(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
目白から、今日中に金が必要だ、しかも当初の話より増額してほしい、と法外な要望を受けて、内心ではできるわけないだろうと思う語り手だったが。
彼の叔母は彼を、貸してやる方向にけしかけるのだった。
(目白梓視点)
『あー、今日中。今日中だってさ、今日中。』
返済のアポを取ろうと思い、掛けた電話。
電話を受けた相手(まだ若そうな声)は、しばらく向こうでごちゃごちゃ仲間と話してたが、やがてそう、面倒くさそうに返してきた。
「今日中って。今日、払わないといけないんですか!?」
あのコマゴメと名乗る不快な男に会った翌日。
私は久々にぐっすりと眠りこみ、お昼くらいに目覚め。
寝過ごしたことにあわてて、下の共用電話で、返済の日時について「彼ら」に問い合わせる電話を掛けたのだった。
共用電話で電話するのは、本当は避けたかった。
プライバシーも何もないし、ときどき「おれじゃないおじさん」がうるさがって、電話を掛けてる人をどなりつけてるのを聞いたことがある。幸いにも、今はいないみたいだが。
ちなみに携帯電話は受け専用で音声通話定額オプションは付けてない。データ通信量も最低限での契約なので、SNSアプリで通話できない場合、コインでこのピンク電話を使うか、テレカで最寄りの公園の公衆電話を使ってバイトの申込の電話とかをかけてる。
『そう。今日。きーよーうー。』
「でも、3月の中旬でいい、って言われてたんですが。」
『なあんも嘘は言ってないだろ?今、3月の中旬じゃん。
ほらほら、さっさと用意しな。5千万。今日中な。
傘畑のガレージの事務所、知ってるだろ?
耳ぃ揃えて、持ってこいや。』
「だって、──」
『あ?『だって』?
お前さぁ、約束、破るつもり?うちの大将、約束破りにゃ、そりゃーキビいよ?
こっちはどうとでもできるんよ?もしもし、メジロアズサさーん?忘れてるんですかー?
お前のかわいい妹の指、2、3本送ってあげましょうかー?焼いて食べると、美味しいよ~』
ゲラゲラ、と受話器の向こう側で数人が笑う声。
クソ野郎が!
ぐっと耐えて、交渉を試みる。
「──いくらかお持ちします。でも、もし満額でない場合は、」
『わかっとろうが、そんなもん『おいサブ、代われ。──契約書に、書いてあっただろう?』』
突然、受話器の声が別のだれかに変わった。
さっきの下品な声と違い、もっとぴいんとする、底冷えするような声。
一度、会ったことがある。このあやしい会社の、社長だとかいう男だ。
『契約書にあるだろ?
”全額を甲の指定する日までに支払えなかった場合、乙1と乙2は、その身体と所有物をすべて譲渡するものとし、甲がどのように処分しようと異議を唱えない”ってな?』
「はい。でもそれって、公序良俗に──」
『おい、クソマ○コ野郎。つべこべ言うな。書いてあったな?
なら、こちらはそうさせてもらうだけよ。
そっちが約束を守らないのなら。こっちも守らないで好きにする。それだけよ。
裁判所でも警察でも好きなように言え、こっちも好きにする。
塀の中でダイエットしたい、って奴もおるしな。
お前たちみたいな奴らに、な。』
ぐっと、唇をかみしめた。
「──ごめんなさい。」
「約束、守るんだな?」
「はい。」
南を人質に取られてる。
南さえ、抜け出させることができれば──。
「じゃあな。今日中。あまり遅いと、寝ちまうからな、早めに来いよ。」
──金を持って、な?
なかったら、その分の誠意を示してもらわんとな。誠意を、な。
フけたりバックレたりなんて、考えんなよ?
金がないなら、ないなりに出すもんがあろう?
そしたら、ちゃんと相談のってやるって言ってんのよ。親切だろ?
