(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
ウキタは毒から回復し、一行は坑道の奥を探索する。
かつて鉱山の中心だったと思われる地下の開けた空洞で、彼らは失踪した若者たちの一人と思われる死体を発見する。死体は無残に肉を削ぎ取られて骨を奇妙な形に組み合わされており、肉を食された形跡もある。
床の足跡から奥には何かの拠点施設があると考えたミハイルは、カーミラにその奥の探索を命じる。
(村野景二視点)
彼女は今、ベッドの上に、「く」の字みたいに軽く腰を折って横向きに寝た姿勢。
(正確に言えば、腰を折って、膝も曲げてるから、「ζ」みたいな感じ。上の横線は無視してね。)
僕が彼女をベッドに倒し、そして足を持ってベッドに上げさせた、その姿勢のまま。
僕はその「く」の字型に寝た彼女の横、彼女の背中側に寝転んでみていた。
つまり、「|く」みたいな感じ?
触ってもいい、と許可が出たので。
僕は彼女に、「くく」みたいな形にくっついていく。彼女の背中側から。
彼女の乾かしたばかりの少し湿った洗い髪に、顔を寄せる。
かすかな石けんとシャンプーの、清潔そうな香り。
──そして、かすかに甘い、女の子の匂い。
腕を回して軽く抱き寄せると、彼女の体がこわばるのを感じた。
あー、嫌がられてるな。まあ、あたり前か。
「そんなに、緊張しなくていいです。
さっき言ったとおり段階的に慣らしていきます。いきなり痛いことはしません。」
「──はい。」
固い声だが、彼女は体のこわばりを緩めようとしたのだろう、音がしないよう深めの息をついて身じろぎをする(耳がいい僕は、ちゃんと察知)。おそらく意識的に。
僕はぽんぽんと毛布の上から肩の外側のあたりを叩いてみる。子供を寝かすときみたいに。
(僕は薄手のフリースの毛布には、まだ入ってない。)
「ちょっとだけ、さわりますね。」
「──はい。ご自由に。」
僕は、膝立ちに起き上がって。
薄手のフリース毛布の上から、そのまま彼女の肩の外側(腕の上部)あたりを撫でる。いやらしくなく、さわさわ、さすさすする感じに。
このあたりは女性の体で、触ってもいい、──とまでは言わないが心理的抵抗が少ない場所だと聞いたことがある。
「──。」
撫ではじめて、またガチに緊張した彼女だったが、やがて力が脱ける。
少しだけ撫でる位置を変える。ねっとりした感じにならないように。
彼女は、特に抵抗をみせない。
少しずつ、さすさすする場所を変えて、下におろしていく。
肩から腕に、そして、腰の上の細くくびれたウエストあたり。ここは敏感だと聞いたことがある。
その細いウエストから、横向きに寝てる彼女の、大きく盛り上がってるお尻にかけて、急にふくらむライン。
この大きいお尻に上がるところが好きだ(僕だけかな?)。
お尻は痛みとかにも比較的強い、鈍感な部位と聞くが、心理的には抵抗感の強いところかもしれない。
だが彼女は特に手をはねのけることもなく、そのままにさせてくれている。
さらに腰の下。太腿方面にも僕の手は伸びる。
大きいお尻から足の腿にかけては、自然な、なだらかなカーブ。
何か運動をやっていたのだろう、腿はかなり太めだ。
膝に、手は降り。
そのまま足首くらいまで、一巡する。
次に、薄手のフリースの中に手を入れて、また上腕に触れる。
薄闇の中の彼女の横顔を見ると、くっきりとした眉を軽くひそめていた。
僕は彼女が示した嫌悪感に、ぞくぞくする快感の予感を覚える。
つるっとしたジャージの上から、彼女の体に触れていく。
フリースの上からとは違って、ダイレクトに彼女の体の起伏が分かる。
特に、腰からお尻のラインは。さっきとくらべものにならないくらいに僕を興奮させる。
僕は起き上がり、彼女の足首を掴んだ。また彼女が緊張する。
足首を引いて、肢を伸ばしてもらう。そして軽く折った腰も、まっすぐにしてもらう。
そして彼女をうつぶせに転がした。
黒い髪が濃紺のジャージと、ベージュのソファベッドに乱れている。
横に向けた整った顔は、平然としてみえるが。
閉じたまぶたは、かすかにぴくぴくと震えている。
うーん、やっぱり慣れないよね。じゃあ。
僕は膝立ちでにじり寄り、彼女の背中をまたいだ(体重はかけないが、彼女はクッションの沈み込みなどで察知したらしく、一層身を固くした気配があった)。
黒い首輪が淫靡に嵌った首に、手を伸ばし、──。
彼女の肩をもみはじめた。もみもみ。
ガチガチに固まっていた彼女の肩をもみほぐす。しっかり筋肉がついてる。
この、やわらかくのびやかな肩の筋肉、均整の取れた体格。
やってた部活は、バレーボールあたりかな?
