(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
背後からの吹き矢と投石で坑道に追い立てられる、ミハイルとカーミラ(美里)たち。
負傷したウキタを、カーミラは手当てする。
巨岩で入り口をふさがれ、彼らはこの先に活路を見出すことを強いられる。
(目白梓視点)
東京から、約1時間。それだけで、最低気温が摂氏10度近く違ってくるらしい。
昼の最高気温は、そこまで変わらない。夜が冷えるのだ。
それでも、私はコートの襟のボタンを留める。
約束通り、改札近くに彼の姿を見かけた。
ごく普通の真面目な大学生にしか見えない彼が、晴れやかな顔で親しげに手をあげてくる。
この男に対して、私は新幹線の車中ではあれだけ怒りをつのらせていたのに。
なんだかあまりに彼が普通なので、思わず大学のクラスメイトに対するように普通に応えてしまった。
「おはよう、ございます。」
「お疲れさまでした。そして、ようこそ
まるで従姉妹かをなにかを迎えに来たような気安さで、彼は私の荷物を取り上げて代わって持ち、私を先導する。
私はまだ小学生の頃にバスで遠足できたことはあるが、新幹線で来たのははじめてだ。
ちょっと物珍しく、周りを見回す。
駅前はロータリー、ただそこを超えて歩道橋で行ける。駅舎ビルは新しかったけど、それ以外の建物はトタン屋根だったり、懐かしい感じ。
遠くにとんがり屋根の建物が見えたりするのは、観光地っぽい。
空は晴れていて日が射してるし、思ったほど寒くないけど、雪がそこかしこに残っている。
「今日は、別荘にご案内します。」
「──はい。」
「もし、よかったら。荷物を別荘に置いて落ち着いてから、昼食前にドライブにでも行きませんか?
いい天気ですし。」
「え?あー、構いませんが。」
今はまだ、午前10時すぎ。
本当はもう数本ほど遅い電車に乗ろうと思っていたが、朝っぱらから階下で「おれじゃない爺さん」と「爬虫類男」がけんかを始めたので、うんざりして早く出てきてしまったのだ。
(電車の中から、ダメ元で彼に到着予定時刻の変更をSNSで伝えた。思ったよりすぐ、返信があった。)
多分、いきなり別荘に連れ込まれてさんざん嬲られると思っていたのだが。
まるで帰省してきたお客さんのような、というか恋人のような扱い。
あー、建前上は確かに「時限式
そう思いながら、私は彼に促されるまま。
コンパクトなワゴン車のトランクに、荷物を入れ。
彼にエスコートされて、助手席に座るのだった。
──────
彼との約束で、駅から彼の別荘に行く途中は、目隠しをすることになっている。
ちなみに別荘滞在中も、基本的に携帯電話の電源を落とすことになっている。
(最初はこれらの条件に彼の裏の意図を疑ったが、どのみち彼は私にあれこれするわけだし。
ホテルの場合は、携帯を使っててもいいし、移動に目隠しも不要だという。
彼の抱く不安は、私の不安と同じであり。
彼の立場からすれば、私が美人局的に仲間を集めて彼に危害を加える危険性があると感じるのだろう、と考えて、受け入れた。)
彼から渡された黒い
きゅうっと曲がるカーブ、ガタゴトと揺れる路面。なんとなく、不安な十数分がすぎ。
もういいです、と言われてアイマスクを外した。
「──きれいですね。」
思わず、口から月並みな賛辞が出てしまった。
そうですね、と穏やかに彼が応じる。
まっすぐに走る道、左右に白樺や(名前はわからないが)葉を落とした木の林が続いていて。
残雪が、あたりを美しく覆い隠している。
まるで、絵葉書の中みたいな景色。日本じゃないみたいだ、と私は思った。
「ただ、この時期は冷えます。今日は、まだましですが。
時間があったら、後で軽くご案内しますね」
「──はい。」
私は半分、心ここにあらずの状態で彼の社交辞令でのお誘い(?)に相槌を打ちながら。