そう、彼、──こいつらのリーダー。
たしかナカダさんという名前の男は、言う。
「──わかりました。」
ちん、と電話が切られる。私は受話器を見つめて、呆然としていた。
足りない。
私が無茶なアルバイトと臓器の切り売りで貯めたお金、1700万弱は。
銀行の預金口座にはいっていて、ATMでは限度額の50万円以上は引き出せない。
私は下手をすると、ほとんど手元にない状態で彼らの事務所に行くことになる。
友人たちの顔を思い浮かべる。だめだ。
預金通帳を担保に、街金から借りる?だけど肝心の臓器分は記帳してない。
あいつ、コマゴメくらいしか、まとまった額を貸してくれそうな人が思いつかない。
さすがに土日に金なんか、用意できないだろう。
でも、多少でも払えないだろうか。誠意を見せろ、ってナカダさんは言ってた。
震える指で、私は彼に教えられたSNSのアプリを使い。
「だんごむし」というふざけたニックネームのアカウントへの通話ボタンを押した。
──────
そして、今。
私は、ダークスーツを着込んだ彼と一緒に、事務所への入り口に向かって歩いてる。
後ろの方で、私たちを乗せてきたタクシーがドアを閉め、走り出していくのが聞こえる。
一時は、両手首を無くすことを覚悟した。
私が以前みせられたあの中年男、たしか2千万の支払期限を失敗して片手首を落とされてたから。
しかし。
──金は用意した。行くぞ。
そう私に連絡してきたコマゴメは、まるで映画のエージェントみたいに、ぱりっとしたスーツに身を包み、柔らかい印象のサングラスを掛けて待ち合わせ場所に現れた。
そういう服装をして背筋を伸ばしていると、彼はなかなか背も高く、体も鍛えられていそうなことが分かる。
中身は、女を金で買っていたぶるクソ野郎だけど。
私が彼と通話してお金の増額と準備ができないか相談した後、彼は算段をつけたらしく。
不機嫌な様子ではあったが、折り返しの通話で金を時間内に用意する、と言われ。
指示どおりに準備し、待ち合わせに指定した公園で待っていると、タクシーで彼が迎えに来た。
──場所、教えてもらったところでいいんだな?
早い方がいい。こっちは準備ができた。
そういって私を促して先にタクシーに乗せ、彼が後から乗り込んで。
窓のそとを流れてゆく、暮れなずむ街を眺めながら。
彼はこちらを見もせず、また私もあえて何か言う言葉が見つからなかった。
この男が私に巨額の、あきらかに過分なお金を貸してくれようとしていることは、確かだ。
きっと何かの下心によるものだろう。
無慈悲に、それこそ今から会おうとしている彼らより悪辣に回収しようとしてくるのかもしれない。
でも、この今。南の命がかかっている今、そうしてくれようとしていることには。
わずかながら、感謝の思いが浮かんだ。
ただ、彼はそんな私の思いを知ってか知らずか。
むっつりとだまりこんだまま、黄昏の街を見やっているだけで。
こちらには、一瞥すらもくれようとはしなかった。
──────
彼らの本拠地は、中古車の販売も行っている、古い自動車整備場だ。
以前、その事務所で、南と私は借金の確認書にサインをさせられた。
今。彼とともに、事務所に近づく。
中から、どっと荒くれた笑い声が聞こえて、私は身がすくむ思いがした。
しかし彼は、なんの恐怖も覚えていないように、堂々と事務所に歩いていく。
「こんばんは。──金を払いに来た。」
「あ?」「おうっ?」
「金だ。約束なんだろう?」
おそらく彼らは、もっと遅くに私が一人で来ると思っていたようだ。
出前のピザの箱が事務所の机に置かれ、何かの強い酒の匂いが漂っている。
「あー、だけどよ。」
「約束だそうだな?5千万。話、通っていないのか?
