(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
意味深な名前になってしまいましたが、名付けには、なんだか苦労します。
(しばらく名前を決めて書いてても、途中でイメージがズレて付け直したりとかも。)
また誤字のご指摘、ありがとうございました!
(前回のあらすじ)
借金を弁済しようと貸主に電話をかけた梓は、その日のうちに弁済するよう求められる。
その話を聞き、お金を準備したコマゴメ(と名乗る景二)と梓は、返済のため相手方の事務所に赴く。
貸主の会社の強面な社長は、意外にも柔軟に返済を認める。
帰りに、コマゴメは頭上高くから彼めがけて落とされたらしい植木鉢を、驚いた様子もなく受け流す。
続きです。あまり進んでいないです。
(主人公視点)
──うまく切り抜けた。上々の出来。
いやー、まあ。緊張したっすよ。
だってさ、あの金貸しどもの巣窟だとかいう、自動車整備場に金の返済に行ったわけだけど、さ。
明らかにヤバげな男たちの集う、男性フェロモン蒸し蒸し空間なんすよ。
事務所自体は割と広かった、学校の教室ひとつ分くらい。たぶん自動車関係以外の事業もしてる。
でも、なんか雑で投げやりな印象。そこに汗牛充棟、ガタイのいい男どもが好き勝手してる。
事務所机とかの体裁はあったが、片隅には今どき紙媒体のエ〇本まで転がってたよ。
あんなのが客の目に触れて、商売になるのかな。一見さんは、避けるよね。
でもまあ、あの荒み具合を補うくらいに腕がいいのか、地元の不良とかヤンキー崩れども御用達(偏見)かどっちかなんだろうな、ああいうところは。
中学校まで生来のぼっち気質で、融通きかない性格もあって。
ヤンキーやパリピどもから、ぶつかっても気にしなくていいマネキンみたいな扱い受けたことが多い、僕にとっては。
そこにいる奴らが全員僕の大嫌いな人種に思えて、つい口調とか雑になってしまった。
なんだか気色ばんでたけど、まあ今の僕なら逃げるのは簡単だし、一対一で負けることはたぶんない。
だから反発は無視して、言うべきと思ったことは言った。
意外に、相手の社長の方が話が分かってた感じ。
あいつらルール守れない文句ばっかりのゴミカスどもを取りまとめるのに、苦労してるのかもしれない。
帰りには、植木鉢が降ってきてちょっとびっくりしたけれど。
警戒モードONの僕なら、この手のものは見なくても自動察知できる。
一族で能力低めの僕が自慢できる、数少ない貴重な得意技の一つなんだ。
横を歩く借金娘を、万が一にも彼女に植木鉢が当たらないよう軽く押しやり。
かつ植木鉢自体も割れないようにうまく勢いを殺して取った。我ながらいい手際。
正直、この手の襲撃があるのは予測していた。
もうちょっと直接的でダメージ確実な攻撃が来るかと思ったけどね。大型車のタイヤが積んである横を通るとき、崩されるとかね。
だけど、運任せの植木鉢落下かよ。
ただの脅しで、本当に当たった時も事故だと言いぬけるためなんだろうけどな。
まあ、細工なしの植木鉢でよかった。
もし、植木鉢にう〇こ塗り付けられてたりしたら、さすがにキャッチできる自信なかったよ(笑)。
僕にとっては、その程度だった、この脅し。
だけど隣を歩く娘には、それなりに効いたらしい。
まあ、狙いは明らかに僕で、この娘には当てるつもりなかったみたいなんだけどね。
(あいつらと話した感じ、叔母の推測が正しいように思った。
あいつらにはこの子を殺すつもりはない。罠に嵌めて徹底的にしゃぶりつくすつもりだと思う。)
でも僕に当たってたら血しぶき飛んで服が汚れたり、破片で怪我したり、くらいはあったかもしれないな。
タクシーのいそうな道路に出るまで、歩く間。
足元は、植木鉢落下直後よりしっかりしてきたけど、蒼白になった彼女の顔はなかなか戻らなかった。
結果オーライじゃん。元気出せばいいのに、と思ったが。
なんか言っても逆効果になりそうだし、何も言わなかった。
それに、まあ僕としてはあまり犯人に怒ってない。
どこかに美里さんが忍んでいて、一連の様子をチェックしてるはずだ。
実行犯、美里さんの意趣返しを受けないといいけどな。あの人結構、怖いんだよ。
