黄昏月肆拾伍日目
今日は朝っぱらから大騒ぎです。里までは騒ぎが届いていないものの、うちの屯所はクィーンランゴスタとブナハブラとドレッドパイクが入り乱れ、時々コクーンが無限湧きして乱闘しているような大騒ぎ。
騒ぎの中心は、毎度毎度の事ながら俺……ではありません。
ついでに言えば、大騒ぎと言うのは雰囲気だけで、みんなして黙りこくっています。ウロウロと歩き回ったり、座禅を組んでは3秒で目を開けたり、意味もなく木の枝を銜えて振ったり、何故か生えている尻尾を落ち着きなく振り回したり。
かく言う俺も、どうにもじっとしていられない。
いや、何か予感がするとかじゃないんだ。むしろ確信ならあるが。
色々と繰り返してきた俺としても、初めての経験だな…。こんなにも落ち着かないのは。いつぞやの忘れていたループで記憶や戦う術を全て失った状態で、岩陰でイビルジョーから隠れていた時よりも落ち着かない。
周りの子を抱いてスッキリしようって気分にもなれない。ついでに言えば、流石にこの状況で求められても、うちの子達も嬉しくは………ない、と思う、多分。
何をしてるかって? 俺は何もしてねーよ。男ってこういう時無力だな…。
お産だよ、お産。
誰のって、ホロウの。産まれるのは当然俺の子だ。…と言うかオビトだが。
ヤッたのは昨晩の事だが、オカルト版真言立川流のおかげで半日もあれば臨月状態になり、ついさっき見事に破水して、今は特急で設えた分娩室で唸っている、って訳だ。
医療の知識が多少はある子も居たが、産婆を務めているのは那木と博士だけ。
うちの子達だと、個人的な感情を拗らせて妙な事をしでかしかねない。何せつい先日まで散々失礼な態度(傍若無人さで言えば、俺もどっこいどっこいだが)をとってヘイトを集めていたホロウが、誰よりも先に俺の子を出産しようとしているのだ。『若の御子に何かあってはいけない』という意識と、『なんでこの女が』という嫉妬の板挟みにあって、暴走しそうな予感がする。
那木もその辺はちょっと複雑な顔をしていたが、流石に本職医師。すぐに切り替えてホロウの介護にあたっていた。後で搾り取られそうだが、それはどっちにとってもご褒美なので問題は無い。
…話が逸れたが、まぁとにかくそういう状況だ。
半日足らずで胎が大きくなったホロウは、そこそこに母体にも無理をさせてしまった。恐らく、今の頑強さは一般人よりも少しマシ、といった程度だろう。
そもそも、着床して即出産させるこの術も、実際に使うのは初めてだ。手応えこそあったが、やはりスムーズに出来たとは言い辛い。
実のところ、更なる術を施して出産の手間をカットする事も考えていたのだが、那木に張り倒された。
ただでさえ怪しげな術で、真っ当な生命の誕生方法からは離れている上に、更にその術を施すにはボテ腹のホロウと交わりながらでないといけない…と言われれば、そりゃ医師として那木もキレるわな。普通に考えりゃ流産一直線だ。
…ちなみに術のかけかたは2種類あって、本番以外(例えば尻とか口とか)のエロをしながら術をかけるか、膣に突っ込みながら術をかけるかだ。後者だと産道が塞がってしまいそうだが、ちんこの先端に赤子の頭を吸着させて引っ張り出すという、何が何だか分からない術である。
本当にうまく施術できているのか。ちゃんとオビトを産めるのか。産めたとして、ホロウは無事なのか。
一般的な男親が抱く心配とは若干方向性が違う気がするが、とにかく俺は分娩室の手前で何とも言えない気持ちを抱えて悶々とし、その隣には心配してくれているのか、ホロウが気に入らなくても出産は気になるのか、産まれてくる赤子を視たいのか、うちの子達も勢揃いして微妙な雰囲気を醸し出している。
