(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
梓とその妹は、親族と、親族に結託した反社的なグループに嵌められてしまっていた。
返済額はかなりの額で、梓は妹を人質に取られ、絶望的な努力を重ねながら、高収入の仕事を求めてネットのドブを覗き込み。景二の投稿を発見した。
そのような、それまでの経緯を思い出しながら、家に帰り着いた梓は眠りにつく。
※後で多少改稿するかもしれません。
「景ちゃん、鳴ってるわよ?」
叔母に指摘されて、僕は慌ててスマートフォンをチェックする。
僕はあまり電話で人と話すのが得意でなくて、スマホは通話では使ってないんだ。
ほら、しゃべってる間はいいんだけど、聞き忘れたこととか、ああ言えばよかった、とか。後から山ほど出てくるんだ。
メールとかの文字情報だと、どこが足りないかわかる。だから連絡はできるだけ、メール。
それで電話が来るなんてことがすごい稀だったから、気付かなかった。ぼっちの弊害だね。
慌てて通話を受ける。
『お休みのところすみません、目白です。コマゴメさんですか?』
あ、早いな。彼女だ。
低めのアルトの、心地よい響きの声だ。でも、僕はその声の底に焦燥感を感じた。
「はい、駒込です。」
叔母がその僕の名乗りに驚いて僕を見るが、すぐ偽名だと悟ったらしい。それでいい、と頷いている。
慈愛の笑みがマリア様だ。やっぱり美里姉、最高。
『準備金での返済のことなのですが。
すみません。すぐお金を準備できたり、しますか。』
「すぐ?3500万を?今日中?」
『はい、──それと。
額も、増やせたりしますか。』
「──具体的には。」
『たとえば、──5000万円』
「!」
『それで、今日中、とか?』
「──」
『必ず返します!
その額は無理なら、あるだけでも。──だめですか。』
「なぜその額になるんですか。それに今日中、って。
もう3時すぎですよ?」
土曜日だし、金融機関も閉店してる。
もちろん僕の口座にお金はあるが、引き出し限度額のこともあって引き出せないだろう。
何を言ってきてるんだ、このあたおかさんは。
そう思って、言葉が尖った。
『──ごめんなさい。無理ですよね。』
暗い声、ダメだとわかってるんだろう。
無理に決まってるでしょう、と言いかけたとき、不意に叔母がきれいな楷書のメモを僕に見せた。
”保留 OR 折り返し”
「──まあ、ちょっと考えてみます。
こちらから折り返しでいいですか?」
「はい。すみません。」
いつになく湿った声で、SNS通話が切れる。
僕は、叔母を見返す。叔母は、思案深げな顔をして鮮やかな色の唇に指をあてている。
「今日中にお金を返済しろ、って言ってきたのね?」
「うん。しかも5千万。いくらなんでも、無理でしょ。」
「その子、最初、準備金の額は3千5百万、って言ってて、支払うのは来週でいい、って言ってたのよね?
おそらく、それが本来の条件だったはず。
でもあなたとの話合いの後、たぶんその子は金貸し、あるいは回収屋に連絡した。なんとか、金策がつきそうだって。」
そうだよな。──あ、だとしたら。
「そうよ、多分回収屋としては、その子にすんなり払わせたくない。
その子を、もっと深みに嵌めたいから無理難題言ってきてる。
今日中に払え、払えないんなら不履行だ!ってね。」
──準備金を3500万円欲しいとあなたに言ったのは、多分1500万円はあてがあったんでしょう。それが、今日払えといわれて無理になったのかもね。
それで。
債務不履行の場合、どういったペナルティがあるの?