それに犯人は、あのちょっと迫力のあるナカダさんに怒られてるかもしれない。
おそらくは、許可とか得ずにやらかしたことに思えるし。
結局、警戒モードで彼女を護送したけど、それ以上の追撃はなく。
僕たちは途中でタクシーを拾い、彼女と待ち合わせたときと同じ、学生街の中の公園に送り届けた。
労務者も多い、学生街。雰囲気も、緩いっていうか。
夜なのに、大学生らしい子たちが数人集まって、立ち話してときどきハハハ、とかウケて笑ってる。
なんだか、青春って感じだね。
周囲の住民的には迷惑がる人もいるだろうな。でも僕はこんな感じ、結構好きだ。
さすがに彼女は立ち直ったらしく、公園に着くころには顔色も戻ってきていた。
タクシーの中では、ぽつぽつ話した。ドライバーさんの耳があるから、あまり突っ込んだ話はできない。
月曜日には、1500万円を返すとのこと。まあ振込制限があるだろうから、何回か何日かに分けてでいいよ、と言っておいた。
もう少し多く返せる、とも言われたが、今回は当初の話どおりでいいと言っておいた。
それにしても、借金も巨額だが、頑張って返済資金も貯めてたんだな。感心感心。
公園で、彼女を降ろす。僕も一応、彼女に手を貸すために降りた。
彼女の家など関心はない。僕に重要なのは、あくまで彼女の血と体。だから僕は、そのまま乗っていくつもりだったのだが。
でもどこか、彼女は話がありげな風情。タクシーの中ではできない話が、あるのか。
「なにか、話ある?」
「はい。でも、遅くなるといけませんか?」
時計をみる。まだ大丈夫だろう。
叔母は、遅くなるかもって言ってたからな。
「大丈夫。じゃあ、タクシーの精算するよ。」
お金を払い、動きさる車を見送り。
さて、と僕は彼女を見て。
そして、一歩下がって間を取ろうとした彼女の腕を軽く掴んで、牽制する。
あぶねー。
いまこの娘、土下座しようとした?
夜になっているが、公園には大学生が数人、安い缶チューハイか何かを片手に談笑してて。
彼女はマスクもしてるし、安っぽいフードつきパーカーに色褪せたチノの姿ではあるが。
その野暮ったい服からの上からも、この娘の起伏ある(そしておそらくは鍛えた)体の線がうかがわれ。
アスリートっぽい凛とした姿勢の良さもあわせて、年頃の男なら目を惹かれてしまうものがある。
だからさ、話を中断してこの娘に目を惹かれてる大学生らの前で。
なんちゃって裏社会っぽい雰囲気出すためにダークスーツにグラサン姿の僕にこの子が土下座なんかしたら。
すわ、なんの事案だ?って感じだろうよ。
非常勤で出講した大学での、やる気ない学生どもの生ぬるい視線にすら心臓ばくばくの、小心翼々とした僕が。
そんな尖った視線ぐさぐさ突き刺されたら、よわよわメンタルが出血多量で死亡しかねないっすよ。
そういう恐れから、彼女の様子を察知して未然に防止したつもりだったのだが。
「!」
しかし彼女は僕の腕にびくっと体をすくませて。
反射的に軽くのけぞるように、僕と距離をとろうとする。
「おい、」
「──はい。分かっています。」
言葉ではしおらしく。しかし、どこか諦めと反抗の入り混じった上目遣いで、娘が僕を見上げた。
ちょうど、脅迫を受けている被害者のように。
この図。ますます、なんだか犯罪的な雰囲気が、──
「なあ、あれ。」「ヤバいっすね、ノグさん。」「おいケン、お前空手できるんやろ。ほら!」
たむろってた、男子大学生たちの義憤あふれる視線が、強くなり。
男子大学生たちが、ひそひそと話す声。こちらに一層強く刺さる視線。
こんなときほど、察知能力だけ高いことが恨めしいことはない。
「──行くぞ。」
「はい。」
僕は彼女を引き連れ。すぐにその場を後にした。
幸いにも、大学生たちは僕たちを追いかけてくるまではなかった。自発的に娘が僕について行ったからね。
──────
ここらへんの土地勘、僕には全くない。
とりあえずは目についた路地に入っていく。
区画整理されていない細い私道が続く。
「──コマゴメさん。分かってます。
でも、私の部屋は狭くて、音が響きます。」
歩きながら、娘が僕の方を見ずに、言う。──はて?
