(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
叔母の仕事の一端を、語り手は垣間見る。
彼女は所属先で研究者として働くのと並行して、フリーでも調査業務を請けているらしく、急に仕事が入ったようで、もうすぐ家を出ると言っている。
彼も、目白嬢との契約交渉の詰めの会談のために先に家を出ることにした。
「コマゴメさん、おはようございます。よろしくお願いします。」
ようやく花をつけ始めた梅が、風に揺れる公園。
あの後、準備をして家を出た僕は。
お昼前に娘と約束していたので、先に来てベンチに座り、ぼんやりと木々の梢を眺めていた。
かけられた声に振り向くと、チャコールの厚手のタートルネックのセーター(わずかに毛羽立ちあり)に、色の落ちかけたジーンズ。
全くかざりけのない、目白さんの姿。
そこに、不相応におしゃれに見える首元の首輪が、ちょっと目立ってる。
あいかわらず目白さんが僕に向ける視線と声はやや硬く、間合いは遠めだ。
そしてなんだか、きょうは気合いが入ってる。謎の気合いが。メラメラと。
「おはようございます。それでは。」
あまり聞かれたくない話を、する必要がある。
きょうは密室じゃなくて、散歩しながら話して。
まとまったらどこかの喫茶店ででも、書類仕事を片付けよう。
僕はそう考えて、まだ人目の少ない近くの川沿いの遊歩道に誘った。彼女も了承した。
「昨日は、ありがとうございました。」
目白さんは、改めて礼儀正しくそう言って、ぺこりと頭を下げた。
いえいえそれほどでも。
目白さんは、何か話したそうだ。
先にどうぞ、と促す。
「それで。ちょっと考えてて。
言わなきゃ、ってこと、思い出したんですけど。
あたし、実はキズものっていうか。」
娘が、いきなり「自分はキズモノである」と言い始めた。
娘によると。
娘は、処女である。その意味では傷物ではない。
ただしつい最近、かなりの手術をしたので、結構大きい手術痕が体にある。
「もしかするとそれが気になるかもしれません。
でも募集条件には、限定ありませんでしたよね?
だからコマゴメさんが嫌でなかったら、契約自体はしてほしいんです。」
──自分の傷に不満があれば、その分、価格は割引きしてもいい。
正直、20万円は非常識に高い気がする。
傷について後でケチを付けられ、払いを渋られたりするのは、嫌だ。
その代わり処女というプレミアも、考慮してほしい。
まとまった額で見積もって、準備金の返済額と相殺するとかしてほしい。
そう、主張している。
黙っていれば多分そのまま契約できただろうに、不利な事情をわざわざ先に言ってくるとは。
ある意味、クソ真面目すぎると言えなくもない。
ただ、その考え方自体は、僕も共感できるところがあるのだ。
うやむやで契約して、後出しで都合の悪い条件を出してきて。
そして引っ込みのつかなくなった相手に無理やり条件を飲ませる、っていう人がいたりする。
僕はよく、その手の後出しジャンケンに困らされていたので。
この子ほどまっすぐではないかもしれないが、似たような融通の効かない馬鹿さを持つ僕には。
彼女のあり方が、好ましく思えていた。
僕らがいま歩いている、犯田川のほとり。
川沿いには桜が植わっていて、春には見事に咲く。
今はまだ、咲く前。その下を、都心の方向に歩きながら、彼女に答える。
「まず、そうですね。非常識に額が高いと言われましたが。
拘束時間の長さとか他の条件を考えると、それほど高いわけではないんです。」
「拘束、時間?」
無意識のうちにか。腕をX字にして、軽く自分の肩を抱くようにしてる。
いや、その意味じゃないから。
「はい。
東京で会うか、それとも
場手間良市なら、東京からはそれなりに時間がかかる。
新幹線の駅があるから、東京から思ったより時間はかからないが、それでも約一時間。
待ち合わせ、そしてホテルや別荘までの移動時間。30分くらいだろうか?