ホロウに情が移っちまったからなぁ…。オビトも見殺しには出来ないし、実際の出産同様に2人分の命がか関わっているのは変わりないか。
どっちにしろ、体感時間操作を使っている時よりも時間の流れが遅い気がするぜ。さっきも時計(デジタル。この世界では、ここにしかない)を見たけど、まだ30秒も経っていなかった。
いっその事、ハンター式睡眠法で眠って時間が過ぎるのを待とうかとも思ったが、それは男親としてどうかと思うしなぁ…。いっそ出産もプレイの一つとして楽しめるようになれば気楽に居られるかもしれないが、散々エロを貪って来た俺でもそこまで上級者じゃない。むしろ赤ちゃんに関しては初心者もいいところだ。
…いかん、思考の種が尽きた。
色々考えるべき事はあるし、雑念でも何でも思い浮かべる事はできるんだが、頭の中を横滑りしていくだけで気晴らしにもならん。
と言うか、この考え自体6回くらいした気がする。
はぁ…10回目に突入する前に
ア゛ァ”ー
ヴァー
アー
聞こえた。
気が付けば扉の前で立ち上がってた。
扉を開こうとする俺の腕を、紫や神夜が全力で止めていた。背後では誰かが俺を羽交い絞めにしている。
退け、邪魔するな!
「ちょっ、まだ産まれてないです! 落ち着いて!」
「若様ぁ、ご無礼仕る!」
「殿中、殿中! なにいきなりトチ狂ってるんですか!」
「ああああ力強いいぃぃぃ赤ちゃんがぁぁぁ!!!」
「やかましい」
おっふ、扉が顔面に。だが効かぬ。
それより博士、出てきたって事はホロウは! オビトは!
「やかましいと言っとる。無事だが消耗している。入るなら静かにしろ。…気配まで消せとは言っておらん」
博士の言葉を無視して、絡みついている連中の腕を全てウナギのようにニュルッと抜け出して、足音一つ立てずに部屋の中に突入。
そこには我が子……と言うかオビト……と言うか…うん俺の子だろ、どう考えても…を胸に抱くホロウと、それを労う那木、そして元気に鳴き声を挙げている赤子のオビト。
気が付けば、ホロウとオビトを抱きしめていた。苦しくないよう、無意識に力加減が出来ていたのは褒められていいと思う。
言葉が出ない。感謝か、労わりか、オビトは本当に魂喰らいの中から出てこれたのか、感情的なものから事務的な事まで言わなきゃいけない事が山ほどあるのに、喉がつっかえて舌が動かない。
…最初はホロウを屈服させる為の子作りだった。オビトを助け出す為の子作りだった。愛情が全くなかったとは言わないが、胎が大きくなっていく様を見守る事もなかった。感慨深い、という程の深みもない筈。…それでも、こうして感動に打ち震えている。
那木に肩を叩かれて、何か言われたが…あんまり耳に入ってなかった。
ただ、疲れ切ったホロウの腕が、オビトを前に掲げた事で、『抱いてあげて』と言っているのは分かった。
おそるおそる…飛竜の卵を運ぶ時だって、こんなに持ち方に苦労した事は無い…受け取り、
なんつーか………理屈とか時間とか、関係ないもんなんだなぁ。(←この辺、後から日記に書き加えた分。当時は感極まって、言葉すら理解できない状態だった)
まぁ、その感動も「こうして顔を合わせるのは初めてだな。友達…と言いたい所だが、今後は娘としてよろしく頼むぞ、ととさま」なんて、生後5分の娘が宣った事で、色々と吹っ飛んだ訳ですが。
よく見てみれば、オビトは普通の赤ちゃんとは明らかに違った。体が一回り二回り大きいのは個性だとしても、既に髪も歯が生えそろっていて、しっかりと目を見開いて焦点も合っている。そして今のように平然と喋る。
