再誕
──ディムザンバラ
かつての彼の名前を知る者は少なくない。公式キャラクターオーディションで一位に輝いたドリームビルダー。PKKギルドに所属し数多のプレーヤーを倒したプレイヤーキラー。称賛と怨嗟に彩られ、ファンクラブまで作られた男。
しかし、突如として彼は消えてしまった。
引退したともBANされたとも、いくつもの噂が流れたがその真実を知るのはかつての仲間、アインズ・ウール・ゴウンの面々だけだった。非公式魔王とも謳われた彼らから情報が漏れる事はなく、静かに男の名は忘れられた。
「あ、やべ。寝てた」
男は硬質なものに頭を強かに打ち付けて目を覚ます。見れば黒曜石の輝きがまぶしい大きな円卓が見える。どうやらバランスを崩してそれにぶつかったらしい。
──しかし、なぜか痛みを感じない。
こんなものにぶつかっては普通は血が出てもおかしくないはずだ。恐々とぶつけた箇所に手を伸ばす。きっと血が流れているだろう、そう思った腕に返って来たのは滑らかな硬質な感触で、男は思わず頭に両手を当てた。脳内接続用のLANコードででこぼこしたヘッドギアの感触ではない。思わず引き戻した手を見やると繊細な装飾と黄金に彩られたガントレットが目に入ってきた。ますます混乱した頭を震わせ、全身を検めその姿に目を剥いた。
黄金、そう、己の体は荘厳な鎧となり、その全身が金色に染まっていたのだ。
かつて仲間と共に作り上げた『究極』のドリームビルドキャラ、ディムザンバラがそこにいた。思わず時間を確かめようとコンソールを開く。
ユグドラシルのサービス終了まであと20分あるか無いか。
「あ、そっか……。終わっちまうんだよなぁ」
感慨深く円卓を眺める。ここに集った仲間はかけがえのない友であり、ディムザンバラの恩人でもあった。最後まで一緒にいると決めた友も、何がなんでもここを守る決めたこの場所ももう見納めなのだ。現実の事件が無ければ今でも毎日ログインしていたであろうその場所は、久しぶりに来てもさびれることなく完璧に維持されていた。ここ、ナザリックの円卓の間の椅子一つ一つ視線を伸ばし、思い出を噛み締める。
「モモンガさんは、どこだろう」
気づけば円卓の最奥、そこにあるはずのギルドの証と最後の友の姿がない。思い出を振り返りながらぶらぶらと探索している時間はない。惰眠の代償は重いものとなった。懐からして無を使用し、即座に使う。もはや必要のない仲間探知の課金アイテムはすぐさま友の場所を特定した。
「玉座の間、ね」
どうやら友はそこを最期の場所と決めたようだ。転移のできない場所なので足早にその場に向かう。同時にその友からメッセージが飛んできた。先ほどの探知アイテムで気付いたのだろう。移動しながらそれに応じた。
『おはようございます、ディムザンバラさん』
深紅のカーペットを踏み締める。その友の場所を目指す足取りまるで風のように軽い。
『おはよう、モモンガさん。寝坊しちゃったよ。あれから誰か来たかい?』
階段を滑り降り、道中の自動でゆっくりと開く大仰な扉を潜り抜けた。
『いえ、誰も』
『そうかい』
わかっていたことだ。先に来て帰ってしまった二人と今ここに残った二人。かつて41人いた仲間は今はこれで全員なのだ。キャラを削除し、完全に引退した者も多い。皆、現実の生活に帰っていったのだ。かつての仲間の思い出をモモンガと交わしながら、ナザリック大墳墓の深奥に足を進める。
「ここに来るまでの間に何体かNPC動かしちゃいました」
「NPC? あぁ、いたね。執事とメイドやつ。いいんじゃない? 誰も文句言わないって」
「NPCもみんなとの思い出ですからね。執事とかはたっち・みーさんが作ったNPCなんですよ」
「おお、懐かしいね。我らがワールド・チャンピオン! 思えばあの人から俺たちは始まったんだよなぁ」
「ええ、本当に懐かしいですね……」
ディムザンバラもモモンガもたっち・みーに異業種狩りから救われてクランに入ったのだ。お互いの最古の思い出から始まった冒険譚は互いに尽きることなく、しかし時間は刻々と過ぎていった。
ディムザンバラが扉の前についたときは残り10分を過ぎていた。開けはなたれた最後の扉の最奥にNPC達を侍らせ、たった1人で玉座に君臨する友が見えた。
「終幕が玉座の間とは、随分とロマンティックじゃないか」
「最期はナザリックの王として振る舞おうって思って。勝手にこれ持ち出しちゃってすみません」
モモンガは携えた杖、皆のアイディアの集大成【スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン】を掲げて見せる。それに対し、歩みを進めながらディムザンバラはおどけて答えてみせた。
「それはモモンガさん、あんたのものさ。様になってるじゃないか、我らが王よ」
その足はNPC達の前で止まる。先ほどの会話で上がった執事とメイド達が並んでいた。特にメイド達は素晴らしい造形をしている。
「みんな好きに作ったもんだ」
一人一人顔を上げさせ、その作りに感心する。途中帽子を被ったメイドの顎を持ち、その顔を繁々と見つめる。褐色の肌が瑞々しい、可愛らしさが目立つ顔立ちのメイドだ。どんな設定だったかと思い出そうとするが、製作者のキャラクターしか思い浮かばなかった。思ったより長くやっていたのかモモンガから怪訝な声が飛ぶ。
「あんまりやってると警告メッセージ出ますよ」
「このタイミングでのオートBANはかなわんな。で、モモンガさんはどれが好みだい」
手を離し、向き直ったディムザンバラの言葉にモモンガは思わず吹き出した。
「な、なんですか急に! せ、セクハラですよ!」
「男同士、しかも非現実女性の好み言ってもセクハラにはならんでしょ。で、誰なの?」
「お、俺は……」
モモンガの視線の先にいる黒髪のNPCを認め、ディムザンバラはそれの設定を思い出した。
「そいつはアルベドか。いや、いいね! タブラさんも喜んでるよ!」
モモンガの浮かべた怒り顔のアイコンに手を叩いて応じ、ディムザンバラはひとしきり笑った。そして、ふと自分の作ったキャラクターを思い出した。
「俺が作ったのは色気のない対拠点攻撃ゴーレムだったからな」
「ガルガンチュアもかなり色々盛り込んだじゃないですか。あれ変形するんでしょ?」
「追加武装もあるぞ。完全武装状態だと機動力と重量が相殺されて移動力0の完全な固定砲台になるけどな」
「それ、十分好きに作ってますよ」
会話が一息つくと、モモンガはより深く玉座に腰を据えた。ディムザンバラも察し、階段をに上がりその横に立つ。この場所に立つの本来なら別の男であったろう、そんなことを思いながらディムザンバラは眼下に広がる無人の広間を見やった。
「うん、悪くない眺めだ」
「でしょう?」
モモンガがゆっくりと指を掲げる。ディムザンバラがつられて視線を上げるとそこには友たちのエンブレムが飾られていた。
「俺、たっち・みー……」
柱に飾られた旗を一つ一つ差し、名前を挙げていく。全員の名を挙げると、モモンガはこぼれるように呟いた。
「そう、楽しかったんだ」
「そうだな、本当に、楽しかった」
無意識に二人は揃って目を閉じた。2人に走馬灯に似た何かが走る。馬鹿なこともした、すごい事もした。二人の『本当の』人生がそこにあった
かつての友との思い出が、旅が、終わる。
●
「「……」」
並んでその時を厳かに待っていた二人だったが、互いに隣の友の気配は消える事はなかった。
「……終わんないな」
「です、ね……クソが!」
有終の美も飾れぬ運営に、思わずモモンガの口から悪態が出る。拳を叩きつけた玉座は硬質な音を立てた。そして感触は、紛れもなく本物だった。
驚いたモモンガは手を見る。骨だ。肉も皮もついていない骨が見える。同時に謎の実感が湧き、この体こそ己のものだと確信した。思わず震え、モモンガは隣にいる友を見た。しかしディムザンバラは別のものを見ていた。自身の右隣、ディムザンバラの反対側で傅くNPCを。モモンガがそちらに視線を移すと、なんとそこには驚くように黄金の目を見張った美女がいる。NPCのアルベドだ。だが、音に反応して驚くようなコマンドは入っていない。
「どうかなさいましたか、モモンガ様?」
喋った。ここでモモンガの頭は混乱の極致に至り、フリーズした。玉座に身を任せ、上を向く。駆け寄ってくるアルベドを視界に認めつつ何も反応できない。その滞った思考に美しい女性の声と甘い香りが響く。
「モモンガ様!?」
(なんだろう、この、甘い匂い……匂い?!)
