※この作品はR-18です。

(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。   作:Marchhatter

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(前回のあらすじ)
 語り手とクソ真面目な娘は、契約の案文を確定させ、昼食をともにし、3月中の予約を固める。
 そのおおむね同時刻、ある高速道路のSAで、おそらくは語り手の叔母であろうカーミラと呼ばれる女と、ミハイル、アケチ、ウキタの4人が、依頼された特別な調査のため顔合わせをしていた。


20 新幹線

(目白梓視点)

 

 手提げと肩掛けとリュックの3通りに使える、ダサいけど機能的な丈夫なナイロンバッグ。

 父の遺品であるそれに、荷物を詰め込み。

 私は、新幹線のホームに立った。

 

 今から、ろくでなしのサディスト男に会いに行く。

 孤立して人の目のない別荘で、変態野郎に好きに体を嬲らせる。そういう契約だ。

 今回は、4日間。実質的には3泊4日。

 我ながら、自分のことでなければ頭おかしいと思っただろう。

 

 これが、旅行だったらな。タマちゃんとかとの。

 行先の場手間良市には、一度しか行ったことはないが。

 風光明媚な観光地も近辺にあって、自然も豊か。見どころも多い。

 そんなことを思うと。

 行き交う休日のアウトドア風の装いの人々の、楽しげな会話が。

 なんだかすごくうらやましく、ねたましく思えてしまう。

 我ながら、心が狭い。

 

 ただ。彼との契約は、私にはメリットが多い。

 手術前までみたいなペースで肉体労働のバイトは、今は無理なので。

(昨日一昨日のアルバイト、さほどハードでもなかったのに、上り前にはふらふらだった。

 手術前みたいに、夜と早朝のシフトを入れてなくてよかった。)

 体力が回復するまで(回復しなかったらどうしよう)、拘束時間が短くて単価が高い、この彼の玩具にされる契約で基礎収入を確保しようと考えている。

 

 だが話がうますぎる、というのは今でも思っている。

 高い報酬に欲を出してつり出された娼婦が、殺人鬼に拷問され、バラバラ死体にされるホラー映画を思い出して。

 今でも、本当にこれは罠ではないのか?と、逡巡してしまうものがある。

 

 ただ、あのクソ男には、少なくとも財力はあるのだろう。

 ぽん、とあのときは、一時的とはいえ準備金5千万円を出してくれた。

 正直、あれは都合よすぎて、今でも上手く信じられない。

 単に打ち合わせで会っただけでも、拘束時間に補償を払ってくれたりする。

 あきらかに、金銭感覚がおかしい。大富豪の馬鹿息子みたいな育ちなのだろうか。

 

 まあ、すこしでもお金を稼いで、南を救う原資を貯めないといけない私には。

 そのこと自体は、悪い話ではないのだけれど。

 折をみて、それとなく忠告してあげようか。

 別に、私が親切だからそうしたいわけじゃない。

 ただ、あいつが別の変なやつに目を付けられて騙されてお金を吸い上げられて、私への支払が滞ったりしないようにってだけだ。

 つまり、私が吸い上げる取り分をちゃんと確保するためだ。

 絶対に、あいつのためを思ってのことなんじゃない。

 

 そんなことを考えながら、少し温(ぬる)みはじめた風に吹かれていると。

 ごう、と音がして、目的の新幹線が、入線してきた。

 降りていく乗客たち。素早く入り、清掃を始める清掃員たち。

 それを横目にみながら、私はまた考えにふけりはじめる。

 

 ──あと、最低のサド男では、あるけれど。

 見た目とは違って度胸があることは、認めざるを得ないな。

 見た目は、いかにも優しげというか、気弱そうな線の細い若造なのに。

 あのナカダさんに一歩も引かず渡り合っていたし、その後の脅しにも、全く動じていなかった。

 いや待てよ。あの男の頭がおかしいだけかもしれない。

 あんな目にあって平然としているのは、別の意味でヤバい人間なのではないか。

 

