悪女わからせ~悪徳エルフ女王は勇者の☓☓☓で成敗される~ 作:千吹つぐ
当初、ユグドラシル側は時間稼ぎに徹するつもりだった。防衛側である彼らは援軍を約束されており、攻める理由を持たなかった。
「そら! 木偶の坊を掘り起こせ!」
その構図が、文字通りに根こそぎ変わる。
「ユグドラシルの根を断つのだ!」
反乱軍は正面の防備を無視して、足元を掘り始めた。ドワーフを中心とする工作兵は、瞬く間に根まで達した。
「くそ! 奴らなぜ! 根の場所がわかるんだ!」
エルフたちは戦慄した。ユグドラシルの根は国家の最重要機密であり、その位置は国民であっても知らないほどなのだ。それなのに反乱軍は正確に、それも重要度の高い太い根ばかりを的確に掘り当てていた。
「さあ! 毒を撒いてやれ!」
大通りほどもある太い根に、あらゆる害意が向けられる。刃が、酸が、塩が、呪いが、束となって注がれていく。
「ああ! ユグドラシルが!」
聖樹が枝葉を落としていく。祝福の輝きが明滅し、フィトンチッドの清涼な防衛毒素が振りまかれる。
「くそ! 砲撃! 砲撃だ!」
「バ、バカ! 根がむき出しになっているんだぞ! 本末転倒だ!」
「弓だ! 弓を討て!」
散発的な反撃は、しかし当然予想されており、根の周囲には残土で作られたトーチカが作られていた。
「工兵部隊が移動を開始しました! ……これは、くそ! なぜ場所が分かるんだ! 我が王! 奴ら! 地脈に通じる主根を狙っています!」
「俺が出る」
ジンが言う。
「南門を開けろ。奴らの逆から叩くぞ」
「我が王! お供します!」
「よし、第三、第四防衛隊は続け! 出陣!」
勇者ジンを筆頭とする、虎の子の五千名が横撃、工兵部隊に襲いかかる。
「来たな! ジン!」
だが無論、それもバルバトスは読んでいた。
「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは『狂戦士』バルバトス! 勇者を殺す覇王なり!」
剣と剣、魔法と魔法、誇りと誇りが、命をとしてぶつかりあった。
ずうん……ずうん……と、花の間は不気味な振動に包まれていた。ユグドラシルがもたらす生物発光の灯りが明滅し、時折、ふっと闇が訪れる。その度に避難民の婦女子は悲鳴を上げ、毛布をかぶって縮こまっていた。
「~~♪」
そんななか、オフィーリアは歌っていた。
「ほれ、怯えることはないぞ。もう一日は経ったでな。明日には援軍もつこうぞ」
避難民でぎゅうぎゅうになった部屋の中、オフィーリアは娘らを抱えて座り込んでいた。最初は「いざとなれば一命を賭して陛下を守ります!」と息巻いていた婦女子たちは、一昼夜にわたる戦闘音ですっかり怯えてしまい、いまや女王の腹に抱きついて震えるばかりだ。
「~~♪」
オフィーリアは、不思議と穏やかな気持ちだった。この戦の結果により、自分の生死は決まる。そんな重要な場面だというのに、なぜか現実感が湧かなかった。
「……おお、さすがは陛下」「なんという落ち着きようだ……」「我らもあやかろうぞ。みな、気をしっかり持て!」
そんな姿が勇気を与えるのか、諸族の顔に希望が戻る。
(ふふ……かような事で右往左往しおって、まったく、こうしてみるとエルフも亜人も対して変わらぬな。……みな一様に、くだらぬ生き物じゃ)
思えば自身にもこのような時代はあった。数百年前、ダークエルフに攻められた時、小娘だったオフィーリアはなにが起きているのかも分からず怯えていた。
(思えば妾という存在はあのとき作られたのかもしれぬな……)
力に怯え、陰謀に耽り、生に飽きた、老いた蛇。
女王オフィーリアの正体もまた、そんなものなのかも知れない。
ドゴォォォォォン!
そのとき、ひときわ大きな炸裂音が響き渡った。
「きゃあ!」「ひぃぃ! ひぃぃ!」「何事ぉ?」
(……ジンか? それともバルバトスか?)
戦況がどうなっているのか、オフィーリアには、正直よく分からない。戦略レイヤーのことならともかくとして、戦術レベルの戦闘指揮はほとほと苦手だった。
報告では、ユグドラシルの第三根と第五根はすでに汚染され、いまは第一根の奪い合いをしているのだという。しかし、ではそれが優勢なのか、劣勢なのか分からない。
(しかし、今度のこれは……)
ドゴオオオオオオオオオン!!