ありえない感覚に一気に覚醒された意識は、横から突き出された杖にもう一度掻き乱された。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンとは違う、漆黒の禍々しいオーラで化粧の施された短杖。モモンガの左から伸びた杖の主人はゆっくりと口を開いた。
「動くな」
「ディム、ザンバラ様?」
ディムザンバラの左目は赤く光を帯び、杖を握る手に力が篭っている。声は震えてはいたが、その殺意は本物であった。
「もう一度言う。動くな、アルベド」
切先を向けられたアルベドがゆっくりと元の姿勢に戻っていく。混乱に満ちた顔をこちらに向けたままに。
モモンガが下を視線を移すと一部始終を見ていたNPC達は目を見張り、固唾を飲んで成り行きを見ている。息を吸い、吐いた。すると一気に思考がクリアになる。沈静化した頭を動かして、今言うべき事を言う。
「そこまでだ」
自分で出した声に驚いてしまった。思った以上に低い、作ったような声色が出てしまったのだ。しかし、その場の空気を重んじて続けることにした。
「ディムザンバラさん、アルベドは私の声に驚いただけ。それ以上のことはありません。杖を納めてください」
モモンガはそうディムザンバラに言った。ディムザンバラはモモンガに視線を移し、ゆっくりと杖を下ろした。安堵するモモンガは、続けてNPCに指示を出す。
「セバス。地上に出て、異常がないか確認せよ」
「は! 畏まりました」
老NPCは立ち上がり、託された任を遂行すべく足早にさっていった。
「ユリ達プレアデスは9階層に上がり、警戒を厳とせよ」
「畏まりました」
続いてユリを先頭にメイド達が姿を消す。
「アルベド」
「はい!」
「お前は各階層を巡り、守護者に伝言を頼む。四階層、八階層を除く全てに異常がないか確認させよ。そして1時間後、六階層のアンフィテアトルムに集合するように。アウラとマーレには私が直接向かう、伝える必要はない」
「畏まりました。直ちに」
「そして、それは置いて行け」
「……畏まりました」
アルベドから差し出されたWI・ギンヌンガカプを受け取り、玉座をさったアルベドの背をみる。
そして玉座に残された二人はゆっくりと首を互い向け合い、大きく息をつく。そして思いの丈を叫んだ。
「え、モモンガさん! なにあれ? まじ? どうなっての!?」
「落ちおち、落ち着きましょう! ディムザンバラさん!」
二人は落ち着くまで、しばらくの時間をかけた。それほど、衝撃的なことだったのだ。
落ち着いた二人はNPCに任せられぬ場所の確認に向かった。ディムザンバラは四階層に、モモンガは八階層とレメゲトンに、といった感じだ。その確認を終え、六階層の廊下に集合した。
「ガルガンチュア、異常なし。全装備、全変形、問題なく使える」
「ありがとうございます。こちらも八階層とレメゲトンの確認終わりました。特に異常ありません」
「本当? 異常ないの? 一体ぐらい襲ってこなかった?」
レメゲトンのゴーレム設計者の面影を思い浮かべて訝しむディムザンバラにモモンガは頷いて応えた。2人の思い描く人物、るし⭐︎ふぁーはそう言う事をする。たとえ最終防衛ラインを割り、最後の一手といい場所でも、する。そう核心があったのだが、杞憂に終わったようだ。
次は六階層の円形闘技場で魔法、スキルといった戦闘面の確認をするつもりであった。
「しかし、マジでどうなってんだろうな。外、星空満天の草原なんだろ?」
溢すディムザンバラの言葉は今の状況に充てられたものだ。レメゲトンの確認が終わり、ディムザンバラを待つ間、モモンガは外部への通信を試みた。GMコール、外部リンクでの脱出。その全てがことごとくが失敗し、ヤケクソ気味にセバスに〈伝言〉を試み、応答したのだ。そして報告も驚くべきものであった。
本来、ナザリック地下大墳墓は沼地と深く暗い森に存在する。それがなんと草原のど真ん中に立っていると言うのだ。モモンガは頭を抱えながら残りの指示を与え、考えた。
(ナザリックが別の場所に転移した? NPCが意思を持って動くのもそれが原因? 現実世界で星空はありえない。ならここは、別の世界?)
その答えを持ってきたのは四階層から帰ってきたディムザンバラだった。考えたことをそのまま伝えると彼は神妙にうなずきかつての友の名を挙げたのだ。
「別の世界か、聞いたことあるな」
「あるんですか!」
「御伽噺でな。でも、スザクさんが前に言ってたんだ。昔の人が本に書いた説明つかない不思議な出来事があるって。今、俺たちはその『不思議』ってやつに遭遇してるんじゃないか?」
「死獣天朱雀さんが?」
その名前、かつての仲間の面影を浮かべ、モモンガは少し嬉しい気分になった。同時に信じてみたい気持ちにもなった。
「もし、もしですよ。すぐ元の世界に帰れたりしたら」
「帰らん」
言葉はモモンガのセリフより早かった。そしてモモンガも思い出す。かつての世界の有様、自分の存在意義を。
(帰りたくないな)
そしてその気持ちに賛同してくれる仲間がいる。かけがえのない日々を過ごした友が。
「ですよね! 俺もそうです」
声を弾ませるモモンガにディムザンバラ頷く。長い廊下が終わり、目的地が見えてきた。星空が広がる六階層の円形闘技場に着いた。
●
「邪魔をするぞ」
モモンガの一言に、駆け寄ってきたアウラとマーレは大変恐縮していた。やはりNPCたちにとって、モモンガはこのナザリックに於いて最高権力者という位置付けなのだろう。一方ディムザンバラは、馬車馬の如く忙しく一年半年ほどログイン出来ていなかったので少し戸惑いがあった。その間もログインし続けたモモンガと同じように彼らと接していいものか、そんな負い目があったのだ。
ディムザンバラはモモンガより少し遅れて、二人に声をかけた。
「久しい、てかほぼ初めてだよな。俺はディムザンバラ。一応モモンガさんの、仲間だ」
そっと二人に手を差し出した。しかし、双子はキョトンとした顔をしてディムザンバラを見ると、二人して跪いたのだ。少し驚くディムザンバラにアウラは優しく告げた。
「どうして至高の御方の一人であるディムザンバラ様の事を忘れることができましょうか」
「ようこそおかえりくださいました。ディムザンバラ様」
その言葉に、ディムザンバラは自分の考えがなんだが恥ずかしく、そして目の前の出来事が嬉しくなり、差し出した手にもう一本加え、深々と双子を抱きしめて告げた。
「おう、ただいま!」
モモンガはその光景を見て、同じように嬉しなり、ここにはいない仲間たちに礼を言った。ディムザンバラが名残惜しそうに抱擁を解き、二人の手を取って立ち上がらせる。そしてタイミングを見計らっていたモモンガが声をかけた。
「ディムザンバラさんも打ち解けて何より。さてアウラよ。早速だが仕事を頼みたい。これより少しテストを行いたい。的になる物を用意してくれないか」
その後、モモンガが魔法関係、ディムザンバラはスキル関係の確認を行った。特に違和感なく使える事を確かめ、そして一番の不安だったアウラとマーレも、こちらが警戒するのも馬鹿らしいくらい二人になついてくれた。最後にモモンガが杖の機能の確認として召喚した根源の火精霊を倒した二人がこちらに駆け寄ってきて、ディムザンバラは腕を広げて歓迎する。
「二人ともお疲れさん。いい戦いだったぞ」
「ありがとうございますディムザンバラ様! こんなに汗をかいたのは久しぶりです!」
「ははは、そうかそうか!」
「二人とも、熱かったろうに。さぁ、これを飲むんだ」
モモンガは双子にコップを差し出して、双子はモモンガ自らの手酌に恐縮しつつそれを受け取り、二人して一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだな。もう一杯いるか?」
「いえ、大丈夫です! ありがとうございます! モモンガ様!」
「あ、ありがとうございます!」
モモンガは水差しやコップをしまう。すると双子が顔を見合わせて話し出した。
「モモンガ様ってもっと怖い方かと思っていました」
「うん、そうか? そっちの方がいいならそうするぞ」
「いえ、こっちの方が絶対いいです!!」
絶対の信頼を寄せるアウラとマーレ。この信頼を前にして、警戒してきたことを思うと少し心が痛む。それはモモンガもおなじだったのか。少し気が沈んでいるような感じがした
