(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
「だからさ。僕のことは、もういいよ。」
訪ねてきた叔母に、僕はそう主張した。
彼女は不満ありげに、テーブルの向こうで軽く頬をふくらませる。
窓から見えるのは、青い空、白い雲。
ようやく締め切り仕事が昨日夜に一段落した翌日の、休日。
僕としては図書館から借りてきたけど読めないで積み本状態になってた本たちを消化しようか、あるいは近所を軽く散歩しようか、などとふとんの中で思っていたところだった。
そんなところに、わざわざ東京から、僕の後見人を自認している叔母が訪れてきたわけだ。
到着時刻から推測すると、朝7時半東京発。
昨日は夜遅く仕事を仕上げて、解放感に浮かれて空けたワインのせいでまだ頭がもやもやしてるけど。
僕は温かいふとんから冷酷にも、追い出されて。
そのままふとんを、干されてしまったので。
仕方なく叔母が淹れてくれたインスタントコーヒーのカップをはさんで、叔母の相手をさせられている。
「そう?でも、一生、このままでいるつもり?」
「──」
「パートナーがいないと、頭は悪く、寿命は短くなるって知ってるでしょう?」
「──そうだけど。」
「兄さんがあんな感じだから、あなたの気持ちもわかるけど。
ふつうはちゃんと信頼しあえる、いいパートナーを見つけるものよ。」
「そういう、美里さんは?」
「──私はいいのよ、ちゃんと当てだってあるし。」
ちょっと寂しげに、横を向く叔母。
あごのあたりまでの長さでぱつっと切った、栗色の髪。
一見冷たそうな印象の、細めのきりっとした顔立ち。
勤務先の大学では、研究職としてバリバリと働いてるらしい。高い知能と、一族の特性である頑健さを活かして。
叔母と呼んでいるけれど、年齢の差はわずかだ。関係性は従姉弟か姉弟に近いかもしれない。
彼女の年齢は、僕より5つ上。そろそろ三十路半ばのはずだが。
外見は、まだ二十歳前後という感じのみずみずしさがある。
僕はオフの状態の彼女しか、基本的には見たことがないけれど。
職場では怪しまれないように少し肌色を悪くするメイクをしてる、と一度言っていた。
一族の女性の特徴でもあるが、整ってるが冷たそうな顔に似合わず、体はしなやかで起伏に富み。
その気になれば、一族でもそれ以外でも、結婚して秘密を打ち明けられる相手を見つけるのはたやすいだろう。
僕たちの一族。いや「種族」と本当はいうべきなのかもしれないが。
外見、そして中身も、ほとんど完全に普通の人と同じ。
ただ精神的、体質的にいくつか、普通の人と違ってるところがあるんだ。
たとえば。
まず、僕たちは少しだけ長命だ。もっとも、お話のエルフみたいに、常識外れに長命なわけじゃない。ちょっぴり、だ。
日本人の平均寿命の、2〜3割増し。それが、僕らの標準寿命だと考えてもらっていい。
言い伝えでは2世紀近く生きたご先祖様もいたらしいが、僕のかなり狭い観測範囲では100歳すぎくらいが多いかな。長くて110すぎ。微妙に日本記録には届かないくらい。
それと不老ではないが、普通の人より遅い加齢と頑健な肉体。
20歳くらいまでは、普通の人間と成長も体力もそこまで変わらない。
しかし、その後40歳くらいまでは、20歳くらいの外見を保ち、体力はさらに向上していく。
そこから先は、個人差が大きい。
僕の父は、もう70歳すぎだが、外見は普通の人の4、50歳くらいだと思う。
ただ、この叔母の言によると、一族の中ではかなり老けて見える方らしい。放蕩生活をしているせいだと言っていた。
僕は存命中に会った記憶がないが、僕の母方の曾祖母は、90過ぎで死ぬ間際まで童女みたいだったとか。
なお、僕たちの一族が若くみえるのは単に外見だけじゃなくて、実際に肉体そのものが若い。生殖可能年齢も長い。
だいたい40歳までは二十歳くらい、それ以降は、肉体(外見も)は実年齢の1/2って感じらしい。60歳過ぎでも、一族の女性は全然子供が産める。
単に若いだけじゃなく、僕たちの肉体は強靭だ。これも、ちょっぴり。
あまり目立ってはいけないから、ひけらかすことは厳禁で。
(嘘か本当かは分からないが、目立つようなことをした一族の跳ね返りには、かつては刺客が差し向けられていた、とか聞いたことがある。)
ただ、この肉体の強靭さは、20歳すぎくらいからようやく身に備わり始める。
それまでは、普通の人間と変わらない。これは、種の存続の観点からは実はメリットだったんじゃないかと僕は思っている。人間社会に溶け込みやすい、一種の擬態だね。
僕も、おかげで中高時代はケガの治りが人より速いだけの、ごく普通の少年としてすごした。
メリットが大きいじゃないか、って?
