(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
娘は、語り手に彼女の心は売らない、と認めさせる。
まあそれはそれでいい、と受け入れる語り手。
語り手は、娘のまっすぐさにほのかな好意を抱いているが、同時にそれはストーカー心理ではないか、などと見当はずれで余計な心配をしている。
(主人公視点)
ひととおり、話が終わり。
僕は持参したノートPCで、用意しておいた契約書の草案に話し合いの結果を反映させてみる。
娘にPCごと渡して、意見を求めてみる。
疑問点について彼女から指摘を受けて、頭を寄せ合って相談し。
今日のこれまで話し会いで決まった内容を反映させ、まだ決まってない問題点をみつけて協議し、書きたし。
契約書の最終案が固まったのは、おそらく午後1時をすぎようかというところだった。
「それでは、これでOKですね。
──今、目白さんのアドレスにメールしておきました。」
「はい、ありがとうございます。
サインは、次回ですか。」
「そうしましょう。
また、細かいところで変えるところとか気づいたら、SNSかメールで教えてください。」
結構疲れた。背筋を伸ばすとバキバキしそう。
喫茶店かなにか、テーブルのあるところでじっくりやるべきだった。
途中でそうしようかな、と思ったんだけどなー、なんか言い出せなかった。
さぞかし、気が利かない男だと思われていることだろう。
「良かったら、お昼にしませんか?」
埋め合わせもかねて、ダメ元で聞いてみる。
普通の僕なら、絶対誘わないのだが。
「えーと、──」
彼女は、考え込む様子。ただ、脈がないわけでもなさそうだ。
共飲共食儀礼は、古くからの伝統を持つ。
親交を深めるためには効果的なのであると、大学のころに習ったので。
僕としては、できれば関係改善を図りたいと思っていた。
「遅くなったお詫びに、払わせてください。」
「──はい。」
彼女は逡巡したのち、頷いた。
すこし川を離れ、日曜日ということもあって閑散とした最寄り駅周辺の街を歩き。
日曜日でも開いてる中華料理屋さんをみつけて、入る。
彼女はメニュー冊子をにらみつけ、最も安いもの(ミニラーメン500円)を注文しようとして、僕にその真意を確認され。
改めて、野菜炒め定食を注文しなおしていた。
気持ちはわかる。ここの定食は900円スタートで、少々僕の感覚からしても高め。
でも、最近はいろいろ物価は上がってるし、これくらいは普通だろう。
僕も同じく、適当な定食を注文し、無言で到来を待つ。
幸いにして、あまり待たずに料理が運ばれてきた。
彼女は、心持ちうれしそうにみえる。ただ、僕が視線を向けると、キッと見返してきた。
やっぱり関係改善の道のりは、遠そうだ。
食事のためにマスクをはずすと、眉目秀麗と言っていい彼女だが。
やっぱり、肌つやはあまりよくない印象だ。
(これは、血を飲んで最高コンディションの叔母の印象が強いせいかもしれない。)
食べるときにかなりの頻度で、僕に目線をくれる。おそらく、警戒されているのだろう。
僕は努めて、彼女を直視しないように。
自分の食事に、集中するふりをして。
食べ終わってしまってからは、あの半分くらいから上の方が太くなってる、グラスの水を飲んだりしながら。
店内の壁一面に貼られた、この中華料理屋さんのお品書き(日に焼けた、手書きのやつ)や。
レジ横の壁に貼ってある、水着姿のきれいなお姉さんが微笑みかけてくる、時代錯誤な昔のビールのポスターに視線を散らしていた。
──────
かなり時間をかけて食事をとっている彼女を、目の端でチラ見しながら。
(彼女は猫舌なのか、すこしずつすこしずつ食べていた。)
ぽつぽつと、あたりさわりのない話を振ってみる。
話は盛り上がらなかったけど、まともな返答が返ってくる。すこしは関係改善ができただろうか。
勇をふるって、初回以降の予約を打診してみた。
「あたし、3月は日程が空けられます。」
娘は、何やら書き込んだ手帳を見ながら。
できるだけ早く、しかも複数回の予定を入れたい、と要求してくる。
あたりまえだが、娘は僕とプレイしたいから急かしてるわけではない。
