(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
主人公(景二)へのパパラッチを試み、さらに尾行しようとしたのは、目白の親友である
珠季は目白のことを心配しているが、金銭的援助ができるほど余裕がない。目白も珠季を巻き込むことを恐れ、頼れないでいた。
目白は珠季に感謝しつつも、先に帰宅してもらう。珠季は、帰りの電車の中で思い悩む。
★の理由は、鬱展開・曇らせ要素があるためです(性的要素はありません)。苦手な方も多いかもしれません。その場合は、スキップしてください。
また内容について迷いがある部分、平仄があわず書き足りない部分があり、後で改稿するかもしれません。
(第三者視点)
珠季の姿が見えなくなると、梓は植え込みの壇の角にすわったまま、体を折り。
そのままずるずる、と路面にすべり落ちて、うずくまる。
──痛い。さっきから、ズキズキ痛む。
あの医者のくれた
でもこれじゃ、まっすぐ立って歩くことすらできない。飲まないと、いけない。
苦痛を耐える彼女の白皙の額には、汗が浮かんでいた。
──────
彼女はその後、苦痛を抑えながら壁づたいに歩き、地下鉄の駅のトイレにたどりつき。
(途中で声をかけてくる親切なナンパ男がいて、不愛想に断りつつも彼女は内心切れ散らかしていた。)
洗面の水で、痛み止めを飲み。
足を引きずるように(実際、階段で転びかけた)、ホームの椅子まで歩き。
しばし休息して、薬が効いてきてからようやく立てるようになり。
このじめじめしたアパートに、帰ってきた。
歩いて帰ろうと思っていたが、今日は無理だった。
風呂無しといえど、家賃2万円を割るアパートは今日び貴重だ。
空き部屋が多いのは、家主が高齢すぎて管理が行き届かず、数部屋が物置と化してるとか、施設として老朽化しすぎてるとかの理由だけじゃない。住人の質のせいもあるだろう。
1階の4部屋、2階の6部屋のうち、埋まっているのは5部屋だけ。中には個性的なメンバーもいる。
玄関近くの1部屋には、歩くのもよたよたした感じのおじいさん。これは、それほど悪くない。
耳が遠いのか挨拶は返ってこないし会話も成り立たないが、ドアを開けてあげたり共用の台所で高いところの物を取ってあげたりすると、もごもご礼を言ってくれてる気配がある。
無害。
別の1階の部屋には、ずっと「おれじゃない。おれじゃないんだ。おれじゃないって言ってるだろ。おれじゃないおれじゃないおれじゃない・・・」みたいな言葉をぶつぶつぶつぶつ呟く初老の男がいる(壁が薄いので、遠くの読経のように漏れ聞こえてくる)。
挨拶は返ってこないし、ときどきなにか理不尽なことで他の住人が怒鳴られたりしてる。彼女自身は、今のところ無視されてる感じで、正面からどなられたことはないが、何かぐちぐちぐちぐち文句を言っている気配がある。それに毎回すれちがうたびに「おま◯こおま◯こおま◯こ・・・」とつぶやかれて頭にきて以来、こちらも無視というか接触しないように心がけている。
今はあのつぶやきが聞こえないのは、いないか寝てるのだろう。
2階の1部屋には、爬虫類の視線をもつまだ若い男。
見かけはそれなりに清潔そうに整えてるし、出くわすとほぼ必ず、親しげに話しかけてきたりする。
でもこの人は、性犯罪者みたいだと梓は思ってる。
廊下で行き会うと、先方から挨拶してくれるなどフレンドリーで、しかたなく梓もつきあうけど、梓が部屋に入る様子をじっと窺っている。
梓には愛想がいいが、梓が見てないと思ってる時には、他の住人には横柄で攻撃的。あのつぶやきおじさんとは一触即発。
またおなじ2階に居室があるが、一度そのドアが開いてしまってたときに、どぎついエ○本や弁当ガラの類が床に散乱し、地層を成していたのを目撃して、人の心の闇をみた気がした。
もう一部屋は、やや太めの中年のおばさん。
目の周りや体などになんだか茶色っぽいしみが多いのは、肝臓かどこかが悪いのだろうか。
ただ、ちゃんと近所のスーパーで働いてるし、あまり距離を詰めてはこないけど、挨拶も返ってくるし、何か聞くとちゃんと答えてくれる。
正直、いちばんまともな住人だと思っている。
最後の一部屋が、梓の住む部屋だ。
梓の部屋の中は、今は殺風景という評があてはまる状態。ここ1週間くらいは、手術後の体調不良のためゴミが出せてなくて、ごみ箱代わりのスーパーの袋から、少しごみがはみ出て落ちてる、荒んだありさまだ。
ただ、そもそも物が部屋にほとんどないので、床は見えてる。そんな状態。
家賃節約のため小さい部屋に引っ越す際に荷物を減らす必要があり、また少しでも現金が欲しかったので、まだ使えそうな服や靴は古着屋に売ったし、本もほとんど全部売り払った。