ああ、そうか。
この娘、話があるって言ってた。あの契約の、条件を詰めたいとか何かかもしれない。
たしかに、タクシーの中では話せないし、この娘の部屋も声が漏れやすくてダメなんだろう。
(だいたい、未婚(たぶん)の女の子の部屋に上がり込む勇気なんかないよ、僕)
よく考えると、合意はとれたからそれでいいって安心してたけど、1回目はいつどこで、とかも決めてなかった。
あと、首輪だ首輪。そう、この娘にはすごい額の投資をしたわけだし。
逃亡防止に、首輪を付けさせてもらわないと。
このごちゃごちゃした路地を抜けて、場所をみつけて、──
そう思って、ちょっと早足になりかけた。
「今、抜きますか?」
娘の視線を、追うと。
あ、たしかに前方に人がいる。若いOLっぽい雰囲気の女の人だ。
こっちを気にしてる。路地、狭くて通り抜けもしにくいのに、僕がずんずん距離詰めていったからな。
こういうこと、よくある。
ほら、暗い帰り道とかでさ、先の方に女の人がいて。
歩くのが僕は速いから、追いついてしまって。
それで歩みを遅くすると、尾行してると思われて、めっちゃ警戒されるやつ。
だからといって追い抜こうとして走ると、悲鳴上げられたりするんだよ。どうしろと。
歩くのが遅い人のことを僕は尊重するし、邪魔者扱いしたりはしない。舌打ちもしない。
でも、僕が歩くのが早いのも尊重してほしいんだよ。せめて、犯罪者扱いは勘弁してほしい。
でもそういう女の人の気持ちも、わかるけどね。
けしからんことをする奴って、やっぱりいるんだろう。
でもそれはそのけしからん奴を罰してほしい。僕じゃなくて。
ただで女の人から性的満足得ようという奴、クズだから磔獄門でいいよ。
そう、金で目の前の娘を買おうという僕は、都合よく自分を棚に上げて義憤を覚え。
まだ返事をしていないことに気付き、あわてて答えた。
「いや、──今でなくていい。」
よく考えたらこの娘も、頭パーンってなりそうな脅しをまじかに見て、ショックを受けてたわけだしな。
まともな話、できないかもしれないしな。
今日は休んで、ゆっくり寝てもらった方がいいだろう。
──いろいろ、決めないといけない。たぶん、次回。
日時を決めよう。
そう言うと、得心がいったように娘は頷いた。少し顔色に赤みがさしてる。
さっきは事務所の男たちもいたから、言葉が荒くなってしまってて(僕、自分のことを『俺』なんて普通は言わないよ)。
今もそのなごりで、タメ口になってしまってた。
でもいまさら、ですます調に戻るのもな、と思ってそのまま馴れ馴れしくタメ口で答えてる。
さて、じゃあ、帰るか。
いやまて、そうだ。これだけは、やっとかないといけない。
「今日のうちにやることが、あるんだ。」
「──はい?」
「まず1つ。首輪を着けてもらっていいかな。」
「──はい。」
これは叔母とも確認し、お金を払ったらできるだけ早く着けてもらうつもりで、アタッシェケースの中に入れてある。
娘は、ちょっと気落ちしたように頷いた。まあうれしいわけないよね。
「それと、次回の日程。少し時間を空けて、再来週末でいい?」
そう言うと、いったんうつむいた彼女は顔を上げた。
街灯も遠いのに、その視線は、妙な迫力で僕を射るように。
「いえ。──できるだけ早く。」
「!?」
「あたし、考えたんです。多分大学は、退学ですし。
月1回よりもっとたくさん、入れられますよ?」
──月3回だって、4回だって。平日にだって。
そうすれば、ずっと早く今回借りたお金を返せます。
そう、彼女はちょっと据わった目で言う。
これはまずい、と僕の脳のどこかで
「いや、待って。」
彼女、やはり大学生だったか。
それはともかく、退学は賢い話ではない。
「早まるな。授業料は分納にできるはずだ。」
「なんでですか。お金もかかるし、授業に出る時間なんてありません。
お金を稼がなきゃいけないんです。」
「でも、その方が稼げる。」
そう、返済に焦る彼女を安心させようと、慣れない笑顔を作り、説得の言葉を口にした。
僕は詳しくはないが、たしか高卒(大学中退)と大学卒とでは、短期的にはともかく、長期的には相当な収入格差があるはずだ。
そして共働きの正社員女性と、専業主婦とでは生涯で2億円くらいの差がつく、とか読みかじった。
僕が今回貸した五千万(月曜日で千五百万が戻れば、三千五百万)なんて、ぜんぜん小さく思えるくらいの差が。
僕が自分のお金を回収する視点からも、彼女には大学を卒業してもらった方がいい。
それにさ、ほら。すごい人間として最低な考えだけどさ。
いつか彼女がお金を返し終わったとして。その、彼女をリリースしたとき、彼女にキャリアがなかったら詰むだろう。
不承不承頷く彼女に少し安心して、僕は彼女を人気のない一角に誘導し。
警戒心ばりばりにすぐ振り向こうとする彼女をなだめすかして、後ろを向かせ。
その首に、一見すると黒革にみえる、その黒い首輪を嵌めたのだった。
──────
──────
(目白梓視点)
「あれ、あずっち!よかったー、元気?