「どうしたよ、モモンガさん?」
「……いえ。それよりそろそろ階層守護者が集まってくる時間ですね」
「ん、もうそんな時間か」
モモンガの言葉を待っていたかのように続々と守護者たちが集まってくる。
モモンガにじゃれるシャルティア。それを痛烈にいさめるアウラ。二人の間で右往左往するマーレ。奥から現れるコキュートス。そしてアルベドと主に着いたデミウルゴス。
皆大事な仲間の子だ。きっと迎えてくれるだろう。そう、ディムザンバラは笑うのだった。
●
肉を打つ音が響く。
そこに艶めかしい嬌声はなく、あるのは悔しさからくる嗚咽のみ。
甲冑を脱ぎ捨て、その半身を露わにした男が少女を組み敷いている。
少女の股間からは血が流れ、その閉まり具合から男は歓喜の声を上げながら腰を振るう。
再び肉を打つ音が響く。嗚咽は悲鳴に変わる。
男はヘルメットも脱ぎ捨て、今度は少女の唇を貪る。少女は抵抗するが男の力の前では無意味なことだ。その抵抗が男の嗜虐心をそそり、腰の動きはさらに早くなった。
──やめて
少女の声が響くが男は知っちゃことじゃない。己の欲望を少女の胎の中に吐き出すため、何度も何度も肉を打つ音を響かせる。少女は這いずり、少しでも男から逃げようとした。しかし、男は少女の顔先に剣を突き立てその動きを封じた。
そうして男はその欲望をぶちまけた。少女から離れ、肉棒から白い体液がたれる。
少女の股は赤く腫れあがり、血と精液が入り混じったものが垂れている。その傍らには父の亡骸、そして同じように死体となっても犯された母の体があった。くやしさ、みじめさ、それらが入り乱れた嗚咽が小さな家に響く。最期の希望、妹の無事を祈るのも忘れて。
●
襲撃者もなく平和な時間が過ぎていった。しかしそれは見せかけだけであり、ナザリックの中はあわただしく動いている。
今のナザリックは、だだっ広い平原にポツンと孤立するした状態にあり、その隠匿作業や、それが終わるまでの警備網、同時に現地の生命体を探す捜索隊を組織化、情報を収集するなどそのやることさまざまで、その指示を出すのは首魁たるモモンガでいちいち裁可を聞いてくる。それが間違っていないか、不利益ならないかという多大な心労よって、モモンガは潰れかけていた。
(……疲れるんだよなぁ)
どこに行くにしても儀仗兵やメイド達がゾロゾロと付きまとい、誰かとすれ違えば姿勢正しく跪く。精神は未だ一般人の域を出ないのモモンガには「支配者とはこれほどつらいものなのか」という感情が渦巻きつもっていた。ほぼ行動をともにしているディムザンバラも同様らしく、二人しかいないわずかな時間を、大切にだらけていた。
(そういえばセバスは夜空が広がってるなんて言ってたっけ……!!)
その時モモンガに電光のようなひらめきが訪れた。ようは護衛がいればいいのだ。そして目の前には今、ナザリックでもっとも気の置けない友人がいるではないか。この男に頼めばいいのだ。星空でゆっくり眺めるなんて初めての経験だ。男二人という事を除けば、もってこいのシチュエーションではなかろうか。
「ディムザンバラさん! 空を見に行きませんか? セバスが星空がきれいだと言っていましたし、今ちょうど夜なんですよ」
横で机に寄りかかり、ぐったりしていたディムザンバラも重そうな体を持ち上げて、全身で肯定を示していた。
「星空、か。いいね、俺も外が気になるし出てみようか」
「ただ、問題はどうやって二人で抜けだすか、ですけど」
「そこだよなぁ。移動は楽なんだよな、移動は……」
二人してため息をつく。ごちゃごちゃとついてこられてはせっかくの息抜きが台無しだ。かと言って黙って抜け出せば大混乱は必至dえ、二人ともただでさえ慌ただしく動いてるNPCの邪魔はしたくなかった。
結局あーでもない、こーでもないと案を出し合っている間に長くはない時間は過ぎ、メイド達が来てしまった。
「失礼しまするっす! ってナーちゃんなんで殴るんすか!」
「失礼しました。ナーベラル・ガンマ、御身の元に馳せ参じました」
声を上げたプレアデスの二人を先頭に一般メイド、護衛兵が一礼して入室してくる。モモンガは見慣れつつも、うんざりする光景にため息をつきたい気分だったが、必死で堪えできるだけ威厳のある姿勢で迎えていた。
だが、横の男は違った。
全員が入ったのを確認するとディムザンバラは間髪いれず言い放った。
「風に当たりたい気分だな! よし、行こうか友よ!」
これは、掟破りの正面突破だ。
「ん、ン! いいですね!」
こうなればヤケクソと後に続いたモモンガの言葉に周囲が一瞬動きを止める。
しかし、ディムザンバラが一歩前に出たと同時に素早くナーベラルが横に付く。
「畏まりました。では準備をいたしますので少々……」
「ディムザンバラさん、どうです、久しぶりに二人で出てみませんか!」
ナザリック大墳墓の主の言葉を理解した時、周りのNPC・モンスターを問わず大いに慌て出したが、もう止まらない。
「よし、行こうか!」
「お待ちください! それでは御身に「あ──────ー!!」
飛び出した想定外の大声、ルプスレギナの叫びに二人は動きを止めてしまった。勢いを削がれ、動きを止めた以上ターンエンドだった。
「ずるいっす! 二人でお出かけなんてズルいッすよ! ってイッター!!」
ずっこける二人を尻目に、間髪いれずナーベラルの鉄拳がルプスレギナの頭に飛ぶ。
モモンガの思考が沈静化して、二人で行くのは無理だと悟り、だが同時に好機だと気づいた。最小限の人数で外に離脱できるチャンスを掴んだのだ。
「よかろう。ルプスレギナ、供を許す。ナーベラル、お前も来い」
持ち直したモモンガの言葉の意図を察したディムザンバラが、すかさず手を上げ儀仗兵やメイド達に告げた。
「では、戦闘メイド、プレアデスの二名を同行させる。護衛としても、駒使いとしてもいいだろう。用があれば二人のどちらかに言付ける。それでいいな」
正直にいって、ナーベラルもルプスレギナもレベル的には一瞬を埋める盾程度にしかならない。だがその一瞬は何よりも尊いだろう。
「畏まりました、お気をつけていってらっしゃいませ」
「うむ、では行こうか」
モモンガの声を合図に扉が開かれ、4人はそれを潜った。しばらく歩き、4人だけになってようやくモモンガは軽く息をついた。
「礼を言うぞ、ルプスレギナ。お前のおかげで息抜きが出来そうだ」
キョトンとするナーベラルを横にルプスレギナが子供のように笑って答えた。
「やっぱ、モモンガ様もディムザンバラ様もサボりたかったんスねー。って! だからなんで殴るんスか、ナーちゃん!」
何度目か分からぬナーベラルの鉄拳が飛び、声を上げてルプスレギナが抗議の声を上げる。二人の日常なのかもしれない。そう思うと少しモモンガは楽しくなってきた。
「このまま歩いていくのかい?」
「いえ、指輪で入り口まで飛びましょう。日が昇る前に見たいですからね。二人ともこちらに来い」
そういって二人を伴ってモモンガとディムザンバラはナザリック第一階層霊廟の大階段前にやってきた。指輪で転移できるギリギリのポイントだ。階段を登った先で目に入ってきた段上の光景にない喉がうなった。
本来いないはずのデミウルゴスの配下がうろうろしていたのだ。後ろからディムザンバラの「あぁ~あ」という声が聞こえる。完全にモモンガの予想外の事態だ。何か切り抜ける方法はないか思案していると入口の方からデミウルゴスがやってきた。そこでモモンガは合点がいった。おそらくナザリックの警備強化一環で七階層から引っ張て来たのだろう。デミウルゴスはモモンガとディムザンバラの姿を認めると恭しく跪き、その配下も続く。こうなってはモモンガにとって最悪の展開だ。心にため息一つ残し、ナザリック最高の知恵者として作られた男と対峙する。
「これはこれはモモンガ様、ディムザンバラ様」
「面を上げよデミウルゴス。少し外に出る」
「ご慈悲に感謝いたします。してお供は」
「戦闘メイド、プレアデスのナーベラルとルプスレギナを連れていく。言付けにはどちらかを送ろう。入り口にお前がいるのであれば頼りになる」
あっさりと通ってしまった。
一層恭しく頭を下げるデミウルゴスを尻目にモモンガは学ぶ。
(プレアデス一人つければ言い訳になるぞ!)