だが、こちらは指示どおり持参して、受領の催告をしてる。受領拒否ならそれでもいいが。」
私は、彼に渡された端末を確かめた。音声を記録しろと、指示されてる。
相手も、気づいたようだ。
「──」
パーマをリーゼント風にした茶髪男が、不承不承、という感じに窓口の前にある応接セットのソファに掛けるよう、私たちにあごをしゃくった。
おそらく保険とかの手続きとかの記入台を兼ねてる感じだ。
私と彼は、言われたとおりに掛ける。
周りに、ぞろぞろと4、5人の男たちが集まりはじめて、私は身がすくむのを感じた。
「おい、ナカダさん呼んで。」「おうっ」
リーゼントはやる気なさげに、ほらよ、と、彼が持つ現金入りのアタッシェケースに手を伸ばすが。
コマゴメは、待て、と言うように手の平を見せて押しとどめた。
「数えるつもりか?持っては来たが、こちらとしては小切手も切れる。」
「──現金で。」
「じゃあ、そのナカダさんが来てからな。
ケチ付けられちゃ困るし、そっちも数え直しは嫌だろう?」
「ああ?なにさま「──それでいい。」」「──ナカダさんっ!」
すっと、あたりの空気が締まる。
ナカダさんと呼ばれた男が、来ていた。それほど背は高くないが、横幅はかなりがっちりしてる。
なんだか、目が動かないというか、三白眼でじっと固定してくる視線が怖かった。
まわりの男たちも、静まりかえり。
ナカダさんがコマゴメと私に近づくと、彼らはすうっと道を開けた。
ナカダさんに対する恐れみたいなのを、感じる。
「金を、持ってきたんだな?」
「ああ。約束通りに支払う。
ただ、いいかげんに数えられちゃ困る。
こっちから一人、そっちから一人。ダブルチェックだ。
ちゃんと2回数える。あんたと俺は、立会い。
それでいいか?」
「いい。」
あたりの荒くれた感じの男たちが、固唾を飲んで見守ってる。
ナカダさんがきたからか、少し遠巻きになった。
ただ、私たちが周りを囲まれてる状態は変わらない。ソファの横、後ろに人がいて、囲まれてる。
こっちからは私が、相手方からはあのリーゼントが、お金を数えることになった。端末は、コマゴメに戻した。
札束に帯封はついているが、外して数える。
リーゼントは、意外に鮮やかな手つきで多額の金を数えていく。
私も、アルバイトで少し上手くなったつもりの手つきでお金を数えた。
ナカダさんという、この場のボスみたいな人と、コマゴメは。
何を話すわけでもなく、こちらに異常がないか、黙って見ている。
「──5千万」「5千万です」
「それでは、受領証を。」
コマゴメは、心臓に毛が生えているように、そう落ち着き払って要求する。
ナカダさんも、特に異議を唱えず、リーゼントに顎をしゃくって受領証を書かせる。
「それは、金額が違う。5千円じゃない、5千万と書きなおせ。あと日付も。」
書かれつつあるものをみて、コマゴメは一度、クレームを入れて直させた。
相手は、5千円の領収書を出してきたのだろう。わざとなら、悪質だ。
リーゼントは、ちっと舌打ちし、いいのか?みたいな感じにナカダさんをちらっと見たが。
ナカダさんが何も言わないのをみて、しぶしぶ書き直した。
ナカダさんがそれを見て確認し、サインをして、押印する。
コマゴメは、領収書をじっとみて、チェックしているようだった。威圧的な舌打ちや不満げなささやきがもれるが、全く意に介さず。
「これで、今回の弁済は無事完了。そうだな?」
「ああ。」
「その旨の一筆も欲しい。書き加えるだけでいい。」
「ッ! ナカダさん!?」
「ああ、いいだろう。」
ナカダさんは、落ち着き払って何か書き加えた。これも、コマゴメはみてチェックした。
「これでいい。
次回の、支払期限は?」
「9月だ。9月中の”債権者が指定する日”となっている。追って決める。」
「それは困る。今回みたいに、いきなり今日、と言われても、な。
ちゃんとした日時を決めてほしい。」
「あ?」
「さもなければ、今、全額払う。」
「!」
私もびっくりして、コマゴメを見た。
まさか、まだ持ってるの?