最近大学来ないから、心配してたよー。」
「タマちゃん!この前は、ありがとー。助かったよ。」
月曜日の午前、大学のキャンパス。
朝イチの銀行窓口で、何度も確認されながら、あのコマゴメと名乗る不気味なやつへのお金の振り込みを行った後。
(さすがに桁違いのお金で、どきどきした。)
私はどのみち無駄になるかもな、と思いながらも大学の財務課に来て。
授業料の分納手続きと、奨学金とか授業料減免の話を聞いた。
意外にも使えそうだということがわかり、早速すべて、申込みをする。
奨学金を獲得するには、成績が重要になってくる。
1月末の試験は死にそうになりながら受けたので、それほど成績が良いわけではない。
受けてるときは、こんなことしてる場合か?と思ってたけど。
だが、奨学金の基準はかろうじてクリアしていて、過去の自分を褒めたくなった。
授業期間はもう終わってて学生の姿は少なくなってきてるけど、もちろん顔見知りにも出くわす。
「ねー、あずっち。まだ、ご用事あるの?」
「んん、もうだいたい終わったかな。
午後遅めに、ちょっとだけ健康診断に行くけど。」
コマゴメと会ってお金がどうにかなりそうとわかって、安堵してしまい。
先週末は、アルバイトを入れなかった。数週間ぶりのほぼ完全な休日だった。
そして今回の返済期限がクリアできて、私は無意識にすごく肩の荷が下りたのだろう。
(それまでは、バイトが入れられなくて家に帰って寝ても、夜中に心臓がばくばくして目がさめてしまうことが多かった。)
怪しいコマゴメと名乗る男との契約で、お金の調達ができそうだ、と分かったときも爆睡してしまったが。
一昨日、土曜日にあの傘畑の事務所でお金を払った後は、私は朝まで夢一つみずにぐっすり眠った。
その翌日、日曜日にコマゴメと契約の細部を詰めて。
手術痕があっても契約は大丈夫となって、なんなら3月にプレイの予定を決めた、その夜も、よく眠れた。
そうすると不思議なもので、頭だけはすごくシャキっとして。
体調は戻ってないけど、ひさびさに気力が充実してる。
「じゃあさ、ごはん食べようよ!シティ食堂かブロリー、どう?」
「いいわね。」
きっとこの
ちょっと悪いし、今日は自分で払おう。
当面はどうにかなったけど、やっぱりお金を節約して貯めとかないといけないし。
お値段お手頃な学食がいいかな。午後は病院に行かないといけないけど*1、血糖とかは測らなくてもいいはずだ。
そういうことになって、私たちはひさびさに笑いさざめきながらキャンパスを歩く。
「それにしても、さ。」
途中で友人は、私をまたまじまじと見て言った。
「あずっち、それもらったの?チョーカー?」
「あ、これ?
んー、まあね。」
私は指で、それを撫でる。
首に嵌められた黒い首輪の、滑らかな表面を。
一見革のようにみえる、ひどく瀟洒な雰囲気の首輪。
ぴったりと私の首に嵌り、擦れたりもしてない、
けれど、まだ違和感がある。
──わー、なんかかっこいいし。
スゴくお洒落だとおもうよ!