地上には満天の星空が広がっていた。
その美しさに、モモンガはおもわず手を空に向かって伸ばす。すぐさまそれが幼稚なことだと思いなおし、誤魔化すように〈飛行〉の呪文で使えないルプスレギナにマジックアイテムを手渡す。飛翔してさらに広がった空からの光景は想像以上のものだった。そこには果てしない大地と海、無限に広がる森林、どこまでも広がる星空があった。
(ここにブループラネットさんがいればどれだけ喜んだろうか!)
ディムザンバラも同じ気持ちのようだ。モモンガはこの光景を忘れまいと脳裏に刻み込んだ。今はいない、かつての仲間の思い出とともに。しばらく眺めているとしたから地面が巨大な物がゆれる音が響いた。地面が盛り上がり、波のように移動している。
「マーレだな」
「あぁ、ナザリックの隠匿の件だな。いや、派手だねぇ」
星空を堪能した二人がマーレのいる地上に向かって降りようか、というタイミングでアルベドがデミウルゴスを伴って現れた。最高司令官である二人の姿からモモンガは一瞬、緊急事態かと訝しんだ。だが、慌てた様子がないことからその線を切り捨てた。
「アルベドにデミウルゴスよ。ちょうどいい、マーレの陣中見舞いに行く。ついて来い」
「……畏まりました」
アルベドの一瞬の沈黙の意味はモモンガにはわからなかった。
翌日、モモンガとディムザンバラは遠隔視の鑑を前にあーでもないこーでもないと弄り回していた。ユグドラシル時代では微妙系アイテムだったこれはこの世界に来て大きく変わっており、モモンガはそれを見て周辺の地理の把握、防衛網の構築に役立てようと考えていたのだ。
その様子をその陰にセバスが不動の姿勢で監視のように見つめている。そのの視線を気にしないことにした二人は数時間かけてこの世界での鏡を操作を模索し、ようやく俯瞰視点の高さの調整に成功した。思わずハイタッチする二人の耳に控えめなセバスの拍手が届く。
「ありがとうセバス。……ん?」
モモンガはわずかな違和感から覗き込む。すると鏡の上方、点がうあわただしく動いている。気になった鏡を操作しそこに焦点を合わすと、点の正体は人であった。
「祭りか?」
「いや、これ違うよモモンガさん」
そういってディムザンバラが横から現場を拡大する。すると騎士風の男達が村人を殺しまわっているのが見て取れた。
「なるほど……」
思わず舌打ちが漏れる。この村はもうだめだ。生きていれば情報収集に役立つがこうなっては仕方ない。助ける価値を考えるが特に思いつかない。ディムザンバラも同様に虐殺をただ見ている。二人は人が死ぬということを当たり前のように受けて止めていた。すると後ろから声がかかった。
「いかがいたしますか?」
その言葉の意図をモモンガにはすぐに察する。セバスを通してたっち・みーが、かつての自分のヒーローが見えていたのだ。弱気を助け、悪しきを挫く、そんな姿に憧れていた一人の男を。その憧憬から少し横をみればディムザンバラも同様にセバスを見ている。きっと同じギルドメンバーの事を思っているのだろう。そして二人して顔を見合わせ、笑った。二人して大いに笑い、気の良い返事をする。
「いいだろう、この村を救うぞセバス。ただし慎重に、だ」
●
子供を追い詰めた騎士はとどめを刺すべく、剣を立てた。切り付けられ、小さく怯える背中にこのまま剣を刺して、終わりだ。この村にも、焼いてきた村々にもはなんの恨みもないが、ここで死んでもらう。
(許せ、これも人類の未来の為なのだ)
そう思うこの心の声は言い訳だろうか。一瞬の自問が騎士を責めた。目を閉じ、ほんの一瞬だけの瞑想を行う。心を落ち着かせ、刃に力を込める。これで終わり。
だが微動だにしないそれに驚き、今度は目を見開く。するとなんて事はない、切先を誰かが摘んでいるのだ。だが、それだけでびくともしない。押すことも、引くこともできないのだ。混乱が騎士を襲い、さらなる情報を求めて目を泳がす。
そこには輝かしい黄金があった。
●
目の前の騎士が驚く様を見てディムザンバラは上機嫌で指に力を込める。摘んでいた切先が小気味の良い音を立てて折れた。其のことに殊更大きく目を剥いて驚く騎士にディムザンバラは言う。
「ふふふ、いいねぇ。その表情。実にいいぜ」
騎士は飛び上がって後ずさった。しばらくして持ち直した騎士は、その間をただ待っていたディムザンバラに向け、切っ先の折れた剣で切り掛かった。対するディムザンバラは何もしない。防御を取らず、ただその胸で剣を受けたのだ。先ほどとはまた違う快音を立て、剣は粉々に砕け散り、その衝撃に騎士は目を驚愕に震わせ、再び後ずさる。ディムザンバラがスッと腕を持ち上げて騎士に指を向ける。
「〈龍雷〉」
紫電が走り、騎士の体を打ち抜く。崩れ落ちる騎士に今度はディムザンバラが驚く番であった。
「え、よっわ!?」
今放った魔法はユグドラシルで言えば第六位階、つまり普段使いすらしないものだ。それでこのしょっぱい鎧を着た騎士は倒れてしまったのだ。その事実がディムザンバラを驚かせる。あえて選んだ弱い魔法で死んでしまった。弱点だったか、特効だったか、それすらわからないのは困る。
「もうちょい、やらないとダメだな。で、大丈夫かい? お嬢ちゃん」
無遠慮に近づくディムザンバラに、ネムは声をあげて怯えている。
「怯えなさんな。お、切られてるね。こいつを飲むといい」
ディムザンバラは虚空かに手を伸ばし真っ赤な液体、レッサーポーションの入った瓶を差し出す。だが目の前の少女が警戒して受け取らないのを見ると、瓶のクビをへし折って中の液をネムに勢いよくぶちまけた。
「え! あ! ええ!!」
液体をかけられた少女は面食らっていたが、しっかりと傷はふさがりディムザンバラはポーションがちゃんと機能する事を確認した。
「よし、治ったな! じゃ、俺はこれで」
「ま、まって!」
声をかけられ、ディムザンバラが見ると、少女がこちらに向けて頭を下げている。
「おねがいします! おねえちゃんをたすけてください!」
小さな体を地面に伏せて、土下座のような姿で縋る少女に、ディムザンバラにかつての自分がよぎり、不快感が走る。だが今は実験が先と切り替える。遠くから見ているモモンガ達に情報を伝えなければならない。
「いいぜ。サクッと綺麗に救ってやるよ!」
マントを翻し、ディムザンバラが去っていく。その後ろ姿をネムはいつまでも見つめていた。そして黄金の祝音は目を虚にし、涙を流し、必死に膣内の精液を指で掻き出そうとする少女にもやってきた。
ディムザンバラは手首を返して剣を引き抜くと、血を払い、鞘に収めた。周囲を見渡し、犯されて啜り泣く子供が一人いるだけだ。ディムザンバラは正直落胆していた。この村を襲っている騎士たちが大したことないと分かったからだ。障壁を突破できず、低位の魔法の一撃で死ぬ程度。つまりゴミ。恐らく死体を持ち帰って、魔法やその他様々な実験の足しにする程度にしか価値が無いだろう。
(護衛にいるアサシンエッジ、帰してもいいかもなぁ)
もちろん警戒に越したことはない。今もモモンガの指示でシモベたちがこの村を包囲しているはずだ。もしかしたらボス的なキャラが混じってるかもしれない。まぁ、念入りに殺しておこう。
「ほら、もう大丈夫だ」
そう言って少女の手をとり、立ち上がらせる。その体は震え、すっかり怯え切っている。面倒臭くなったディムザンバラは手を挙げる。するといつの間にか横にいたルプスレギナに少女を任した。