そうでもない。デメリットもしっかりある。
デメリットのうち、最大のもの。
──僕たちは、定期的に普通の人の血液、しかも生き血を摂取しなければならない。
僕たちがこの体質を保って生きていくのに必要なある種の成分を、僕らは単独では合成できないのではないかと推測されていたが、詳しいことは、よくわかっていない。一族に科学者が少ないんだ。
正直、これ一つで有利な点がすべて吹っとぶ不便さだよね?血なんて、どこから手に入れるのさ。普通の人からすればキモいだろうし、マジ面倒。
まあ、太陽に弱いとかニンニク苦手とか、そんな変な弱点はない。
ただ、長命の代償だろうが、僕たちの生殖能力はかなり低い。
普通の人と比べて、半分くらいだろうか。
なにしろ一族の間ですら、なかなか子供ができない。
普通の人との間には、それ以上にできにくいみたいだ。
それ以外の点も見るに、僕たちは人間の「亜種」みたいなものじゃないかと僕はひそかに思ってる。
生殖可能期間が長いからなんとか子供が産めて、一族を残せてこれたが。
近親婚の弊害と晩婚化、少子化とで、僕たちの種族はかなり減少してる。
僕たちの種族が消滅しかかってるのには、また別に一つ理由がある。
それは、僕たちの精神的な猟奇性(?)だ。
殺人衝動や破壊衝動などの粗暴さ。嗜虐嗜好や被虐嗜好、ニンフォマニアなどの性的逸脱。それらが、下手をすると反社会的な人格として発現する。
しかも精神的には、ややサイコパス気味。共感性低め。残酷なことも平気でできる。
要は、犯罪者になりやすい適性がある。
しかも僕らは社会から孤立しがちだから、家族にその衝動が向かうことも多いし。
僕の父みたいに社会的に成功する人は、もちろんいるものの、失敗する人はそれ以上に多い。
子孫を作ることもできぬままに、獄につながれて終わる人もいるわけだ。
(ちなみに中世の魔女狩りや吸血鬼狩り、ってもしかすると外国の僕たちみたいな種族が標的だったのかもしれないと僕は思っている。)
あと、一族を離れて普通の人と家族を持った人たちもかなり多い。でも子供は生まれにくいし、血を摂取する習慣を止める場合には普通の人たちみたいに早死にしてしまう。
そういったわけで僕の種族は、ゆるやかに絶滅しかかっていて。
僕の直系の家族はまだましな方で、父と叔母と父方の母、母方の祖父母、あと母の母方の曽祖父が生き残ってるらしい。
従兄弟筋をカウントしても、十数人だけ。関東一円でも、30人弱。北海道にやや力のある一族がいるらしいが、東日本全体でも100人にはとても届かないだろう。
あと、西日本の僻地に僕たちの種族の村がある(僕の母筋の祖父母たちや従兄弟たちは、実はそこに住んでる)。これも、200人もいないんじゃないかな。
僕は、この種族の中では比較的温厚な(反面、能力控えめの)家系に生まれた。ほかの家系は、戦後に多くは途絶えたか、普通の人たちに紛れていってしまったらしい。平和な時代には僕たちみたいな猛獣じみた遺伝子、淘汰されるんだろうな。
その家族の中でも際だって凡庸温順なのが、僕だ。能力も低めで、一般人に近い。──もしかしたら早死にするのかな、クソッ。
だから、ひたすら庭石の下のダンゴムシみたいに。
穏やかな、人に害のない生活をしよう、と心に決めていたのだが、──。
「ほら、これ。使って。」
「──ありがとう。」
小さな点滴袋みたいな輸血パックを、手渡される。
どこから入手したのかわからないが、叔母はこうしてときどき僕を訪ねてきては、人の血液を僕に摂取させてくれる。
血液は、ごく時たま、少量でもいい。ひと月に1回くらいでも。
ただ、これがなければ知能が低下し、暴力衝動は高まり、また叔母の言によれば寿命も縮むということらしい。
対人能力がゴミカスで、血を入手する伝手もない僕は。
この姉のように世話を焼いてくる叔母に対して、うるさがってみせながら、でも血液の入手を依存している。
要は、自立する力もないくせに、甘えてるって構図だ。
血については、普通の人のものが入手できない最悪の場合は。
この叔母が昔、中学生から高校のころの僕にしてくれたことがあるように。
同じ一族の血を飲むということも、応急手当としては可能だ。
ただ、これは根本解決ではない。同じ一族の血だと、その何かの成分が薄くて、普通の人の血と違って、相当に大量の血が必要になってしまう。吸われた側が貧血起こすくらい。
──叔母がいなくなったら。どうすればいいのだろう。
やっぱり医療職や看護職に進めばよかっただろうか。血が入手しやすいだろうし。
だが、血を必要としながら血を見るのが苦手な僕は、それを選ばなかった。
でも今からでも、試みるべきだろうか?
それはともかく。
いつもなら、叔母はひとしきり僕の世話を焼いてがみがみ叱り。
そして部屋をぴかぴかに掃除して、帰っていくはずだったが
今日という今日は、僕に何か説教したいことがあるらしい。
「それでね、景ちゃん。
あなたもちょっと、独り立ちしてみなさいよ。」
その日、叔母は妙な提案をしてきた。