要は、稼げるときに稼いでおきたい、ということなのだろう。
最初の会談のときには、1か月に複数回入れたときに、単純に回数分×単価のお金を支払うかどうか決めていなかったが。
もし単純に、そんな単価計算の出来高制にしてしまうと。
たとえば長期休暇に1か月居座られたら、300万円飛ぶ、ということになってしまう。
それは避けたいと今回の会合で話すと、その点はもっともだと、彼女も同意した。
だからこの点、今回、僕と彼女は協議してレートを決めている。
1か月に複数入れてもいいが、回を追うごとに20万円→10万円→7万円→5万円とリターンが減ることにして、上限は月4回(連続でもいいが、要は8日)までにしよう、と。
それ以上入れても、たとえば1か月連続でいても、上限額は変わらない(それでもかなり、高額だけど)。
ただしこれは、暫定的なもの。
しばらく運用してみて再度変更するかもしれない、ということになっている。
それでも彼女としては、自分の他の予定に差し支えない範囲で、極力入れていく所存らしい。
結局、僕は彼女の要請に応じる形で、3月には4回分、上限いっぱいの予定を入れた。
彼女が先に入れてしまったバイトもあって飛び石になるが、4日→2日→2日という形で、1回目と2回目、3回目と4回目をまとめて入れている。
そしてこの初回が、早いようだが、つぎの木曜から日曜まで。
契約に従って、僕も彼女も健康診断も受ける必要があるが。
(東京と場手間良市の両方で、診療先の医療機関のリストを決めてある。)
健康診断については、一部を抗原検査とすれば最初の予約にギリ間に合う。
まあ、僕と彼女については、お互いに童貞処女で、そのレベルで十分かなと思うし。
だいたい僕については、あまり必要がない(これまでの経験上、僕は負傷の治癒と並んで疾病の罹患もしにくい。罹る病気があるのか、かなり疑わしいレベルで)。
ちなみに彼女は、明日(月曜)午前、大学に用事をすませたら、すぐ診察してもらうと言っている(診察料は、前渡しして事後清算することにした)。
言葉のはしばしからは、僕の昨夜の説得が効いたのか、どうやら大学は続けるつもりのようだ。僕は少し、胸をなでおろした。
多分大学には、授業料支払の延期とかの話を聞きに行くのだろう。まさか退学の手続きじゃないよな。
それに僕としても、準備期間がほしい。
心の準備もしたいし。そしてその、やっぱり、彼女に試したいグッズの調達とか。
それに父親から譲り受けて今は管理会社任せにしてる別荘。あれ、現況確認して掃除しておく必要があるな。
食事の後、娘に交通費と検診費用を前渡しして。
木曜日の待ち合わせについて確認して、僕たちは別れたのだった。
──────
──────
(第三者視点)
「相変わらず早いのね、ミハイル。元気そうで、何より。」
「やあ、カーミラ。ひさしぶり。
──人を待たせるのは、俺のポリシーに反するんでね。」
待ち合わせに指定されたのは、高速道路の何の変哲もない
先に来てベンチに座っていた彼は、とつぜん後ろから呼びかけられて、かろうじて動揺を押し隠した。
多少気を、抜いていたとはいえ。
武道のたしなみがあり、傭兵の経験もある彼の注意を潜り抜けて、あっさり接近されてしまった。
女は、にんまりと笑いながら回り込んできて、彼の横に腰を下ろす。
この女は仲間だ、何度も組んだ仲間。敵じゃない。
しかもすこぶる凄腕で、頼りになる。
そう、彼女に会うたびに最初だけは反射的に警戒態勢をとってしまう自分に言い聞かせる。
頭の中の、脅威度が高いものに反応して自動的に鳴り出すアラームのスイッチをオフにする。
この女と仕事をするのは、初めてのことではない
外見は、20そこそこの若い女。彼の目には、少女に見えることもある。
(しかし彼女の外見は、彼が初めて彼女と仕事で組んだ7、8年ほど前からほとんど変わっていない。)
今着ている、武骨なミリタリージャケットでも隠せないしなやかな肢体。
やや背は高め。今はサングラスにマスクの装いで顔を隠しているが、鼻筋の通った顔つき。
実際に素顔を目にした彼は、その冷たくも秀麗な容貌を知っている。
「後でまた話すことだけど、どう思う?