そう無邪気に褒めてくれる、友人の声を聞きながら。
私は、一昨日の土曜日のこと。
あのコマゴメと名乗る男にお金の返済をしてもらい、そして事務所を出てから、この首輪を嵌められたときまでのことを、思い出していた。
──────
屋根がない場所に出たとたん、上から植木鉢が落ちてきた。おそらく彼を殺すために。
(後から落ちてきた位置や、それまでのやりとりなどを考えると。
その植木鉢が、上から投げ下ろされたのはほぼ確実だと思われた。)
なのに、その狙われた彼は飄々と、全く驚いた様子も恐怖する様子もなく。
広い通りまで出ると流しのタクシーを拾い、私を先に乗せ、後から乗り込む。
最低限の会話しかしようとしない、彼。
礼を言ったが、ちょっと上の空気味の彼に、あまり心の乗っていない言葉で流される。
あまりそのような言葉での礼などは、求めていないのだろう。
来た時と比べ、彼はわずかに上機嫌なように思えた。
「コマゴメさん。その。」
私はまず、急な話だったことを詫び。
また今日は引き出せなかった、貯めてあるお金(1700万円にわずかに足りない程度)をすぐに払うということを、伝える。
「それは、急がなくていい。」
振込制限もあるだろうから、と言っている。
おそらくATMのことを考えているのだろう。窓口なら、大きな額でも大丈夫なはずだ。
だから私は、そうですか、と表面上は従順に言いながらも、一度に返す決心を固める。
あまりこの邪悪な男に対して、借りを作りたくないのだ。きっと付け込んでくるに決まっている。
まったく会話は弾まず、やがて迎えに来てくれたときに待ち合わせた公園に着く。
気が重いが、彼と話をつけねばならないことがある。
タクシーを降りて、私は心を決める。
「なにか、話ある?」
彼も分かっているようだが、白々しく、そう私に聞いてくる。
そして料金を精算する、彼の後ろ姿。
客観的にみれば高身長で優しげな雰囲気、意外に顔も悪くない。
なのにその皮の下におぞましい本性を隠し持っている、彼。
分かっている。これまでの彼の働きに対して、それなりの
でもやっぱり、このサディスト男に対する嫌悪感は去りがたく。
思わず距離をとろうと、一足後ろに下がろうとしたとき。
「!?」
彼はスッと、私に滑らかに近づき。
「おい。」
そして私の腕を取った。わかっているだろうな、というようにささやきかけてくる。
彼はもとより、
まあ、私も覚悟はしていた。
どうみても私の価値に見合わない、巨額の貸付け。
それで救ってもらった以上、味見をさせろ、というのだろう。
「──はい。分かっています。」
だから私はそう答えたが、覚えず体が硬直するのを覚えた。
やっぱり、私は向いてない。男が苦手なのだ。
どうしてか、掴まれた腕と顔が、かっと熱くなったように感じられる。
「──行くぞ。」
「はい。」
──しかし、私に他に選択肢はなかった。
──────
狭くうすぐらい路地を、歩く。
彼は私の家を知っているようだ。迷いもなく、私の家に続く道を先に立って歩く。
この前、もしかすると尾行されたのだろうか?
よくわからないが、私はもはや半分諦めモードだった。どうにでもしろ。
しかし、これは言わねばなるまい。
「──コマゴメさん。分かってます。
でも、私の部屋は狭くて、音が響きます。」
私の部屋でヤる、というつもりなのだろう。
しかし、とてもそれができるような環境ではない。
紙のように薄い壁とドア。窓を開けると隣の同じような貧乏アパートの壁と窓がぎりぎり迫ってる。
そんなところで、──まあ声は殺せるだろう、しかし振動とかを考えると。
彼も、それに思い至ったのか。
ふと視線が動き、私の部屋に向かう道から逸れ、そして歩みが早くなる。
この周辺は、区画整理の進んでいない細い私道が入り組んでる。
(だから痴漢とか、通りすがりの人にカツアゲをする無頼漢もいる。やや物騒な一帯だ。)
半ば廃墟のアパートが並ぶ一帯もある。
これは、おそらくは。
「今、抜きますか?」
先に歩いてる女性を気にしながら(この女の人くらいしか通行人はいなかった)、私は彼に聞いてみる。
異性関係に疎い私でも、男性のそれを口に含んで、抜くことがあるってことくらい知ってる。
タマちゃんの彼氏がそれが好きで、強要して喉の奥に突き込んでくるって、嫌がってたし。
少しあるいたJRの駅裏のパチンコ屋とか質屋とかが並ぶあやしい一帯の近くの路地で、その手の人が街角に立ってて客を取ってるのをみたこともある。
人気のないビルの物陰とかで、ヤるんだってタマちゃんに聞いたこともある。
