けられようが、攻撃を受けて死の危険に直面しようが、「不都合」くらいの感覚しか覚えなかった。それはイヅチカナタを討つ為だけに作り出された人造人間に、そのような感情は不要とオミットされた為なのか、本人の気質なのかは微妙な所だ。
かつて感じた恐怖といえば、オビト達と共にイヅチカナタと戦い、彼のミタマが奪わそうになった時くらいか。その時も、焦りはあっても恐怖は無く、そもそもその記憶は因果ごと奪い取られていた。
そのホロウが、初めて心底怯えたのは、『自分を塗り替えられる感覚』だった。
染み込んでくる悦楽が、自分を根底から蝕んでいくのが分かる。オビトの為という意識が消えていく。欲しくなかった筈の刺激が、どんどん心地よくなっていく。イヅチカナタという怨敵さえ、思考の片隅にも存在しなくなっていく
あまりにも素早く、深くまで侵蝕される。
心地よいからこそ、想像すらできない悦楽を注ぎ込まれているからこそ、尚更に悍ましい。
自分を全く別物に変えられる…それは現在の自分の死であるとも言えるのだ。この男が自分にしている事は、自覚なく死なせ、また都合のいい人格を植え付けようとしているのに等しい。悦楽で誤魔化しているだけで、二度と解ける事のない洗脳を施しているようなものだ。
だと言うのに、必死で言い聞かせなければ、体が男を受け入れようとして、魂が悦びの内に屈しようとてしまう。
『嬲り殺しにされる事を悦んでしまう』など、おぞましくない筈がない。
自分はどうなってしまうのか。
悦楽に呑まれ、変わり果ててしまうのか。オビトはどうなる。トキワノオロチはどうする。イヅチカナタを討たねばならないのに、まさかそれすらどうでもよくなってしまうのか? 今までの繰り返しで見てきた女達のように、この男の為なら何でもする奴隷のような存在に成り果ててしまうのか。
想像したくもない自分の姿が脳裏に過る。
露出の多い馬鹿げた衣装に身を包み、恍惚とした目で彼に擦り寄り、淫売そのものの表情で媚をうる自分。
理性よりも先に、感性と本能が拒絶の叫びを挙げる。
だがもう遅い。
ホロウは完全に術中に嵌っていた。どうなってしまうのかという恐怖さえ、『どんな悦楽で自分を変えてくれるのか』という期待に変えられていく。
爆発しそうな程に疼く体は、恐ろしい悦楽を送り込んでくる手に触れられる瞬間を、今か今かと待ち望んでいる。
それでも辛うじて繋ぎ留められていたホロウの理性を断ち切りトドメを刺したのは、体を這い回る冒涜的な手ではなかった。
ホロウの視界に飛び込んできた、己という雌を屈服させようと猛り狂う象徴を見た瞬間、ホロウは知らない感覚に…初めて至った絶頂に晒される。
挿れられるどころか触れてさえいないソレに、体も魂も、勝手に屈してしまったのだ。
絶頂による悦楽と衝撃で、繋ぎとめていた糸がぷっつりと切れる。
最後に『もうどうとでもなれ』と叫んだのは、自分だったのだろうか…。