(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
場手間良を訪れる、目白梓。
語り手は彼女をドライブや散歩や野草摘みに連れだすなど、段階的に接近を試みるが、どうも彼女には不審がられている気配。
彼女はむしろ、契約の履行を彼に急かすのだった。
(第三者視点)
十数分後、ウキタは自律呼吸を取り戻し、約30分後に手を動かし、上体を起こし、普通に会話できるくらいに回復した。
カーミラは、ミハイルに目を向ける。入口側の通路を警戒していたミハイルはそれに気づいて頷き、カーミラと交代した。
カーミラが今度は通路に目をやりながら、簡単に報告する。
「この先、地面に亀裂や溝などもありますが、おおむね平坦に、地下に降りて行っています。
やや空気の流れがあります。あの入口以外にも、どこかに通気口がありますね。」
「そこからの脱出も、考えられるか。
俺の手持ち機器では、通信はできないようだ。」
「俺の携帯も、圏外っす。」「私の携帯電話は、ベースキャンプの時点で圏外でしたね。」「──カーミラさん、すみませんが、見てください。」
ウキタに頼まれて彼の荷物に入っていた携帯端末を確認したカーミラが、首を横に振る。
残りの3人は、互いに目を見交わす。
こちらから救援を、呼ぶすべはない。
「──連絡が一定時間つかねえと、調査と救援が来るのがふつうっスけど、──」
「
ただ、本件は特別案件でな。日数も切っていない、再調査は来るが救援ではない。
下手をすると演習名目でバンカーバスターを打ち込み、一切合財破壊するかもな。
政府に所属する人員がいたら、わからないが。」
ミハイルの視線は、組織から派遣されたと判明しているアケチに向けられる。
アケチが、首を振る。
「あー、俺んとこ、多分無理っス。俺、念押しされましたもん。
何かがあっても、行方不明になっても、
視線がウキタに集まるが、彼も渋面で頭を振った。
「実際には、再度、民間委託の建前で調査が組まれるでしょうね。
そして脅威がないと確認できなかった場合には、『地すべり』じゃないかしら。」
「そうだな。俺もカーミラも、そうなった現場を知ってる。」
地形を変えるくらいの大量の爆薬をしかけ、土砂で埋める。場合によっては、山火事も起こす。
災害対応名目で防衛隊が現地を封鎖し、万が一の、市民社会への脅威の浸透を防ぐ。
汚れ仕事を引き受けて失敗した彼らのような調査人の存在は、なかったことにされる。
彼らと政府とのつながりは厳重に秘匿され、一部の高官の記憶以外、すべてのデータは消される。
それも含めての報酬だ、とされている。
「クソっすね。
オレたち生き埋めにされて、この暗やみの中でわずかな食料を奪い合うんすか?」
「いや、脱出するさ。
食料が持つ間に、な。」
「最悪の場合は。あの入口に戻り、襲ってきた何者かと交渉するか、押し通ることを考えましょう。
言葉が通じる相手か、わかりませんが。」
「ハッ、いきなり襲ってきた奴らだ。信用できねえし、数はあっちが多い。
なぶり殺しにされるだけっすよ。もしかして姫さん、
あからさまな挑発だが、カーミラは答えない。
いまいましげに、アケチはミハイルに向きなおって言葉を続ける。
「あいつら、銃は持っていなかったっすね。吹き矢なんて、どこのドジ○なんすか。
何者なんすか?姿、見たっすか?」
「さあ。──おかしな宗教か何かの信者かもな。
姿は、俺は見ていない。」
「本官も、見ていません。」
「はっきりとは見ていませんが。
背は高くありません。私と同じか、少し低い程度です。
カモフラージュあるいは隠蔽のためか、泥を肌に塗り、フードのある汚れた服を着ていました。」
このあたりには住民はいないはずだが、退去させられた後に戻ってきた者の末裔だろうか。
行政サービスを受けず、孤立した生活を送っている可能性もありそうだ。
だとすると、吹き矢や投石、彼らへの敵意には説明がつきそうだ。
「ただ、話が通じるとして。
だいたい、あの入口。ふさがれちまいましたぜ?」
そのとき。
遠くで、ずしーん、と重いものが落ちる音がして。
ぱらぱら、と坑道を支える木の支柱から埃が舞い落ちた。
「急かされてるな。」
「入口の大石も、初日は、私たちは動かせるなどと思わなかったのですが。
彼らは、あの岩を動かしたのでしょうし。
再度、あの入り口を開ける可能性もあります。」
「岩を動かせなくても、入り口付近の岩や土を削ることも考えられるか。
そして毒を焚く、ってのも簡単にできるな。」
この鉱山は、あまり大きくない。
炭などの燃料が容易に通せるくらいに岩を削り、坑道を燻し出そうとすることもありえそうだ。
「脱出口を見つける必要がある。この坑道を捜索しよう。見つからなければ、あの入り口をどうにかするか。
それとカーミラ、気になる痕跡があると言っていたな?」
「はい。入り口付近に、煙草の吸い殻と歌詞か何かの包装フィルム。新しい足跡、多分スニーカーです。
足跡は奥に続いています。おそらく若者たちのものでしょう。ただ、確認できたのは
「5人ではないのだな?ほかには?」
「別の誰かの足跡。相当多数です。古いものも新しいものも。
そして、何かを引きずっていったか、何かが這いまわっていった痕。」
「それだけ大人数がここを行き来してたってことっすかね。姫さん?」
「そうかもしれません。
足跡の中に、特に巨大なものがあります。30cmをはるかに超えています。40cmくらい。
──そういう履物なのかもしれませんが。
他の足跡もそれも、普通の市販の靴ではありません。」
「たくさんの子供を連れた、大男か?