窓からみえる、外国の画集の中のような風景に目を奪われていた。
──────
彼の別荘は、白樺の林の中、陽だまりの中に佇む木造二階建ての一軒家。
表の道路からは引っ込んだ位置。このあたりは家と家の間隔も広いのか、人も自動車も通行する姿を見かけない。
道路沿いには、お堀みたいに小川が流れている。
別荘は、築こそ古そうだが、なかなか立派できちんと手入れもされている。
自動車用のガレージも見えたが、彼は普通に家の前に近づけて止めた。
「どうぞ。」
車を出て立ちすくんでいると、私の荷物を取り出した彼が、先に立って先導する。
階段を数段上ってポーチに上がる形式。階段にも屋根があるのは、雪が積もる地域だからなのだろう。
ドアを開けた彼に、家の中に招じ入れられる。
セントラルヒーティングなのだろうか、入ると、ふわあっとほのかに暖かい空気に包まれた。
玄関ホールは広い。この玄関ホールには左右と正面に扉があり、また2階に上がる階段もある。
玄関ホールの左手のドアを彼は開け、リビングらしい相当広い部屋に入っていく。私も続く。
上着を取り、ハンガーにかけてもらって、無垢一枚板のテーブルに座る。
日の差し込む部屋。太陽に照らされた雪の残る庭が、窓からみえる。
「お茶でも、飲みます?」
私は問いかけられて、びくっと我に返り。
あまり喉が渇いているわけでもないのに、お茶を所望した。
彼はいそいそとお湯を沸かし、紅茶が供される。
「あとで、いろいろご案内しますね。あと、ごはんも。」
そんな言葉に、私ははい、と答えた。
携帯電話がないからか、少し手持ち無沙汰だ。
だが、温かいお茶を飲み、庭の鳥のさえずりを聞く感覚は。
決して、悪いものではなかった。
──────
──────
(村野景二視点)
別荘に連れ込んだ彼女に、お茶を出し。
おそらく長旅で疲れてるせいか、無口になってる彼女に。
最低限、家の中の案内をした。
1階にお風呂とかの水回り、そして大きい吹き抜けのあるLDKと洋室(僕は、あまり読まない本を入れて書斎みたいな感じにしてる)と納戸。あと、広いガレージ。
2階には、洋室が3つ。
僕には広すぎるせいもあって、この別荘は今まであまり使ってこなかった。
(それに、セコい話だけど、LPガスだから結構光熱水費が高くかかりそうだし。
太陽光パネルが乗ってるけれど、冬はあまり発電量が伸びないんじゃないかなと思って。)
この別荘。改修や清掃には、定期的に入ってもらってるけど。
今回彼女を迎えるにあたり、ちゃんと自分でも再度掃除をして、生活物資等を買い込み。
彼女の滞在用の調度も整え、僕が彼女に使おうと思ってる器具も備え付けた。
これでいきなり契約打ち切りだったら、泣いちゃうかもしれない。
彼女の内心はわからないけど、ほうほう、とお風呂とかトイレとかその他の設備とかについての僕のつたない説明を聞いていた。
無警戒にお茶も飲んでくれて、少しリラックスした彼女の様子に、勇気をふるい起こし。
叔母にけしかけられて立案したデートプランに基づき、ドライブに連れ出してみる。
心の中ではどう考えているかわからないが、表面上は楽しそうにみえるときもある。
このあたりで有名な滝の名所で、親子連れに頼まれて写真を撮ってあげてるときなんか。
とても柔らかい笑顔を子供たちに見せてた。
気の強そうな外見だが、意外に面倒見がいい性格なのだろう。
(僕たちはもちろん、お返しに撮りましょうか、と言われたけどやんわり辞退した。そういう約束だから。)
すこし遅くなったが、一度別荘に戻り、食事にする。
どきどきしながら、あたりさわりなくオムライスなど作ってみる。
型崩れして失敗した方のは、もちろん僕のにした。
僕の乏しい女性との交際経験からすれば、まあまあ上手く行ったんじゃないかな?