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」「わ、我が王よ! 守り給え!」「聖樹よ……きゃあ!」
そのとき、室内の灯りが完全に落ちた。暗闇のなかで悲鳴が上がり、反射的に炎魔法を発動させるものまでいる。
オフィーリアは総毛立った。
「やめよ! 火事でも起こしたらどうする! こんなことで前線を脅かすな! これより魔法の使用を禁ずる! 恐怖に耐えるのも、また戦と心得よ!」
「は、はい陛下!」「し、しかしこの音は……ひぃ!」「ああ、ああ!」
(いかんな……このバカども、恐怖に駆られてなにをするかわからんぞ)
「へ、陛下ぁ」「せ、戦況はどうなっているのでしょう?」「……我らは生き残れるのですか?」
「おちつけ、……しばし待て」
迷った末に、オフィーリアはある魔法を発動させる。
『うおおおおおおおおおお!!!』
広間の壁に動像が映る。悲鳴がピタリと止んで、民の視線が集中する。
『ユグドラシルのために!』『我らが国と王のために!』
勇壮なエルフの戦士たちが、槍を構えて突撃している。
『
その先頭に、勇者ジンの姿が有る。魔法が味方を強化していく、ユグドラシルの白木の鎧が、すべての戦士に授けられる。
『我に! 続けぇぇぇ!』
『うおおおおおおおおお!』
輝く鎧に身を包んだ、エルフの歩兵部隊が突撃していく。
民の顔が明るくなる。人樹一体《じんじゅいったい》となった戦士たちは、まさに建国神話を再現したように勇壮だった。
『迎え撃て!』
しかし、それも長くは続かない。
『敵は初陣だ! まともな戦法など無きにひとしい!
『応とも!』『思い知らせてやる!』『来い! 女もどきの玉なし共が!』
反乱軍が横撃、工兵部隊が逃げる時間を稼いでいく。魔王軍と最も激しい戦いを繰り広げてきた前線部隊の経験は厚く。いかにジンとてやぶることはできない。
そうしている間にも、包囲の輪が狭まっていく。もとより敵の十万に対してこちらは五千。まともにやりあって勝てるものではない。
『ふん、勝ったが、負けだな。……もういい! 引くぞ!』
『ジンめ、負けて、勝ったか。……逃がすな! 追え!』
戦場は目まぐるしく動いていた。個々の格闘、軍の戦闘、そして王たちの戦術がぶつかり合って、勝利と敗北が層となって重なり合っている。とある兵士の死は部隊の勝利であり、しかしその勝利は王にとっての敗北だった。
目まぐるしく巡る戦場の流れを、やはりオフィーリアは理解できない。
「やった! さすが我が王!」「ああ! あぶない!」「がんばれ! がんばれ!」
(ふん、まあよいわ。所詮はバカどもの目くらましよ)
そう、ひとりごちながら、しかしなぜか、オフィーリアもまた、動像から目を離せなかった。
(……ジン……サーシャ……)
戦場での二人を見るのは、これが始めてだった。いま、ジンは補給を受けつつ、サーシャの手当を受けていた。その様は安全な場所にいる避難民よりもずっと落ち着いていて、兵たちと冗談すら交わしている。
『さあ往くぞ。お前たち、疲れてはいないな?』
『まさか! 我が王!』『どこまでもお供しますよ!』『うおおおおおおお!』
太陽が、陰りだしている。すでに一昼夜以上戦い続けているというのに、彼らはまだ戦い続けた。
(なるほど、な……)
ここに来て、オフィーリアはようやく戦況が掴めてきた。
(ジンは、やはり不利なのだな……)
軍勢の差と、根への攻撃、そして経験の浅いエルフ軍、これらのせいでジンたちは攻撃を余儀なくされている。
それでもなんとか戦えているのは、ひとえにその手腕によるものだった。エルフ軍は攻撃を匂わせて工事を遅らせ、突出したと見せかけて敵を誘った。
敗北を餌に勝利を手にし、不利を利用して有利を得る。
その手腕が、いよいよ結集していく。
『バルバトス!』
日が陰っていく。陰と陽が入れ替わり、誰そ彼そが、乱れていく。
ジンは、突如として軍を転進、いままで一度もやらなかったことをやった。
バルバトス近衛軍を強襲。たった一千の兵力で、同数の相手に襲いかかり、ごくごく狭い時間と範囲の中で、互角の戦況を作り出した。
『
『ぬかせバルバトス! 策を弄しすぎだ! この程度、噛み砕いてやる!』
戦いが、ひとつずつそのレイヤーを下げていく。国家を左右する戦略を、さらに左右する戦術が、決する闘争に落ちていく。
あらゆる要素が削ぎ落とされて、戦争がシンプルな形に結実していく。
それは、結局、
たった二人の、戦いとなった。
『稲妻よ来たれ!』
ジンが叫ぶ。
『炎よ踊れ!』
バルバトスが応える。
『我が呼び声に応えよ聖樹! 汝が息吹を、ここに送れ!』
樹木と獣の英雄が。雷をまとって駆け抜けた。
『落日よ我が身に甦れ! まつろわぬ者たちに、炎の冠を戴かせたまえ!』
怨念に満ちた紫禁の王が、炎の剣を振りかぶった。
『おおおおおおおおおおおおおおおお!』
あとは、もう、
戦略も戦術も姿を消し、
ただ、剣と剣とが、ぶつかりあった。
ギャリン! バリン! ガギン! ジャリリリリ!