「俺だと怯える。体を拭いて綺麗にしてやれ」
その頃、広場では残った襲撃者を、デスナイトとナーベラルを引き連れたモモンガが殺しまわっていた。魔法の実験に区切りをつけて、掃除に回ったのだ。ついでにこんな何もない村を襲った理由も知りたい。ある程度したら逃してシモベ達に拾わせよう準備もしている。
モモンガが今やっているのは隊長格の見極めだ
(指示を出す奴を残し、それ以外を切り捨てる。ラッパを持っている兵も逃がす)
そんな事を考えながら数を減らし、見極めていく。そのうち的確に指示を出している男が露になった。周囲を鼓舞し、勇敢にもデスナイトに立ち塞がった男を殺さないよう盾で吹き飛ばす。ここから先はトーチャーたちの出番だ。
男が倒れるやいなや、ラッパの音が響き、残りの騎士達が脱兎の如く逃げ出した。しばらくその様子を見て静かになったのを見計らってぐるり周囲を見渡す。広場の片隅、一箇所に固められた村民が息を呑むのが伝わってくる。さてどうしたもんかとかける言葉を選んでいると、村の奥からディムザンバラとルプスレギナ、そして助けた二人の少女が現れた。
犯され、ぼろ雑巾のようだった姉妹はルプスレギナによって治療済みだ。姉妹が村民にディムザンバラが村を助けてくれた事を話すと村長という男が名乗り出た。
「助けていただき、ありがとうございます!」
「どうかそのようにしないでください。私は当然の事をしたまでの事。ささ立って下さい」
深く頭を下げる村長をモモンガは手を引いて起こす。そして村長が二人を邸宅に案内しようとしたが、ディムザンバラは血まみれだったので先に血を洗い流すことになり、別れる。
井戸のそばで鎧を脱ぎ、傷だらけで痩身の体を晒しているとルプスレギナと助けた少女二人が現れた。ルプレギナに任せたのだが、懐かれたらしい。
彼女をルプスレギナに任せた時、同時に現れた護衛のモンスターに失禁脱糞気絶という三連コンボを見せ、それを聞いたモモンガが「モンスターの姿が一般的じゃない」という推測を立てたのだ。そこで連れてきた妹に同じように実験し、同様の結果が見られたので、記憶を改変して襲われたところを助けたということにしたのだ。
そういった経緯で元気になった姉妹とルプスレギナ、ディムザンバラで談笑する。主にディムザンバラが強い、すごいと言う話題だったので、ルプスレギナも上機嫌であり、ディムザンバラは頷くだけで済んでいた。姉がエンリ、妹がネムと言うこの二人は両親を殺されてしまった為これからは二人で生活していかなければならないと、ディムザンバラに告げた。
ふと、昔の自分がフラッシュバックした。両親が居らず、金もなく、死ぬ思いでアーコロジー内に忍び込みどうにか生きてきた自分。
再び気分が悪くなる。それを見た二人は困惑し慌ててしまった様子だった。この二人に罪はない、むしろ勝手に境遇を重ねて不機嫌になってる自分が悪いのだ。
「すまんな。おれもな、ガキの頃強盗に両親殺されてな。気付けば路地で寝転がってたんだ」
吐けば楽になるかな、そんな思いでポツリポツリと「現実」の話をしていく。ルプスレギナもいるが、気にしたことではない。
「辛かったなぁ。なんとか糞に紛れて市街に潜り込んで、残飯漁って毎日を生きてきたんだ。仲間に会えたのは本当の偶然でさ。一緒にバカやって、いっしょに遊んでいってさ。俺はその時思ったんだ。あぁ、こいつらに会うために生きてきたんだって」
そうだ。ナザリックこそ俺の故郷で、みんなこそ俺の家族だ。そのことをディムザンバラは口に出して、改めて自覚した。
──あの日の、あの日々こそが俺の「日常」だった。
「お前らも生きろ。辛くて、生まれ落ちた事を呪う日々もあるだろう。でもな、生きていたら意外とさ、なんとかなるもんだからさ。まぁ、頑張れ!」
己の独白を適当な言葉でそれっぽく締め、ディムザンバラは鎧を着込み、姉妹はというとたったあれだけの言葉で泣き出してしまっていた。姉妹は自分の境遇と重ねて辛い人生を話してくれたことに感謝と込めて泣いていたのだが、ディムザンバラには通じない。啜り泣く二人の肩を叩くのが精一杯であった。
姉妹と別れ、村長の家に向かうとモモンガの叫び声が聞こえてきた。金銭の代わりに情報をせびりに行っていた筈なのでこれは相当の厄種だったようだ。表で見張をしていたナーベラルはルプスレギナとかわり、こちらについてくる。今の二人はメイド服ではなく。お揃いのカジュアルなユグドラシル時代で流行った旅装束になっている。こう言う時にものを言うのは第一印象の説得力なのだとかつての仲間も言っていた、とディムザンバラが提案したものだ。確かに旅の者で御供がメイド服では説得力に欠けるとモモンガも納得してくれたので簡単に見繕ったものだが、いざとなれば普段の装備に換装できるよう整えてある。
村長の家ではモモンガが独り言を言いながら情報を整えていた。村長はどうしたのか聞くと今は葬儀で家を空けているようらしい。つまりさっきの叫びは整理した情報のオーバーヒートだ。しかし、モモンガに告げられた情報は手が負えなかった。
「なるほどな、さっぱりわからん」
何もかも元の世界とは違いすぎる。ここは完全に異世界であった。
「ゲームキャラで異世界転生しちゃいました、か……三文小説だな」
「なんですそれ?」
「大昔に流行ってた小説だよ。当たりはずれがあるが、まぁ一大ジャンルだったね」
「あぁ、ラノベですね! 死獣天朱雀さんがいつか話してましたよ」
「スザクさんも好きだよなぁ。でも、あの人は世代じゃないはずだけどどうして?」
「なんでも講義で扱ったとか」
どんな講義だよ。
そこから結構な時間がたった。しかしまだ村長たちは帰ってこない。暇つぶしに始まった尽きない思い出はモモンガとディムザンバラ、ついでにナーベラルと外で聞いていたルプスレギナも楽しませ、時間は無駄に過ぎて行った。
「ご歓談中に失礼致します」
思い出話に待ったをかけたのはナーベラルの声であった。
「街道見張の者から連絡がありました。戦士風の一団が村に向かって疾走中、到着は今しばらく先です」
その話を聞いたモモンガは一息を入れ、思い出話モードからの切り替えると指示を飛ばす。
「そのまま通せ。おそらく村への救援だろう。我々が助けた事を喧伝してもらおう」
「お待ちを。少人数ですが、その一団を追うよう走るものがアリとの事です」
続くナーベラルの報告を聞きくと、モモンガはディムザンバラと顔を見合わせた。
「では森の探索を広めろ。おそらくだが追っ手側の先遣隊がいるはずだ。それを探し出せ。手はまだ出すな」
「畏まりました。そのように」
横で聞いていたディムザンバラが腑に落ちたように手をたたいた。
「なんでクッソ辺鄙な村を襲ったかか考えたけど、釣りエサだった訳か」
「本命は今来ている戦士団。我々はエサにかかった外道と言うわけですね。さて、帝国に擬態したスレイン法国とか考えてたのですが、これが暗殺劇となるとこのラインが濃厚ですね。ですがもう王国側に加担していますからこのまま流れに乗っていこうと思うのでが、どうですか?」
「偉く説明口調だな。まぁ、それでいいよ。でも念のためこちらの戦力も増強しておきたいね」
「よし、ナーベラル。今言った事をそのままアルベドに、そしてここに来るように伝えよ。武装は完全なものを、だが斧だけは変えさせろ。あれはWIだ。ナザリックから出すのは危うい」
「畏まりました」