でも。そろそろ切り出してみようか。
そう僕が食後のお茶を飲みながら思っていたのを、見透かしたように。
「コマゴメさん。いろいろありがとうございます。
でも、あたしにそんなに気をつかわなくてもいいです。
そういう契約なんですから。そろそろ、そっちのことをしてください。」
そう、先手を打たれたのだった。
──────
それでは、ということで、僕はいきなり彼女を押し倒した、──なんてことはなく。
僕と彼女は、まず僕が用意した契約書2通を再度確認した。
僕が朗読して、彼女が確認する。微修正はあったが、基本は前回確認したとおりだ。
むずかしげに眉を寄せてこれでいいと頷いた彼女がサインし、その後で僕もサイン。
不動産の賃貸と同じで、お互いに1通ずつ、この契約書を持つことにする。
彼女は、それが終わると。
「じゃあ、してください。」
そういって、立ち上がって、深呼吸する様子。
ガチガチの緊張状態。こっちまで緊張してしまうくらいに。
しかしな。
「はい。します。
ただ、いきなりじゃなく、プランに沿って行いたいと思います。」
「え?プラン、って──?」
「ああ、もちろん基本的にこちらが勝手に立案したんですが、大まかな計画があるんです。」
「計画が、ある。」
彼女は戯画的に表現すれば、鳩が豆鉄砲を食ったような状態。
うん、ちゃんと説明しないとな。彼女は時限的とはいえ、僕のパートナーなんだし。
「はい。
そのための、段階的なコンタクト増加を提案します。」
「こ、コンタクト。」
そう、さっきのドライブも、その一環。
要は、僕が楽しく彼女の体を楽しめるようにするための準備の、「第1段階」。
別に、決して、親切心や酔狂でドライブに誘ったわけではない。
今は動揺が見える、白目と黒目がくっきり分かれた大きい目を覗き込み、僕の深謀遠慮を伝える。
「は、はあ。そうなんですか。」
彼女はちょっと引いているようだったが、同時にどこか腑に落ちた風でもあった。
きっと僕の綿密な計画に、頼りがいがあると思ってくれたんじゃないかな。
僕は、外出の準備を整え、また彼女にも促して準備してもらいながら。
「?」マークが浮いてる彼女に、彼女が僕に慣れる(また、僕も彼女に慣れる)ための段階的な措置の実行について、承諾を取り付ける。
そして。
「えーと、これがコマゴメさんの計画での『第2段階』なんですね。」
今は僕と彼女は、近所を散歩している。
最初に簡単に、敷地を案内した。だってこの敷地だけでも相当広いし、薪小屋とかガレージとかいろいろあるんだ。
僕の父が僕にくれた別荘だけど(父は強烈な人だけど僕には甘い。でもあまり期待もされてない)。
僕も来たのは数回くらいしかないので、案内しながら発見もあったりする。
そして、近所を歩く。少しはずれにあるので、人通りはほとんどない。
「はい。まずは、直接でないボディ・コンタクトです。」
僕は自分の手に力を少し入れてみる。彼女は、僕とつないだ手にほとんど力を入れていないけど。
そう、第1段階としてドライブに誘い、近い空間に「僕」という異物がいるのに慣れてもらい。
その次に第2段階として、「僕の体」に慣れてもらうために、僕は彼女に手をつないで歩きたいと要望した。
彼女がどう考えているのか、わからない。
うわ、すげーキモ!と思ってたりするのかな。そうだとしたら、──すごく興奮する!
いや、諸兄も分かってると思うけど僕って軽く変態だから。
女の人が嫌そうにしてるのに、なんだかそそられるんだよね。人には言えないけど。
手袋をおたがいにつけたまま手をつないでるので、手汗の心配はまだない。
視線を、彼女に向ける。
彼女は、自分をとりまく状況に疑問を覚えているようでもある。
何か、もの言いたげに見返してきた。しかし。
「そこに、小さな池があるんですよ。ほら。」
「みつば池」と地元で呼ばれてる、不定形だけど3つの池がくっついた、カタバミの葉のような形の池がみえてきた。
観光地でもなんでもないが、池の周りに踏み分け道がある。
(正式の公園じゃないらしく整備もされてないが、歩いてて咎められたことはない。公有地だが整備されてないんだ。)
それを示すと、彼女の関心はそちらに移った。
「あ、ほんとですね。鳥がいますね。」
名前はわからない、白い大きな鳥がいる。鷺とかかな。
あと、たぶんカルガモかなにかじゃないかな、少し派手な鳥。
彼女は熱心に湖面をすべる鳥たちをみている。動物とか好きなのかもしれない。
「夜になると、猪や鹿とかがいたりするんですよ。」
「えー、そうなんですか!」
いつものつんとした感じが薄れてる。普通の女子大生みたいな感じの反応。
彼女が興味ありげなので、みつば池を一周しながら、ひとしきりこのあたりで遭遇する動物について説明してみる。
(道端に、車に轢かれた小動物の死体があったりすることは言わなかった。)
池の周りを回りおわって、帰り道につこうというとき。
僕は彼女に要望してみる。
「目白さん、その。
手袋外してもらって、いいですか?」
「──はい。」
彼女は応じて、手袋を脱いでくれた。
いわゆる指を絡ませる恋人つなぎではなく、ゆるく相手の手の指の先を握る。
さっきと違い、彼女は少しだけ力を入れてくれた。
彼女の生の肌に触れるのは、はじめてだ。
白い手は少し荒れていて、冷たかった。
ただ、──その柔らかい感触に、どうしようもなく胸がどきどきする!