数分の間、一向に肩がほぐれず僕が気をもみ始めたとき。
彼女がみじろぎして、ふー、というような深い息を吐き、筋肉の張りが緩んだ。
おそらく何も香水はつけていないのに、かすかに甘い匂い。
よしよし。肩はほぐれてきたかな。いい感じだ。
そしてこの広めの肩甲骨の下のへりあたりに、よく効くツボがあるんだ、──。
僕はいつの間にか、彼女の背中をもみしだくのに、熱中していた。
いや、僕。院生の一時期、修論のために眉間にシワを寄せてPCに向き合ってたものだから。
この一族特有の頑健な体にもかかわらず、肩こりがおきたことがあって。
そのときに、ツボ押しに嵌ったことがあったんだ。
地元の図書館からツボ押しや経絡・経穴の本を借りて読みあさり。
いろいろとあやしげなツボを習得したんだけど。
自分の体でためすには、限界がある。さすがの一族も、ダ〇シムみたいに腕が伸びるわけじゃないからね。
そして今、目の下には成熟しかけの、試すにうってつけの肉体があり、──
秘術の限りをつくして、肩の凝り、腰のはり、手足の筋肉の緊張をもみほぐす。
そして気が付くと、彼女はすうすうと寝息を立て始めていた。
──────
──────
(目白梓視点)
しゃー、という水の音。かちゃかちゃ、という食器の触れ合う音。
流しで、お皿を洗っているんだ。
うつぶせになっていた私は、ぐっと拳を突き上げて伸びをする。
久しぶりに、ぐっすり寝た気がする。なんて心地よいマットレスだろう。
私は仰向けに、寝返りをうった。
かるく焦がしたガーリックの匂いが、かすかに漂ってくる。
──バイトの休憩時間に、ソファで昼寝してしまったんだったかな?
このバイト先のイタリアンレストラン、チーフのセクハラが嫌なのよね。
さりげなく、お気に入りのバイトのウェイトレスのお尻、触ってくるんだ。私はバシッて本気で叩いたら、触ってこなくなったけど。
バイト仲間なんて、胸に手を入れられたって言ってたっけ。
あの子、おとなしい子だったから、ずけずけ物をいえる私がかばってあげてたんだけど。
あたしが辞めたときに泣いてたな。あの子、大丈夫だっけ、──。
あれ、おかしいな?
チーフのセクハラをいくら言っても放置してたことと、契約では払ってもらえるはずの残業手当をなんだかんだ理由をつけて出してくれないのに不信感を持って。
それが嫌で、もう辞めたはず。
だとしたら、ここは。
──あっ!
私は、全身から汗が噴き出るような思いがした。
私は、あのサディスト男と時間限定の
場手間良山の近くの、山荘に連れ込まれたんだっけ。
これまでのところ、彼は段階的な「馴らし」の段階だと主張して。
私に対しては、まるで付き合い始めの恋人のような態度でいたが、──
最後の記憶。
彼はうつぶせにさせた私にまたがり、私の肩を。
いや、全身をもみ始めて。
最初は固まっていた私だったが、彼の妙に心地よく感じる、熟練の指先に。
筋肉が
──あの後、あいつは何を私にした!?
私は反射的に、自分の胸を押え、そして下半身の衣類を身につけているか確かめた。
両方とも異常はない、ように思える。
局部に何かを挿入されたような感じも、しない。
タマちゃんによれば、初めてはすごく痛くて、貫通後は数日、痛むらしい。
私にはそんな痛みはないし、触られたような感覚も、全くない。
彼は、寝ている私には手を出してこなかったんだな。
よく考えれば、サディストである彼が、私が苦しむ様子も観察できないのに。
寝ている間に私を犯したりなんてしないだろう。
ただ、局部などに異常はないのだけれど。
妙に体が、体全体がほかほかしている。
もちろん、セントラルヒーティングでほの温かい家なのだが。
それとは別に、血行が良くなってぽかぽかする。
そして胸を押えたときに、不思議な甘やかな感覚を覚えた。
──これは?