押っ取り刀でやってきたアルベドを連れて、家に向かっていた村長を出迎える。アルベドを偵察させていた仲間であること、また戦士風の一団がこちらに近づいている事を告げてると、村長は案の定モモンガとディムザンバラに頭を下げて一緒にいてほしいと懇願してきた。しばらく考える雰囲気を装い、モモンガはこれを快諾した。
「わかりました。私たちもここで待ちましょう」
「ありがとうございます、モモンガ様! ディムザンバラ様!」
深々と頭を下げる村長を起こし、三人で戦士団を村の入り口に向かう。
言葉を交わしながら坂を下りていると、向こうの蚊から土埃が見える。どうやら件の戦士団がすぐそこまできたようだ。一団というにはまとまりのない集団で、武器も装備もバラバラ。共通しているのは顔を曝していることだけだった。一際精悍な男が馬上から話しかけてきた。その視線は遠慮なしにモモンガたちに向けられる。
「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するため王のご命令を受け、村々を回っているものである」
声が響く、大きくはないがよく通る声だ。よく声の通る指揮官は良い指揮官だ、とボイスチャットもボソボソ喋られるよりハキハキしてもらった方が指示が聞きやすいのと同じだ。
「王国戦士長……」
村長がつぶやくのが聞こえた。モモンガが聞いていない役職だ。というか爵位とかそう言うのではないので具体的にどこら辺の偉さなのか皆目見当がつかない。ただ勅命という事なのでかなり偉のは間違いないだろう。モモンガはただ驚く村長の横で目の前の男を考察していた。その男から声がかかる。
「この村の村長だな。この者たちが誰なのか教えてもらいたい」
「この方々は」
村長の言葉をモモンガが制した。変に伝えられるより直接話した方が誤解は生まれ難いものだ。
「それには及びません。王国戦士長殿。私はモモンガ。この村が襲われていたので助けた魔法詠唱者です。そして彼女はアルベド。一緒に旅をしています」
そう告げるやいなや、ガゼフは馬から飛び降り、モモンガとアルベドに渾身の礼をとった。それには戦士団の全員が驚く。それも当然、王の直属であり身分確かな戦士長が、どこの馬の骨ともわからない男に頭を下げたのである。彼らのざわめき自然と大きくなる。
「この村を救っていただき、感謝の言葉もない!」
「礼には及びません。彼が走りださなければ、村は助からなかったでしょうから」
「彼とは?」
「私の友、ディムザンバラです。あなた方の正体がわからなかったので念の為、待機してもらっていました。今は村長の家にいますよ。会いますか?」
「是非とも! よし、お前らはここで待機! 副長は俺についてこい」
村長の家に向かう道中で、当の本人にヒソヒソと事後承諾で確認を取る。村長は元から自分の家に迎えるつもりだったようで問題はないとの事だった。そして村長の家の前にはディムザンバラとナーベラル、そしてデスナイトがこちらが来るのを待っていた。
(あれ? まだ消えてない?)
デスナイトを警戒するガゼフにモモンガは黄金甲冑を着た男がディムザンバラであると、ついでにデスナイトが自分の僕である事を説明した。するとガゼフは構えを解いて、再び頭を下げて礼の形をとったのだ。モモンガはこの男の正直さと誠実さが少し気に入った。
村長の家に入るには大所帯になり、アルベドとナーベラルが見張りをかってでたので、中に入ったのは村長夫妻、ガゼフとその副長、そしてモモンガとディムザンバラの6人であった。村の中では比較的に広い村長宅も大男4人を入れると流石に狭く感じる。
「さて、どこからお話ししましょうか?」
「まずはこの村を襲った、帝国の兵士からお願いしたい」
「では、ある程度殺して、多くは撃退しました。逃げるときに死体や空馬を置いていったので、よほど慌てていたようですね」
「なるほど。して死体は?」
「森の方に積んである。検分したかったら勝手に見てくれ」
「ふむ、分かった。そうさせてもらう」
ガゼフが副長に耳打ちすると、副長は足早に出ていく。部下に検分をさせるのだろう。ディムザンバラがそう考えていると、ガゼフは次の話題に移っていた。
「モモンガ殿達は旅をしていると聞いたが何か目的があってのことだろうか。いや、懐を探ろうという気はない。もし都合がつくのならば、王都に来て欲しいのだ」
「私を王都にですか?」
驚くモモンガにガゼフは頷いた。
「此度の一連の事件の報告を受けた王は大層お嘆きなり私を派遣してくださった。きっと王もあなた方の働きを聞いたらお褒めの言葉を下さるに違いない。そして何より私があなた方を歓待したい。是非王都を訪ねてくれまいか!」
このガゼフの気持ちは間違いなく本物だろう。そして王への信奉も同様だろう。モモンガとディムザンバラは顔を見合わせた。どうしたものかと答える前だった。閉じたばかりの扉が勢いよく開け放たれ、出たばかりの副長が飛び込んできた。血相を変えるとはこのことかと言った顔をして、ガゼフに報告を行う。
「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」
⚫︎
「各員傾聴」
ニグンは自ら率いる陽光聖典の隊員語りかける。その表情からは一抹の感情も見ることが出来ない。
「獲物が檻に入った。汝らの信仰を神に捧げよ」
襲撃部隊が帰ってこなかった。おそらく全滅したのだろう。もしここでガゼフ・ストロノーフを逃したらもう今回の任務は失敗する。
(それだけは避けねばならない。ガゼフ・ストロノーフを確実にここで仕留めるなければならない。人類の団結、その為に)
ニグンは散開しつつある部下たちを見る。慣れない任務で見えない疲労がたまっているに違いない。さらに言えばこの仕事を終えてもまだ、先のトブの大森林での不始末の片付けが残っているのだ。気の抜く暇はありはしない。
そして今回の襲撃には不安要素が残る。
物見の報告では黄金鎧を着た騎士風の男と巨大なアンデッドを連れた魔法詠唱者が暴れまわっていたと聞く。襲撃部隊の練度は我々と比べたら大したものではないが、それを全滅させたとなると話は変わってくる。もしその男たちがガゼフと協力するとなると厄介だ。
この機会を逃せばガゼフ・ストロノーフの抹殺は不可能に近いだろう。ニグンは自分の考えが間違っていないことを確信している。王国の貴族たちを誘導しガゼフの装備を剥ぎとれた今回が絶好の好機なのだ。何としても今回の任務を果たせねばならない、そうニグンは胸に、その奥にしまった至宝に手をやって己が信奉する神に、人類の未来に誓った。
腕に巻かれた金属片を見る。
「では、作戦を開始する」
●
「天使か」
村長の家から村を包囲する者、その傍ら浮かぶモンスターを見てガゼフが苛立ちを隠せぬ声を上げた。自分の記憶が正しければ厄介な相手だ。いくつかの特殊能力に加え魔法すら行使する存在であり、さらに上位の天使がいればそれの性質に準じて全体が強化される。
横を見ればモモンガは何かつぶやきながら同じように天使を観察しているように見える。ただ魔法詠唱者から見た視点は違ったものだろう。思うが早い、ガゼフは早々に賭けに出た。
「モモンガ殿。どうだ、私に雇われてはくれないか?」
「というと?」
「私はここで死ぬわけにはいかない。何としても王の下へ帰らねばならない。報酬は望む額をご用意しよう」
どうか、頼む。そう言って、ガゼフは再び深々と頭を下げた。しかし祈るガゼフに帰ってきたのはモモンガの困ったような声色だった。