最後に女の子の手をとったのは、いつだったかな。
多分、高校3年生の秋の体育祭のフォークダンス以来じゃないかな。
「疲れてませんか?」
「──大丈夫です。それで。
次の段階、進んでください。一体こんどは何なんですか。」
次の段階として、一緒にフキノトウを摘みましょう、といってみる。
(それなりに広い敷地なので、林の中に探すといろいろ食べられる野草があるのだ。)
僕としては、彼女と僕が共通の目標を設定し。
協力していく中で、パートナー心理を構築しようというつもりなのだが。
これにも、彼女は疑問を抱いているようだったが。
やがて枯葉や雪の影に見え隠れする緑色を探すのに、熱中し始め。
渡したビニール袋も、収穫物でふくらみ始めてた。
ほどほどに集まった段階で、今度は山荘の前の小川に戻る。
そこでセリを少し摘む。あとでおひたしかみそ汁にでもしようと思って。
あくまでパフォーマンスというか、一緒に何か行動する、というのが目的なので。
30分ほどだけで終わらせ、家に帰る。
お湯で手を洗ってもらうのだが。
「あの。
シャワーとか、借りてもいいですか。
これからその、いろいろするんですよね?」
彼女は、散歩でそれなりに汗をかいたらしい。
それほど厚着でもないし(こんな薄着で大丈夫かな?と思うくらいなんだが)。
運動できそうな体つきだけど、手術したというから、まだ体力が戻り切っていないのかもしれない。
気づかなかったことを詫びて、早速お風呂を準備する。
彼女は手伝いたい風を醸し出していたので、計画にはないが協力して準備にあたる。
そして使い方とか
(今後順調に進めば、一緒にお風呂に入りたいと計画しているけど、今は時期尚早だ。)
女の人は長風呂だからな、と思っていたけれど、意外に時間を取らずに上がってきた。
上下、高校か何かの紺ジャージ。胸には名前が刺繍してある。「目白」って、本名だったんだ。
これはこれでいいけど、もっとおしゃれな夜着を用意してあげた方がいいかもしれない。
僕も釣り合い上、さっとシャワーを浴びる。
彼女はその間、洗面台を借りて髪を乾かしたりとか何かしていたようだった。
──────
リビングに戻ると、彼女は椅子に座って庭に目をやっていた。
視線の先に、小さな小鳥たちがいて、チチチ、と鳴いて地面をつついていた様子だったが、僕が部屋に入ってすぐに何かに驚いて逃げ散っていった。
「お風呂ありがとうございます。私は、準備できました。
ただ、その、さっきの話なんですが。
できれば上の服は全部は脱がさないか、部屋を暗くしてください。」
鳥に見とれてたのを僕に見られたのが恥ずかしかったのか。
ちょっと気まずげに、彼女は僕に向きなおり、そう言う。
「あ、さっきの話ですね?
