悪女わからせ~悪徳エルフ女王は勇者の☓☓☓で成敗される~ 作:千吹つぐ
その軍勢は、前触れもなく現れた。
聖樹ユグドラシルの北方にそびえる山脈に、突如として大規模転移魔法が発動、あらゆる防備を無効化して、十万の軍勢が出現した。
ありえない、と誰もが思った。辺境ならいざしらず、この魔法大国たるエルスタッドの結界を貫くなど、あの魔王ですらできなかったことだ。
『殺せ! 女狐を殺せ! おおおおおお!!!』
しかし、それは起きた。
三百年に渡って侵略を受けなかったユグドラシルに、戦士たちが邁進していく。
会議は紛糾した。
「なぜ結界が働かない! 守備軍はなにをしていた!」
「反乱軍! 第三砦を攻撃! だめです! 呼びかけに答えません!」
「まさか街を焼くつもりか? い、いかん! すぐに防衛軍を出さねば!」
エルフ達は混乱していた。普段は泰然としたエルダーでさえも、突然の防衛戦に浮足立っていた。本格的な戦闘から三百年も離れていた彼らは、すっかり戦の心構えを忘れていた。
「おちつけ」
しかし、男が言う。
「原因探しはあとだ。魔法大隊は首都防衛に集中しろ」
「は、はい!」
「民はすべてユグドラシルに避難させろ。他人種もだ。反対するやつは拘束しろ」
「ははあ!」
「反乱軍が呼びかけに応えないのはこちらの出方を探っているからだ。ここで踏ん張らねば、敵を付け上がらせるばかりだぞ。毅然としろ。聖樹が見ているぞ」
「わ、わかりました勇者ジン――いえ、我が王よ!」
花の間は、すぐにジンを中心に回り始めた。いままで置物だと軽んじられていた王は、乱世に置いて誰よりも頼りになるリーダーだった。
「……王よ。この布陣をどう見られますか?」
ようやく軍議らしきものが開けるようになった広間で、防衛大臣のエルフが言う。
「奴らは第三砦を拠点に取りましたが、この意図は……」
「籠もるつもりはないだろう。ここは攻めるにも守るにも邪魔だから落としただけだ」
「なるほど……では、やつらの目的はあくまで聖樹だと?」
「ああ、どちらにせよ速攻だ。日数をおいては、連中に勝ち目はないからな」
「我が王! お喜びください! 援軍です! ゴーナ方面大隊、カリヤ予備兵隊から五万が出兵! さらに近隣諸国からも! つぎつぎに援助申請が来ています!」
おお……と大臣たちがざわめきく。同時に、この場に取り残された亜人種の大使達が力強く頷いた。
数ヶ月前なら世界大戦になってもおかしくない事変に、汎人類同盟は一眼となって対処していた。
「皆々様、まこと、感謝しております。エルフ族を代表して、謝辞をささげまする」
その要となった女王オフィーリアが――内心では舌打ちをしながら、頭を下げる。
(ちっ! できればもう二つ三つ戦乱が重なってくれればと思ったが。各国の協調が思いのほか高い!)
この侵攻の原因は、もちろんオフィーリアだった。あれから一ヶ月の間、王女は巧みにバルバトスを誘導し、防御結界の弱点を教えたのだ。
(……まあよい、奴らの腹も、まだ分からんことだしな)
とはいえ、戦略的なことにおいてはオフィーリアは弱い。バルバトスがどういう戦略を描いているのか、それはこれから明らかになるだろう。
「反乱軍が呼びかけに応えました! 映像が届きます!」
そのとき、第三砦と連絡が取れた。
壁に光学魔法が発動。鎧姿のバルバトスが映り込む。
「余は神聖ディノス共和国初代皇帝、バルバトス・ディノ・リ・デュスターヴなり」
その姿と物言いに、諸侯はギョッとした。マントは紫禁、冠は宝冠、背後には亡国ディノスの旗が飾られている。
「余はここに! 神聖ディノス共和国の再建を宣言する! 我が国は、すべてのまつろわぬ民の母国なり! 平和の名のもとにすり潰されんとする戦士たちよ! 我が旗の元に集うがいい!」
(ああ、やはりそうきたか)諸族が騒然とする中で、オフィーリアは笑う。(くっくっく、相変わらずわかりやすい男だなぁ!)
