リ・エスティーゼ王国。そこは繁栄と腐敗が共存する国。
王国は周辺国家を人類が支配する国に囲まれており、非常に安全で肥沃な土地を有する。
また一方でその豊かさは国の堕落を招き、貴族たちは政争に明け暮れると同時に巨大な犯罪組織が国に根を張っていた。
王都リ・エスティーゼ。そこはまさに王国全土の縮図。
すでに日が落ちている中にも関わらず、王城内部は眩しいまでの灯りの中で紳士淑女は賑やかな音楽と共に踊り、豪華な食事を楽しむ。
その一方で、城下町の暗い裏路地では見窄らしいあばら家の下で痩せた子供が倒れ伏し、娼館では若い女がでっぷりと脂を蓄えた男に欲望をぶつけられる。
これが王都リ・エスティーゼの現実。
だがそんなことはこの少女には関係のないこと。
「面倒なパーティに出席するのを嫌がる王女の顔って、どんな顔なのかしら?」
リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
生まれ持った美貌と神々しさ、そして高貴な血筋により『黄金』とも称される彼女は、今日もいつものように鏡の前で顔を触る。すっかり日も落ちた夜、彼女は暖炉の火と月明かりを頼りに顔を触り、弄り、文字通り表情を作る。
これから下の階の大広間で行われている社交パーティに出たがらない姫を迎えにやってくる、愛しい
(いえ、表情だけでなく服装も考えないと。せっかくメイドを追い払って一人で着替えて時間稼ぎをしている設定なのだから、普段はやらないような大胆なこともできるわね)
鏡を確認しながら、ラナーはこれから起こりうる状況を考えながら表情を作る。
(もし部屋の前のクライムの呼びかけに私が答えなかったら? 多少は逡巡するでしょうけど、おそらく部屋に入ってくるはず。その時に着替えている最中の下着の姿をクライムに見せる)
いくつか状況を考えては顔を作り、最終的に崩す。
何度かの試行錯誤の後、ようやく満足のいく様な状況と表情は出来上がった。
(着替えている途中でうんざりして眠ってしまう。これならクライムからの呼びかけに気づかなくても問題はないわ。起きた時の驚いて恥じらう顔もこれで良し)
準備は出来た。着かけていたドレスを脱いで下着姿となってベッドに向かう。
(それにしても──―)
が、そこであることに気がつく。ラナーは窓の外を眺めて呟いた。
「今日はやけに蝙蝠の多い日です」
鏡を見ている最中、幾度も窓の外を飛ぶ蝙蝠に月明かりを遮られた。そして蝙蝠の羽ばたく音が部屋の中にいても聞こえてくる。
つまり、それだけ無数の蝙蝠が城の近くを飛んでいるということ。
しかし、普段は蝙蝠が多かろうが気にも留めないはず。それが今日は妙に気になった。
そんな自分を不思議に思いながらも、ラナーはベッドに入る。
いや、入ろうとしたその瞬間だった。
「蝙蝠は、お嫌いですか?」
独り言だったはずの言葉に返事が返ってくる。思わず振り向くと、そこにいたのは一人の男が椅子に座って頬杖をついていた。先程までラナーの他には誰もいなかったはずのこの部屋に、まるで当たり前かの様にそこにいた。
あまりの出来事に流石のラナーもほんの一瞬だけ思考が止まった。だが、ほんの一瞬だ。常人離れした頭脳と精神性を併せ持つ彼女はその一瞬で思考を切り替え、再開、加速させる。
ラナーは月光によって照らし出されている男を観察する。
歳は20代程度で若く、身体は男性の中でも大きい方。しなやかな身体だが、厚みもしっかりある偉丈夫。
服装は黒のマントと白のシャツ、黒のスラックスと黒の革靴。一目見るだけで立派なものだと分かったが、それ自体は王国の貴族も着るような普通の組み合わせだ。しかし、デザインは独特であり、王国では見たことのないもの。貴族というより、冒険者が着るものかもしれない。
胸元にぶら下がるペンダントと指先に嵌められたいくつかの指輪。ペンダントには大きく美しい紅の宝石が埋め込まれており、指輪にもそれぞれに宝石が散りばめられていて、男の財力を裏付けているかのよう。
そして何より特筆すべきは、端正で自信が垣間見える顔立ち。下の階で行われている社交パーティに出席すれば、若い令嬢に大きな関心を寄せられることは間違いない。
