(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
促され、血を摂取して梓を拘束してみる主人公。
本人は、鼻血が出そうなくらい興奮しているが。
客観的には彼女のお尻を手や鞭で叩いてみた程度である。
(第三者(カーミラ=美里)視点)
わずかな光もない、闇の中。
しかしそれも、彼女には薄曇りの日の屋外と同じようなもの。
彼女は苦もなく、必ずしも平坦でもなく、ときに過去の遺物らしいものが転がる地面を、なめらかに音もなく移動する。
彼女の視力は、現在、普通の人間の可視光線の波長をはるかに超えており。
強化された聴力でも、わずかな響き、空気の動きだけでも何がどこにあるか把握できる。たとえ目を閉じていても。
それは、彼女の一族の異能のひとつである。
血を飲むことで、多くの感覚や力が、大幅に強化されるのだ。
そして彼女は、先ほど、何者かの襲撃で負傷した仲間の手当の際に。
仲間である、若くたくましい、健康な人間の雄の血を飲んだ。
それによって強化された彼女の感覚は、彼に刺さった矢毒の性質を看破し。
その毒と毒で汚染された血の大部分を彼から吸い取り、容易に体内で解毒(代謝)した。
結果的に毒の大半を吸い出された
彼女は洞窟状の広大な地下空間の、地面に注意を向ける。
細かな土埃や砂礫に刻まれた、ぼんやりとした模様。
しかし彼女の赤外線領域にまで及ぶ視覚は、そこから、まるで夜光塗料で描いたように鮮明に足跡の交錯を見て取る。
──大多数の、どこか歪んだ形の靴跡。
それに混じる、少数の異なる種類の足跡。
少数派の、足跡。
その少なくとも一組は、常人の2倍近くある巨大なもの。
推測だが、この足跡の持ち主の身長は2メートル半くらいはあるのではなかろうか。
あと4つ。これは人間の、しかもスニーカーやブーツの足跡だ。
うち一つは、先ほど見た、あの無惨な死骸となっていた者の足跡だと思う。
この奥に一度進み、そして一人だけで戻ってきて、あの場で殺された?
彼女の目は、殺された若者のものと思しき、走ったように大股でよろけ気味の、スニーカーの形跡と。
それを追いかけていると思しき、複数のやや小さい歪んだ足跡を見て取っていた。
そして、最後によくわからない、何かを引きずった跡。
わずかに生臭い腐臭が、この跡からはしている。
血を飲んだからだけではなく、彼女の頬には笑みが浮かんでいる。
謎を追いかけ、突き止めつつある、高揚感。
行く手の曲がり角から漏れる、かすかな明かり。──明かり?
揺らめく火の明かりではなく、まるで電気照明のような、一定の光。
彼女は一度壁に張り付き、様子を伺い。
動きがないとみてとるや、岩壁の曲がり角を慎重に超え、そしてその光源を見出す。
ひときわ広く高い、巨大な空間。
その数十メートルにも及ぶ岩壁を破るように露出した、あきらかに場違いな、滑らかな継ぎ目のない曲線。
かすかに振動しているように、輪郭が時折ブレる。
そして、その十数メートル四方見えている金属の肌、地面から1メートルほどの高さにある、楕円形の開口部。
光は、その開口部から漏れてきていた。
──────
彼女は、選択肢を検討する。
一度引き返して、ミハイルたちと判断を協議するのが定石だろうか。
しかし、それは下策だ、避けた方がいいという直感が働く。
もし血を摂取していなかったら、彼女は一行のもとに戻っていただろう。そして、それは一行の全滅をもたらしていたことだろう。
だが血を飲んだばかりの彼女は、その特殊な一族としての異能で予見する。
突然、彼女の膝が曲がり。
恐るべき速度で助走し、跳躍する。
この洞窟の広く高い壁面、金属壁のある側とは違う面の、常人なら飛びつけるはずもない、地面から4メートルほどの高さの裂け目。
そこに、彼女は軽々と跳び上がり、その身を隠す。
ほとんど時間を置かず、空気が揺らぐ。
金属の壁の開口部の中から、異形の一団が出てくる。
かすかな息づかい。くすんだ、しかし薄い色の肌。原始的な服。矮躯だが、たくましい腕。がにまた気味の足。
彼女は薄暗闇の中で、目を凝らす。
あれは、あの姿は、──。
そのとき、彼女が来た方向。ミハイルたちのいる方向から、言い争う声がかすかに響いてきた。
それは鋭敏な彼女しか、気づかない大きさの音だったが、──
「──、────か!」
叫んだな。──アケチの声だ。あの馬鹿。
彼女は、唇を歪める。
さすがに異形の一団も、その声の響きに気付く。
目と目を見交わし、構えられる武器。この種族でも、頷きは肯定を意味するらしい。
