悪女わからせ~悪徳エルフ女王は勇者の☓☓☓で成敗される~ 作:千吹つぐ
九十九年後。露台は暖かな日差しにつつまれていた。
「♪」
露台で、誰かが歌っている。その声は子供のように明け透けで、同時に老婆のように乾いていた。
「~~♪ ~~♪」
歌い手はひとりのエルフだった。彼女はユグドラシルの枝元に身を横たえて、ひとつの墓石にすがりついていた。
「い! いたな! お前がオバケか!」
そこへ、一人の少年が飛び出した。
十歳程の――いや、それは人間ならばの話だろう、美しい顔立ちと尖った耳はハーフエルフの特徴で、だとすれば少年は百歳ほどになるはずだ。
「覚悟しろ! 僕は勇者の子! ジルバトスだぞ! 退治してやる!」
少年が言う。だが女は不思議そうな顔で、首を傾げるだけだった。
肩透かしを食らったように、少年が首を傾げる。
「な、なんだよ、調子狂うな。……お前、本当にオバケの森の
「お、おにぃちゃーん」
そのとき、更に声が上がり、藪の中から涙目の少女が現れた。
「うわ! フィリア! ついてきちゃったのかよ!」
「だ、だって、お兄ちゃんが、オバケにやられちゃうかもって……」
「バカ! こんなやつにやられるもんか!」
「え? ……だぁれ、このおばあちゃま」
少女の涙が止まり、臆さずに女に歩み寄った。泣き虫な少女が警戒しないくらい、女は優しげで、子どもたちの存在を喜んでいた。
「~~♪ ~~♪」
二人は顔を見合わせた。女には歳得たエルフ特有の、子供のような無邪気さがある。
「なんだよ、ばあちゃん、迷っちまったのか?」
「ね、お兄ちゃん、送ってあげましょ」
兄妹がうながす。しかし、老婆は首を振る。
そして、墓石に再び抱きつくと、もう二人には目もくれなかった。
「~~♪ ~~♪」
歌。それが、二人にわずかな違和感を抱かせる。
老婆の歌声はあくまで優しく、しかし何万回も歌ったようにかすれていた。その執念の残り香が、経験の乏しい子どもたちに、得も言われぬ不気味さを感じさせた。
「ジルバトス! どこにいるの! はやく出てきなさーい!」
「やっべ! 母ちゃんだ!」
「あ、ママー」
「バカ! 説教されるぞ! 逃げろ!」
そのとき、もっと具体的な恐怖に駆られて、二人は薮へと逃げていった。
「~~♪」
あとには歌だけが残される。
「むっ! ふたりともそこね! そら! 出てきなさい!」
「わー! 母ちゃんそれずるいぞ!」「きゃー!」
突然、周りの樹木が兄妹を捕まえ、するすると伸びて引きずり出した。
「もう! ジルバトス! フィーナ! ここに入っては駄目だといったでしょう!」
そういって、現エルスタッド摂政であり、二人の母でもある、サーシャ・マナ・ノルニスは説教をした。
「さあ、早く帰りますよ」
「あ、でもまってよ母ちゃん」「奥に迷子のおばあちゃまがいるの」
「なんですって? ……あなたたち、まさかバンシーに会ったの?」
サーシャはかがみ込んで、二人を見つめた。
この禁域の森には女の幽霊がさまよっていて、いつも涙にくれているのだという。
だが、サーシャを始めとしたごく一部のものは、その正体を知っていた。
それは森に幽閉された囚人――先代女王オフィーリアだ。
ジンは、先代の王は、結局彼女を殺さなかった。『死を望むものにとって、もはやそれは罰ではない。生こそが罰となるのだ』そう言って、王女に百年の『生刑』に課したのだ。
それは王の死後も終わらずに、オフィーリアは彼の墓石にすがりついていた。それがいつしか、バンシーの噂話になったのだ。
「うん! 全然怖くなかったぜ!」「頭よしよしってしてもらったの」
「……そう」
サーシャは笑った。ジルバトスはまだ、本当の母親にあったことを気づいていないようだった。
いずれこのことは話すつもりだが……それは今日ではない。ハーフエルフの成長はエルフと同じく遅く、人で言う十歳の彼にはまだ早い。
「それは、よかったわね」
「うん! ……あ、でもあのばあちゃん、べつにバンシーじゃないぜ」
「え? そんなはずはないわ。ここには彼女しかいないもの」
「でも、すっげえ嬉しそう笑ってたぞ?」「お歌、上手だった」
サーシャは困惑した。ジンが亡くなってからというもの、オフィーリアは嘆き悲しみ、すっかり気も萎えて泣いていただけだったのに……。
いやまて、そうか、今日は、
「ああ……そうだった……」
サーシャは思い出した。
そのとき、ユグドラシルが梢を鳴らした。光のマナを振りまいて、時が来たことを伝えていく。
「~~♪」
どこからか聞こえてくる歌が、樹木の虚で震えていく。
樹とエルフが歌い合う。
「すっげぇ……」「きれー」
幻想的な光景に、子どもたちがはしゃいでいる。サーシャは二人を抱きしめる。
「……ふたりとも、この歌を、景色を、よく覚えておきなさい」
歌が登っていく。それは葬送の歌だった。
「……♪ ……♪ ………………」
やがて、歌が止んでいく。聖樹が波打って、森の一角を飲み込んでいく。
そこにあった墓も、老婆も、輪廻の元へと還っていく。
「……最期まで、ずるい人でしたね。お母様」
サーシャはつぶやく。結局、あの人を手に入れたのは……。
「………………♪ ……」
「おやすみなさい。お母様。旦那様……私もいずれ、まいります」
けれどそれは、いまではない。
サーシャは娘たちの手を引いて、ユグドラシルへと帰っていった。