「あー、起きちゃいましたか。」
真面目な理系学生のような彼が、ひょこりと台所の方から顔をのぞかせる。
ときどき彼がかけてる黒縁の眼鏡は、別荘に戻ってからはかけていない(レンズに度は入っていない。まちがいない、伊達メガネだ)。
「今は、何時?」
「5時です。まだ3時間かそこら、寝ただけですよ。」
まだ、とは言うが。
気がつくと、日はかなり傾いている。
かあっと、身を羞恥が貫いた。
私は、あれだけこの男に屈しないと自分に言い聞かせておきながら。
年端のいかぬ赤子のように、あっさり彼のマッサージに堕ちているではないか。
たしかに「屈する」とはいえないが、彼の思惑どおり、自分の意思によらない行動をとらされてしまったのは事実。
ぎりっ、とかみしめた歯が擦れるのを感じた。
「お疲れのようですし。夕ごはんまで、もうすこし「ねえ、コマゴメさん」」
私は、無礼を承知で言葉を割り込ませた。
彼は私の様子に驚いたのか、目をぱちぱちとしばたたかせている。
「あたしは、契約で、仕事でここにいるんですよね。」
まだ少し回り切っていない頭を整理しながら、私は言葉を継いだ。
苦悩したすえでの決断。それをこのクズにあっさり無視された、憤り。
この不快感を、この不満を、この鈍感男に伝えなければならない。
「それなのに、コマゴメさんは。
全然、契約の内容を履行しようとしないじゃないですか。」
「いやでも、法的には、僕の義務は──」
「これは、あたしの尊厳の問題です。」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする彼に。
私は、ようやくまとまり始めた自分の考えを言葉にし始めた。
──────
──────
(村野景二視点)
「いいですか。コマゴメさん。
──あたしの目的、分かりますよね。」
「はい。分かってます。だから、たとえ目白さんが寝ている時間にも、もちろんお金は払いますが。」
「ありがとうございます。でも、それで片付く話じゃないんです。」
いきなり「尊厳」などというクソデカポリコレワードを持ちだした、彼女は。
軽く切れた風な雰囲気で、ベッドの上に胡坐をかいて座っている。
大きめの切れ長のぎらっとした目が僕をねめつけて。
機嫌の悪い師匠の前に出たときみたいに、僕は思わず姿勢を正した。
「あたしにとっては、コマゴメさんとの関係は、お金と体の交換なんです。
あたしは、コマゴメさんとの契約で稼がないといけないんです。」
うんうん、と僕は従順そうにうなずく。
おっかしいなー。僕って雇い主って言うか、彼女に対して強い立場のはずだよな。
どうして、こんなに詰められてるんだろう──。
「いいですか、コマゴメさん。契約で、決めたとおり。
コマゴメさんはあたしを縛っても、殴ってもいいんです。
最初の3回は処女のまま、って契約しましたけれど。
コマゴメさんが違約金さえ払ってくれたら、別にヤッてくれてもいいんです。
あたし、覚悟してきてるんです。
そしてあたしにはお金が必要で、オプションで稼がないといけないんです。」
あー、生で、とか、飲んだら、とか。
意図的な内外傷を彼女に与えるプレイについての特別加算とかも、決めたっけ。
確かに、彼女は相当の額の借金をまだ残しているはずだ。
ぬるいマッサージなんかしても、お金にならないよな。
「それに。
この3回で、あたしの使い勝手を試してもらわないと困ります。」
僕があまり遠慮してしまうと、彼女にとってはマイナスである。
僕が彼女を気に入らず契約打ち切り、となってしまうと。
彼女はまた、収入のためのバイトを探さねばならない。
そう、彼女は改めて主張する。そして。
「最後に、あたしの尊厳の問題です。
だいたい、あたしの体をみて、触って。
コマゴメさんは、なんとも思わないんですか?」
「なんとも、って?」
「だ・か・ら!あたしとシたい、って思わないんですか?」
彼女によると、僕の行為は。
ちょうど料理店に入り、料理を出してもらったのに一口も食わず煙草ばかり吸って、お金だけ払って帰るようなものだという。
それは、彼女の誇りと尊厳を傷つけている(?)そうなのだ。ほうほう、──うん?
