(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
新幹線のホームから乗り込むまでの目白さんの思索。
(第三者視点)
かつては小さい集落か田畑があったのだろう、疎林のはずれ。
彼らはそこに自動車とバイクを止め、簡単なベースキャンプを設営した。
そして男2人の泊まるテントで、最初のトライアルの前に情報の共有と確認を行う。
その1。この地には江戸時代に小さい鉱山があったが、明治時代に地すべりで閉山し、近くの村も全滅した。この地域に、定住している住人はいない。
その2。2週間前、男3人に女2人の若者たちが肝試しに、この地を訪れた。
その3。これらの若者は、現在は所在不明、生死不明。山岳警備隊の捜索は尽くされたが、乗用車と遺留品が一部見つかっただけにとどまる。乗用車は、現在、彼らが拠点を置いた地点の近くに乗り捨てられていた。
その4。推定入山時刻から相当の時間が経過した今、捜索は中止され、再開の見込みはない。
その5。とある筋から政府に対し、特殊事情があるとして廃坑道を中心としての再調査名目での再捜査が依頼された。
その6。この調査には政府は全くの無関係という建前であり、仮に事故があっても、──
等々。
「本官に交付された資料には、廃坑道は明治の地盤崩落で完全に埋まったと書かれていましたが?」
「こちらの資料も、同じだ。
ただ、自然な浸食などで、再び坑道への口が開くこともある。
それに廃坑となった経緯には、不明なところも多い。
完全に埋まったという情報自体が、誤りの可能性も高い。」
ミハイルは、自分も疑問に思っていた点について、見解を皆と共有する。
「今回の『仕事』では、遭難者の発見は必須ではなく、危険性の確認が主目標。──そうですよね?
少しでも異常と思われることを見聞きしたら、無理せず撤退すべきです。」
「カーミラ、その通り。死体を持ち帰るのは、我々の主任務ではない。
──ただ、この地の異常の有無の確認は、義務だ。
そして生死を問わず不明者の情報を持ち帰れば、褒賞が見込める。」
カーミラが、不承不承頷く。
彼女はこの地に着いてから、ずっと神経を張っているように思える。
一度、彼が確認を取ると「何かに見られている気がする」と言っていた。
ただ、誰が見ているのか探知できていない、気のせいかもしれない、とも。
それを漏れ聞いたアケチが、軽く彼女を馬鹿にした言動をとっているのだ。
それに先立って、彼女に粉を掛けてみたがそっけなくあしらわれたのが、不満なのだろう。
もちろん彼は、今のカーミラの発言にも、腰抜けめ、といわんばかりに鼻を鳴らした。
カーミラは、特に気にはしていない。というより、周囲の警戒に注意をとられているようだ。
それもまた、アケチとしては自分が軽視されているようで気に入らない模様だ。
このチーム内の緊張関係も、ミハイルには気になることの一つだった。
幸いにもウキタの方は熱心に耳を傾けてくれているし、アケチをたしなめたりもしてくれる。
「変な伝説の資料があったっすけど、あれは?」
「この村に関する情報がほかになかったのだろう。ただ、万が一の注意は必要だ。」
「ハハッ。バケモンが、ホントにいるんすかぁー?」
「熊のような害獣の可能性は、あるだろうな。」
「それはそうっすね。いざとなれば、銃、使うつもりっす。」
「それでいい。ただ、大型の熊だとすれば拳銃など無意味だ。
それに、間違っても味方を撃たないように気をつけてくれ。」
彼らはそれぞれ、それなりに強力な武器を携行している。そのことは、相互に確認した。
彼自身も、愛用の銃器を所持している。
万が一、民間人相手の事故などがあったときは責任を問われるだろうが、民間の捜索事業者が勝手にしたこと、という扱いにされる。
それに、今回は立ち入り禁止とされている。危険性はあまり高くないだろう。
「それでは、行くぞ。」
4人はそれからいくつかの注意点を確認し、情報を共有して、初回調査にとりかかる。
太陽が沈むまで、まだ軽く見て回る時間くらいはあった。
その日、日没までに、情報のある坑道の入り口を確認した。
坑道の入り口は、完全に土砂で埋められているか、石などで厳重に塞がれている。