──胸糞の悪い想像をしてしまうな。」
「以前の調査で、そういう案件がありましたね。
ただ、小さい方の足跡の者も、体格的には日本人の大人とあまり変わりません。入口で攻撃してきた者たちでしょう。」
二人は以前、妙な思想に凝り固まった団体が子供を誘拐して洗脳していた集落を
その過程では、ずいぶん後味の悪いものを見聞きした。
今直面しているこの事態も、それに近いものなのかもしれない。
「ウキタが動けるようになるまでに、通路の再確認をするか。」
「背後を刺されないよう、トラップを仕掛けておきましょう。」
「そうだな。」
アケチに奥へ続く坑道を見張ってもらう間に、カーミラと二人は三叉路のうち2つの通路、入ってきた通路ともう一つの通路を確認する。
入ってきた通路を入口近くまで戻ってみたが、巨石は厳然として入り口をふさいだままだ。
火は消されたようだが、入口をふさぐ石と坑の間の、小さな隙間は目張りされており。
また、妙な刺激臭のする生木の枝(あまり見かけないもので、カーミラはその樹種を判別できなかった)が入口近くの床に散乱し、油のようなものが撒かれてていた。
大きな隙間から投げ込んだり押し込んだりしたのだろう。隙間は腕も通らないとはいえ、指数本分くらいは通る。
ミハイルは足で蹴って枝を散らしたが、そのうちまた再開するだろう。万が一、油と枝に着火すれば、こちらにはそれを消す有効な手立ては今のところなく、毒煙での中毒か一酸化炭素中毒か酸欠かに追い込まれる可能性もある。
そして油を入れられるということは、強酸のような有害物質を入れられる可能性もあるということ。
それを確認し、二人は再度ワイヤートラップでこの入口への外からの侵入を手当てし、もう一つの通路へ向かう。
もう一つの通路は、昨日は外から確認した、土砂で塞がれた別の坑口につながっているようだ。危険性を示唆するものはなく、特に残置物も見当たらない。
ここを掘り進んで出る手もあるかもしれない。ただ、土砂の厚みがどれだけかわからないし、外で待ち構えて襲撃される恐れもある。
こちらの通路についても、念のため侵入を防ぐ手当をして、二人はウキタたちのところに戻った。
「ウキタ、行けそうか?」
ウキタは、頷く。ショックもありまだ本調子ではないが、水を飲ませ排泄させるなど、毒の代謝と体外排出を図る手当は行った。
長期的な健康への影響はわからないが、ひとまず歩けるくらいに回復してきている。
ここを見張り所兼ベースキャンプとしてウキタを番にしておくという考えもあるが、分断を恐れてミハイルは採らなかった。
4人は、カーミラの先導で、暗やみの中を、奥へ続く坑道を進み始める。
大昔の工具らしいものが残る一帯もある。土ぼこりと黴が、陰惨な印象を与える。
地面に穴が空いていたりするが、悪臭を放つ穴もある。
カーミラには、それも気になっているようだった。
突然、先頭を歩いていたカーミラが、後方のミハイルたちにハンドサインで「待て」と示し、すっと壁の窪みに身を寄せた。
それに倣って、ミハイルたち後続も身を隠す。
カーミラはしばらくじっとしていたが、やがて手を振って待機を解除し、通路に戻る。
しかし、そのまま進もうとせず、ミハイルたちを待つ様子。
ミハイルは、後方にも音や動きがないのを確認した後。
音をたてぬように進み、カーミラの横に追いついた。
「臭い、あり。」
カーミラは、声をひそめつつ、彼に伝える。さしせまった危険はないと判断したらしい。
そのとき奥から、ごくわずかながら微風が伝わってきて(この先に通風孔があるのだろうか、と彼は思った)。
ミハイルは、かぎ覚えのある臭いにに脳内にアラームが鳴るのを感じていた。
これは、──
「肉を焼いた、匂い?そして、血か。」
「ええ。音はしませんが、調べます。」
すうっと、カーミラが音もなく先に進む。
狭く圧迫感を覚えていた坑道は、かなり広いが、不定形で見通しの悪い空間につながっていた。
彼らの入ってきた入口からは、近くの壁際に、とても古い手押し車などの影が見えた。
往時は、ここが地下の一つのポイントになっていたのだろうか。
井戸のような、地下への竪穴も見える。滑車を吊るして、鉱夫を降ろしていたのだろうか。
そして彼らが入ってきた入口近くのあたり一帯に、肉を焦がした悪臭が漂っている。
「──クソッ」
ミハイルは、思わず口から言葉を漏らした。