 清掃後、ドアが開き、私は前もって予約しておいたシートに入り、リクライニングして身を沈める。

 隣には、幸いにも誰も来なかった。

 乗客たちがあわただしく荷物を置いたり、上着を脱いだりしている。

 前の席の乗客からのリクライニングの断りに「どうぞ」と答え、窓から外を眺める。

 

 ──それにしても。

 あの男がゴミカス変態なのは、それはもう確かなのだが。

 これまでのところ彼は約束を守ってくれている。

 罠にかけるためか?と半信半疑ではあったのだが。

 先日、おそろしく手間をかけて、私と契約条件について取り決めたとき。

 協議中の彼は、とても真摯で親身であり。

 本当は利害が対立する私の利益のことも、考えてくれていた風だった。

 

 それに。

 だいたい、罠にかけるつもりだとしても。

 守るつもりなどないなら、契約の準備にあれほど時間はかけないだろう。

 そんな面倒なことをせずとも、もっとストレートに彼は私を自分のものにできただろうに。

 おそらくは、彼は一言一句、あの契約を守るつもりでいるのだろう。

 その点は、私は彼を信用してみようと決めた。

 私を助けてはくれない、まともな人より。

 私にメリットをもたらす、正直なクズ男を選んだのだ。

 

 ──ただ、彼が有言実行の約束を守るクソ変態だということは。

 それは、私に対して行うつもりだと、彼が言ったこと。

 つまり単に性交するだけでなく、いろいろと私に苦痛と恥辱を与えると言ったことも、確実に実行するのだろう。

 たしかに私の心までは売らなくていい、と彼とは取り決めて。

 しかもセーフワードで逃げられる、とはしているものの。

 2つの理由から、私はセーフワードで安易に逃げることはできない。

 

 ──まず、第一に。

 彼と約束したのは、私をいたぶらせて彼が満足する限りは、契約を解除しないということ。

 逆にいえば、私がセーフワードをたびたび発して、それで彼が満足できないという事態になれば。

 彼は私との契約を切るだろうし、もちろん苛酷な取り立ても始まるだろう。

 だから私は、少なくとも南がちゃんと解放されるのを見届けるまでは。

 どんな苦痛と恥辱にまみれても、彼の玩具になっていなければならない。

 

 ──そして、第二に。

 私がセーフワードを言わされるということ。

 それは、この私があのクソ野郎の責め苦に負けたことを認めるということではないだろうか。

 だって要するにそれは「お許しください」と彼に許しを乞い、膝を屈することにほかならない。

 そんなこと、許すもんか。

 今にみてろ。セーフワードを言わないか、なんてプレイ中に私に言おうものなら。

 唾を吐きかけて、私に降参(セーフワード)を言わせられないことを、嘲ってやるんだ。

 

 そんなことを考えていると、なんかお腹が怒りでぽかぽかと温かく、いや熱くなり。

 気力と闘志が、また湧いてきた。

 あ、この気力が昨日のアルバイトのときにあったらな。

 こんどから、疲れたらあいつのことを考えてみよう。気力がわいてくるかもしれない。

 

 ──あいつのことを考えると、頭がかっかとしてくるけど。

 でもこの取引は、やはり私に有利だと思う。

 正直、非常に抵抗感のある条件があるとはいえ。

 私の体が、彼があれだけお金を投じるほどの価値があるとまでは、私には到底思えない。

 その手のあやしい掲示板に書きこまれる相場を見ていると、そう思ってしまう。

 

 もともと自分の体には、自信と劣等感が半々だ。

 水泳の授業のときとか、中高の女友達からはすごーい、って受けがよかったりしたし。

 手術前は、お風呂上がりに鏡に映して、我ながらきれいだと思うこともあった。

 でもこの体を男に見せたことなんかないし、異性受けには自信がない。

 小学校高学年あたりの頃から、一部の男子どもから「大女」とか言われ、頭に来ていつも喧嘩してたし。

 その後、陸上もやってたから脚も太めだろうし、お腹には腹筋も浮いてる。

 そう、すごく小さく白くやわらかい体の、妹の南みたいに。

 男の子に人気のある、ほわほわほっぺたの可憐な女の子、って感じじゃない。

 