無表情だったナカダさんが、はじめて眉をしかめた気がした。
「せめて202○年9月なら9月でいいから、事前に期限を通告してくれ。1か月、ずっと待機はできない。」
「──事前、1週間前までにその子に言う。それならどうだ?」
「9月下旬、20日以降。そうしてくれ。」
「わかった。20日以降、1週間前までに通知する。──それでいいな?」
コマゴメが、私を見た。
これは仕方ない。当初、考えていた期限だ。
私は、頷く。
「それでいい。ただし、それも領収書に付記してくれ。
次回、残額すべて支払う返済期限は9月20日以降30日までのいずれかの、債権者が1週間までに指定する日とする、指定がない場合は最終日とする、と。残額も明記してくれ。」
ことこまかに注文を付けて書かせ、コマゴメは気が済むまでチェックすると、領収書をアタッシェケースに大事そうにしまい込む。
ケースにはひったくり防止だろうか、ワイヤーがついている。
なぜかその場の皆、私も、彼の一挙手一動作に、魅了されたように目を奪われていた。
礼を言い、立ち上がろうとする彼にナカダさんが聞く。
「お前は、どうしてこんなことをする?」
何かの圧力が、高まる。
「親戚か何かか?それとも、何か考えがあるのか?」
今にも、爆発しそうにひりつく空気。周りの男たちが、包囲の輪を縮めてくる。
しかし。
「違う。こちらは必要があって、こうしなければならなかった。
そちらに対して含むところはない。フェアにやろう。借りは返すし、貸しは返してもらう。
だから、妙な邪魔はしないで欲しい。
──それでは、失礼する。」
コマゴメは、さらりと答え。
私を先に、扉方向に促す。
空気はいっそう険悪になっているのに、彼は周囲をとりまく男たちに対する恐れを、全く感じていないようだった。
私たちを囲んでじっとこの様子を見ていた男たちは。
目と目を見かわし、何かもの言いたげだったが、結局何をするでもなく下がって、私たちを通した。
何人かは、慌しく事務所を出ていく。
その間、ナカダさんと呼ばれていたリーダー格の男は、ずっと黙り込み。
硬質な動かない視線を、コマゴメに据えていた。
ドアを開けると、風に乗って機械油の匂い。
事務所の面するガレージでは、青い作業着を着た工員がジャッキアップした車の下にもぐって何かやっている。
そんなガレージの情景をまじかに見ながら、私と彼は道路に出ようとした。
(ガレージは4階建てくらいの古いビルの1・2階相当部分をぶちぬいた空間で、事務所は、そのガレージから入るようになっていた。)
「失礼。」
突然、軽く押しやられた。
彼が頭上に手を上げ、そして急に下げた。
魔法のように、彼の手にずっしりした大型の植木鉢が現れた。
「ここに置いておく。しっかり固定しておいてくれ。」
何事もなかったように後ろに言い捨て、彼は私をエスコートして表の公道に歩かせた。。
上から、植木鉢が落ちてきたのだ。おそらくは、落とされたのだろう、と、そのときはじめて気が付いた。
このガレージのある建物は4階建てくらいはある。4階から、重い植木鉢を落とせば。
打ち所が悪ければ、死ぬだろう。
さあっと、血が引く思いがした。
「タクシーは呼んでいない。悪いが、少し歩いて拾おう。」
しかし彼はなにごともなかったように落ち着き払って、私をそれとなく自動車の走る道路側からかばいながら、駅方向への道を進み始めた。
機械的に足を交互に出して歩き、私はふと違和感を抱いた。
──いったい、彼はどうやってあの植木鉢が落ちてきたのに気が付いたんだろう?