(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
叔母が提案してきたのは、要は血液の提供者兼、僕の性衝動を癒す相手を見つけることだ。
そう、インターネットで。
叔母が、言うには。
世間には、予想以上に追い詰められた人がいる。
たとえば、自分の貞操を対価に宿を求めるような家出娘とか。
そういう人たちに取引を持ち掛ければ、わずかな血液や性的交際の機会を提供してくれるのではないか、と。
うーん、それは。
「そんなにうまくいくわけ、ないじゃないか。」
「そうね。そう思うのも、分かるわ。」
叔母は理解ありげにうなずいているが、理解してない。
僕の一族は、体質のせいで人よりズルにスペックが高いところもあるが、基本は普通の人と同じだ。
つまり、僕たちの性格も普通の人と同様、多様であって。
その中でも僕は、とても人見知りというのだろうか。人が苦手な体質で。
この叔母みたいに、幼いころから従姉弟同士のように育ってきた人相手なら、まだしも。
全く見知らぬ人と話したり、血を求めたりという濃密な関係になれるはずがない。
「それは、ビジネスの問題じゃない。
あなたは、お金を払う。相手はその見返りに、血と体を与える。」
「いや、その、──」
「私、近いうちに外国に出る可能性があるのね?
少なくともその間だけは、兄さんたちに頼るか、自分で開発するかしなきゃだめじゃない。」
「──そうだね。」
そうなんだ。僕は父が苦手だ。
父はどちらかというと、一族の悪いところが出た、典型的な人物。
普通の人より優れているのだ、という妙な優越感を抱いていて、そのとおり優秀で。
昔の男尊女卑的な価値観そのままに、周囲に対し暴君として振る舞うのだ。
一族の特徴である少し優れた頭脳と体力を用い、大金持ちとなった父は。
その財力で、好き放題している。僕からみたら、悪行に他ならないことも含めて。
そのありさまが、父には全く似ていない僕にはとても厭わしく見えるのだ。
ただ、父は僕には気まぐれな好意を向けてくれて、この自由自堕落な状態も許容してくれている。
だからやめてほしいとは思いながら、憎むほどには嫌いになれないのだ。
それはともかく。
「試すだけ、試してみなさいよ。」
叔母に強く勧められるまま、僕はめったやたら重いけれども秘匿性の強いブラウザアプリをインストールし。
「ダークウェブ」に分類されるのだろう、芳しからぬ評判の匿名掲示板に足りない頭で考えた募集情報を書き込んだのだった。
──────
叔母に世話を焼かれ、食事をとり、伸びすぎた髪を切られ、東京に帰る叔母を駅まで見送り、数時間後。
気が進まず、叔母に強く押されて登録したのだけれども、反応は気になる。
どきどきしながら捨てメアドの新規受信をチェック。掲示板もチェックしてみたが、特に僕のポスティングが関心を集めた形跡もない。まあ、おかしな薬の売買情報とかが満ちあふれるこの掲示板の中では埋没してるのかな?
他の一発系の援助交際系の投稿と比べると、金銭的な条件自体はいいはずなんだが。ポスト先の板の種類の選択を誤ったかもしれない。
僕はその後も仕事の合間に、そして家でだらけてる時間の節々に、自分の投稿を眺めてため息をついた。
──────
2日後。
反応自体は、いくつかあった。メールも掲示板も。
メールに来たのは、単なる宣伝メール。出会い系とか欲求不満解消を云々とか。
掲示板には、ここにこれかよ、空気読めてねーなー(笑)みたいな冷やかしや、何この条件騙すならもっと上手くやれ馬鹿じゃないの、みたいな罵詈讒謗コメントが2、3件。
あと、これだけは避けるべきだと僕にすらすぐわかる、明らかな電波系キチ投稿。
やっぱり、だめかなあ。僕はこんなことすら、まともにできないんだ。
(あ、こんな僕でも恐ろしいことに一応仕事はしてるよ。あまり適性ある感じじゃないけどさ。)
──────
4日後。
かろうじて冷やかしでも爆弾でもなさそうな反応があった。半分あきらめかけてたころだった。
「標題:その他募集スレの453について
本文:詳しい話を教えてください。できるだけ早くを希望します。」
そういう一言メールが、僕の捨てメアドに入ってきていた。
それも、僕のいろいろ胡乱な投稿に、まともな反応(?わからないけどね)があって、しみじみとうれしい。
「あれ、いいんじゃない。文面もまともだし。
返信してみなさいよ。あるいは、会うか。」
電話は足がつくから、掛けるのなら公衆電話で。
そう、相談でかけた電話の向こうから叔母がせっつく。
彼女に強く勧められ。うまうまと乗せられた僕は、連絡してみることになってしまった。
──────
僕の仕事は半分自由業に近い。生前分与の財産もあり、お金もあるし、仕事もそこまできつい仕事じゃない。時間もある程度取れる。
メールで相手の空き時間を聞き出し、実際に会うことにする。
電話なんて無理。顔を合わせなくていいメリットはあるが、僕にとってはコミュニケーション手段が限定的な電話の方が怖い。相手の反応が全然読めないからね。
彼女の住む東京と僕の住む地方都市は、それなりに距離がある。
金銭的な負担のことも考えると、もちろん彼女の住む東京で顔合わせすることになる。
叔母も東京に住んでいる。頼るのは恥ずかしいけど、僕の方からアドバイスを叔母に求めると、叔母はすごく喜んでいた。
まあそうだよな。僕って彼女にとったら引きこもりの弟みたいなものだからな。社会復帰させたいよね。
──────
まともな返信をもらったその週の、金曜日。
泊まるつもりで東京に来た。新幹線を降り、電車に乗り継いで先にホテルにチェックイン。
叔母は私の家に泊まっていけばいいじゃない、って言ってたけど、やっぱりけじめというものがある(?)。
貧乏性なので、宿泊先は神保町のひなびたビジネスホテル。お値段もリーズナブル。
ホテルを出る。金曜日の夕方。さすがに大都会だけあって人通りは多い。
都合があって、夕方以降にしか来れないと聞いていた。約束は、6時半。
しばらく古書店街をうろついて時間をつぶす。
会談場所は、カラオケボックスを予約しておいた。ちょっと割高だけど、防音がきいてて話ができるグレード。ビジネス用途でも使える、と叔母から勧められて決めた。
喫茶店とかでいいんじゃないか、とも思ったんだけど、やはり話が聞こえてはまずいと叔母は言う。まあそうかもしれない。本当は契約とかの話だから、貸し会議室とかがいいのかな?