フライパンと鍋一つを残し、ほとんどのものは学内の引っ越し掲示板で二束三文で売って現金化した。
机テーブル椅子のたぐいも売った。電化製品のほとんども、同様だ。だいたい、このせまい4畳半の部屋では、置き場所がないし電気の容量も足りない。
ベニヤがはがれたカラーボックスだけは残して、最低限の大学のテキストとノートを入れているけど、ネジ穴が緩んでぐらつく。
PCすら売り払って、今は画面の割れたスマホしかない。これは売れない、バイトを探すのにも必要だ。
外食も、買い物も控えている。大学にもあまり行けてないし、継続は無理かもと思っている。
カロリー補給のため買った賞味期限の近い割引シール付き食パンの袋や、退院後に固形物が食べられず買ったゼリー状栄養食品の残骸が転がっている。
食欲はないが、食べておかないと体力が回復できず働けない。
壁際には、最低限の寝具。南とマンションに住んでたころは、寂しくて二人で寄り添って寝たこともあった。
この部屋ははっきり言って壁は薄く、窓は建付けが悪い。
新聞紙ですきまをふさぎ、売れなかったカーテンを2重につけても窓から、そして壁から冷気が入ってくる。
独り身の今、朝夕はとても寒く、息が白い。
3月になって暖かい日も増えてきたとはいえ、夜半に震えながら目が覚めることもある。
──────
とある事情から、巨額の借金を背負わされることになった、梓と南の姉妹は。
亡くなった父母の遺産、家財、そして南の親権*1と身柄に至るまで、すべてを親族に奪われ。
梓は頼れる先もなく、一人で借金の返済に奔走することとなってしまった。
このボロ下宿に転居したのは、3か月前のこと。
南がどうやら借金取りと結託しているらしいクソ親族に連れていかれ、マンションを追い出された、その直後だ。
3月第2週(今からみて、来週)までに半額相当を返済しなければ、南は高校中退、よくわからないところに売り飛ばされる。あるいはパーツ取りするか、女の歓びを堪能できるお仕事に就職する。
直截的な表現ではないが、そんなことを言い渡された。
そういわれて1、2か月ほどの間、梓は夜も昼も不眠不休で手取りのいい肉体労働系アルバイトを入れ、お金を稼いできた。
深夜割増がつくものもあり、150万円弱ほどの稼ぎになった。──しかし、そんなものではとても追いつかない。
犯罪系のものに、心が動かなかったといえば嘘になる。ただ、それでも到底足りないことは、明らかだった。
家財を処分し、数億円の債務のうち、残っているのは約1億円分。
半額、つまり残り5000万円の返済が3月中旬までに必要。
本当なら、破産すればいいだけの話だ。
だが、取立てにはグレーな筋が関わっているようで、それをしたら妹の命の保障はないと言われている。
また、親族も「死人に口なし」と言わんばかりに、親族から故人たちへの非免責債権の存在を勝手に主張している。
要は不祥事の濡れ衣が死んだ両親に着せられ、財産も奪われ、今は姉妹からできるだけの収益を回収することを至上命題とした反社勢力に、カタに嵌められようとしている状態。
破産しようと手続きを進めようとしたときに、状況を察知した反社に呼び出され、似たような債務者と思われる中年男が手首を切り落とされる場面を見せつけられた。
その直後、妹の南の身柄が押さえられてしまっている。警察に駆け込みたいが、駆け込めない。
駆け込んだら逮捕もできるだろう、梓の身は安全になるだろう。
だが妹の南は、無事ではいられないだろう。
最初は梓たちから財産を取り上げてほくほくしていた親族たちも、どうやら食い物にされている気配がある。
最後に見たのは2週間前だが、彼らも顔色が悪く、お互いへの猜疑心と恐怖とで目がどろっとしていた。
日に焼けた太め短髪で、裂け目のような目の男が王様のように親族の家に居座っていて、皆がびくびくと召使いのようにその男の機嫌をとっていた。
ああ、もう駄目だな。長くはないな、となぜか思った。
親族は自業自得だと思う。でも、ざまあみろ、と思う心の余裕はなかった。
破産もできない。まともな手段では、返せない。
親族は、当てにならない、いやむしろ敵だ。
だから、まともでない手段を探した。芳しからぬ評判の掲示板のことを調べ、入ってみた。
さまざまなおぞましい世界が開き、めまいがする思いがする。
援助交際、パパ活の類は嫌悪感があるが、流しみた。
だが割がいいといっても、梓が必要なお金には全く足りない。
ブルーフィルム系。
これは比較的有望。ただ、大きく稼げるのは一握り。
しかも、どうみても5千万という数字にはとどきそうにない。この3月の返済期限をしのぐには、間に合わない。
比較的安全で割のよさそうなもので、処女オークションを検討した。
億を超える価格もつくと書かれたページもあるが、この掲示板では高くてもせいぜい50~80万。どうやって売り出せば、億の価格が付くのだろう。
