(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
目的地周辺を簡単に捜索する、ミハイルやカーミラ(美里)たち一行。
初日午後に下見したときには廃坑の入口はすべて塞がれていたのに、翌日に調査に訪れると、崖下の入口をふさいでいた岩が除けられていた。
※あらすじ修正しました。
廃坑道の中から、音もなく女が戻ってきた。
短時間であり、深くない入口近くを確認したにとどまるだろう。
「カーミラ、どうだったか?」
「入って80メートル区間を確認しました。穴や亀裂、壊れた器材などがあります。罠は、ありません。。
誰かがごく最近来た形跡があります。おそらく失踪した若者たちでしょう。それとは、
「そうだな。」
「マイクさん、でもこの中に遭難者が、──っ?」
ごくかすかな、ひうっ、タシッ、という音。
立ち上がって異議を唱えようとしていたウキタが、不意に首を押えた。
妙な串のようなものが、そこに生えていた。
ウキタが、首元から離した自分の手をまじまじと見る。
血がたらり、と滴った。
ウキタが声にならない叫びをあげ、焦って首に刺さった串のような細い矢を抜いてしまう。
幸いにも、矢じりはついていなかったようだが、──
「──伏せろ!」
ミハイルはウキタの手の血を見て叫び、瞬時に大石の陰に伏せる。カーミラは、いつのまにか坑道の入口に消えていた。
一瞬遅れてアケチ。しゃがみこむまでは意識があったウキタだが、そのまま力を失いぐにゃりと倒れこむ。
ミハイルは腕を伸ばし、ざりっ、と自分が潜む岩陰にウキタを引き込み、血がぬらぬらと出ている傷を指で押さえた。
ふゅんっ、ふゅんっ、とほとんど無音の細い矢が、岩陰から出たミハイルのヘルメットを掠めた。
すぐに矢は止み、代わって彼らを、多数の投石が間断なく襲う。
びぅん、ガッ、と、飛来する石が彼らの隠れている岩にぶつかり、砕ける。
それも狙いがだんだん正確になってきて、赤子の頭ほどもある石までもが、恐ろしい唸りをあげて飛んでくる。
ミハイルは自分の背嚢を片手に持ち、躱しきれない石を払う。大きな石の殺しきれない衝撃で腕がしびれる。リュックの中で、器材が砕けた感触。
一瞬の途切れに合わせて、暗い坑道からカーミラが腕を振り、何かを山なりに投擲した。
察したミハイルとアケチは、目と耳を押える。
一瞬の後、閃光と轟音。何者かの驚きと苦痛の叫び。
投石の勢いが、緩む。
再度、カーミラが何かを投げる。今度は強く、速く。
すさまじい勢いでうなりをあげて飛んだそれは、離れた茂みに潜む射手に当たったらしく。
ギュフッ、というような悲鳴が遠くで上がる。
ほぼ同時にアケチも、抜き打ちで短銃を連射するが投石は止まず。
回り込まれたのか、避けるのが困難な崖上からも石が投じられ始める。
限界とみたミハイルは、ウキタを引きずるように暗い坑道に飛び込む。匍匐するように低い姿勢を保ち、応射しながらもアケチがすべり込もうとしたとき、光が陰った。
「早く!」
ぶわっ、と空気が動き。
どうっ!と地面が大きくゆらいだ。かろうじて、アケチは間に合った。
急に、薄暗くなる。──おそらく巨石が上の崖から落とされ、坑道入口をふさがれたのだ、とミハイルは悟った。
下敷きになれば、ぺちゃんこになっていただろう。
外で、何か、あるいは誰かの騒ぐ音がかすかに聞こえる。
入口にわずかなすき間があるが、腕を通せるほどですらなく、光はごくわずかしか漏れてこない。
誰からということもなくヘッドランプを付ける。
暗闇からはよく見えてしまうだろうが、こちらも全く見えないよりマシだろう。
