(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
娘と待ち合わせをする、語り手。娘は、会ってすぐに自分の体の傷のことをカミングアウトし、語り手を困惑させる。
彼女が処女でもあることから、語り手は最初の3回は本番なしのモラトリアムとすることを提案する。
彼女になぜ血が必要なのかを聞かれたが、語り手は真実を言うことができず、ごまかしてしまった。
そんな風に話しながら、犯田川沿いを歩いているうちに。
ちょうど川が大きく曲がるところにさしかかる。
高低差のある崖があり、その斜面を含む一帯が公園になってる。
少しベンチで休んで考えよう、と僕は思い。
彼女に休憩を勧めると、娘も頷いた。
さほどの距離もないのに、歩き疲れてるようだ。額にハンカチを当ててる。
さすがに密着してではないけれど、そんなに僕と距離も空けない位置で彼女は座ってくれた。
周りに僕たちの話を聞きそうな人がいないのを確かめて、話を続ける。
「あと、これも確認したいんですが。」
娘が、切り出す。
「1か月2日間、あるいはそれ以上、あたしはコマゴメさんのパートナーになるんですよね。
その2日間は、あたしの心までコマゴメさんのものになるんでしょうか。」
「え?」
よくわからないことを娘が言い出した。
ただ、娘は真剣で、どうやらこのことは彼女には大事なことらしい。
「えーと。
つまりあたしは、その2日間は、コマゴメさんのこと、コマゴメさんがあたしにすることを、心から好きにならないといけないんでしょうか。
たとえば、コマゴメさんのやることが、あたしは嫌だとして。
そのことを嫌だと言ったりしては、ダメなんですか。」
「うん?」
「その、──あたしを。
縛ったり、鞭で叩いたりとかするんですよね?」
「そうすると思います。」
「あたしが、コマゴメさんのすることを、本当に嫌で絶対ダメなら。
そしたら、セーフワードを言って逃げられる。そうですよね?」
「その通り。」
「そこまでではないって場合は、どうなんですか。
契約で決めた時間の間、あたしの体はコマゴメさんのもの。別にコマゴメさんが好きなように玩具にすればいいって思うんです。
でも、そのことをあたしの心まで、受け入れないといけないんですか。
愛してるとか、もっとしてとか、許してくださいとか、言わないといけないんですか。
すごく嫌で態度に示すけど、セーフワードは言わない、ってのは、アリなんですか?」
なるほど。
要するに、1か月2日間はパートナーになってくれ、という契約だけど。
そのパートナー期間は、体だけゆだねるだけでいいのか、心まで捧げねばならないのか?という質問。
その彼女のいう「心」は、ふわっとしてて本当のところはわからない。
だが、要は内心を殺して演技し、僕の意に沿った言動をしなければいけないのか、そこまでしなくていいのか、というのが問いの本当の趣旨なのだろう。
理論的には、YESもNOもあるんだろうな。
僕はちょっと迷ったが、結局僕として選びやすい方を彼女に伝えた。
「僕の行為が絶対イヤで、止めたかったらセーフワード。それはそれでOK。
僕の行為がイヤだけど、止めない、ってときは、セーフワードは言わない。嫌がる顔をしても、嫌だと言ってもいい。嘘はつかなくてOK。
でも、セーフワードを言わない限りは僕は続けるし、それを目白さんは耐えてもらうことになります。」
なんだか、自分で言っててすごい最低なことを言ってる気がしてきたぞ。
でも、僕としてはこれくらいがいい。
言動まで縛ると、言論の自由や内心の自由の侵害とか言われたりしそうだ、ってのもあるけど。
彼女がそこまで器用に本音を押し隠せるとは、思えないし、そんなことさせてもうれしくない。
だいたいこの馬鹿正直娘、僕に媚びたお芝居なんてできないはずだ。
仮にやらせても、すごい大根役者になってしまって、僕を白けさせるだけの未来が見える。
「あたしが嫌がっても、ちゃんと行為も、契約も続けてくれる。
それでいきなり減額したり切ったりしない、ってことですね。」
「目白さんの嫌がり方を、逆に僕も絶対受け入れられない、と言う場合はさすがに別だけど。」
その点は、釘を刺す。
温厚な僕だってがまんできない、ぶち切れるようなことを彼女が言う可能性もあるからね。
「そうでなければ、目白さんがどんなに嫌がっても。
セーフワードを言わないかぎり僕は続けるし、それで満足すると思います。
それなら満額でいいし、契約も続けます。」
なにしろ僕の一族は軽度サイコパス(重度も、もちろんいるよ。ほとんど絶滅しかけてるけど)。
その一員である、僕も。