…生まれた直後からこの状態って、天才〇カボンかよ…。そういう術を施した俺が言うのも何ですけどね…。
蓮の花が咲いたり、天上天下唯我独尊と叫ばなかっただけマシかなぁ…。
と言うか、娘になったのね…。性別に関しては手を加えていなかったから、どっちになるか微妙なところだったが………そっかー、モノノフの始祖をTSさせちゃったかー。これ皆に知られたらどうなるだろうな…。
我が子である事は間違いないが、色んな意味で気が遠くなった俺だった。
そして2時間後。
オビトを見ようと、義母として認識してもらおうと、或いは単純な好奇心で押しかけて来たうちの子達も、何とか落ち着いて。
産後だと言うのにご飯をモリモリ食べて気力体力を回復させたホロウと、俺、そして我が娘オビトは部屋の中で改めて顔を突き合わせていた。
なお、オビトは既に二足歩行、3歳児くらいの大きさにまで成長した。…そういう風に施術した自分が言うのもなんだけど、マジで早すぎる…。本当に体が大丈夫なのか、不安になってくるくらいだ。
「ん? 私の体に何かあったら、ととさまがどうにかしてくれるだろう。幸い女の体なんだ。先日のホロウのように」
まってまってまって近親相姦前提はやめて。本気でどうにもならないなら最後の手段として考えはするけど、畜生道には足を突っ込みたくない。
「親子を纏めて抱くのも、近親相姦に当たると思いますが。今までの繰り返しで、何度もやったでしょう」
……は、母親と娘がヤッてるんじゃなくて、俺が母親と娘を喰ってただけだから。親子で直に交わらせてはいないから!
「梁型を使って、親子で繋がらせた事もあったと聞きます」
「私とホロウが抱き合うのか…。と言うより、私はホロウをははさまと呼んだ方がいいのかな」
「呼ぶのは構いませんが、生来の親も居るでしょう」
「あんまり覚えてないなぁ。随分前の事だというのもあるが、実を言うと会った事も殆ど無いんだ。何分、私は気味悪がられて幽閉されていたからな。正直、親とも思っていなかった」
おう、いきなり闇を覗かせないでくれませんかね。治安も倫理も今とは全く違う時代だったのはよく分かりますがね。
は、話は変わるがだな、真面目にオビトは大丈夫なのか?
あんまり考えたくないが、実はここに居るオビトは人格や記憶がコピー…摸倣されているだけで、まだホロウの魂喰らいの中にオビトが居るとか…。
「自分が模造品なのか、と問われてもな…。失礼云々以前に、単純に答えようがないぞ」
「いえ、既に私の中には誰も居ません。感覚で分かります……体の一部が、ごっそりと無くなった気分です」
まぁ、腹の中に抱え続けていたものが排出された訳だからな…。自覚があろうがなかろうが、胎ボテから普通の胎にいきなり戻れば、喪失感もあろう。
オビトにはアホな事を聞いてしまった。自分が本当に自分かなんて、誰がどう答えられるっつーのやら。人格の同一性は連続性によってのみ証明される、だったっけ? と言うか、その理屈で行くと何度も死んで繰り返してる俺はどうなるんだって話である。
体が大丈夫なのかに関しては、暫く様子を見るしかないな。術は上手くできた筈だが、比較対象も失敗の経験も無いから何とも言えん。
「そもそも、私はどこまで成長するんだ? 生後一日も経ってないのにこの有様だ。明日になったら老婆になっているぞ」
いや、急な成長はそこまでで止まるよ。事実、こうして話している間にも体に変化はないだろう。
さっきまでは猛烈な勢いで髪が伸びて爪が伸びて垢が…っと、それは置いといて。
魂喰らいは結局、発動できるようになったのか?