戦場の中心に、突如として空隙が発生、王たちの
「おらああああ!」
稲妻をまとった大剣が、重みと速度を力に変える。
「はああああ!」
受け太刀を許さぬ炎の魔剣が、一切のすべてを焼き切っていく。
『雷公招来! 推して参る!』
『捲火重来! 受けて立つ!』
『ははは! ははははははははははははは!』
二人の英雄の戦いは激しく、悲しく、それでいてどこか、楽し気でもあった。まるで
ああ……、オフィーリアは思う。入れぬ……と。それは複雑な哀愁だった。
女では、決して入ることができない男の世界、愛と欲と闘争をすべて火に焚べる、凶暴な友情。
サーシャがずっと感じていた孤独。それにはじめて、オフィーリアは触れた。
『ははは! ははははははははははははは!』
そして互角の戦いの、均衡が少しずつ崩れていく。
(こ、これは、もしや)
『死ね! ジン! ここで! 終われ!』
バルバトスの優美な剣がひらめいていく。ジンの鎧が刻まれていく。
『ぐ! ぐぅぅ!』
ジンが、いままで一度も見たことがない、苦悶の表情で後ずさりする。
(おお! おおお! まさかまさかじゃ!)
オフィーリアは歓喜した。いまのいままでは、どこかジンの無敵ぶりを信じていて、結局バルバトスは負けるのだと思っていた。
『ぐぁ!』
ジンの兜が弾ける、左手の手甲にヒビが入り、白木の鎧が燃え始める。
(勝てる! 勝てるぞ! ははは! ついに! ついに! 妾の策は成るのじゃ!)
ジンが死ぬ。あの仇敵がついに討たれる。
(やったぞ! あやつさえいなければ、サーシャもバルバトスもどうにでもなる! 世界は再び妾のものじゃ!)
オフィーリアは明るい未来を思い描く。現実化していく妄想に心を躍らせる。
(くっくっく! ざまあないのぉ! 今夜は祝杯じゃ! くはははは! これで枕を高くして眠れるぞ! くふふ! 忙しくなるのぉ! 人間どもを殺し、亜人種を殺し、おっと、それから生意気なユグドラシルもしつけてやらねばな! そして! そして! そしてぇ!)
そして、
オフィーリアは思う。
そして自分は、どうなるのだろう?
どくん、と心臓が鳴る。
(……な、なんじゃ? この気持ちは……ええい、どうしてこんなに不安になる?)
どくん、指が震える。どくん、背筋が凍る。
ジンが死ぬ。いなくなる。
あの拷問も、恥辱も、すべては過去のものになる。
どくん、どくん、と心臓が不吉に鳴り響く。オフィーリアの股間で、たらりと愛液が漏れ出した。乳首がピンと立って、呼吸がだんだんと荒くなる。
あの者のことを考えただけで、体はすっかり火照るようになっていた。
そんな相手が、消える。
では、自分はこれからどうやって、この火照りを静めればいい?
「いっけぇ!」「がんばれえええ!」「おおおおおおおおおおお!」
広間は熱狂とは裏腹に、オフィーリアは凍りついていく。
(お、落ち着け。あ、あんな男の代わりなど、他にいくらでも――)
勇者ジン。親をも知れぬ孤児の身でありながら、武を極め、魔王を倒し、オフィーリアの野望を阻んだ男。
そんな男のかわりが、いったいどこにいるのだろうか?