人は多くの場合、装いからそれなりの為人は分かるというもの。
ラナーの私室に勝手に侵入するという死をも恐れない蛮行を犯した男だが、それでもラナーは彼を狂人とは思わない。言葉が通じる相手だと認識した。
「あ、あなたは何者ですか? 一体どこから入ってきたのです?」
この状況で一先ずラナーが取った手は無害な少女を装うことだった。突然自室に現れた男への警戒と恐怖をわざとらしく見せつける。
男は問いかけに対し、机の上に置いてあった菓子を手に取って興味深そうに眺めながら答える。
「俺が何者かという問いは説明が難しいので省略させてもらいますが、どこから入ってきたのかという問いには答えられます。普通に扉を開けて入りましたよ。まあ
冒険者の頂点であるアダマンタイト級に属する友人から魔法の知識を多少は得ているラナーだが、その魔法に聞き覚えはなかった。だが、話し方から察するにおそらく第二位階の
しかし、王城の警護を任されている者たちの中には当然ながら
自殺行為にしか思えないような行動をする男。しかし、決して気狂いの類ではない。この相反する二つの事柄の整合性を取るには最も適した可能性だ。
「それで、あなたは一体何が目的でここにやってきたのですか!」
幸いにして男は理知的で会話にも積極かつ率直。ラナーは引き続き会話を重ねることによって男を理解することを試みる。
「わざわざ王女様の部屋に侵入する目的? そんなの決まっていますよ」
手に持っていた菓子を再び戻して椅子から立ち上がった男はベッドの上のラナーに歩み寄る。それに対してラナーはベッドの上で男から逃げるように遠ざかる、そのような演技をする。
その様子を見て男は愉快そうに笑い、ベッドの上の非力な獲物へ一気に飛びかかった。そのままラナーの上にのしかかってベッドに押さえつける。
「んっ……離しな、さいっ……!」
「目的は一つ。王女様、あなたですよ」
そんなことはラナーも分かりきっている。
本当に聞きたいのは『誘拐か? 陵辱か?』だった。しかし、どうやら後者らしい。
「わ、私を犯すつもりですか!」
「
「だ、誰か! 誰かいないのですか!」
部屋の外に助けを求める素振りを見せながら、ラナーは男の言葉に内心で安堵した。最悪の展開は免れたように見えるからだ。
ラナーにとって最悪の展開は王国の敵対勢力による拉致、あるいは話の通じない狂人による凶行というケースだった。どちらも命に関わる。
だが、男の言葉を信じるのなら少なくとも命の心配はしなくていいらしい。まさに九死に一生を得たと安心し、男の身体の下では必死に抵抗しつつも、頭の中では冷静に今後の立ち振る舞いを考える。
(後はこの男の望み通りに振る舞ってやれば満足して帰っていくことでしょう。必死に抵抗するも、男の行為になす術なく反応してしまう王女。こんなところでしょうか? 全く、とんだ災難です)
抵抗虚しく両腕を抑えられ、怯えつつも男を強気に睨め付けるラナー。そんなラナーを楽しそうに眺める男。
どうやら男のお気に召したらしい。やはり単純だとラナーは心の中でため息を吐きながら、この後に自分の身に降りかかるであろう現実を甘んじて受け入れた。
「ラナー様。陛下がお呼びです」
その直後のことだった。クライムがラナーを迎えにきたのは。
「誰です?」
事に及ぼうとした時に横槍を入れられたのが不快だったのか、男がわずかに苛立ちを見せながら尋ねてきた。ラナーは悩む。
返答には気をつけないといけない。何故なら男にとってラナーは危害を加える対象でなくても、クライムは話が別かもしれないからだ。
どう答えるべきかを考えようとしたところで、ふと気がついた。
別に悩む必要などないということを。
「お願い……彼には、クライムには何もしないで……」
そう、これだけで良かった。
「へえ……?」
それだけでさっきまでの男の不機嫌そうな雰囲気が一転する。悪いことを思いついたかのような、そんな悪戯な笑みが浮かんだ。
ラナーの狙い通りに。
「ラナー様? パーティに出席したくないというお気持ちは分かりますが、あまり陛下を待たせては──―」