だからこれも到底、足りない。ただ、まだ候補には残している。
その次は、治験系。これも、桁が足りない。
3、40万円は高額だが、拘束時間もかなり長い。
最後に行きついたのが、臓器の切り売りだ。犯罪なのだろうが、臓器売却は少なくとも犯罪の加害者にはならなくてすむ。
闇に葬られるリスクもあり、切り刻まれることを思うと吐き気も覚えるけれど。
返済期限に間に合わなくて、かわいい妹の南の手首が、あの中年男みたいに錆びたのこぎりで期限ごとに片方ずつ切り落とされたりするのだけは、避けたい。
ちなみにゲスどもは、外国でのスナッフショーへの出演・動画作成なら5千万円、と言っていた。
──それも、梓は選択肢に残している。
ぎりぎりになってきて思いつめ、ついに臓器の一部を売却した。
それが、中学時代は健康優良児で表彰されたこともあり、その後も陸上短距離で活躍するなど健康そのものだった梓が、今こうして息も絶え絶えになっている原因だ。
闇での取引だ。もちろん、良心的な(?)臓器ブローカーや施術者もいるかもしれないが。
レシピエントはともかくドナーのその後など知らない。死んでくれていた方が口封じしなくてすむし、安全だ、と考えるブローカーもいたりする。
むしろ、梓がまだ生きていて、お金を得られたこと自体が相当の幸運なのかもしれない。
──────
そんな風に、これまでのことを思い返しながら。
「駒込」との打ち合わせから帰ってきた梓は、部屋に入りちゃちなカギをかけると、リュックを置いて寝具に座り込む。
そのまま、腹部を軽く抱えるように丸まる。
鎮痛剤で、確かに痛みは軽くなった。
だがそれでも、体の芯に近いところに、消えきらない痛みと疼きが残っている。
「そういえば、──手術の傷のことは、あいつにはちゃんと言ってなかった。」
そして彼女は、なぜ自分が臓器を売ることに決めたのか、思い返す。
──────
臓器を売ることにしたのは、いよいよ期限が迫ってきたからだ。
少しでも希望額に近いものは、AVか臓器。でもAVは、多分期限に間に合わない、無理。
だから迷った挙句、片方なくても生きていける臓器や、再生が早いと言われている臓器などを売り、手術してもらった。
そのまま殺されるリスクも考え、最高額のところでなく、生還実績があるらしいところを選んだが。
頼れるのは、自分しかいない。
親友の千紫珠季に場所を告げ、いざとなったら警察に駆け込んでもらう手はずとし、それを手術直前に闇バイトらしい執刀医に告げて交渉した。
本当なら1回で行う手術などではない。しかし無理を言って1回で、しかも全身麻酔で施術し数週間は入院するところを、失神しそうになりながら部分麻酔で執刀してもらい、鎮痛剤を馬鹿げた値段(とその時は思った)で分けてもらって、歯を食いしばって即日退院した。
思った以上に、ダメージを受けた。
重要パーツを抜かれて、挙動が定まらなくなった機械のような感じ。
気力がおそろしく減退して、体の芯が定まらない。
2、3日後には一応歩けるようになったけど、ガテン系アルバイトは、もうできないかもしれない。
そしてひどく目立つ茶色い手術痕ができたのも、計算外だった。
どうしても気が進まなくて援交系のバイトを後回しにしていたが、ケチを付けられ値切られたり支払い拒否されたりする可能性が出てきてしまった。
ブルーフィルムも、ひそかに計算に入れていたが、もうまともなものは無理だろう。
着衣プレイしかできない半病人なんて、足もとを見られるだろう。
──臓器の売却分、そしてそれ以外のものをかき集めて、1600万程度は返せる。
でも、3月中旬の返済期限までには、あと3400万円が必要。
角膜とかは安いから売ってないが、片方売るしかないかもしれない。
それ以外でも、もう最低限の臓器を残して売ってしまおう。500万くらいにはなるんじゃないかと思う、一回目の臓器移植時の執刀医がそう言っていた。それで今回、我慢してもらう。手首を落とすことになるが、それは南でなく私でお願いしよう。
残りの額は、半年くらい待ってもらえるだろう。あの手首を落とされた中年男の場合は、そうだった。
スナッフショー&ビデオ化の5000万と、もしまだ見つけられそうなら援助交際やお口系の風俗、そして心臓肺臓骨髄もろもろ売却の3000万で、なんとかできそう。
それでもほとんど残らないけど、お金が余ったら南に生活費兼学費として遺したい。
ただ、確実に南を自由にする、そしてその手にお金がわたるようにする必要がある。
私はもういない、だから見届けられないけど、逆に言えば南に対する人質も、もういない。
だから、南はバックレて逃がしてもらえるようにしたい。残りの額の一部でだれかに見届けを頼めば、なんとかなるんじゃないだろうか?