僕は待ち合わせの街角の街灯の柱にもたれかかりながら、スマートフォンで自分がインターネットに投稿した募集情報を見直す。
いま見ると、いろいろひどい。頬に血が上るのを感じる。
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・契約女性パートナー(固定、定期)急募
・月1回2日間(応相談)
・ホ交別20上、他準備応相談
・成年、婚産歴不問、プライバシー厳守
・完ゴム、ハード、死傷補償(当方指定医療機関受診、治療後)
・毎回、少量の血液提供求む
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普通なら円光カテゴリあたりに投稿する内容なのかな。でもなんか違う気がして、「その他」のカテゴリに突っ込んでしまった。投稿後に気づいたけど、隠語だらけで臓器売買とかヤバめのポスティングが多いところ。そこになんか一つだけ、僕のスケベ心あふれるわかりやすい投稿が浮いてる。超恥ずかしい。
しかもね、今みると突っ込みどころも多数。条件も緩すぎないか、悩んだんだけれども。
借金大王や被介護手前のおばあさんか元被虐待児のメンヘラちゃん、すごい体重のふくよかさん、あるいはそのすべてを兼ね備えた人が来ても、この際かまわないと思ったんだ。よほどひどいマジキチ以外なら、誰でもいいから来てほしかった。──投稿時は、ね。
待ってる今は?
あまり相手に期待はしてないけど、すごい臭い人とかだったらどうしようってすこし後悔し始めてる。
ともかく、相手に多くを求めるつもりはない。
僕としては、僕が自分で血を得られてこの性衝動を処理できるようになり、叔母のしがらみにならないようにしたい。叔母が、ちゃんと自分の人生を生きられるようにしてほしいんだ。
叔母は叔母で、どこか僕に依存してるから。
叔母は、僕の父のかなり歳のはなれた異母妹にあたるが。
一族としては、非常に穏やかな性格な僕の祖父母に引き取られ、僕の父の妹というより、僕の姉みたいなポジションで育った。
この叔母も、一族としてはわりと温厚で社会に溶け込める性格だ。
それに対し僕の父は、社会的な成功者ではあるが、かなり暴力的で残酷なところがある。
僕の目からみたら、サイコパスの犯罪者だ。
やはり穏やかな性格の母がこの父と結婚したのは、年齢の近い遠縁の一族同士だったからだと思う(子供が少ない上、近親婚を避ける目的で早めから許婚だったらしい)。
ただ、性格がやはり合わなかったからか。僕を産んでしばらくしてから破綻したようだ。
そして母は血液を摂取することを止め、結局は60歳を少し過ぎたころに病気で死んだ。
母が死亡してからは、父がいったん僕を引き取ったが。
すでに大学生になっていた叔母が、中学生になっていた僕を父から引き離して養育した。
叔母からみると、父から僕への暴力などは全くなかったものの、未成年者には悪影響ありげな環境で見ていられなかったらしい。
父は僕に対しては寛大だし、親としての好意もあると僕は感じていたが、ただ彼の好意の示し方は普通の人の感覚的には少々変なので、正直困っていた。
ただ、叔母の僕への接し方には、疑似姉弟というにとどまらず。
どこか独身の女の人がペットを猫可愛がるのにも似た、行き場のない愛情のはけ口という色彩もあって。
僕には、その叔母の僕への愛情も、やっぱり少々不健全に思えていた。
叔母(美里さん)が海外に行く、というのは僕にとっても独り立ちのチャンスでもある。
叔母が僕に依存している以上に、僕も叔母に依存しているし。
なにより、僕はこの美しい叔母に惹かれている。それも、性的に。
叔母は僕にがみがみ言うけれど、本質的には甘いから。
どうしてもお願いって土下座して頼んだら、その体を許してくれるんじゃないか。
そんなことを、思ったりすることもある。
(いや、僕も童貞生活でリビドーたまってて。いろいろ妄想するじゃん、オカズのネタとして。)
──でも、人間として超えちゃいけない一線ってあるよね。
いわば今回のこれは、僕の叔母離れ、叔母の僕離れを図るための一手。
叔母も、もしかするとそこまで考えて、外国への留学を決め、僕に独り立ちの機会を試すよう仕向けたのかもしれない。