「あー、クライム君。入ってきて構いませんよ」
男の声を認識すると、すぐさまクライムは部屋の中に飛び込んだ。そこで見たのは得体の知れない男が崇拝する黄金の姫の上に馬乗りになっている姿であった。クライムはもちろん激昂した。
「ラナー様! 貴様、何者だ!」
「ふふ。申し訳ないです、少年。この国一番の処女を味見したくなりましてね」
「クライム、逃げて……」
「貴様、ラナー様から離れろ!」
クライムは男に向かって一気に飛びかかった。クライムと男の間は僅か数メートル、それを埋めるのは一瞬で十分だ。
しかし一方で、その一瞬があれば男がクライムに対処するのも十分だった。
『止まれ』
男が一言発すると、クライムの足は全く動かなくなった。混乱のあまりクライムは思わず叫ぶ。
「なっ……! 何故!」
『跪け。動くな。喋るな』
さらに男が矢継ぎ早に命じると、あっという間にクライムは膝をついて男を怒りに満ちた目で睨む以外に何も出来なくなった。その様子に男は満足そうに独り言を呟く。
「スキルはやはり問題なく機能するか。この世界のレベルはあまりにも低い。支配の呪言があればまさにやりたい放題できるな」
そしてラナーもまた同様にこの光景に満足感を覚えた。自分が思った通りに状況をコントロールできている事に自信を得る。
(それにしてもクライムがこの男に及ばないのは想定内でしたが、まさか言葉だけで制圧するとは。そのような魔法があるのでしょうか?)
クライムとの親密な関係を匂わせて男の関心を引く。そうなればクライムもラナーとセットでこの後の男の陵辱での玩具になり、命に関わる危害は加えられない。
このような流れになるのは思惑通りだが、唯一計算外だったのは男の力だ。ラナーは男の実力の見立てを引き上げる。
(とはいえ、実力は強大でもここまで分かりやすければ扱いやすい)
この男を制御するのは容易だとラナーは判断した。この男の実力がどれほどなのかにもよるが、排除も可能かもしれない。何にしろ、ラナーの脅威にはならない。
「さて。愛しの彼に見られながらになるとは思いませんでしたが、続きといきましょう」
「クライム……お願い、見ないで……」
悲しそうな顔でクライムに呟くラナーではあるが、もはやこの状況を楽しむ余裕すらできていた。
(初めてをクライムに捧げられないのは残念ですが、もはや男による陵辱は避けられない。ならば、いっそのこと楽しみましょうか。むしろ普通に初体験を済ませるよりも、こちらの方がクライムの心に深く焼きつくことになるかもしれません)
今までラナーの考えは
「下の毛は処女なのにも関わらず綺麗に整えられていますね。彼のためですか?」
すでに下着姿であったラナーはその下着も脱がされて男に品評されるが、もはやこの男の存在はどうでも良くなっていた。
元々ラナーは自分とクライム以外のことは関心がない。さっきまでこの男のことを考えていたのは自分とクライムの命に脅威が迫っていたからであり、それ以上でもそれ以下でもない。
この男がラナーの予想の範囲を超える男ではないことは分かった。今後の展開も手に取るように分かる。故に自身が犯されようとしている時でも一切の動揺はない。
人間の域を超えた天稟の頭脳の持ち主であり、同時に常人とは異なる精神性を持つ性格破綻者。
これがラナーが
(小手調べとしてわざとらしく喘いでクライムの様子を見てみましょう。一応、この男を楽しませる必要もありますし)
「では、王女様。いただきます」
下着を剥き、男がラナーの秘所に口を付ける。それと同時にラナーは愛撫に反応した。
「あん♡」
ラナーのこの反応はおそらく男もクライムも予想してなかったに違いない。
クライムは今も変わらず男を睨んではいるが、その目は揺れていた。ラナーの反応に動揺しているのは明らかだった。
(まあ……♡)
ラナーは思わず胸が高鳴った。存外に楽しい。これからクライムがどんな反応をしてくれるのか、とても楽しみになった。
「随分かわいらしく喘いでくれましたが、王女様は敏感なのでしょうか。俺は結構上手いですよ? 今からこれでは先が思いやられますね」
(──―この男はいずれ必ず殺します)