そう思うと少し明るい展望が見えてきたと感じた、手術からまだ数日で本来安静期間なのに深夜バイトに就き、徹夜明けで憔悴しきって頭のネジもだいぶ緩み、目が座った梓は。
再度掲示板をチェックし、──そして臓器ハンターたちの投稿の間に、妙にほのぼのとしたパートナー募集の投稿、──彼女の運命を変えることになる、一つの投稿を見つける。
──板違いだが、愛人契約だろうか。血液採取があるからここにしたんだろうな。
全体としては援交の一種でしかないが、拘束時間の割に額がかなり高い。
これ単独で返済は無理だ。でも半年間、毎月の定期収入が確保できればいい。これまでみたいなガテン系バイトはもう体力的に無理だし。
これから私が私自身をバラ売りする半年後まで不安定な援交パパ活するより、こっちのがマシだろう。
そして、気になる記述もある。
「準備」とは何だろう。「準備金」と書いてないのは取り締まりを避けるためで、本当はお金の前借りのことなどを、指しているのではないか?
そんな一縷の望みで、彼女はこの怪しげな投稿を行ったコマゴメと名乗る男と待ち合わせをしたのだった。
──────
そんな経緯を思い出しながら、彼女は薄い布団にもぐり込む。
平衡感覚が怪しくなる。
返済日時の、アポイントメントをとらなきゃ。
でも、今日はもう遅すぎる。明日、必ず電話しよう。1階の共同電話は使いたくないな、体調が戻ってたら公園の公衆電話だ。
今日あった
金持ちのボンボンって感じもしなかったけどな。金は持ってるみたいだ。何者だろう。
あんな一見優しそうな見かけなのに。でも私をいたぶる、鞭も使うって。そう、
嘘でも、最初はもっと安心するようなことをいうものじゃない?
きっと、真性のサディストってやつだ。弱い女を虐めて悦に入る、クソなサディストだ。まあ、私は弱いつもりはないけれど。
あ、そういえば処女オークション、収入源に考えてたけど、あきらめよう。もう気力がない。
あいつに説明して、奪わせよう。そして価格交渉しよう。
契約が成立すると、いよいよこの体を汚すことになるな。
お母さんたち、生きてたら悲しむだろう。だけど仕方ない。
馬鹿な娘でごめんなさい。でも、南はちゃんと守るよ。約束する。
そしてあのクソサディストには、──仕方ない、体は好きなだけむさぼらせよう。
命じられたら、あいつの靴の裏でも、汚らわしいアレでも舐めてやる。
でも絶対に、あのクソ野郎には、私のこの心を渡さない。
あいつは私の体を痛めつけることはできる、むさぼることはできる。
でも私を屈服させることなど、できない。この口から、やめてください、なんて哀願、絶対に漏らさない。
その逆だ。どんな責めを受けても、耐えて、見下して、心からさげすんでやる。
私は、私の心まで売った覚えはないんだ。
そういえばあいつ。私の傷口を見て、どう思うだろうか。
契約違反、隠れたる瑕疵だ、なんていって値切ろうとするだろうか?
だけど、契約条件には入っていないし、たしかあいつが気にしてたのは、
それとも偽善者らしく、ぬるい責めでとどめようとしたりするだろうか?
ふざけるな。クソならクソらしく、痛めつければいい。
自分のことを善人だなんて、思わせてやるもんか。お前はサディストのクソだ、手加減など見せたら、非難して罵って、もっともっと軽蔑してやる。
──あれ、あいつのことを考えてカッカしてたら。
あまり、寒くなくなってきたな。それに体の芯の痛みや違和感も、引いてきたな。
ふふふ。思わぬ効用だ。
そう思い、不意に妙なおかしみを覚えながら、彼女は眠りに落ちていった。