悪女わからせ~悪徳エルフ女王は勇者の☓☓☓で成敗される~ 作:千吹つぐ
「では、これにて落着としよう」
花の間、エルスタッドの伝統ある秘奥の間は、いまやすっかり開かれていた。
もとのきらびやかさはそのままに、大小様々な家具が並び、小は妖精族から、大は竜族まで、すべての知的生物を歓迎できる場所となっていた。
「猫族の御仁も、そして狼族の御仁も、これからは共に手を取り合って、皆のために力を尽くしてほしい。これ、この通り、妾からもお願い申し上げる……」
玉座から立ち上がったオフィーリアが頭を下げる。その真摯な態度に、階下の二種族――ワーウルフ族とワーキャット族が慌てた。
「わ、わかった! オレたち! もう喧嘩しない!」
「やめてくれよエルフの姉御! あんたにそんなことされたら調子くるうぜ!」
一件落着、両者は衝突状態を解消し、歩み寄りに合意した。
「……おお、なんと見事な仲裁ぶりよ」「信じられん。長年いがみ合っていた両族が……」「さすがオフィーリア殿……」
同じように、仲裁を頼む多種族の者たちがヒソヒソとささやいて、オフィーリアの手腕を褒め称えていた。
(くそくそくそ! おのれ! 妾がせっかく育てた争乱の種がぁ!)
だがその本人は、笑顔の下で悶え苦しんでいた。彼らはオフィーリアがもっとも嫌う獣人族であり、これまでは陰謀を働かせて衝突するように仕向けていたのだ。
(ようやくゴミどもが潰し合うところだったのに! くぅ! よりによって妾の手で仲裁するとは……おのれジンめ!)
内心の激情をおくびにもださず、オフィーリアはとなりに座る勇者ジンを見た。
ジンは腕を組んで瞑目していた。その姿はまさに置物のようで、実際のところ諸族は彼を象徴としての王であり、実権はあくまで女王にあると信じていた。
だが違う、本当はすべての政策方針はジンにあり、オフィーリアはその優秀な補佐官にすぎない。
(く! しかし、逆らえばこやつらになにをされるか……くぅ! くぅぅぅぅ!)
「ご気分がすぐれませんか? お母様」
そのとき、脇に控えたサーシャが、本当に心配そうな顔で覗き込んだ。
「なんでしたら、ご休憩しますか?」
「ひっ! い、いや、それにはおよばん! 謁見をつづけてたもれ!」
「そうですか? ……では、トロール族とオーガ族の代表! どうぞ前へ」
サーシャが謁見をさばいていく。
その姿は堂々としたもので、以前の弱々しさなど微塵もない。救国の英雄であり『聖女』の名声をほしいままにする彼女を見下すものはもうどこにもいなく、誰もがオフィーリアの後継者とみなしていた。
偉大なる女王、オフィーリア。
救国の英雄、勇者ジン。
聖女姫、サーシャ。
この三名からなるエルスタッド王家は、まさに黄金期を迎えたとみなされており、諸族は称賛を惜しまなかった。
(おのれ! おのれぇぇぇ!)
一方で、オフィーリアの手駒は日毎に少なくなっていた。虎の子の私兵部隊や隠密組織は、もはや世界平和のための公安組織に生まれ変わろうとしている。
(くっ! だがまだだ! まだ手はある!)
それでもオフィーリアは諦めない。ジンたちに従うふりをして、乾坤一擲の策を練りつづける。
『殿下、本日は陳情があって参りました。我らが国を荒らす、旧魔王軍についてです』
そのとき、広間に緊張が走り、本日最大の陳情がなされた。
(おお! 来たか!)