暗がりの中で、お互いの焦燥した顔を見合わせる。
「ウキタが撃たれた。──吹き矢だな?」
「──処置しましょう。安全な場所で。」
そのとき、ぱちぱち、と音がしはじめた。
ミハイルは、カーミラを見る。カーミラは見返して、頷いた。
アケチも、気づいたようだ。
「外で火を焚いてるっすね?」
ヘッドランプの光の筋に、岩のすきまから侵入した白い煙が浮く。
誰かが、咳をした。
ただの薪での煙にしては妙な、刺激臭。
「──奥へ退避!カーミラ、先に!」
ミハイルの声に、一定程度中を探っているカーミラが先導し、一行は、坑道の奥に移動する。
坑道の床の地面はフラットだが、ところどころに大きな材木片や錆くれた掘削工具が落ちていたりする。
それなりの装備の彼らではあるが、視界も悪く。
上を向いて木片についている錆び釘などを踏み抜くおそれもあり、速くは進めない。。
幅は2メートルもないが、このあたりは天井がまだ高い方だ。背の高いミハイルも、ウキタを背負って直立できる程度。
移動して、少し広い三叉路に至る。煙は、まだここまでこない。
「この左手の通路は、安全を確認済み。右通路は、数十メートル先まで確認し、ワイヤーを張っています。ここなら、ある程度安全です。」
カーミラはてきぱきと背嚢から携帯用の照明を取り出す。ヘッドランプの心もとない明かりではは見えなかった、あたりの様子がほのかな光の中に浮かび上がる。
坑道は木の柱で壁と天井を支えてある。状態はそこまで悪くなさそうだが、さすがにところどころでは腐朽して折れているものもあるようだ。
蝙蝠などの動物は、今のところ見られない。
「了解。アケチは入口方向の警戒を。俺は、奥の方向を見張る。
カーミラ、ウキタの手当を頼む。」
本来なら、医療機関でちゃんとした手当てすべきだ。
しかし、ウキタの様子をみると、おそらく毒が使われている。
敵はウキタが首に巻いたバンダナの上から、射抜いてきた。周囲の疎林から射ったのだとしたら、距離は少なくとも20メートルくらいはあったはず。
矢は大きな血管を破らなかったようだし、バンダナで勢いを殺されて深くは刺さっていない。
でもミハイルが指で止血したものの、投石への防御や移送の必要があったため中断し、今も出血が続いている。
カーミラは口をウキタの傷口につけ、ためらいもなくあふれる血をぎゅっと吸って、そばに吐き捨てる。
カーミラの口元が血に朱く濡れ、ヘッドライトの照り返しの中の薄暗い中で凄愴な美しさを帯びた。
「──毒です。成分はわかりませんが、随意筋が麻痺しているようですね。
呼吸は続いていますが、影響あり。息が止まりかけています。作用はクラーレ*1に似ている気がします。小一時間
できるだけですが、洗浄して消毒します。」
「頼む。」
カーミラはウキタの呼吸に注意を払いながら、2度ほど血を吸い出し、自分の水筒の水で矢傷を洗浄して消毒し、傷口を圧迫して器用に止血帯を巻く。
一時、呼吸が止まりかけとみて、カーミラは人工呼吸を行った。
血に濡れて鮮やかな唇が、ウキタの口を覆い、力強く息を吹き込む。
坑道の監視を行いながらも、ミハイルは襲撃者たちのことを考えていた。
十分に観察できなかったが、ウキタに刺さっていた矢は。
竹のようにまっすぐな繊維が特徴的な、植物の枝で出来ていた。
矢羽も独特の形状だが、ミハイルには見覚えがあった。あれは、吹き矢だろう。
ウキタが矢を抜いたのに、傷口はあまり破れていない。矢に矢じりはない。毒殺目的だ。
矢の毒物、重量のある石の投擲、巨岩の落下。
相手には、明らかに彼らへの強い敵意があるようだった。