──正直、絶望的よね。」
「ああ。ただ、それは調べてみなければわからない。」
「今回は、なかなかタフになりそうよ。
ミイラとりがミイラになる、ってことわざ、あったわよね。
いざとなったら私、貴方を置いて逃げるつもり。貴方もそうして?」
彼女の忠告に、思わず苦笑してしまう。
ちょっと変わった冗談のセンス、抜けるように白い肌。
彼女は日本語を含めた数か国語に堪能で、なかなか出身国を判断しづらい。
ただほかのいくつかの要素から、彼は彼女を(自分と同じように)日本育ちではあるが。
外国人か、外国人の血が混じった近親がいるのだろう、と考えていた。
あと2人、来るはずだ。だが、まだ姿が見えない。
軽く煙草を求めてポケットに手をさまよわせ、我に返って手を止める。
酒と煙草が好きな彼だが、仕事中はどちらも、一切口にしない。
また、とあるきっかけでどちらも節度を保って摂取している。
豪放磊落そうな見かけによらず、意外にも彼は繊細である。
仕事で役目に徹しきっているときはいいが、仕事が終わると。
とくに、たとえば仲間に死人が出るなどの結果になると。
仕事の終わった夜に、彼は、精神的にひどく落ち込んでしまう。
最後の審判や地獄のことを思って、朝まで震えながら眠れないことも。
口ではいざとなれば置いていく、などと言ってはいるが。
この隣に座っている女が意外に面倒見がいいのを、彼は知っている。
彼女に危ないところを救われたことも、数回あるし。
一度、人がかなり死んだ作戦が終わって、落ち込んだ状態のときに。
やはり作戦に参加していた彼女が彼を口実をつけてバーに誘い。
彼の感情の落ち込みがある程度回復するまで付き添ってくれたこともある。
それもあって、彼はこの女には恩義を感じていた。
「もう2人、参加よね。」
「ああ、二人とも初めての参加だが、ものになるのやら。」
「誰だって、初めてがあるでしょう?」
「カーミラ、君は例外だったと聞いている。
それにこれが普通の事件なら、若造が多少のヘマをしても、俺と君がいればカバーできる。
ただ、この事件は、──どうかな。」
傭兵やボディガードなど、少々荒っぽい稼業を経験してきた男としてはめずらしく。
彼には内省的なところがあり、文学を好んでいたため。
シェリダン・レ・ファニュのゴシックホラーの名作にちなみ、彼はこの謎の女を
彼女の名を、彼は「ミサト」という下の名前でしか知らない。
彼女は彼の名を知っているようだが、おそらく仲介人から彼の名前を知らされたことはない。彼自身が彼女に伝えたのだ。
彼が日頃はそうであるように、彼女も表の顔を持っているのだろう。
仕事の中には、名前を隠しておきたい汚れ仕事、危険な仕事もある。
そういった、危険な仕事。彼と彼女がともに参加した事件の一つで。
彼と彼女以外の参加者が、全滅した事件もあった。
(ちなみにその事件で、彼はかなりの深手を負い、彼女の活躍でかろうじて生還できた。)
「ミハイル、来たみたいね。」
「ああ。」
やや大柄な男と、中くらいの体格の男の、2人連れ。
「こんにちは。あなた方も、『
彼女は、機先を制して若者たちに声を掛ける。
どちらも、髪は短くさっぱりと刈りあげられている。
今回の彼らは、試行的に政府が送り込んだ者たちだと聞いた。
それぞれの所属組織では、それなりに優れた者を選抜したはずだが。
「はい、よろしくお願いします。