背後から狩るか? この人数だけならミハイルたちとの接敵寸前に背後から撹乱し、挟撃すれば対応できなくもない。
しかしこの一団が、血を飲んだ彼女にすら直前まで気配を悟らせず、忽然と出現したことが、気にかかる。
──同じように別の一団が出現して挟み撃ちされると、今の自分といえど対応は困難。
それに、ミハイルなら。
情に流されなければその場は逃げられるはず。警告は、すませてある。
ウキタの技量と体調では逃げるのは困難。捕まるだろう。
しかし先に失踪した、おそらくはこの一団に捕らえられたと推測される若者たちも、すぐ命を奪われたわけではない。
非情なようだが、後のチャンスに期待しよう。
運がなかったら?仕方ない。
そう、彼女は切り捨てる。
アケチの馬鹿?自業自得。
先に、この異形の集団が来たこの開口部を確認せねば、禍根を残す。
そう、冷徹な彼女は判断する。
ただし、ミハイルたちに警告だけはしておくべきだ。
狩りに急ぐ異形の一団をやり過ごし、戻ってこないのをみすまして、壁面の隠れ場所から跳び下り。
彼女は数百秒後に(いま警告すると、一団が戻ってきてしまう)、大音量で警告音が出るよう設定した防犯ブザーを、来た方向に少し戻って設置する。
そして再び金属壁のある大空間に戻ってきた、彼女は。
人気のないのを、よくみすまして。
奇妙な金属の壁(宇宙船のようなものではないか、と彼女は推測した)の開口部に、音もなく忍び込んだ。
──────
──────
(第三者(ミハイル)視点)
──クソっ。こんな奴らが潜んでいたとは。
突然襲撃してきた、異形の集団に捕らえられ、縛められたミハイルは。
横で同様に捉えられた、アケチとウキタの気配を窺う。
アケチは抵抗したので、槍や棍棒で叩きのめされていて、今はぐったりと横たわっている。
口の傍に血がついているが、あれは口内を切っただけか、内臓にダメージを受けたのか。
ウキタはあまり抵抗できず、幸か不幸かあまりダメージを受けていない。
彼、ミハイルもたいした負傷はない。
ミハイルが引き際を誤り、叶わず逃走に転じたときには時すでに遅く。
相手が準備していた、原始的だが効果的な投げ網で捉えられてしまったのだ。
襲撃してきた彼らは、彼の知るどんな人種とも異なる。
奇妙な金属構築物の入口から漏れる薄明かりでみることができる、ミハイルたちを監視している歩哨を見やる。
くすんだ、しかし色の薄いオリーブ色の肌。森林地帯か、あるいは穴居生活に適応した結果なのだろうか、森の中や薄暗がりでも目立たないだろう。
身長はあまり高くなく、体格も大きくはないが、筋骨はたくましい。
頭部は、ほぼ無毛。もともと生えていないのかもしれないが、眉の上のあたりに冠毛のようなものが残してあり、頭を一周している。中世の武士のように、剃り上げているのかもしれない。
大きい鼻。落ちくぼんでいるが光る、暗視に長けていそうな目。
そして笑ったときに見えた、黄色い犬歯。
質素というより原始的な皮の服。ただ、鎧としての機能性は低くなさそうだ。
粗野な格好ながら、彼らには言語と知性がある。
しかし彼らの言葉は、彼の知る範囲のものではない、破裂音と擦過音の多い言語であり。
彼が聴き取った限りでは、母音は3つに限られているように思えた。
手に持った、身長より高いくらいの長さの槍は、中空のようだ。
吹矢の筒を、兼ねているのだろうか。
節を抜いていたら強度は低くなるはずだが、アケチたちを叩きのめしていた重い衝撃と音からすれば、それなりの重量と、堅牢さを持っているようだ。
竹ではない、未知の植物なのかもしれない。
ここにはいない
──しかし、こいつら。
それにしても、あのアケチの野郎。
彼は、歩哨どうし、聞き苦しい言葉で会話を交わしている、彼らを視野の端で観察しながら。
こうなった、きっかけに思いをめぐらしはじめた。
──────
「ミハイルさん。さっきの話っすけど。
あの女がいないうちに、確かめたいんす。
あの女が良いって言ったら、構わねえっすよね?」
そんな話を、アケチがしてきたのだ。
またその話か。
中学生じゃないんだ、いいかげんち〇こ頭からは卒業しろよ。
しかし、根が生真面目なミハイルは律儀に返答する。
「ああ、この場を凌いで、解散したら。
アケチが
ただな、カーミラ(弥生)はお前などに扱えるタマじゃないぞ。
そう言いたいが、ぐっとこらえてソフトに付け加える。
「ただな、それは終わってからの話だ。
このミッションの間は、おとなしくしといてくれないか?