うーん、まあ言いたいことはちょっとわかる。
──前も思ったけど。
この娘、ずいぶん自分に自信があるんだな。いや、自信を持っていいだけの体だけれど。
きっと高校時代とかは、この容姿でモテまくってたのだろう。なのに今日は、僕が手を出してこなかったから逆切れしてる、ってことか。──ぺっ、思い上がったクソ女だな。
今はちょっと肌につやがなく、肌荒れもしてて、ところどころかさついてたりぷつぷつがあったりする。それに肌も、そして目も白目部分が、前回会った時よりわずかに黄色みを帯びてる気がする。──黄疸?
だが、それを割り引いても彼女が魅力的なのは確かだ。
大柄で、しっかり胸が出ていてお尻が大きい、めりはりがある体つき。はっきりと通った鼻筋、大きな切れ長の目、長い黒髪。たしかに、──
「はい、したいですね。」
──目白さんには、いろいろなことをしたいです。楽しみです。
そう、彼女の目を覗き込んで言うと、彼女は僕から遠のけるように体を反らして、ぶるっと震わせた。
セントラルヒーティングは控えめだからな。毛布、やっぱり薄かったのかな。
「もちろん、夜のプレイでは踏み込みますし、オプションも試します。」
「ええ。ご随意に。」
やっと彼女は鋭鋒を収め、僕はほっとする。
こんな方向に行くなんて、思わなかったな。
やっぱり僕には、もっと従順な子が合ってる気がするな。
どことなくおどおどした感じの、臆病で小柄な子。僕にリードさせてくれるような。
手首を縛るとそれだけでおびえて、許してください、って僕に上目づかいで懇願するような、──。
「コマゴメさん。」
うわっ。
理想のロリッ子との情事の不埒な妄想を、脳内でつむいでいたら。
いきなりそれと正反対の属性を備えた彼女の、大きく鋭い双眸が目の前にぬうっと出てきていた。
「今日、山荘で夕食ですか?」
「え、嫌でした?
外食でも、もちろん構いませんが、──」
ただ、ここから街までは、それなりに距離がある。
選択肢も必ずしも多くはないんだが、──
「いや、外食なんかじゃなくて、いいんです。
そうじゃなくて。夕食を準備するんだったら、あたしも手伝います。」
「へ?いや、いいですよ。」
「コマゴメさん。
あたしは、この時間はコマゴメさんのパートナーですよね?単なるお客さんじゃなくて。」
「──え、ええ。でも、──」
「パートナー。」
据わった目が怖い。やっぱり、ロリっ子がいいよ。
そんな本音を言うこともできず、僕は仕方なくうなずいた。
「わかりました。
じゃあ、目白さんはセリを洗ってください。」
「はい。」
彼女は手を洗い、髪を懐から出した髪ゴムで髪を結わえなおし。
大判のハンカチで、頭を三角巾のように覆う。
僕もあきらめて、僕のスペアの猫の模様のエプロンを渡した。
「わからないことがあったら、聞いてくださいね。」
「ええ。大丈夫です。」
大丈夫かな。野草、ときどきナメクジとかついてたりするんだよな。
しかし彼女はそれなりにちゃんとした手つきで、調理をこなす。
僕も彼女を信頼することにして、セリとアンチョビのパスタと、おつまみのフキノトウとしらすのアヒージョに取り掛かるのだった。
彼女にワインを飲むかと聞いてみる。
彼女は一瞬迷っていたが、いらないと断られた。あの様子だと、飲めない人ではないのか。
とすると大学生だとすると、3年生か?