「我らが要求は、旧ディノス領の開放である! 戦後の混乱に領土を掠め取った恥知らず共! 我が故郷から出て行くがいい!」
「ふぉっふぉっふぉ、それはいささか筋違いな要求じゃな」
そのとき、ジンの脇から一人の老爺が歩み出た。
「『戦士』よ。国がほしいなら攻めるべきはディノス領じゃろう。なぜ
「『賢者』よ。戦場での習わしゆえ、覇王への直答を許そう。……その愚かしさも含めてな」
「ふぉふぉ、それはありがたい。ではワシも、師匠への生意気な態度は許してやろう」
老爺――勇者パーティを支えた『賢者』が、皺ばった頬を悲しげに歪めた。一方、バルバトスは表情を変えない。
「もしも我が軍がディノスを攻めていれば、たしかに取れてはいただろう。だがその後はどうだ。貴様らの軍縮同盟とやらは手に手を取って、我らを踏み潰していただろう」
「それはこことて同じじゃろう? いや、むしろ悪いとさえ言えるな。それとも、なにか策があるのかな?」
「無いわけがなかろう。……ではふたつ目の要求を伝える。女狐、オフィーリアの身柄を渡せ」
視線が、オフィーリアに集中する。
「余は辺境にて、奴の悪行を確信した。貴様らはまだ気づいていないようだが。その女を残しては、世界に平和は訪れんぞ! 悪いことは言わん、女狐を渡せ。さすれば我が軍は引き上げる」
しん、と広間を静寂が支配した。
「……妾はかまいませぬ」
オフィーリアは言った。
「この身ひとつで、愛する祖国を守れるのなら、これ以上の幸福はありませぬ。……ディノスについては他国のことですので、なんとも言えませぬが。ふたつめの要求には応えましょうぞ」
(くっくっく、なるほど、これはこれで好都合じゃ!)
どうやらバルバトスは、オフィーリアを人質にしつつディノスを取り戻し、拠点にてその不正を暴くつもりのようだ。
(馬鹿め! 尻の青い小僧が、妾を手玉に取れると思うなよ。くっくっく、逆に乗りこなしてくれるわ!)
どんな拷問を受けても、もはやオフィーリアは屈しない自信があった。いや、というかおそらく、サーシャのいないバルバトス陣営の方が絶対に過ごしやすいだろう。その間に、誰も彼も
「なにをいうか! ふざけるな!」「そうだそうだ! そんな要求が聞けるか!」
ところが、広間に罵声が撒きおこる。
「我らが女王をみすみす渡してなるものか!」「徹底抗戦だ!」「賢王オフィーリアは我ら諸国にも必要だ!」
(????? ちょちょちょ! まてまて! やめろ馬鹿ども!)
オフィーリアがぽかんとして、吹き上がっている室内を見渡した。拳が突き上げられ『オフィーリア万歳!』のコールがこだまする。
(な、なんということだ……こやつら、つい数ヶ月まえまでは、妾がこんなことを言えばこれ幸いにと放り出していたものを。……し、しまった! 脅されていたとは言え、ここ数ヶ月の妾がんばりすぎた! 嗚呼! 憎い! この完璧な演技力が! 優秀すぎる実務能力がにくいぃぃぃぃぃぃ!!!)
「……やはり、恐ろしい女だな、オフィーリア」バルバトスが戦慄する。「たった数ヶ月で、ここまで人心を掴むとは……だが俺は騙されぬ。必ずやお前をその座から引きずり下ろしてやる!」
(おお! バルバトス! その意気じゃ! がんばれがんばれバルバトス! 負けるな負けるなバルバトス!)