そういったことをすれば、満足してもらえるだろうか。
「いや、──今でなくていい。」
私の読みでは、彼もおそらくそれを私に求めようとしていたのだと思う。
しかし、言い当てられたのが気に入らなかったのか、ちょっと考えてそれを撤回した。
「いろいろ、キめないといけない。」
最悪だ。クスリを使われるのか。
私はこの男に、絶対に屈するつもりはない。
しかしこのクズ男は、精神そのものに作用するクスリを使うつもりのようだった。
私は怒りに、頬に血が昇ってくるのを感じた。
不思議なことだが、お腹が熱くなり、気力が湧き上がってくるのも。
どうやら怒りには、負けてたまるか、と人を奮い立たせる効果があるようだ。
「たぶん、次回。」
まあ、これは仕方ない。私も頷く。
「今日のうちにやることが、あるんだ。」
「──はい?」
やっぱり、抜かせるつもりだろうか。
「まず1つ。首輪を着けてもらっていいかな。」
「──はい。」
忘れていたが、これは仕方ない。私は頷く。
首輪を嵌められるなど。屈辱でしかない。
このクズ男が約束を守っている限り、私は彼から逃げるつもりはない。
しかし、それを保証するすべはない。
だから、私の所在を確認するための首輪をつけることを、約束した。
「それと、次回の日程。少し時間を空けて、再来週末でいい?」
彼は、今日は抜くつもりはないということか。
それならなぜ、私の家には行かないと知ってから、方向転換し。
街灯もちらついていて、薄暗いこの通りに来たのだろうか。
ただ、次回の設定については、あまり間を開けてはいけない。
私としては彼にできるだけ早く言って、見てもらう必要がある。
体の傷のこと、彼に売れるのは体だけで、心まで売るつもりはないということ。
それを早く伝えることで、私なりの誠実さを示したい。私の自己満足でしかないだろうけど。
そして今回の彼からの準備金の返済と、次回の彼らへの返済のため。
できるだけ早く、そしてたくさんの回数を重ねて、お金を引き出さなければならない。
だから。
「いえ。──できるだけ早く。」
そう言って、やや意外そうな彼に続けて説明する。
「あたし、考えたんです。多分大学は、退学ですし。
月1回よりもっとたくさん、入れられますよ。
月3回だって、4回だって。平日にだって。
そうすれば、ずっと早く今回借りたお金を返せます。」
彼は得心がいったように、頷く。
その目に奇妙な逡巡が、掠めたように思えた。
「いや、待て。」
彼はそう言って、私がうっかり口に上せてしまった、大学の退学のことをについて、ダメ出しをする。
「早まるな。授業料は分納にできるはずだ。」
意外にも、彼は大学にとどまることを提案してくる。
──もちろん、それは親切心からくる言葉などではなかった。
なぜなら。
私が大学がお金がかかり、時間も確保できないと言うと。
「でも、その方が稼げる。」
そう彼は言い、そしてどこか邪悪な笑みを浮かべたから。
ああ。
たしかに、タマちゃんに聞いたことがあるんだった。
なんかいかがわしいアルバイトを考えてるっていう彼女が、言ってた。
エロ親父どもの一部は、現役女子大生というステイタスに興奮するって。
高卒・大学中退のフリーターというより、その方がウケがいい、高く売れる、らしい。
彼の視野には、きっと。
私を
しかし、私に選択肢はない。
「さあ、首輪を嵌めるぞ。」
敗北感を、覚えながら。
私は伸び放題に伸びて街灯を遮っている、庭木の陰に誘導される。
冷たい黒革のベルトが、私の頸に巻かれる。
妙な恐怖感で、振り向こうとする私をあしらいながら。
彼は首輪を当て、何かをスマートフォンで操作する。
かすかなジジジ、というモーター音。締まり、ちょうどの長さで止まる首輪。
ただの黒革の首輪に見えるが、実は高度なテクノロジーが使われているのか。
奴隷の首輪を、嵌められてしまった。取り返しのつかないことをしたかもしれない、という後悔。
「それには、いろいろな機能がある。
電撃を与えたり、そのまま締め続けたりもできるような、な?」
──クソ男め。
ぎりっ、と思わず、私は奥歯をかみしめた──。
──────
「それでさー、あずっち!
デザート、いっしょに食べようよ!ボクが払うから、さ!」
そんな経緯を思い出して、少し暗くなった私を気づかったのか。
明るい声で、彼女がデザートのシェアを提案してくる。
曇りのない友情を示してくれる彼女に、すごく癒される。
そうだ、せめて今だけは彼女とのひとときを楽しもう。
そう私は思い、承諾の声と笑顔を返したのだった。