それで人間関係がおかしくなって、肝心なときに協力できなくなるのは困る。」
「いや、それはそうっすけど。
ヤヨイさん?が、自発的に股開いてくれるんなら、話は別じゃないっすか。」
──マイク(ミハイル)さんが困るのは、チームがぶっ壊れるってことっすよね。わかります。
でも、ヤヨイは別にマイクさんの
もちろん、ウキタ、お前もなあんも考えてねえよなあ?
だからヤヨイがいいって言うんなら、誰にも悪いことは
あいつらに愉しまれるより、ヤヨイにとってもイイっしょ?
それにオレ、独りじめなんかしませんよ。ビョーキだって持ってないし。
みんなで共有、みんなでハッピー。
それのどこが悪いんすか。
そう、アケチはごねる。
「ぶっちゃけ、もう限界じゃないっすか。
あの人食いドジ〇どもに、雪隠詰めされて。
出口も見つからない、水も食料も3日分はないと来た。
角突き合うネタが山ほどあるんすよ、だから。
せめて女くらい、みんなで分け合って。
そして力を合わせねぇと。」
──それに。
あの
どうしても、誰かひとり、──食わなきゃいけなくなったとしたら。
いや、もちろん、最悪の場合っすよ。最悪の。
力がある、男を残したほうがいいっすよね。
馬鹿か、と怒鳴りつけたいのをミハイルはこらえた。
一見すると筋肉がついているようには見えない、カーミラ(弥生)だが。
その鞭のようにしなやかな体から生み出される膂力は、巨漢のミハイルを凌ぐ。
たとえ仲間に対してすら、彼女はめったに自分の手の内を明かさない。
しかし付き合いのそこそこ長くなったミハイルは、いくつかの機会で彼女の底知れなさを学んだ。
ミハイルは、それなりに傭兵やボディガードとして経験を積み、力自慢の男たちとも面識ができたが。
しかし鉄格子を素手で折り、銃身を飴のように曲げることができる者を、ミハイルはカーミラ以外に知らない。
仮にミハイルたちが束になっても、彼女一人に勝てるかどうか怪しい。
それに、だいたい。
食料も水も、籠城戦を想定してなかったので潤沢ではないのは事実だが、ミハイルは自分用には数日分、用意してきた。
おそらく用意周到な、彼女も。ウキタも、多少は持ってきているだろう、彼の荷物はそこそこ重かった。
しかしこのアケチの野郎は、ほとんど持ってきていないのだ。
彼は、不快感をつのらせる。
「それは、今考えることじゃないだろう。」
「どうしてっすか!大事なことっスよ!」
声が大きい、と彼は指を唇に当てるが。
「現実を見ましょうよ!
どうせ使うんなら、有効に使って何が悪いんスか!」
だめだ、こいつとは話ができない。
ミハイルはかすかに目を細めた。
いざというとき、を考えなかったわけではないが。
もし、誰かを切り捨てる必要があるとき。
彼の知る最強のカードである、カーミラを捨てる選択肢はない。
ウキタかアケチ。彼のそれまでの判断では、毒矢を受けたウキタが足手まといになると思っていたが、──。
「いいか、アケチ。俺はな、──!?」
ミハイルがそれに気づいたのは、遠くでおどろに、何かの音が響き始めたからだ。
(ブザーか?カーミラか、失踪中の若者か?カーミラだな、つまり、──)
「アケチ、ウキタ、来るぞ!」
「!」「なんで、──!?」
ミハイルは壁のくぼみに飛び込み、ウキタとアケチも疑問符を浮かべながらも伏せる。
その一瞬後、十数の吹き矢が、彼らが前までいたあたりに殺到した。
「銃を!」
「くそっ、──!」
銃を構え持ち、狙いを定めようとしたアケチの手元に、飛来した石が激突し、アケチは銃を取り落とす。
ギァー、という猿叫を上げて殺到する、人影。ウキタが構えかけた拳銃が、何者かの槍に弾き飛ばされる。
ミハイルの銃が火を噴き、敵の2人が倒れる。しかし、銃を向けた3人目は、ウキタを盾にした。
一瞬の逡巡。そしてミハイルは救出を諦め、逃走を選ぼうとする。
「アケチ、引くぞ!」
しかし銃を拾い上げるのを諦め、腰の特殊警棒らしいものを振り回していたアケチは、すでに数人に囲まれていた。
(クソッ!)