「きゃあああああ!」「ああ! 王様ぁぁぁ!!」
悲鳴が上がる。ハッとして視線を上げると、ジンが足を滑らしていた。
「ぐぅ!」
中腰のまま、それでも剣がひらめく。だが刃筋の立っていない斬撃は鎧で弾かれてしまい、
「甘いぞ! ジン!」
バルバトスの炎剣が、真一文字にひた走る。
(お前は美しいな、オフィーリア)
そう言って、顎を撫でる感触を覚えている。
(帰ったら抱く。覚悟しておけ)
そう言って、頭をなでた右腕が、
ぽーんと、空を、跳んでいた。
「………………い」
喉が震える。
誰もが悲鳴をあげようとしている、寸前。
「いやあああああああああああああああ!!!」
民草は、動像よりも、その悲鳴にこそ驚いた。
「いやぁ! いやあああああああああ!!!!!」
オフィーリア。今日、この瞬間まで、なにがあろうとも心を揺らさず、民の心を支え続けた賢き王女。
その王女が、外聞もなく叫んでいる。両手で顎を掴み、顔面をクシャクシャにして、恐怖のままに怯えている。
「だ! 誰か! 助けてたもれ! 旦那様を! ああ! 旦那様をたすけてたもれ! ああ! 腕が! 旦那様の腕がああ!」
立ち上がろうとする、だが腰が抜けて動けない、手足だけがバタバタと動く。
「へ、陛下?」「お、お待ちを!」
「やめてたもれ! ご
『……ここまでだ』
バルバトスが残心、剣を構え直す。
『できればお互い、万全な状態で戦いたかったな……』
「やめて! やめてぇぇぇ!!」
オフィーリアの願いなど、男たちには無論、届かずに、剣が炎を立ち上らせる。
『だが勝負は勝負……余の勝ちだ』
『ああ』
ふっと、ジンが笑う。
『お前の勝ちだ。バル。達者でな』
『……さらばだ! ジン!』
バルバトスが振りかぶる。
「いやああああああああ!!!!!」
そして、オフィーリアは許されざる罪を犯した。
『むっ! これは……?』
突然、ジンの口元から、真っ黒な魔力が溢れ出した。魔力はたちまち即死魔法に変じると、バルバトスに襲いかかった。
『往生際が悪いぞ!』
むろん、そんな暗器じみた魔法が完全装備の戦士に効くはずもなく、ただ一瞬の時間を稼ぐだけだった。
だが、それで十分だった。
「覇ぁぁぁぁぁ!」
ジンが左手で地面に発剄を打つ。重心が跳ね上がり、追って身体が持ち上がっていく。バルバトスは一瞬だけ視線をやって、しかしすぐに捨て置いた。ジンの右手はもはや無く、唯一の武器である左手は重心のはるか遠くにあって使い物にならない。
この動きは即死魔法の成功率を上げるための囮でしかない。バルバトスは即死魔法に集中して、これを一刀両断に切り捨てた。
「おおおおおお!」
その最後の隙に、ジンが右腕を叩き込んだ。
「なにぃぃぃぃ!?」
バルバトスの首に、ジンの存在しないはずの拳が突き刺さる。それは白木の鎧で再現された、聖樹ユグドラシルの義手だった。
「うぉぉぉぉ!」
「がああああ!」
震脚、かろうじて地面についていた右足が地面の反動を吸い上げて、木拳に莫大な力を叩き込む。鎧の内部に入り込んだ指先がギュルリ! と回転し、王の喉元を掻き切っていく。
「がはぁ!」
喉元を貫かれたバルバトスが、真っ黒な血を吐き出した。
「おのれ……ジン……きさま……」
バルバトスがなおも迫る。最後の力を振り絞って炎剣を掲げる。
「…………」
だが結局、その剣が振り下ろされることはなかった。炎が消えて、魔剣が落ちる。
「……やる……ではないか」
落日に抗った太陽が、沈む。
「結局、我は、勝てなかったのだな……」
「バル……俺は……」
亡国の王が倒れる、ジンが親友を受け止める。
『お……おお』
『おお……』
両軍の兵士が動きを止める。歓声と慟哭が撒きおこる。
『勝った! 我が王が! 勝ったぞ! おおおおお!』
『救え! 我らが王をお助けしろ!』
戦いは、まだ終わらない。むしろ新たな理由を得て、兵士たちは殺し合う。
『…………』『…………』
だが、その中心はあくまで静かだった。二人の王は義兄弟へと戻って、しばしの別れを惜しんだ。
『…………』『…………』
そのとき二人がなにを話したか、それは誰にも聞こえなかった。
わぁぁぁぁ………………。
潮目が変わり、戦いが少しずつ、終わっていく。