セーフワードを言われない限り、どんなに彼女が嫌がって泣き叫んでも嬉々として欲望のままに彼女を責め苛み続けるくらいには、共感能力が低い。
──ただまあ、この気の強い娘が泣き叫ぶ姿は、ちょっと想像できないけど。
「わかりました。
あたしの体を、コマゴメさんは好きにする。
でもあたしは、あたしの心までは売らなくていい。
そうですよね?」
「そうなります。」
心は、非売品なわけだ。まあ当然だろう。
しかし。
「わかりました。それが、聞きたかったんです。
そうさせてもらいます。
──あたし、コマゴメさんなんかに絶対に負けたりしませんから!」
それに対する彼女の答えに、なんだか燃える闘志と反骨心のようなものを感じ。
僕は、ちょっと回答、ミスったかな?と思った。
彼女とは、できれば友好的な関係でありたかったんだけどな。
だが今の彼女は明らかに、敵対的とまでは言わないが、対決的な姿勢。
僕の返答の何かが、彼女の地雷を踏みぬいたみたいだ。
やっぱり僕、人間関係の作り方がヘタクソ。人の心とか、よくわからないや。
でも、さ。
少なくとも、今の、この選択については、僕は後悔してない。
女の人に、作り笑い浮かべられて「愛してます」なんて心にもないことを言わせるのは、嫌だ。
そんな
それに。
特に、この馬鹿がつくくらいの、しかし貴重な正直さのある彼女に、自分を偽らせたくない。
どうせなら嫌そうな顔で正直に「嫌です」って言われた方が、僕の精神衛生上は、ずっとまし。
自分が女の子に嫌われるキモ男だってことくらい、よくわかってるし。
それに、どうしてもその嫌がられ方が嫌で受け入れられなかったら、一応それを伝えて、どちらも引けなかったら解除でいい。
さらに、僕は彼女と契約の詳細を詰める。
決められるところは、決める。
たとえば、報酬の支払い方。滞ったときの対応。約束の取り方、約束の日時に来れなくなったときの連絡手段。健康診断の頻度、内容。プレイ内容の相談、決定、彼女に痛みを与える場合の事前説明、同意の取り方、彼女の口と手足を拘束しているときの意思の伝え方、──。
一方的に有利な条件は、付けない。強制的な内容も、極力避けた。
いや、後で訴えられないように、っていう僕の保身が主な理由だけど、それだけじゃなくて。
ちゃんとお互いに利のある、フェアな取引にしたかったんだ。そうでないと、僕が僕を嫌になる。
だってさ、弱い立場の人に後から一方的な条件を押し付ける、ってのは。
まさに僕より立場の上の人が僕によくやってきて、僕が嫌な思いをしてるパターンだからだ。
僕のやることが、僕の嫌いなあいつらのやることと同じになってしまうのは、絶対イヤだ。
いや、その通り。もちろん、「五十歩百歩」なんだよ。それは、よく自分でもわかってる。
僕は窮状にある彼女に、嫌なことをがまんする契約を結ぶよう求めてるわけだから。
ただ、その内容については説明して、結ばないという選択肢も、本当に嫌なら離脱できる選択肢も用意した。
だったら彼女が嫌なことをするなよ、というのは、もっともなようだが。
その彼女が嫌なことこそがたぶん、僕のしたいことなんだ。
お金を出すのは嫌だからヤったけどやっぱりお金は出さないぞ、というのが許されてはいけないように。
(いや、そういうのがまかり通ってるのは知ってる。だけどそれはダメだよね。)
ヤるのが嫌だからお金はもらうけどやっぱりヤらせないぞ、というのも、僕は違うと思う。
だから許せるラインと許せないラインをお互いに伝えて、納得しておきたかった。
彼女の許せるラインは体を使わせること。許せないラインは、心を曲げること。
そう、僕は理解した。
僕は、冬になって葉を落としてしまった木々の枝ごしの太陽を浴びつつ。
きらきら光る水面をぼんやりみてる彼女の横顔を、盗み見る。
顔に、照り返した光がゆらゆらと投げかけられてる。
叔母にも、指摘されたけれど。
手入れがあまりできてないぼさぼさロングの髪や、ダサめな服装にもかかわらず。
彼女のくっきりした目元、毛玉セーターを上に押し上げるふくらみや、ジーンズの生地を張らせてるお尻は、正直言って好みだし。
何より、僕はこの娘の妙な頑固さというか正直さを、気に入りはじめている。
ただ、これはあまりよくないことかもしれない。
ほら、これって勘違いストーカー男の心理かもしれないわけで。
その種の人、好きになった人に対して、勝手な期待を持って。
その勝手な期待を裏切られて、勝手に逆恨みし始めるんだよね。
でも、このちょっと頭おかしい娘の、僕への誠実さ。
それはお金の為では、あるのだろうけれど。
世の女性に気味悪がられて敬遠されるのが常の、僕に対しても。
真正面から等価交換を求めてくれる率直さが、なんだかすごく面映ゆく、でも好ましいように僕には感じられた。