オフィーリアは内心で小躍りしつつ、あくまで沈痛そうな表情を浮かべた。
大使たち――人間や他種族まで連なった辺境の民が言う。
「残党軍は我らが領内を横切り、戦力を蓄えています……」「それだけではございません。軍縮に従わぬ一部の郡が合流した様子……」「このままでは戦火が広がるばかり……どうか彼らをお止めください」
「なげかわしいことじゃ……どうじゃろう、旦那様?」
オフィーリアが、勇者ジンに水を向ける。
「おお、勇者様が……」「これなら安心じゃ……」
途端に、誰もが大きく反応した。大使たちは期待に顔を輝かせ、サーシャは警戒心をあらわにする。唯一、ジンだけは変わらぬ無表情だが、それでも即答は避けた。
「……俺に、行けというのか?」
「いえ、そうは申しませぬ。魔王軍の残党に勇者が出向いては、事が大きくなりすぎますゆえ」
「外聞など、俺は気にせんぞ。戦いが必要なら、出るのみだ」
「むろん、ただ攻め滅ぼすのなら、それでかまいませぬ。ですが和解するとなればいかがか?」
「む……」
「彼らにとって、旦那様は魔王を討った仇敵。そんな相手が出てきては、もはや投降したくともかなわぬでしょう」
「……」これにはさすがのジンも黙った。
「で、あるならば、ここは戦力、名声、能力、そのすべてにおいて勇者に追随する御方、勇者パーティのナンバー2、『戦士』バルバトスにご足労ねがってはいかがか?」
ざわり、と人々が部屋の隅を見た。
そこには、金髪の青年が立っていた。
端正な顔立ち、それに反した大きな体。鍛え上げられた肉体は勇者ジンを凌駕し、それでいて高貴な雰囲気があった。
戦士、バルバトス・ディノ・デュスターヴ。
『狂乱の貴公子』の二つ名を持つ、ジンに匹敵する個人戦力だ。
「旦那様や、いかがでしょう。此度の仕儀には戦士バルバトスを遣わせてみては……」
『なるほど……』と衆目がざわめく。『戦士殿なら確かに適任だ』『ジン殿と違って弁も立ちますからな……』と好意的な意見が満ちる。
「驕るな、女」
だがそんな空気を、バルバトスは一蹴した。
ギロリ、と形の良い蒼眼が玉座を睨んだ。
「遣わすだと? 我はお前の旗下についた覚えはないぞ、オフィーリア」
「いえ、決してそのような。あれは命令ではなく、旦那様への提案です」
「だったらなおさらだ。ナンバー2だなんだというのは、余人が勝手に言ったこと。我らのパーティに序列はない。たとえジンであろうと、命令されるいわれはない」
不穏な雲行きに、諸族が眉をひそめる。その意向はどちらかと言えばオフィーリアに同情的で、攻撃的なバルバトスを諫める向きがあった。だが、
「そもそも、今回の出兵に、我は反対だ」
バルバトスが右手を振り、よく通る声で宣言した。それだけのことで空気が変わる。声の張りから所作のひとつまで、彼の行動にはカリスマ性に溢れていた。
「ほほう、戦士殿は、戦いがお嫌だと?」
「見くびるな。我らが騎士団に軟弱者はいない。……むしろそれは、お前たちだったはずでは?」
舌鋒がひらめく。
「平和のためだと、軍縮を叫んだのはお前たちだろう。その結果がこれだ。残党の反乱はともかくとして、『グリム騎士団』『ラーン山脈防衛戦線』『ヤンマルタ傭兵団』……これらが裏切ったのは、明らかにお前たちの責任だ」
「しかし、軍縮は仕方ありませぬ。魔王軍との戦いで膨れ上がった軍事費を抑えなければ、早晩国家は破綻しますゆえ」
「では、いまは破綻していないとでも? 戦士たちは飢え、人心に不安がはびこり、こうして反乱まで起きている……。その挙げ句に、我らに協力を求めるだと? ふざけたことをほざくではないか」
そのとき、バルバトスの背後の両翼を、壮年の騎士が固めた。同じデザインの鎧を着込んだ、彼らはバルバトスの私兵だ。
「我ら『旧デイノス騎士団』とて! 軍縮のあおりを受けて、いまや兵力は半減している! それをせまった相手に、今度は頼るだと? 我はお前の奸計になど乗らぬぞ! 貴様の狙いは、俺たち武力勢力を相争わせて消耗させることだ! そうだろう! 『女狐』オフィーリアよ!」
女狐、それは最近すっかり聞かなくなっていた、オフィーリアの二つ名だ。
諸族がざわめく。先程までは優勢だった雰囲気が、戦士バルバトスの舌鋒で五分にまで戻っていた。
(なるほど、これは評判も分かるな。さすがは亡国の王子といったところか)
オフィーリアはほくそ笑む。バルバトスは、すくなくとも舌戦においてあきらかにジンを上回っている。そのうえ多少は戦略眼もあるようだ。
「ジン! 目を覚ませ! お前のような武辺のものに、この女は荷が重い! 取り込まれるぞ! サーシャ! お前もだ!」
(は、だが所詮は政務経験のないお坊ちゃまだな)