 そして、手術後の今はというと。

 前回の打ち合わせの後、部屋に戻り。

 前の家から持ってきた、卓上鏡に映してみたけど。

 大きな赤い傷痕が、Yの字を逆さにしたように残っている。Yの枝の部分は、左右で非対称。

 そして、それに隣接して、別の臓器を摘出した際の手術痕もしっかり残っている。

 いずれも、はっきり目立つ。治っても残るだろう(もっと言えば、まだ治りきっていない。じくじく痛む)。

 彼は口では、傷などあまり気にしない、と言ってくれたが。

 さすがに気が引けて、今回は着衣プレイにさせてほしい、と彼に伝えようと思っている。

 私の都合を何かと優先してくれる、彼の奇妙な寛大さに期待しているが。

 さすがに、図々しすぎるだろうか。

 

 そして、最大の懸念。

 この体は彼の責めに、耐えられるだろうか。

 

 気力は、今回の借金返済が無事に終わったあの日以来、すこし持ち直してきた。

 あのころみたいな、臓器を全部バラ売りして死のう、だなんて自暴自棄な気分にはなっていない。

 南をあいつらの手から救いだすのは、もちろん最大の優先課題だけど。

 私も生き残ろう、とそう思ってる。

 私が死んでしまったら、お金が本当に南の救出に使われるか、わからないし。

 そんなことで南を救出したとして、後から事情がわかったら南はいつまでも罪悪感を抱くだろう。

 

 他方で手術以来、体調はずっと低迷してる。

 歩けるようにはなったが、少し歩いただけで疲れて、立ち眩みしたり、どばっと汗をかいたりする。

 それ以外にも、どこか吹けば飛ぶような心もとなさを感じることがある。

 大事な柱を、抜いてしまった家のような感じといえば近いのかもしれない。

 それを、気力でなんとか持たせている状態。その気力すら、疲れ切ったら使い果たされて折れてしまう。

 

 最初は軽く、とか彼は言っていたが。

 サディストにとっては日常茶飯事の軽いプレイのつもりでも。

 この状態の私に耐えられるくらいに収まるものなのか、わからない。

 

 新幹線が、走り出す。体が軽くシートに、押し付けられる。

 私は持ってきた、大学のテキストを鞄から取り出す。

 私は結局、分納と授業料免除、奨学金のすべてを申請した。

 特に授業料免除と奨学金は、一定の成績維持の必要がある。

 前学期はなんとかそこまで悪くない成績を取ったが、今学期はもっと良い成績を上げる必要がある。

 つまりちゃんと授業に出る必要が、あるということ。

 

 そうすると、入れられるアルバイトはどうしても減ってしまう。

 今は体調不良で多くをキャンセルして減らしてたけど、借金返済には彼との契約だけじゃ不足する。

 最大、月に42万円。移動を新幹線でなく高速バスにすれば、差額を貯められるかな。

 金銭的には好条件だけど、やはり彼との契約だけではとうてい無理だ。桁が一つ足りない。

 何か高額なオプションを考えて、つけてもらえるだろうか。

 初夜権の話があったな、3回目が終わったら再度交渉しよう。

 それ以外に、高いバイトを入れていかないといけないが。

 コマゴメが示唆するように、夜の仕事も入れることになるだろうか。感染のおそれも強くなるな。

 潜伏期間を考えると、コマゴメの契約を減らすか、期間をまとめないといけないのか?

 だいたい、絶対額が足りないのをどうにかしなければ。肝臓は、たしか再生するって聞いた。しかしな、2回も3回も移植できるだろうか?

 

 考えていると、思わず顔をしかめてしまうのを感じる。

 当面の危機は乗り越えたが、前途多難だ。

 集中できなくなったテキストから、車窓を流れ過ぎる景色に目を移し。

 私は覚えず、ため息をついた。

 

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