「実を言いますと、今、私はお力になれないのです。あの下僕は強力なのですが、制御に多大なMP……魔力を消費します。今の私は自衛で精一杯でなのです」
これは事実であった。MPの消耗は本当で、二人分の記憶改変はモモンガのMPの大半を奪っていったのだ。時間経過で回復分を差し引いても迎撃には不安が残る。もし相手にも自分と同じような存在がいた場合、絶対に助からない保証はない。そのためにアルベドを呼んだのだ。
「なんと、そう言った事情がお有りか。無茶を言って申し訳ない。しからば私たちは直ぐにここを出ていかなくてならないな」
折角助かった村を戦場にするわけにはいかない。そんな思いをガゼフは口にする。そして副長に指示をしようとした時、声が上がった。そこには黄金の全身鎧に身を包んだ男がいた。
「いいんじゃないか?」
「ディムザンバラさん?」
ディムザンバラはモモンガに代わり窓から外に視線を移し、指を動かしてざっと敵を数え上げた。
「ひーふーみー……。どうも奴らの狙いは王国戦士長あんたのようだ。あんたをここまでおびき寄せ、確実に倒すために村々を焼くなんて手間のかかったことしたんだろうな。俺はあんたがどれくらい強いか知らない。でも部下を引き連れてあれだけの人数を抜くのは苦労する、だろう?」
ディムザンバラの観測は当たっている。ガゼフ一人なら全力で逃げればなんとかなったかもしれない。だが、部下を、村人を犠牲にして王の前に戻って何が臣か。ガゼフが直ぐさま肯定した。
「その通りだ。敵は恐らくスレイン法国の特殊作戦部隊群、うわさに聞く六色聖典だろう。私の聞いた話ならば腕も私たちより立つものと聞く。今回は数の我々より多い。苦戦必至、どうかご助力願いたい」
「六色聖典、ねぇ。かっこいいじゃないか」
ディムザンバラのつぶやきに、モモンガが仕方ないとばかりに頭を振った。
「ふぅ、わかりました。戦士長殿、私は先程の説明通り、知識を述べることしかできません。それでも構いませんか?」
「おお、お二方、本当にかたじけない!」
モモンガがあの天使がどれだけの強さか、そこから予想される術者の力量などをガゼフに説明していく。夜が近い。夜になればそれだけガゼフ達に不利に動く。できるだけ早く作戦を立てて行動しなければならなかった。ガゼフが頭を絞っているとディムザンバラから声がかかる。
「派手に行くけど。いいかい?」
●
茜ざす空を見上げ、ニグンは考えていた。
何故ガゼフは村に籠っているのか。すぐに空は暗くなり、彼らにさらに不利になる。そんな分かりきった悪手をあの男が取るはずがない。しかし、このまま時間を与えてやる義理はなかった。
「包囲網を狭めよ。総攻撃で皆殺しにするぞ」
隊員が方々に連絡を出す。だが返事が返ってくる数が少ない。それらの多くは森側に配置した部隊だ。彼らの部隊は大森林に接する方向にいる為、練度の高い精鋭中の精鋭だったはずだ。すぐさまニグンは指示を出し、部下に緊急の場合に限り〈伝言〉の使用の許可を出し、部隊の確認に確認行かせて自分もそちらに向かう。しばらくの間ものなく、〈伝言〉が飛んできた。
『ガゼフ・ストロノーフが単独で森に入っていきます! どうやら迂回しt!! ……』
部下の決死の声を聞き、追撃へ編成を組み替えようとしたニグンに、違和感が生じた。
(森から一人で逃げ出す。果たしてガゼフ・ストロノーフはそのような男であるか、否か)
答えは否だ。同時に村から馬に乗った男たちがこちらに向かってかけてくる。彼らが囮になってガゼフを逃す作戦、に見立てているのは直ぐにわかった。
「ここで戦線を立て、戦士団を釘付けにしろ。私の天使の加護から外れるが、討ち漏らさない様に連携を密にとれ。私が離脱したのちは副神官の指示に従うこと。残りは私に着いて……!?」
ニグンの指示を受け展開していく陽光聖典だが、その動きが一斉に止まった。凄まじい咆哮が響き渡り、横殴りの風が来たのだ。いや風と思ったものは質量を持った何かだった。
森からやってきたそれは横広く展開した部隊を次々と切り裂き、吹き飛ばし、蹂躙していく。ニグンは思い出した。報告にあった下僕が、デスナイトが死体を振り回して隊列に突っ込んだのだ。想像を絶したのはその強さだ。隊員は決して襲撃班のような無能ではなく、それを糸屑か何かのように蹴散らしていく存在とは全く思っていなかったのだ。
術者が死に、天使達が消えていく。これ以上数が減るのはまずいと感じたニグンはすぐさま自身の天使を動かした。『監視の権天使』はデスナイトの剣を受け止め、その快進撃を見事止めて見せたのだ。歓声を悲鳴を聞きながらニグンは新たな指示を出す。
「包囲網を解く。動けるものは負傷者を連れて一時退却。森ではなく街道をいけ。森の本陣は破却、ひらけた場所で陣を再形成し、そこを簡易拠点とせよ。副神官、その指示を頼む」
「ですが、ガゼフの部下がいます。やり過ごせますか?」
「問題ない。おそらくだが、これ以上動けんのだろう」
それは正解だった。モモンガは制御を外して下僕を突っ込ませるので一定以上近づかないようにと説明していたのだ。攻撃役のデスナイトが天使によって足止めされた今、それの戦いに巻き込まれるような突撃するわけにはいかなかった。ニグンは鈍った彼らの動きを見てそれをすぐさま看破したのだ。『監視の権天使』は攻撃には向かないが防御であればいくらでも時間を稼げる。その間に隊員を再編、ガゼフの捜索に充てるつもりだ。だが、もうニグンに油断はなかった。
「最上位天使を召喚する」
二グンは手札を切るのに逡巡する間はなかった。自身が託された結晶にいた最上位天使を召喚し、現状を打開し、そしてもう1人への切り札にする。
ニグンの呼びかけに答え。それが姿を現す。天を刺す白き翼、魔を滅す杖を持つ、威光の主天使。周囲の人間を威圧するその輝きが、戦士団の動きを完全に止めた。
「放て!」
ニグンは即座に命令を出す。主天使は主人の命を完遂すべく、己が放てる最大級の魔法の行使した。
「〈善なる極撃〉!!」
ニグンの咆哮とともに降ってきた、白く輝く極光がデスナイトを焼く。声にならない声が轟き、デスナイトが膝をついた。その瞬間を天使達は見逃さない。円列を整え、一糸乱れぬ動きでデスナイトの胴体を刺し貫き、それを持って完全に消滅させたのである。
だがニグンの精神力は限界を迎えつつあった。召喚MPは肩代わりされているがその維持はニグンの負担である。2体の上位天使の制御は凄まじい負担であった。がしかし、ニグンはやり切ってみせた。さらに歓声を上げる部下たちに檄を飛ばす。
「先程の指示を続行せよ! 残るものは私の指示に従え!」
戦士団が息を呑む、作戦が失敗したのだ。巨大な天使が、杖と盾を構えて彼らを威圧する。その一瞬の静寂は、金属の拍手によって破られた。
「ははは、デスナイトを倒すか」
戦士団の間を切って、黄金の騎士が姿を現す。手甲を打ち合わせ、シンクのマントを靡かせて歩むそれは、とても異質であった。
「俺はディムザンバラ。ディムザンバラ=ギドラだ。覚えておかなくていいぜ」
「いや、記憶させてもらうとも。最上位天使を率いる私たちに歯向かった愚者としてな」
ニグンは自身の声にまだ張りがあることを祈っていた。長くは持たない、早くこの男にとどめを刺さなければ、そう本能が告げている。その右手をディムザンバラに向け勧告を言い渡す。