カーミラが掲げた、手持ちの照明に浮かび上がったもの。
最初は、奇妙な前衛芸術のオブジェのようにみえた。
まずそれと分かったのが、おそらくは男性の、生首。
目はくりぬかれ、耳は切られ、顔は不自然に赤く、筋肉が露出している。
顔の皮膚がそのまま、ごっそりと剥ぎ取られているのだ。
男の首から下は解体され、丁寧に肉が削り落とされた骨が奇妙な形に積み重ねられている。
その上に、その生首が据えられている。
あたりの地面には、血がしみ込んでいる。いや、血で何かの模様が描かれているのか。
おそらく内臓の中身をどこかに出したのだろう、悪臭が漂っている。
仕事柄見慣れているのではないかと思ったが、ウキタの顔色が悪い。
「この臭いは、──」
中央付近に石が組まれ、火を燃やした跡がある。
この空間自体がかなり広く空気の流れもあるから、酸素欠乏の心配はしていなかったのだろう。
「ああ、焼いて食ったんすね?」
傍若無人なアケチすら、さすがに眉をひそめた。
彼に支えられているウキタは、ショックを受けたような表情。
ミハイルは、様子を確かめる。
火をたいた跡に、手を当てる。わずかな温みがあるのに気付いて目を見開いた。
失踪したのはそれなりに前だが、火が燃えていたのはそれほど前の時間ではない。
ただ、燃やした後を検分すると、必ずしも殺してすぐ食べた、というわけでもなさそうだ。
ウキタの見立てでは、殺されたのは1~3日前ではないか、とのこと。
「外にいる連中が、ここで──?」
「さあ。おそらく、そうだろうな。」
「手足や骨は、1人分。所持品が一部、残されています。
他の足跡に混ざって、スニーカーの跡があります。血の上に。」
「靴は、奪って履いたのかもな。」
「どうしますっかねー?
クソ殺人鬼がいると分かってる先に踏み込むのは、気が進まないっすけど。
かといってあんなことやる奴を放置して戻るのも、下策っすよね。」
不遜なアケチも、人の尊厳を冒涜するような残酷な殺し方には、思うところがあるようだ。
周囲の通路への警戒に切り替えながら、ミハイルは思案する。
「これまでにも小さいくぼみや岩の割れ目はありましたが、人や子供が隠れられるほどではありません。
戻って、安全な場所で防御を固めるというのも、一案かと。
ただ、外に敵がいる状態です。押し入ってきたら、返り討ちにするしかない。後は水と食料が、再調査まで持つか。」
──これから先、少人数では危険かもしれません。
この大広間の、奥の方の広めの空間を警戒しながら、カーミラが進言する。
ただ、中に誰かがいる場合、挟み撃ちにされる可能性もある。
それに外の連中を返り討ちにすることは、物量や地の利(崖上を押えられている、相手は物資が調達できる)から、かなり難しいようにも思える。
「マイクの旦那。あれやりやがった奴らが、外にいるやつらなんすよね?
俺たちも、捕まれば、ああなるんすか?」
アケチが、手を奇妙なオブジェにされた死体に向かって振りながら言う。
彼は、カーミラ同様、奥の空間を警戒しつつも、竪穴にも注意を払っている。
「ああ。もしかすると、そうなるかもな。」
「ちっ」
アケチの額には、汗が浮いていた。
ここ一連の活動のためというより、おそらくはストレスによる発汗だろう。
「マイク。
ほとんどの足跡は、奥の方へ続いています。おそらくは、彼らの住処か、食糧庫などの重要施設でしょう。」
床を見ていたカーミラが、そうミハイルに言う。
「カーミラ、確かめてきてもらえるか?」
「はい。──お待ちを。」
女斥候は、照明を置いて奥へと姿を消す。
おそらくは、相手から発見されることを恐れてのことなのだろう。
ほとんど光のない暗闇だが、よほどに夜目が利くのだろうか。
ウキタに背後を、アケチに広間への警戒を頼み、ミハイル自身は、井戸のような竪穴を確認した。
かつては、井戸のつるべのような機構で人を送り込んでいたのかもしれず、そのような機構の名残もある。
ただ、現在はその機構も朽ち果てており、機能は失われている。また、足跡の出入りも、ないように見える。
そうして彼は、自分たちのいる、広間の一角(ひょうたんのように、少しくびれて別の広い空間につながっている)の安全を確認し終わると。
また、本能的に見るまいとしていた、誰かのおぞましい死骸に目を向けた。
彼ら自身も、一つ間違えばああなってしまうのだろうか?と、不吉な思いを感じながら。