遅かった。
ミハイルは銃を再度構えようとしたが、腕に何かが絡み。
あさっての方向に銃口が向いてしまう。
銃を手放し、後ろに飛び退ろうとしたが、足に絡む何かで妨げられた。
めったやたらに、彼を絡めこんだ投網の上から振り下ろされる槍。骨が軋むほどの衝撃、しかしそれでも手加減されているようだ。
ミハイルは、頭を覆い、地面に伏せて戦意のないことを示し、槍での殴打は止んだ。
「ぐあああっ、あ、あーっ!」
愚かにも短い警棒で長い槍に対抗しようとしたアケチが、倒れることも許されず四方八方から嬲るように槍でたたきのめされている。
倒れこもうとしても、巧みに下から上に掬い上げるように打たれ。
股間に、情け容赦なく槍の石突が打ち当てられる。
目にも、槍の石突が突き立てられ。
鼻も、槍で叩き潰される。
喉にも、槍が当てられ。
声帯を強く打たれ。
襲撃者たちの下品な哄笑にかきけされてしまっていたが。
その悲鳴は、聞き苦しいひゅおうひゅおうという呼気に変じてしまっていた──。
──────
ずしーん、と遠くで音がして。
回想にふけっていたミハイルは、改めて周囲へ注意を向け直す。
周りにオリーブの肌の、奇妙に逞しい小男たちが集まってきた。
ミハイルたちを、襲った連中だ。
吹き矢と粗末だが実用的にみえる、皮の鎧で武装している。
彼らはミハイルたちを、坑内の先にあった巨大な空間に導き。
そこで捕虜を見張りながら、数時間にわたり滞留していた。
まるで、何かの到来を待つように、
この空間。縦横数十メートルにわたる、広大な岩盤の裂け目の、一方の壁面に。
金属の構造物の、ぬらりとした肌が岩を破って露出している。
宇宙船か、それに類するものの一部のように、ミハイルには思われた。
そして仮に、彼の推測が正しいとすれば。
その宇宙船は、この世界の人類の冶金技術の水準をはるかに超える代物である。
彼はその宇宙船の壁面に、リベットも溶接痕も見つけることができなかった。
しかし、ミハイルたちをとらえた、この者たち。
妙に邪悪な風貌の、おそらくは知られざる人類の亜種たち。
これらの者が、この宇宙船を造ったようには、到底思えない。
彼らの武器や服装は、産業革命以前の代物。それも、原始人に近い。
技術レベルが、あきらかに不均衡だ。
事実、これらの者は、この宇宙船を何らかの形で利用しているのであろうが。
妙に、この船を恐れてもいる。
どういう事情によるものか、ミハイルには知る由もないが。
喧騒が遠くから聞こえ始め、接近し。
やがて、どやどや、と新たな一団が、ミハイルたちが来た方向、つまりふさがれた出入口がある方向からやってきて、合流する。
どうやら、この新しい一団は、ミハイルたちを外で襲撃し、この坑内に追い込んだ連中と思われる。
この新しく来た一団は、ミハイルたちをとらえた一団と同種族の仲間らしい。
さっき、遠くで音がしたのは、──ミハイルの予想があたっていれば、あのふさがれた出入口の岩を、取り除けたのだろう。
ずしん、ずしんという足音。
ミハイルは、驚愕の叫びを噛み殺す。
巨人が、いた。
身長は、2メートル半を超える。
この世界の現世人類の大きな者たちとは異なる、横にも巨大でバランスのとれた体躯、全体に大きい頭や手足。
あまり知能は高くないのか。目は濁っていて、首輪が嵌められ。
肩に、呪術師めいた服装の痩せた小男を乗せている。
「」
リーダー格らしい、やや体が大きく、牛のような角を生やした兜をかぶった男の指揮で。
彼らは、宇宙船らしい金属の構造物に近づき。
そこに穿たれた、開口部に入り始めた。
ミハイルたちも、小突き起こされ。
一団とともに、宇宙船に入ることを促されるのだった。