どうやらバルバトスは、オフィーリアが悪の化身であり、ジンが取り込まれたと感じているようだ。だが実際は逆だ。彼には想像もつかないのだろう。この口下手で寡黙な勇者が、指導者としては極めて優秀で、軍縮も政策主幹も、すべては自分で考えだしたとは。
(くっくっく、
オフィーリアにとって、バルバトスは与し易い相手だった。多少は目端が利き、しかしその範囲からは出られずに、自分でも気づかぬ差別意識で相手を見下している。そんなよくある高潔な騎士像……。
あとはちょいと仕上げをしてやればいい。オフィーリアは口を開こうとして……。
「バル」
そのとき、ジンが立ち上がって、
「すまん、たのむ」
と、あっさりと頭を下げた。
「このとおりだ。これは、お前にしか頼めんのだ」
ぺこりと、まるで子供がするように、ジンが頭を垂れている。これには誰もが絶句して、なにも言うことなどできなかった。
「ば! 馬鹿者!」
ただひとり、無二の親友であるバルバトスを除いて。
「い、一国の王がそのように! 簡単に頭を垂れるな!」
バルバトスがカンカンに怒って壇上にのぼり、ジンを無理やり引き起こした。その後も『バカ!』『考えなし!』と罵倒しながら、王としての態度を説教している。
それこそ、本来なら許されざる蛮行なのだが。……なぜか、大広間にはホッとしたような、牧歌的な雰囲気が満ちていた。
「ええい! ここはキャンプじゃないんだぞ! 見ろこの空気を! 最悪だ!」
「そうか? 皆、笑っているぞ」
「バカ、これは笑われているのだ」
伝説の英雄たちの親しげな会話に、広間の緊張はすっかり溶けていた。
「バル……頼む。行ってはくれんか?」
「だ、だから! そんな目をするな!」
「だめなのか?」
「~~っ! 貴様という奴はいつもいつも……ええい! わかった!」
結局、バルバトスは折れた。ため息をついて、美しい前髪をくしゃくしゃと乱す。
「ただし! まずは話し合いだ! 討伐は最後の手段だからな!」
「むろん、俺も同じ思いだ。ありがとう、バル」
「……お前は変わらんな」
義兄弟の契を結んだ男たちが、久しぶりに目と目をあわせる。
「……ではやはり、毒婦はこやつか……」
正義に燃える青い瞳が、オフィーリアを見下ろしている。
「……ジン、これが終わったら話がある。この女のいない場所でな」
「たのしみだ。また二人で呑もう」
「ああ……」
バルバトスが去っていく。
広間に、妙な空気が満ちる。賛成とも反対ともつかないどっちつかずな、とても出陣とは思えない空気だ。
「戦士たちに祝福を!」
それを、オフィーリアは吹き飛ばす。両手を広げて立ち上がり、聖樹に祈って寿ぎを与える。
「息子よ! 父よ! どうか無事に帰られたまえ! 妻を! 娘を! 泣かすでないぞ! そら! 皆の衆!」
「お、おお!」「戦士バルバトス万歳!」「汎人類軍! 万歳! 万歳!」
歓声が巻きおこり、出陣の義が行われる。バルバトスが舌打ちをして、部下を連れて去っていく。
(くっくっく、うまくいった)
オフィーリアはほくそ笑む。
(バルバトス、永遠の二番手。ジンさえいなければ『勇者』と呼ばれていた男。祖国を復興するために魔王を討ったのに、いまだ足がかりすら得られぬ亡国の王子……)
魔法も、賄賂もつかわずに、オフィーリアは陰謀の種を蒔いていく。それも一見するとジンたちの意向に従っているかのように、ことを運ぶ。
(さて、奴は裏切ってくれるかな? ま、こんなものは、どちらでもよいわ。くっくっく、妾の策は、ほかにいくらでもあるからなぁ!)
今日のような手立てを、オフィーリアはすでにいくつも動かしていた。そのどれか一つでも実を結べば、自分は助かる。
逆に言えば、そのすべてが潰えた時、自分は死ぬ。
(くっくっく、生死を賭けた陰謀か。よい! 妾はかならず! 勝ってみせるぞ!)
「それでは、本日の謁見はここまでとします! 解散!」
そのとき、サーシャが鐘を鳴らした。
諸族がぞろぞろと広間を出ていく。エルフの文官たちが忙しく動き出す。
オフィーリアの、笑顔が固まる。
「お疲れ様ですお母様。ジン様。……さあ、このあとは一緒に、休憩しましょう♡」
「あ、ああ」
返事をしながら、オフィーリアのなかにあった高揚感は、あっという間にしぼんでいった。
(……陰謀の種が芽吹くまでは、まだまだ時間がいる……)
「いくぞ」
まるで仲睦まじい夫婦が腕を組むように、勇者ジンが腕を取った。
「さあ、お母様♡」
おなじく、母を慕う子のように、サーシャが反対の腕を取る。
(じ、時間を……時間を稼がねば! どれでもいい! 陰謀の実が熟すまで! なんとか時間を稼がねば!)
仲良く退出していく三人を、諸族はたのもしく見守った。エルスタッド王家は安泰だと、誰もが誇らしく思っていた。