両軍のトップだけが心を通わせながら、交渉は完全に決裂していく。
「……ふん、もはや問答はこれまでだな、あとは剣にて語るとしよう」
「ふぉふぉ、勝てると思うのか? すぐに援軍も到着する。そうでなくともユグドラシルは固いぞ? ……敗北は目に見えていように」
「言葉を返すが、では賢者よ。お前たちはそもそも、この事態を予想していたか? ユグドラシルが十万の兵に囲まれるのが、想定通りだったとでも?」
「ぬぅ……」
「我らの切り札が、戦略級転移魔法のみとは思わないことだな」
「……和解の道は、無いのですか?」
『聖女』サーシャが言う
「私たちは同じ旅をした、仲間ではないですか。どうか、和解を……」
「ひひひ、和解っていうなら、そっちが引くんだよね?」
バルバトスの背後に控えた少女――『魔女』が言う。
「じゃ、あんたたちは女狐だけ置いてユグドラシルを出なよ。それなら認めてあげる」
「リンダ……それは……」
「出来ないって? ひひひ、やっぱりね、和解なんて言って、こっちだけ泥を被せるつもりじゃん。そんなの聞けないよ」
「……フェリクスも、同じ意見ですか?」
サーシャが最後の希望を見出して『弓兵』を見る。勇者パーティを影から助けた、柔和な青年が、いつものように微笑んだ。
「バルが、行くっていうんだ。オレくらい、ついていってやらないと」
「……そうですか」
サーシャがガックリと頭を垂れる。
世界を救った勇者パーティが二つに割れる。伝説の終わりを目にして、誰も彼もが動揺していた。
「どうしてこんなことに……あなた達の行動が、私には理解できません……」
「『聖女』よ。その断絶こそが原因だ」
バルバトスが視線を外し、広間をぐるりと見渡した。
「諸君らは、なにを被害者ぶっているのだ? そもそも我らの反抗は、貴様らが招いた結果だろう」
バルバトスが立ち上がる。映像を引き連れて外へと向かう。
「救国の英雄を冷遇し、その剣を取り上げたのは誰だ? 人類の最前線で戦った我らを背後から撃ったのは誰だ? その者をろくな罪にも問わなかったのは? ……真の魔王を放置し続けたのは、いったい誰なのだ?」
バルコニーに経つ王の、背後に何万もの軍勢が並ぶ。
「
『バルバトス王! 万歳! ディノス共和国! 万歳!』
「…………」「……奴らなにを言っているのだ」「愚かなことを……」
だが、その意思は、動像のこちら側には決して伝わらない。広間に満ちるのはあくまで困惑と恐怖のみだった。
交渉は決裂した。
誰もがそう思った。そのときだった。
「バル」
ジンが、始めて口を開いた。
バルバトスが眉をしかめた。
「『勇者』……いやエルスタッド王よ。言葉には気をつけてもらおう。余は十万の軍団を統べる将であり、国家を統べる覇王だ。軽んじられる言われはない」
「知らぬ。お前はバルで、俺はジンだ」
ジンが、まっすぐに画面を見つめる。
「やめてくれ。バル。このとおりだ」
頭を、下げる。
「頼む。バル……」
「……そんな顔をするな、馬鹿者め」
一瞬だけ、バルバトスは優しげな、以前と同じ顔をした。
「バル。俺はお前と、戦いたくない……」
「そうか……だが俺はお前と、戦いたいぞ」
バルバトスの瞳に、始めてどす黒い執着が交じる。
「ああ、そうか、私怨などないと言ったが、訂正しよう。お前は別だ、ジン……俺はお前と、戦いたかったのだな」
「バル……」
「そんな顔はやめろ。戦士の顔をしろ。戦場であったなら親子であろうとためらうなと、そう教えたはずだ」
「…………」
「そうだ、その顔だ」
バルバトスが笑った。
「もはや言葉は不要。雌雄は剣にて決するとしよう。さらばだ」