そう、叔母に聞かれたが。
僕は、それも含めて詳しいことはほとんど何も彼女からは聞いていない。
それにしても。
無理難題を言ってくる相手だ。債務不履行になると、ろくなことにはなるまい。
僕と叔母は、視線を交差させる。
「──ちょっと面白いわね。
今日中ってことは夜中の12時まで?でもぎりぎりは、危なっかしいわね。
お金は、すぐ準備できる。心配しないでいい。ただ、」
叔母は思案ぶかげに、流し目をくれた。
「景ちゃんは、どうなのかしら。
その子、気に入ってるの?」
「いや、まだあったばっかりだし、」
「そうね。──でも、難しいわね。
景ちゃんが、その子を助けるとすれば。
その子は逆に、おそらくあなたから離れていく。間違いなく。」
「?──ああ、」
僕は一瞬困惑したが、すぐ思い当たった。
確かに、そうかもしれない。
一般的な常識とは、相違して。
恩を与えた人が、恩を受けた人を好きになるのだ。
(あるいは好きだから、恩を与えようとするのか。)
だがその逆は、必ずしも成り立たない。
恩を受けた人は、恩を与えた人からは、遠ざかるものだ。
僕にも、覚えがあるからな。
たとえば、大学での師匠。いろいろ恩を受けて、感謝してる。仕事先も、いくつか紹介してくれた。
でも、この恩が僕を師匠から遠ざける。会えない、会いたくない。合わせる顔もない。
博論を、僕は書けなかった。大学院は満期退学した。
構想はあった。あたためすぎて、腐った構想が。
でも師匠からは今でも、年賀状が来る。露骨でないが、まだ期待が読み取れるような。
──ちょっと憂鬱なことをいろいろ思いだしそうになって、頭を振って追いやった。
今は、こっちのことに集中しなきゃ。
「いいよ、別にそんなんじゃないし。」
叔母が、最初に提案したように。
血と体の対価に、お金をあげる。それでいい。
愛情?──そんなん、いらんやろ。
あやふやな「愛情」なんていう「気分」を、僕は信じられない。
一瞬の性欲によって分泌されたオキシトシンに、一生を賭けるのが、怖い。
自分の一生がメタクソになるのも、そりゃ怖いけどさ。
本当は、僕みたいなつまらない人間に相手を付き合わせてしまい、相手の人生を空費させてしまうのが、怖い。
もっとも幸いにも(?)、もてない君である僕は。
誰にも選ばれず、ここにこうして残ってるから、誰の人生も台無しにしなくて済んでるんだけどね。
だから、僕としては。
目白さんとの関係も、純粋に血という必要物資と女の体への性欲充足だけの、ビジネスライクな取引と定義する。そう決めた。それでいい。
ただ、そういう取引として捉えたとき。
ここにきて
まあ目白さんの逃亡を許さない、首輪というアイテムがあれば危険性は減らせる。
彼女自身が提案していたようなやり方(体で払わせる)で、長い目でみれば、回収はできるだろう。
もちろん途中で彼女が死亡して投資が回収できないリスクもあるが、それは保険でカバーすべき問題だ。
そんな計算ずくの人生、意味あるのか、って?
僕にだって計算にのらない、大事なものがあるよ。ただ、手には入らないってわかってるけど。
仮に、だよ。
仮に、お金の関係のないつながりで、僕が信じられるものがあるとすれば。
本人には絶対言えないけれど、僕が本当に信じられる異性は。
この目の前で、感慨深げに僕を見守ってくれてる
でも、僕はこの人を僕のものにはできない。絶対に。
だから僕はこの気持ちを、墓まで持っていく。それでいい。
「──どうしたの?何か顔に、ついてる?
それはともかく、ね。
景ちゃんも若いし、その子も若いんでしょう?
どうなるか、わからないわよ?
ほら、景ちゃんの高校2年生のときの同級生のこと。私、覚えてるわよ?」
叔母は笑う。僕も苦笑いする。初恋くらい、僕にもあったよ。
でもそれより、僕には気掛かりなことがあって、話を引き戻した。
「それよりさ、本当に出す?
美里さんのお金でしょう?悪いよ。」
「あら、あげるわけじゃないわ?一時的にあなたに貸すだけよ?
だから、あなたがその子に貸すのよ。怪しい金貸しに行かれるより、いい。
それにその子、多分差額の1500万円はもともと払える当てがあるんでしょうし。」
──それに、いいこと思いついた。
返せなかったら、景ちゃんに体で払ってもらおうかしら! と、笑ってる。
うん、それ全然いいよ。
それはともかく。
要は、週末だけ僕が叔母にお金を借りて金融機関が動く平日になったら返せばいい。
というか、週明けに金融機関が動けば実行される振込を、ネット銀行で今やってしまってもいい。
「ただ、どのくらい回収屋が本気か、よくわからないわね。
──でも、いい機会。ほら、白馬の騎士さんの出番よ?」
「ええっ?」
「その子に、ちょっといいところをみせるの。
大丈夫、面白そうだし。私も陰ながらお手伝いするから。」
この土日は、景ちゃんのためにすごすって決めてたし。と、言っている。
なんか事態がコロコロと僕の予想外の方向に転がりはじめてる。
叔母の目がいたずらっぽく輝いていて、微妙に不吉な予感がする。
あれだ。中学時代の僕の授業見学にやってきて、衆目を浴びながら挙手して発言してた、叔母の姿を思い出す。
「心配しなくて大丈夫。
景ちゃん、その子からその業者の名前を聞き出して。口止めされてるかもしれないけど。
もし口止めされてたら、返済場所とか。直接は口止めされてない限りで聞けばいい。
それと、やっぱり兄さんに力を借りましょう?東京に配属の人の、ね。
真正面からの介入なんかお呼びじゃないけど、情報が欲しい。そしていざというときのバックを頼みましょう。」
「うん、じゃあ僕、目白さんに業者のこととか詳しいことを聞いてみるよ。
そして、もちろん、」
──時間によるけど、ホテルの延泊が必要だよね。
そう言おうとしたのだが、あっけなく叔母に撃破された。
「そしてもちろん、かっこよくて頼れる景ちゃんを演出しなきゃね!
それじゃ、電話をお願い。待ち時間に、コーデを考えましょう。
あとホテルは、やめときなさい。今夜は帰れるの、何時になるか分からないわよ?」
そうして押し流された、僕は。
叔母に言われたように目白さんに折り返しアプリで通話をかけ。
叔母は叔母で、何やらいそいそと準備を始めるのだった。