(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
「僕」は、叔母の家に戻り、叔母の帰りを待つ。
叔母はどうやら、血を大量に摂取してきたらしく、つやつやしている。
そして血に酔った叔母の甘言に乗せられ、「僕」は叔母に予習させてもらうことになったのだった。
その後、叔母はまた、入浴すると言って浴室に消えて行った。
シャワーを浴びているであろう叔母のことから気を紛らわせるために、僕はあたりを見回し。
叔母が座っていたテーブルの席の横に、地図と簡単なコピーの束のようなものをみつけた。
僕と話をしながら、ちらちら、と叔母がみていたものだと思う。
地図は、日本のどこかの地域のもの。
何気なく目をやり、──貼られた付箋に興味を惹かれる。
「?」
付箋に書かれた文字は、はっきり言って断片的。
叔母のお手本みたいに整った字で、「危険あり?」「不明5」「立入禁止措置済み」「浸透性不明」「現地入り3/○」(最後のは、明日の日付けだ)。
耳をすます。まだ叔母がお風呂から上がるまで、時間があるだろう。
僕は一緒に束ねられているコピーも、ぱらぱらとめくってみる。
その地方の郷土史の古い資料。鉱山開発、土砂崩れ、閉山。
「皇国地誌」と右肩に書かれた、文献の古いコピー。
この地図のつけられている地域の村だと思う。おそらく、現在では廃村になっている。
そして昔話を紹介した記事。これは、その往麻村のそばの地方の郷土資料館か何かの月報か何かのコピーだと思う、コピーを重ねて少しつぶれた活字。山に住むあやかしの話が書かれている。
そしてまだ最近の、わりと新しい日付の新聞記事の切り抜きコピー。
なるほど。最近、男女5人がこの地域の山で行方不明になってる。メモの「不明5」の意味がわかったぞ。
これ、おそらく叔母のフィールドワークか何かの資料なのだろう。「現地入り」の日は近い。
ちなみにこれらの資料には、ファクシミリのヘッダが端についてる。
いまどき、メールでなくファクシミリか。
送信票は、なかった。送信ページ数からみると、資料だけ送られてきてる。
付箋は、電話で聞いた情報を叔母がメモしたものだろう。
お風呂場の方から、かすかに扉の開閉音、人の気配。
僕は再度、資料をぱらぱら見た後、元の場所に戻す。
しばらくして。
「あー、気持ちよかった。
景ちゃんも、どうぞ?」
叔母が軽く顔をあおぎながら、戻ってくる。
服装は、シンプルなパジャマになっている。
かすかに色づいた頬やなめらかな首筋、そして細く見えるが実は強い力を秘めた腕から。
僕は目をそらして無関係なことを考え、立ち上がろうとする股間をなだめた。
「お着替え、置いておくわね。」
僕は言葉に甘えて、お風呂に入らせてもらった。
うん、我慢しきれず感想戦で抜いた。仕方ないよね。
──────
その夜は何事もなく(ただし僕の入浴後の叔母の笑みが、なんだか僕がやったことを知っているような被害妄想を抱きながら)ぐっすり寝た。
そして、翌朝。
僕は今日、あの借金娘と連絡を取り、会うことになっていたので。
いつもなら昼前まで寝てることもあるのだが、今日は普通に起きた。
目白さんと契約条件の詳細を詰めて、契約書のドラフトをする予定。
時計を見る。まだ、出るにはすこし早いかな。
叔母も何やら広いリビングに、リュックサックやアウトドア用の道具らしいものを出している。
服に隠れて見えないが、僕がつけた昨日の傷も、もうふさがっているだろう。
僕はコーヒーとサラダと美味しいホットサンドの朝食を食べながら、その様子を見ていた。
「登山?仕事?」
「ええ、お仕事。もう少ししたら出ないと。
急な依頼が入っちゃってて、ね。」
僕には謎な叔母の専門は、本当は生態学に類するものらしいのだが。
その頭脳と腕を見込まれて、外部からの依頼が寄せられることが多々あるらしい。
環境アセスメントみたいな本業に近い普通のものもあれば、ちょっと本筋からズレた依頼も。
ただ、そんな依頼も面白いし、お金や研究の種になったりするのがあるのよね、と叔母は言っている。
「それって。お金がちゃんと出る?