「無駄な足掻きをやめ、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」
その答えは疾走だった。戦士団から飛び出し、黄金の風が一直線にニグンに駆けていく。だが、それに反応できないニグンではなかった。
「放て」
瀑布のごとき光の本流が降り注ぐ。それは先ほどよりも力強く、地を砕くほどの威力を戦士団、そして陽光聖典に見せつけた。それもそのはずである。ニグンはタレントを有する。それは召喚モンスターの強化させるもの。さらに天使自身の献身による自己強化も入れた最高位の魔法なのだ。
ニグンに後悔はなかった。間違いなくこの手を打たなければこの場を脱することはできなかったのだ。打ち注ぐ光が収まらぬうちに声を上げ部下に指示を与える。
「各員、先ほどの命令通りに動け。私は!!?」
空を掴んでいた腕の感覚がなくなる。遅れて痛みが、そして噴き出した血が告げていた。黄金の風の到来を。
「お、お前は、なぜ!!」
ニグンの腕は、黄金の甲冑に握られていた。
「すまないな。俺の剣は、光よりも速いのさ」
ニグンは手放しかけた意識で朧げに理解する。この男は、ニグンの決死の一撃を掻い潜ってきたというのだ。どんな強力な攻撃でも当たらなければ意味がない。当たり前のことだった。
「……あり、えん!!」
だがそれはあり得ない、なぜなら、ディムザンバラは半身を光の中に沈めていたからだ。
「あ、やっぱわかる? 実はね、俺カルマ値プラスに振り切ってるから効かないんだ、これ」
光の壁と言うべき場所からディムザンバラは抜け出し、ニグンに向け足を進める。MPは尽きかけ、腕を失い、朦朧とする意識を総動員して、声を荒げる。
「なぜ生きている?! 貴様は、貴様は何者だ!」
戦士団は見た、眼前の光が収まり、その奥で黄金の全身鎧が残光に照らされて輝いているのを。当たり前のように、しっかりと足を地面につけて。信じられないものを見る目をした。その美しも力強い姿に迸るように声を上げた。
そして、ニグンにディムザンバラは告げる。
「さて、色々と聞きたいことがあるんだ。ちょっと耳貸せよ」
●
「まさか、一兵も犠牲を出さずに終わるとは」
ガゼフが目の前の光景に目がくらむ。あれだけ強力だった敵が囚われ、目の前で縛り上げられているのだ。
『裏手から脱出したフリで慌てさせ、そこにディムザンバラが突撃して隊長だけを倒す』そんな簡単な作戦がうまくいってしまったのだ。いや、簡単に聞こえるがこの作戦はあり得ないものだった。まず森にも当然、陽光聖典の隊員が張っていて彼らとの戦闘は必須だった。その騒ぎでバレればその時点で終わる。そう思っていたガゼフにとってこの成功は奇跡に近い。だが、目の前でディムザンバラの韋駄天を見た隊員たちは興奮気味に語り、敵の長である男は腕を失って叫んだ後、まだ目覚めないということだ。
これは奇跡ではない。モモンガとディムザンバラの実力があってのことだ。凄まじい下僕を操るモモンガ。しかもあれほどの怪物をしばらくすればまた呼べるというのだ彼も凄まじい魔法詠唱者だろう。そして敵の攻撃を掻い潜り、倒してみせたディムザンバラ。胆力もその俊足も本物だ。彼らはこの穴だらけに見える作戦が完遂できることがわかっていたのだろう。
「モモンガ殿、協力まことに感謝する」
「いえ、戦士長殿もご武士で何よりです」
ディムザンバラの姿はない。彼はどこから酒樽を持ってきて篝火をたき、部下達を巻き込み酒宴を始めたのだ。捕虜達の監視役の隊員達はそれを羨ましそうに眺めている。
「お二人はこれからどこに行かれるおつもりか」
「……それはどういった目的で?」
詰問とも取れる言動に思わず警戒するモモンガに慌ててガゼフが応える。
「どうか警戒しないでほしい。報酬を払わねばならないと思っていたのだ。恐らく時間がかかるだろう。それまでどこに滞在しているかお聞きしたい」
「わかりました。では用意だけしておいてください。年内には必ず王都に向かうことを約束しましょう」
「了解した。その時は是非我が家に寄ってくれ、できる限りの歓待はさせてほしい」
2人は固く握手をした。だが、この約束が果たされるのはしばらく先のことであった。
●
ナザリック地下大墳墓、円卓の間に二人の姿があった。儀仗兵やメイドは扉の外で待機している。この部屋は掃除目的以外誰も使わないようになっている。この空間だけはギルドメンバーだけの空間にしたかったモモンガの願いからだ。
「で、そっちはどんな感じになったの? モモンガさん」
「アルベドとも相談しましたが、やはり王国とのパイプ役としてガゼフ・ストロノーフには生きて帰ってもらうことにしました。囚われた陽光聖典、でしたっけ? 彼らは道中で仲間により奪還、という体で回収してあります。これで法国のこともわかりますね」
見事!そう拍手で返すディムザンバラに手を上げて答えるモモンガ。上機嫌なディムザンバラを見てアインズは胸を撫で下ろした。
(天使の一撃を受けたって聞いた時はびっくりしたけど元気そうでよかった)
自分と共に、新しいこの世界で生きると決めてくれた大切な友。モモンガはディムザンバラを友愛の目で見ていた。するとディムザンバラがこれからのことを聞いてきた。
「で、これからどうするよ? ガゼフにエ・ランテルにいるって言ったんだろ? そっちで生活するのかい?」
「そうですね。どうせなら街に住んでみたいと思ってました。ですが……」
さて、これからの計画を立てようかという時に扉が叩かれた。
「モモンガ様、ディムザンバラ様。アルベド様が執務室にお見えです」
「うむ、すぐに行く」
ディムザンバラと会話を切り上げ、連れ立ってモモンガの部屋に向かう。いつの間にかNPCと会話する際は玉座の間か、モモンガの部屋で行われるのが習慣になっていた。儀仗兵、メイド、さらにディムザンバラを加えた隊列がぞろぞろと九階層を練り歩く。モモンガは儀仗兵たちを空気のように思うことにしていた。そうでなくては心の胃がもたないからだ。モモンガの部屋ではすでにアルベドが跪いて待っていた。その横を抜け、椅子に腰かける。続くディムザンバラはモモンガの横に立ち不動の姿勢をとった。
「面を上げよ」
こうしないと始まらないのだ。モモンガは時間の無駄に感じるが、支配者として二人に接している以上こうするほかなかった。
「率直申し上げます。今回捕まえたニグンなる男ですが、死亡しました」
「死んだ? ニューロニストが尋問していたのではなかったのか?」
「は。どうやら暗示の類がかけられていたようでいくつかの質問に答えさせるといきなり死亡したようです」
「蘇生は?」
「失敗しました」
モモンガはアルベドの言葉に失望を抱く。つまり隊長であるニグンからはスレイン法国についてはほとんど情報が得られなかった。残った隊員は慎重に扱わねばならない。しかし一介の隊員がどの程度の情報を持っているかはなはだ疑問である。
「……失態だな」
その言葉を聞いたアルベドが凍り付いたような表情を浮かべ、即座に跪いた。
「申し訳ございません!」
「よい。今の言葉は私に向けてのもの。アルベド、お前を攻める為のものではない。もちろんニューロニストへのものでもない」
「ですが!」
「よいというに。主人が許すというのだ。お前に何の責があろうものか」
「……畏まりました」
アルベドがしぶしぶ納得するのを見てモモンガは思った。
(もっと気軽に話せたらなぁ。どうしたらこの距離が縮まるだろうか?)