「問題ありません。発動するだけなら最初から可能でしたから。…幸か不幸か、燃料の為のミタマを取り込む必要もありません。あなたから注がれた精と霊力を燃料と出来るようです」
…それが何で、幸か不幸かなんだ? 普通に幸だと思うが…。
「あなたが行動不能になっていませんから。魂喰らいにあなたのミタマが必要なのであれば、合法的に行動不能にできます」
…まだ言うか。そういう考えをさせないくらいに躾けたつもりだったが。
「…躾けられている自覚はあります。ですが、あなたの目的はイヅチカナタの討伐以上に、奪われた千歳や赤子の解放でしょう。であるならば、あなたに仇成してでも止めた方が、その目的に近付けるでしょう」
イエスマンになる事が忠義ではない、か。あの時の言葉はそういう意味だったのかね。
だがそれに関しては何を考えようと引き下がらぬ。意地でも皆を解放して、奴をぶった斬る。
「私には因果云々はよく分からんが、それだけで未来が決まるようではつまらんな。友達と力を合わせれば、敗北の因果も覆せるだろう」
「…まぁ、オビトならそう言いますね…。確かに敗北の可能性が非常に高い、と確定している、では違いますが…。まぁそれはいいでしょう。どうしても戦うと言うのなら、止めようとは思わない程度には考えが変わってしまいました。ただし、その裏で色々と企てさせてもらいますが」
企てる、ね…。
実際の所、どうなんだ? クサレイヅチとやり合って、勝算はあるのか?
負けるつもりで戦う筈がないが、それを差し引いても奴らの能力は厄介極まりない。俺やホロウがある程度耐性があるが、それ以外の者だとまず戦わせてもらえない。
…更に言うなら、次の戦いではもう一捻り二捻りあると思った方がいい。
「同感だな。超がつくほど強力で、特別な鬼が二体揃うんだ。ただ強い奴らが合流したんだと思わない方がいい」
「…我々の予想を超える、何かを繰り出してくると?」
「恐らくな。それが何なのかは、想像もつかないが」
だよなぁ…。クサレイヅチにしてもトキワノオロチにしても、ほぼ実態も正体も不明だもの。
博士ならもっと何か知っているかもしれんけど。
「いえ、博士もこれ以上の事は憶測でしか分からないそうです。そもそも、どうしてトキワノオロチの事知っていたのか疑問ですね。イヅチカナタと深い関わりがある鬼なのに、私でさえトキワノオロチの事を聞いたのは初めてです」
「友達になれば、いつかは教えてくれるかな」
素直に友達になるような女じゃないし、なったとしても素直に口を開くほど単純な女でもないんだよなぁ…。
………うん?
障子の向こうに陰がさした。このシルエットは災禍だな。
「若様、ご歓談中に失礼します。里より召集がかかりました。危急の件ゆえ、若様のみならずホロウ殿も すぐに来るようにと。…いかがされますか」
静かな口調の中に、僅かに不機嫌そうな声色を感じる。仮にも自分達の頭領が、顎で呼びつけられるような扱いをされいるからか。しかし実際、立場的には里に置いてもらってる形になるからなぁ。
大和のお頭なら、立場を笠に着てマウント取ってくるような事もしないだろうし、呼び出しには相応の理由があるものだ。……俺のやらかしの叱責とかね。
「ん、どこか行くのか? 私も行くか、ととさま」
…いや、頼むからこっちで待っててちょーだい。万が一にもこの子がホロウの子子で、昨晩から今日の半日で産んで、しかもモノノフの始祖で性転換しているなんて話になったら、どんな雷が落ちるか分かったもんじゃない。
俺とホロウは行ってくるから、うちの子達と友達になってやってくれ。諸事情あって世間知らずな子ばっかりなんだ。
「それは世間を知らないだけでなく、あなたが基準となるのに不適格だったのでは」
言うな。でも自分で言うのもなんだけど、俺じゃなけりゃあの子達纏めて養っていけないぞ。特に暗示的な意味で。いくら美人揃いで獣欲が滾るって言っても、普通はあれだけの人数を相手にしたら干乾びちまうわ。