彼女の自宅から東京駅までの移動時間も考え、往復で約4時間を見込むとしよう。
「契約上の日数は、2日間。ただ、実際に会ってる時間としては。
最短の土曜日昼から日曜日昼までなら、プラス24時間ですが。
実際には日曜午後4時くらいまでと考えると、プラス28時間。」
28時間+4時間から、睡眠の8時間、食事などの4時間を引くと、20時間になる。
「円光の相場が、1回2時間2万円。時間あたり1万円だとしましょう。」
実際には時間短めで1万5千円というパターンも多いし、NNだと高くなる。
彼女は外見は上玉だから、本当はもっと高い引きがあるかもしれない。
ただ、一応の目安としてそう仮定すると。
正味の拘束時間20時間に対し20万円というのは、
「でも、あたしが見た掲示板とかだと、そんな額じゃないです。」
「そうですね。」
実際には、泊りだと単に普通の相場の2倍(諭吉2が諭吉4になる)ってのが多いと思う。
だって普通の人なら、せいぜい2回戦か3回戦だから。一晩中ヤったりしないだろうし。
だけどあいにく、僕は普通の人じゃない。
たぶん通常人の数倍、連戦する。──と思う。きっと。たぶん。
一度たりとも実戦は試してないから、本当はわからないけど。練習ベースで推測するなら。
「僕は普通の人より、かなり求める回数が多いんです。
それに性交渉以外の時間も、目白さんに苦痛を与えるプレイをしつこく、一晩中したりすると思います。」
僕の体質のことはぼかして、彼女にはそう言うにとどめた。
「わかりました。そういえばそれもコミで、ってことでしたね。」
彼女は動じていない。大丈夫なのかな。
この子も、痛いのは嫌なはずなのに。
それに自分に不利な、減額になりそうなことばかり言い出してる気がする。
それを逆に僕が高い額でいい、と説得してる奇妙な状況。
だからといって、契約に乗り気でないというわけでもなさそうだ。
「傷のことは、あまり気にしなくていいです。
ただ、目白さんの体調的に大丈夫かが「大丈夫です」」
強い口調で、食い気味に割りこまれた。
やはり彼女としては、高い収入が見込めるから契約自体はしたいのだろう。
気圧されたのもあって、しばらく無言で道を歩く。
橋のたもとに、三輪車に乗った子供とお父さん。子供は、冒険の喜びに目を輝かせてる。
それを見て、なにか言おうとしてた彼女も口をつぐむ。
その親子を通り過ぎ、聞こえない距離になると、彼女がまた切り出してきた。
「それと、金額アップできるオプションとか、あったりしませんか。
コマゴメさんも、感染症はチェックしてくれるんですよね。
だったら、たとえば。
口だったらゴムなしでいいですし、飲むサービスだってします。
あと危険日でない期間なら、出すとき以外は生で中に入れてもいいです。
そしたら、お金はプラスになりますか?」
「考えてなかったけど、プラスしましょう。」
口でゴムなしで稲造プラス、飲みこめばさらに稲造プラス。
途中まででもゴムなしでやる場合には、諭吉プラス。
それ以外は、時価で。
そんなレートを提案してみた。気前良すぎかな。
原資はあるけれど、もうちょっと高収入のバイトとか探さなきゃな。もし彼女が続くようなら。
彼女も悪くない条件だと思ったのか、うなずく。
「あと。さっきも言いましたけど。
あたし初めてなんです。そのところは?」
「そうですね。」
僕は今回初めて聞かされたこの情報に、考え込んだ。
処女というのは、女の子にとって大事なものなのだろう。
男でも気にする人がいるよね。いや、男だからこそ気にするのか?
だったら、それなりに手当をあげないといけない。
ただ僕としては当初、とりあえずふくよかなおばさんでいいと思ってたからなー。
展示してある安い軽自動車を買いにきたら、傷あり大幅ディスカウントで高級車を勧められて。
たしかに気に入ったけど、でもオプションてんこ盛りで見積価格が暴騰してきてるイメージ。
「外国とかでは、すごく高く売れたりするらしいんですけど。
もちろん、ここは日本ですし。
100万円とか。──だめですか。」
「うーん。額は、考えさせてください。」
なんだか、この娘の。
強気にみえるのに、どこか後がなく追い詰められ感がある、すがるような目に僕は弱いらしい。
だけどさすがにバランスシートが赤字すぎ。ちょっとネット検索して相場をみてみよう。
あきらかに僕には不要なオプションだしな。
だから、僕は修正を提案する。
「ただ最初の3回、お試しの期間は、本番なしにしましょうか。」
そう提案してみる。
「!」
娘が目を剥く気配。ただ、これは僕にも言い分がある。
「その間に、もっと高く売れる先が見つかればいいし。
いままでの交際相手と、してもいい。
その方が、目白さんにとってもいいんじゃないでしょうか。」
3回目まででほかに売れなかったら、僕が買うのでもいい。
それにこの娘。たしか、彼氏とかいるんじゃないかな。
最初に会って話した時の、僕を出待ちしてた「誰か」のことを思い出す。
ただ、それは彼氏の甲斐性の問題だろうな。
「えーと。コマゴメさんはそれで、いいんですか。」
娘はなぜか、不満そうだ。
僕はその心理がよくわからない。
説明が足りなかっただろうか。
「この前からの話のとおり、目白さんの交際に口は出しません。
それに、最初の3回はお試しでいいんです。
だから、お互いに傷が浅いうちに引き返せた方がいいでしょう?」
「──それは、わかりますけど。
でも、じゃあ、最初の3回であたしを試して、ちゃんと気に入ってもらえないじゃないですか。」
「最初の3回で本番を試しても、気に入らない可能性もありますよね。」
「あ。──はい。」
そう、「試して、気に入らない」というリスクもある。
この娘は「試してもらえば、きっと気に入るはず」と無意識に仮定していたような気がする。よほど自信があるのだろうか。
自分のその無意識バイアスに、彼女はいま気がついたようだ。
「最初は軽く、という話ですし。
僕としては、最初の3回は口や素股や他の穴でも構わないです。」
そういったとたん、ずざざざっと、彼女がまた引く気配。
顔に斜線が入ってそうな、嫌そうな顔。
「──はい。わかりました。」
だけど意外にも、彼女は承諾した。
「その場合ですけど。
中に入れない場合、レートが安くなったりしますか。最初の3回や、その後で入れなかったとき。」
「うーん。入れなくても抜きありで満足させてくれるなら、そのままでいいですよ。」
「じゃあ、満足しなかった場合は?
減額ですか、それとも契約を切られるんですか。」
「どうしてもお互い無理、ってなった場合は、打ち切りで。
そうでなければ、相談して合意できる条件を探しましょう。
でも、僕としては目白さんにいろいろできて、血をもらえるなら、たぶん大丈夫です。」
「──あの。気になるんですけど。
なんで血なんかが、必要なんですか。」
ううむ。これは正直に答えてはいけない。
僕たちの一族のことは、やっぱり秘密にしておかなきゃ。
「僕が変態だからです。血フェチなんで。」
「──そうですか。」
そんな馬鹿な話があるか、と思ったのかな。それとも、信じた?
しばらく、彼女は無言になった。