映像が切れる。静寂が戻る。
遠くから、鬨の声が聞こえてくる。
エルスタッドでは、建国の故事に端を発する験担ぎがあり、夫の鎧は、妻が着せる習いとなっていた。
だがいま、ジンを手伝っているのはサーシャだけだった。
オフィーリアも手伝いを申し出たのだが、断られていた。
「この戦も、お前の仕業か? オフィーリア」
ギリギリ……と、万が一にも戦場で解けないように、サーシャが渾身の力を込めて鎧紐を結んでいく。ジンもまた、同じように手甲をつけていく。
「ほっほっほ、ご冗談を旦那様。なにか証拠でも?」
「ふ、お前は相変わらずだな。……最近は、その律儀なまでの猿芝居が、なぜか少し気に入っているぞ」
ジンは、驚いたことに微笑まで浮かべて、ふっと肩の力を抜いた。
「はあ……それは、ようございましたね」
「ああ。……では、
英雄が立ち上がる。
その姿は、相変わらず半裸に近い野蛮なものだったが、なぜかオフィーリアの視線を奪った。
足をケロベロスの毛皮で覆い、背を白木の鎧が支えている。
両腕を覆う竜皮の手甲は盾代わりでもあり、歴戦の戦で傷だらけになっている。
剣が背負われる。誰が打ったとも知れぬ無骨な大剣が鎧に嵌まる。
サーシャが回り込んできて、となりに並び立つ。
「はい、ジン様、準備万端です」
「うむ。お前はいいのか?」
「ええ、私は簡単なものですから」
サーシャもまた、普段の装いに追加して、白木を変化させた布鎧を着ていた。それは冒険者時代からの聖女の装いだ。
「……お前は後衛でもいいのだぞ?」
「それだけは、絶対にお断りします。私の死ぬ場所は、あなたの隣ですから」
「わかった。……ん」
二人がキスを交わす。エルスタッド建国の夫妻がそうしたように、互いの無事を祈り合う。
まったく違う二つの種族が、しかし価値観を同じくして、夫婦となって立ち並んでいる。その姿は敵ながら、まるで一枚の絵画のようだった。
「…………」
それが、オフィーリアには、なぜか、無性に、
「さあさあ! 旦那様! 急ぎませり! 敵は待ってはくれませぬぞ!」
パンパンと手を叩いて二人を急かす。胸を焼く思いに気づかないふりをして、仇敵を死地へと追いやっていく。
「そうだな……さあ、オフィーリア」
「え?」
ジンが、ぐいっとオフィーリアを抱き寄せる。
「わ、妾もかや? ……てっきり警戒されているものと思っていたが……」
「警戒はしている。……だが、これが最期かもしれないからな」
最期。
言われてみれば当たり前の言葉に、なぜかぎくりとする。
(最期……い、いや、そうじゃな、そうでなくては困る。くっくっく、そうか、それなら、まあ……)
「ん……」
ジンがかがみ込む、オフィーリアが踵を上げる。お互いの種族差を心で埋め会い、もう何度没頭したかも分からぬ行為にふける。
「……ん……んん……」
熱い肉を受けいれて、また返していく。牙のような犬歯を舐めて、薄い口蓋を舐められる。
ぽぅっと、オフィーリアの体の奥に、暖かな熱が生まれていく。
それが、唐突に終わる。熱い舌が糸を引き、腕が遠くに離れていく。
「……あ……」
思わず漏れた甘い吐息に、オフィーリアは口元を抑えた。
ジンが、まじまじと見る。
「……ときにオフィーリア、お前、月の物は収まったのか?」
「な! お、お主、こんなときになにを言うのじゃ!」
「まだか。なら、神官に治癒魔法を頼んでおけ」
ジンが頭をポンポンとなでて、笑う。
「帰ったら抱く。覚悟しておけ」
「っ!」
「では、さらばだ」
ジンが往く、サーシャと共に。
オフィーリア、ただ一人を残して。