(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
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待ち合わせ場所の大型書店の前のガードレールにもたれていると、人影が僕に歩み寄ってきた。
「駒込さんですか?」
「はい」
「目白です。お待たせしました。」
きちんと礼をした相手を、観察する。
背の高い、髪の長い若い女。
すこし着古した灰色のトレーナーにジーンズ、武骨なビジネスバッグ兼用のリュックサック。飾り気の全くない服装。
口元には、使い捨ての廉価な白い不織布マスク。
軽く息を弾ませている。途中、走ったのか?まだ3月で、風は冷たい。
くっきりとした眉。きつめの大きな目には、警戒心が浮かんでいる。
礼儀は守っているが、愛想笑いの欠片もない。距離も遠め。全く心を許していない様子。
予想していた、ふくよかなおばさん系じゃなかったので意表を突かれた。予想外に、まともすぎる。
こうなると、おとり捜査とか
僕の投稿、買春と取られても仕方ないしな。実際、そうだし。
僕が彼女への連絡メールで名乗った名前、「駒込」は、もちろん偽名。
相手の「目白」も、偽名だろう。お互い様だ。
「それでは、お話をさせてください。場所を移しますが、構いませんか?」
「はい。どこですか。」
「近くのカラオケボックスを予約しています。ちゃんとしたところで、怪しいところではありません。
時間は、1時間くらいで。」
「はい。音声、録ってもいいですか。」
彼女は、スマートフォンを示して見せるが。
「やめてください。もし無理なら、この話はなかったということでお願いします」
「──わかりました。じゃあ筆記でメモ、取ります。」
「どうぞ。」
まあ、若い娘としては当然の警戒なのだろう。
無断で録音することも僕は予期していたが、事前に了解を求めてきたのは彼女の誠実さを示すものかもしれない。世間知らずともいえるし、逆に別に本命のICレコーダかなにかがあって、僕の油断を誘ってる可能性もある。
だから、録音しない、と言ったとしても。
彼女が録音するだろうことを前提として、僕は話すつもりでいる。
そのまま無言で、僕たちは移動する。
目的地に、少し意外そうな気配。最近建設された複合商業施設の一角。この話、信用性はあると思ってくれただろうか。
カラオケボックスといっても、かなり豪華な部類。
普通の価格帯のところもあるが、僕が予約したのは最上級に近いグレード。
エレベータを降りると、すこし暗めのおちついた暖色系の照明、廊下のじゅうたんもふかふかだ。僕も実のところ落ち着かない。
店員さんから、簡単に室内の設備の説明を受ける。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
言葉を残して、店員さんが去り。
気まずく間を開けて立ち尽くす彼女に、僕はソファを勧めた。
僕も、小テーブルをはさんだ向かいに座る。
窓からは、街の明かり。その向こうに、わずかに黒々とした森がみえる。
「何か、お飲みになります?」
「いりません。お好きにどうぞ」
飲み物に何か入っているのを、警戒してるのかな。
リュックサックも、背中から降ろしたけれどじっと身に引き寄せてる。
大きな、白目と黒目がはっきり分かれた鋭い目が、僕を油断なく観察している。
僕はちょっと迷ったが、喉も乾いていたので、オーダーを入れる。ジンジャエール2つ。
何か、お聞きになりたいことでも、と水を向けてみる。
「この投稿をみました。これで、雇ってもらえるんですか?」
僕の投稿を、スマートホンで示してくる。
やぼったい印象の旧型のやつで、画面に斜めにひびが入っている。
「雇うわけではありません。固定したパートナー、わかりやすく言えば恋人の募集です。
結婚するわけではありませんが、大事なパートナーです。性交渉もするので、ちゃんと生計を支えたいと思っています。」
愛人契約だろ、きれいごとを。──そう、思ったのかもしれない。
一瞬、切れ長の目に軽蔑が宿った気がした。怖い。
ただ、この建前は維持しないといけない。でないと、こっちが悪者にされてしまう。
いや、悪者なのかな。でも、正直な悪者でありたい。
「条件、分からないところがあります。教えてください。」
彼女が、1つ目から順番に説明を要求する。
僕も自分のスマートフォンで自分の投稿をみて、口頭で条件を読み上げ、説明し、彼女に確認を求める。
彼女はルーズリーフのノートを一葉出して、メモを取っている。
「月1回2日間、というのは土日でいいんですよね。
朝早くから、翌日の夜遅くまでですか?それとも、金曜日の夜の0時から、日曜日夜の12時までですか?」
「土日で構いません。予定が合えば、平日でも。
時間については、──そうですね。
僕はここから少し離れた所に住んでいます。だから移動時間をみて、基本、1日目のお昼から2日目の夕方、あるいは昼すぎまででも十分です。」
コトが終わったあと、あまり長くいられても、気まずくなるしな。
だけど中途半端に性欲が強くて体力も(一般人基準では)ある僕は、2、3時間だと短すぎるだろう。
「そうですか。あたしは、それでいいです。
『ホ交別』は、ホテルと交通費別ですよね。
『20上』は、2万円ですか。20万円ですか。」
彼女がはっきりとした口調で、堂々と確認を求めてくる。
これ、録音取ってるのかもな。まあ、この数字だけ見れば条件としては悪くないと思う。むしろ騙しじゃないか、って思うよな。
「はい、宿泊交通費別です。20万円です。」
「その、──かなり高いですね。」