はい。もちろん大丈夫です。背中は、見てもいいんですか?」
「──はい。構いません。」
彼女と散歩している間に、この話を切り出された。
彼女としては、絶対的な要望というわけじゃないが。
まだ傷跡が赤茶色に残っているので、あまり
(これを言うときの彼女は、きまり悪げな、言い出しにくそうな感じだった。
まあ体目当ての契約なのに、見せないのはどうなのか?って思ったのかな。
でも女の人は、気にするんだろうから、気持ちはわかる。)
手術痕が完全に消えるのか、彼女もよくわからないようだったが。
それは、今回の滞在だけでいい、と彼女は言う。
手術痕が残ったとしても、それ以後はもうしかたない、と。
僕としてもとりあえず当面は、彼女の感情に配慮してプレイしようと思っている。
さて、午後3時すぎのリビングは、まだまだ明るい。
僕はカーテンを引いて、部屋を暗くする。万が一の露出も、防げるだろう。
ソファに座ってもらってた彼女も立ち上がって、カーテンを閉めるのを手伝ってくれる。
夜用の遮光性の高いカーテンまで閉め、玄関ホールとのドアも閉めると、部屋は薄暗くなった。
ただ、カーテンの左右上限からは、かすかに光が入ってくる。
「これでいいです。」
彼女からすれば、十分な暗さらしいのだが。
残念ながら僕たち一族は、暗いところでも夜目が利く。
僕から見たら、全く問題のない明るさだな。新聞の字だって読める。
でもおそらく、まだこの暗がりに目が慣れない彼女にとっては。
人がここにいるな、テーブルとソファがここにあるな、とぼんやりと輪郭がわかる程度でしかない。
おそらく彼女は、僕にもほとんど見えないと思ってる。
僕は下劣なことに、この非対称性に、軽く興奮を感じた。
「こっち、かな?」
さも自分も、周りがあまり見えないかのような言動で。
僕は彼女を、ソファの横に誘導する。彼女はややおぼつかなげに、誘導にしたがってくれた。
ちょっと待ってもらい、ベッドにできるソファの背もたれを倒し、フルフラットにする。
座るように促すと、軽く手探りするようにして。
寝台となったソファベッドのマットレスの面を見つけて座った。
僕は、座った彼女の横に立つ。
彼女は、彼女を見下ろす僕の視線を感じたのか、そばに立つ僕を見上げる。
いつもの、強気な視線と態度とは異なり。
軽く背をかがめ、闇の中なので瞳孔が開いた目で、不安そうに。
暗がりの中にぼんやりと見えるであろう、僕の輪郭の顔のあたりをこわごわと見上げている。
僕は彼女の肩をやわらかく、しかし断固として押して、ベッドに横たわってもらう。
続いて足首を軽くつかんで、ソファベッドの上に上げさせる。
彼女はまな板の上の鯉。だがこの鯉、みるからにそわそわと落ち着かなさそうだ。
彼女は目を閉じているのだが、まぶたがぴくぴくしているし。
わずかな空気の流れにも、びくっと身をすくめている。
こうなると、なにか毛布みたいなのがあったほうがいいかな?
自分の準備の悪さに軽く嫌気がさしながらも、ちょっとかけるもの持ってきますね、と彼女に告げ。
僕は書斎に掛けぶとんをとりに行った。
戻ると、僕が押し倒した姿勢のまま固まって、ほとんど動いていない彼女の姿。
なんだか笑いたくなりながら、彼女にフリースの大きめなサイズの毛布をかけた。
「──ありがとう、ございます。」
「いえいえ」
毛布を持ってきたが、寒くはない。
セントラルヒーティングで、ほの暖かいと思う。
(冷暖房はリニューアルして、省エネのヒートポンプ形式だ。今日みたいに天気がいいと、かなり太陽光で賄えるかな?)
だからこの毛布は、彼女の精神的ケア目的。ライナスの毛布みたいなもんだ(?)。
僕もベッドに上がり、彼女の横に身を横たえる。セミダブルくらいの幅はあるから、余裕だ。
しばらくこの部屋で聞こえるものは、少し乱れ気味な彼女の息の音。そして庭に戻ってきたらしい小鳥の声。
「──なにか、しないんですか。」
彼女はもじもじしていたが、やがて、意を決したようにそう問いかけてきた。
「ああ、しばらく慣れてもらおうと思ってました。
でも、そうですね。ちょっと触ります。」
「──はい。」
暗闇で見えないと思ってるな。彼女はちょっと嫌そうに眉を寄せた。
だが、それも僕の劣情をたまらなく刺激する。
さて、そのお言葉に甘えて、と。
僕は彼女に、手を伸ばした。