僕も、いらないかな。そう思って炭酸水を出すことにする。
「「いただきます」」
ちょっと早めだが、6時になり、日が沈むと食事にした。
自動車をガレージに入れ、家の窓のシャッターも閉じ、パスタを作って供する。
彼女はお昼のときはあまり食べてなかったが、夕食はなかなかに食欲があったらしい。
くるくると結構手慣れた感じに、フォークにパスタを巻き付けて口に運ぶ。
オリーブオイルに濡れた唇が、僕の欲望をそそる。
それなりの量を作ったのだが、彼女はぺろりと平らげた。
お茶を出して、しばしくつろぐ。テーブルの向こうの彼女の目が、僕をみつめている。
「コマゴメさん。この後、プレイですよね。」
「はい。」
「その前にあたしの血、抜きますか。」
うっかり忘れかけてたけど、血の問題があった。
夜のプレイは、彼女の要求で一段階か二段階進めることにした。
そうだとそれなりに彼女も疲弊するだろうから、今のうちに血をもらおう。
「そうですね。差し支えなければ、前に血をください。」
「はい。──400mlくらいですか?」
「あー。今日はその半分くらいで。
そのかわり、毎日少しずついただけますか?」
「はい、大丈夫です。」
200mlも、貰えるのか。
しかも、生で。
僕の胸が急にどきどきと鼓動を強め始めた。
輸血パックからちゅうちゅうと吸うのでも、もちろんいい。
だけど、生の取りたての血は、また格別なのだ。
(残念ながら、僕の記憶の中に残ってるダイレクト吸引は、美里さんの血だけだ。赤子のころの母の授乳も、それと同じ効果があるらしいけど。)
お風呂の後にしよう、ということにして、先に僕、その後に彼女が入ることにする。
(僕は彼女に先を譲ろうとしたが、固辞された。彼女の残置物でけしからんことをするとでも思われたのかな?)
お風呂に入る。さっきから早まり始めた動悸が、おさまらない。
勝手に僕のアレが持ち上がって、カチカチになってしまっている。
収まるように必死に念じる。見られたらすごい恥ずかしい。
お風呂を上がり、室内着に着替える。
僕は、浴衣っぽい上着にひざ丈くらいの薄手のズボンで。
彼女には、同じ生地のひざ丈くらいのワンピースタイプのルームウェアを用意してた。
まさか彼女、ジャージをまた着るなんて言わないよな?
彼女にお風呂を交代する。
ぱちゃぱちゃ、とかすかに音が響く(普通の人は聞こえないかも。ほら、聴覚もすこし僕たちは鋭いから)。
服を整えてる気配、がーっというドライヤーの音。
そしてゆったりとした足音が近づき、リビングのドアが開く。
「お待たせしました。」
黒々とした長い髪を下ろし、わずかに紅潮した頬をしている彼女は、とても美しいと僕は思った。
──────
はみがきその他の就寝前の行為を、すませた。
僕は彼女に血を求める。
ちゃんと洗ってある、そして再度彼女の目の前で消毒してみせた注射器で。
血管を浮かせるため、ゴムで二の腕を縛った彼女の白い腕から、血を吸い出す。
シリンダにたまっていく、赤い血。こうしてみると結構な量だ。
僕の意思とは別に、僕の体が新鮮な血の匂いに興奮している。正直、今すぐ
──飲むところを、見られていいか?
正直、ちょっと恥ずかしい。口元が血に染まるのも、格好いいとはいえまい。
彼女に断って、キッチンでくいっと空ける。
──!
部屋が急に明るくなったように感じる。世界の音が、急に鮮明になる。
おそらく今の僕なら、目を閉じていても部屋の中を動き回れる。音の反響だけで、どこに何が存在しているか分かる。
もちろん彼女の鼓動も、聞こえてくる。わずかな緊張を覚えていることも、わかる。
おそらくいつも叔母からもらう血の数倍、新鮮な生き血は効果が高い。
生体から採りたての血は、保存血と違って、飲んだ後も妙な後味がない。
そして今回は、叔母から吸うのとも違って、妙な罪悪感もない。
世界が自分のものになったような、陶酔感。
リビングから漂う、血を流した人間の雌の匂いに、僕のソレがいきり立つ。
そう、僕は一時的な発情期にある。今すぐ、彼女を欲望のままに刺し貫き、血を吸い尽くしたい。
それを押さえて、僕は口をゆすぎ、手鏡で口元を確かめて彼女の元に戻る。
体が、うずうずしている。あらゆる能力が、飛躍的に向上している。できないことは何もないという、全能感を感じる。
賭けてもいい。
能力控えめなこの僕ですら、今なら100メートル走でもマラソンでも、超人的な新記録が出せる。
自然に頬に浮かんでしまった、魔性の笑みを意識して押さえ。
僕はなにくわぬ顔をつくり、彼女のいるリビングに戻っていった。