岩場の崖下にある入り口も、巨岩で入り口が塞がれていた。わずかに隙間ができてきているようだが、とても人間が通れるようなものではない。
詳細の調査は、翌日朝からということに決めて、一行はベースキャンプに戻る。
はっきりとした異状はなかったが、カーミラはなおも、周りが気になるようだった。
彼らはそれぞれのテントやツェルトで、一晩を過ごす。
もちろん、周囲には警戒用のワイヤートラップを張りめぐらせてある。
夜半に強い風がテントを煽りながら吹きはじめ、小雨が降り出し、雷も鳴って。
それと同じころ、鹿が駆け込んできて盛大にアラームを鳴らしたが。
本格的な雨にはならず、鹿から後はワイヤーを超えようとする者もなく、その晩は何ごともなく終わった。
──────
「おかしいですね。完全に、巨岩で塞がれていたはずです。」
「ああ、おかしい。ウキタ、廃坑の入口を警戒。カーミラ、アケチ、周囲を警戒。」
翌朝。どんよりと曇った空に、太陽の光は薄い。
複数ある坑道の入り口の、一つ。
彼らは再度、地図により一つ一つ、周囲の状況を含めて確認していったが。
すべて塞がれていたはずのその一つが、彼らの目の前で、崖下に大きく、その黒い入り口を開けている。
昨日確認したときは、巨岩で塞がれていたはずの崖下の坑口だ。
巨岩は、数メートルずらされている(転がされたのだろう)。
おそらくは、人為的に。
そして、その入り口のそばの地面の上に。
廃坑の入口に接近して警戒していたウキタが、何かをみつける。
「マイクさん!指です!」
「ああ、──指だな。」
人間が余裕で通ることができる程度に押しのけられた、岩と入り口の間の空間。
その近くに、落ちていた人間の指。
所属元は司法機関であるウキタは、じっと目を近づける。
「大きさと皮膚の
切断面は不正。潰されてる?鳥獣の荒らした痕跡は、なし。
出血があります。まだ、乾ききっていません。もしかすると──」
「分かっていると思うが、今回は捜索が主目的ではない。
通信が可能な場所まで戻り、すぐ連絡する必要がある。
もっとも遭難者の生存を示す事情があっても、再捜索はされない。」
「でも、これはおそらく、死亡前の傷です!しかも新しい。今なら、──」
「いや、戻るべきだ。
場合によっては、再度、
「!」
見殺しにして、証拠隠滅するつもりか、と。
ウキタが信じられないものをみるように、ミハイルを見つめる。
それを無視し、動揺するウキタに代えて、ミハイルはカーミラに廃坑内の確認を手で指示した。
カーミラは了承のサインを送り、するり、とウキタの横を通り抜け、おそれ気もなく暗い坑道に踏み込んでいく。
「──つまり、化け的かなんかがいるってことっすね?この山に。今。」
アケチが、外を警戒しながら、尋ねる。
さすがに顔をこちらに向けたりはしないが、注意が逸れている気がする。
「あるいは、
動揺しているウキタも立ち直ったようだったので、ミハイルは、自分は周囲を警戒し、彼には地面の痕跡を見てもらうことにした。
おそらく採石場をもかねていた岩場の崖下地なので、痕が残りにくい。重い巨岩が引きずられた痕跡はもちろんあるが、その周囲にそれを行った者の足跡などはみあたらない。
「なるほど!楽しみっすね。」
黙り込んで地面をさぐっているウキタと対照的に、アケチは浮き浮きしているようだった。
こちらを振り向いたので、注意して見張りに注力してもらう。
「それにしても。
事前のしつこい守秘義務の確認、そのためだったんすか?」
「ああ、加えて言うが、この作戦中で起きたことは、一切公表されない。
表の世界では、犯罪にあたることでも、告発の義務も権利もない。」
胸糞の悪いものを、見聞きしたとしても。
それ込みでの報酬だ、と付け加える。
「いいっすよ。全然いい。
アケチが再び振り向く。野球選手のような爽やかな顔に、不気味な笑みが一瞬揺らいだ。
ミハイルは、脳内でアラームが鳴り始め、顔には渋面が浮かぶのを感じる。
再度、見張りに集中するよう努めて穏やかに注意すると、アケチはまた見張りに戻ったが。
彼自身も少々、この異常事態に動揺していたようだ。周囲への注意が、疎かになっていた。
反省しながら、周囲に視線を飛ばし。
廃坑の中に潜って行った女斥候の戻りを、待つのだった。