二人は合言葉をさりげなく入れて挨拶する。連れ立ってはいるが、別組織から派遣されてきた者たちだと聞いている。名前は、当然今回かぎりの偽名だろう。
大柄な男は、20代後半というところか。消防士のように厚みのある、鍛えられた体格をしている。
もう一人も、同年配だろうか。体格はそれほど大きくないが、肩や腕の筋肉は引き締まっている。
さわやかで元気のよい挨拶に反して、その目に彼女へのいくばくかの侮りが浮いたのに、ミハイルは気づいた。
彼と同じくらい敏感な彼女も、当然気がついたことだろう。思わず、視線を飛ばすが、彼女は平然としている。
虫に侮られても、腹など立たないということか。
「俺は、“
彼の本名は「ミハイル」。子供の頃から、「
その名前にちなんで、作戦時には「ミカエル」「マイク」と名乗っている。
すこし親交らしいものを持った彼女には、本名を告げている。二人きりのときは、彼女は彼をその名で呼んでくれるが、作戦時には「マイク」で通してくれる。
「よろしくお願いします。私のことは、「
あるいは、マイクが私を呼ぶみたいに、『カーミラ』でもいいです。」
彼女も、彼らに名乗る。
彼女が作戦の開始日の旧暦名をコードネームにしていることを、ミハイルは知っていた。
たとえば来月、別の作戦があった場合には、彼女は「
「山の近くで、一度登山前の打ち合わせをしよう。
それでは、出口近くで待ち合わせて、行こうか。」
「押忍」「はい、俺たちは白のジ○ニーで来てます。」「私は、ノーマルのヤマ○のセ○ー。」「俺は、B○Wのオフロードバイクだ。」
経験の長いマイクが今回の指揮官役となることを、彼らも聞いていたようだ。
「それでは。」
晴れでよかった、と
カーミラは、お先に、と軽く告げて、駐車場に戻っていく。
そのときアケチがマイクに近寄り、何かそっとささやきかけてきた。
「よろしくっす。ところで、あれ、マイクさんのコレですか?」
離れていく女の後ろ姿を見ながら、小指を示して見せる。恋人か、と問われているようだ。
「いや、違う。」
「じゃあ、いいっすね。もらっても。」
「おい、やめなよアケチ」と、自分たちの車に戻りかけていた相棒のウキタが聞きつけて割り込んでくるが、アケチは煩げに彼を振り払い、彼の返答を待っている。
蛇のような、動かない視線。それに、彼は答えを返す。
「あの
ただ、あの娘の見た目と中身は、相当違う。気を付けた方がいい。
あと、作戦中には絶対にやめてくれ。声を掛けたいのなら、終わった後で、な?」
「了解っす。そうさせてもらいます。それでは、また。」
「マイクさん、すみません。──おい、アケチ、──」
ウキタは彼を追いかけ、追いついて彼に軽く小声で諭しながら去っていく。ただ、アケチは全く意に介していないようだ。
あのアケチは彼女に、関心を抱いているようだ。もちろん、性的なパートナーの意味で。
大柄なウキタの方は、より慎重。彼女に対しても、恐れの視線を向けていたように思える。
もしかすると、何らかの事前情報を得ているのかもしれない。そういうのが得意な組織から、彼は派遣されてきた、と彼は思い出す。
愛用のBM○1250に歩み寄り、エンジンをかけながら。
彼は、今回、調査を引き受けたこの事件自体の困難さに加えて。
どうも彼女のことを小娘と侮っている(そして性的な関心を抱いている)アケチのこともあって。
この今回の作戦の行く末に、どこか不吉な暗雲を感じ始めていた。