それに、大学の仕事じゃないんでしょう?授業とか実験とか大丈夫?」
「お金は出るわよ?あまり多くはないけど。
それにこれは、ちゃんと公的な機関が仲介してる仕事。
大学には、特別に事前に了解してもらってる。大丈夫。」
そうなのかー。
それにしても、依頼主は誰なのだろう。公的機関は仲介だけだと言っていたな。ファクシミリには、何も書かれていなかった。
そんな僕の疑問に、気づかぬ様子で叔母は続ける。
「報酬自体は、それほどでもないけれど。
変わった発見をすることが、多いのよね。そこに仲介してもらった仕事は。
それが、新製品の開発につながったりしてる。」
この前叔母の唇をふさぐのに使った、空気に触れさせると一定時間で粘着力がなくなるテープ。
あれも、発見した新種の食虫植物から抽出した物質を利用しているらしい。
新種の動植物や、希少な鉱床。先史時代の遺跡。
叔母も決して、それほど研究歴が長いわけじゃないはずだが。
わずかな期間によくもそれだけ、という発見をしているらしい。
妬まれたりしないか、心配だ。
本来の専門とは違う、こんな依頼が来るのは。
叔母がその人外の体力と頭脳で危険を切り抜けてみせたのに、目をつけられてしまったかららしい。
叔母は一族の中でも能力は高い方だから大丈夫と思うけど、万一のこともあるし、一族のことがバレたら大変だからな。
あまり、危険な依頼を受けたりしてほしくない気もする。
「まああれは、製品化はもう少し先かしら。」
そうだよね。だいたい、どんな層にどんな用途で売れるか、さっぱりわからないよ。
そう、言ってみる。
「仮止めや、養生用途のテープね。
養生用だからといって、粘着力が弱いと困ることがある。
それで強力な粘着力がほしいけど、一定時間後には必ず、跡形もなくはがれてほしい。
メーカーの方は、そんな用途を考えてみるみたい。」
──ただ、あんな使い方もなかなか良かったでしょう?
人体への実験はまだ十分でないから、また協力してね。
と、叔母がどこかきわどいことを言っている。
童貞シスコンの僕は、返事に困ってへどもどする。
「時間調節が、もっと正確にできるようになるといいんだけど。そこがまだ、課題。」
今は材料を調節して剥離までの時間を30分、4時間、8時間といった感じに作り分けてみているらしいが、空気に触れさせる時間でずれてきてしまう。
むしろ逆に、その場で空気に触れさせる時間数を調整することで剥離時間を設定できるようにしたい、と言っている。
なるほど。
時計をみる。少し早いが、そろそろ出てもいい。
「景ちゃんは、行ってくる?
今日、
だって講師のお仕事、今の時期はないんでしょう?塾のシフトも?
その彼女さんも、連れて来たらいいのよ。あの客室のベッドも奥の部屋もお風呂も、使っていい。
私は昼過ぎには出ないといけないから、もう家にはいないかもしれないけど、どんな風にでも。
使ったらそのまま、片付けなくていい。お皿とかだけ、流しに置いといてほしいかな?」
アウトドア用シャツを押し上げる胸を、ミリタリー風なタクティカルジャケットの下に押し込み、ファスナーを締める彼女のしぐさをぼんやりと眺める。
ヘルメットを用意しているのは、おそらく。
「バイクで行くの?」
叔母はバイクに乗れるし、気が向くとツーリングを兼ねてバイクで僕の家までやってくることもあった。
僕も乗ってるけど、叔母ほど上手いわけじゃない。
「ええ、現地集合ね。ほら、景ちゃんに一度貸したあの子。
あれなら、かなりのダートも大丈夫。」
叔母は複数のバイクを所有してる。お金持ちなのだ。
叔母の準備は、おおむね終わったようだ。思ったよりコンパクト。
身軽さが必要だったりするのだろう。
「もう行くの?なら、僕も行くけど。」
「大丈夫、時間を調節しないといけないし。
家を使っていいっていうのは、本気よ。便利な場所だし。カードキー、持ってて?
それほど遠くないし、今回は下見だけになるかも。
多分、明日の夕方にはいったん戻るつもりだけど。」
──それまでに彼女さんもいたら、一緒にディナーにしましょうか?
そう言って、叔母は笑った。
──いや、どんな顔でお金で買った女の子を叔母に紹介すればいいんだ。ないない。
そう、僕は思った。