ごくっと、唾を飲む気配。
まあ、ある意味好条件ではある。月に1回拘束されるだけで、20万円。扶養名目なら、税はかからない。
「月に1回だけですか?増やせと言われることは、ありますか?」
「双方の合意があれば別ですが、そうでなければ契約どおり、月1回です」
「逆に、あたしから希望して回数を増やせば、お金も増やしてもらえますか?」
「それは、実際に試してから検討されてみてはいかがでしょうか。」
意外に乗り気そうなことを、言ってきた。──だが、微妙だな。
僕は、こちらから断ることも視野に入れ始めた。
基本、こんな怪しい条件に関心を示すのは、切迫した状況にある人。
それか、おとり捜査の捜査官という可能性もあるかも、と思っていた。一応、ほめられた行為じゃ到底ないけど、犯罪にまではならないと思ってはいるけど。
だがこの娘は、おとり捜査官には思えない。直感的なものだが、社会人ですらない。
とすれば、何かの理由で、お金が必要な状況にある学生かなにかなのだろう。
そういう事情持ちの人は、逆に回数を増やしてほしいと要求してくるかもしれない、と叔母は言っていた。だが、切羽つまっていておかしな手段に訴える可能性もある、
牽制しておくか。
「高いのには、理由があります。
最後から2番目のところと関係します。後で説明します。」
彼女はもう少し聞きたそうだったが、頷いた。
そして、他のところに関心を向ける。
「『他準備応相談』というのは?」
「準備金ですね。借金を持っている場合、ある程度まとまったお金を最初にお貸しします。無利息で。」
それで一回きれいな身にしないと、沼から抜けられませんよね。
そう、言ってみる。
彼女の姿勢が、前のめり気味。興味を示してる。
いつのまにか、体に引き寄せてたリュックが、離れてる。
これまでのやり取りからしても、彼女は聡明だが、経験不足だ。
多分、社会人としてはまだ新人か、せいぜい1、2年目。下手をすると学生だな。年齢を後で確認しよう。未成年だと洒落にならない。
「まとまったお金、ってどのくらいですか。」
「相談次第です。」
じりじりしてる。だが、ここは大事なところだ。
「もし必要だったら、後でご相談しましょう。」
そう水を向けると、彼女は不承不承うなずいた。
守銭奴なのか、借金大王なのか。多分後者だよな。
「そうそう、言い忘れていました。
『ホ』と書きましたが、ホテルではなく、別荘になると思います。」
「!──はい。」
上の空だった彼女だったが、それを聞いてハッとした。
さすがにそれが意味するところが、分かったらしい。
第三者の目は入りにくい、危険だってことを。
彼女の視線が、また警戒心をはらんだ。
ちょうど折よく、こんこん、とノックが入り。
若い男性の店員さんが、ジンジャエールを2つ持ってくる。
僕と彼女の前に一つずつ配置しようとしたが、まとめて置いといてください、と申し向ける。
「喉が渇いてたから2つ取りましたが、要りませんか?
良かったら、どちらでも好きな方をお取りください。何も入れてませんし、入れてもらってません。」
──注文するところ、見てましたよね。
彼女にそういうと、彼女は不承不承頷く。
そして結構大きいグラスのうち、1つを受け取った。口はつけない。
僕は委細構わずごくっと飲む。緊張していたのか、乾いていた口の中が潤う。
意外にもあまり甘くなくて本格的。僕の好みだ。
「つぎの項目ですが。
目白さんは、成人ですよね?」
「──はい。」
一瞬、溜めがあったな。
ただ、嘘をついている気配でもない。成人したばかり?
「これまでの婚姻歴、出産歴とか、一切、こちらからは伺いません。プライバシーにわたる質問もしません。
月1回2日間以外は、基本、一切干渉しません。もし恋人がいたら交際を続けても問題ないので、ご安心ください。」
もちろん、写真を撮ったりしないし、第三者に言いふらしたりもしない。秘密厳守。
毎月その2日間だけ、パートナーでいてくれればいい。
そう、言い渡す。
何か彼女は、納得しがたいような微妙な顔をしている。
あれ、安心すると思って、確約してあげたんだけどな。
それ、一番気にするところじゃないか?
あ、書き忘れてたこと、思い出したぞ。
「ただ、健康診断だけは最初と、その後定期的に受けてください。
もちろん僕も受けて、診断書を目白さんにお見せします。」
そういうと、彼女が狼狽した。
「健康診断、ですか?」
「はい。感染症がもしあったら、まずいですよね?」
性感染症。梅毒とか淋病とか。そう言うと。
かっと、彼女の顔が赤くなった。
これは、そういう病気持ちだと疑われたことを、怒ってる?それとも思いあたるフシがあって、狼狽してる?
「安心してください。お名前や個人情報を隠したかったら、そういうところはマスキングして構いません。」
「いえ、──」
逡巡してる。
「体を悪くしてて、最近手術したんですけど。そういうのは、いいんですか?」
「はい、気にしているのは感染症関係だけです。」
もちろん、それ以外も精密検査を受けても構いません。
この際、不調があったら調べて治すといいと思います。費用はこちらで持ちます。
そう伝えると、特に費用のことに言及すると、安心したようだ。
「それでいいです。」
彼女のOKが出た。
彼女は前のめりになってた姿勢をもとに戻し、ソファに深く腰掛けなおして背もたれに身をあずけ、深い息を吐く。
そして卓上の、少し氷が溶けて薄くなったジンジャエールのマドラーを回し。
マスクをはずして、音をさせないよう、一口すすった。
やっと顔を確認できた。わずかに肌荒れがあるが、顔立ちは端正だ。意思が強そうな、引き結ばれていた口が、ジンジャエールの苦味にほころぶ。
ただそこで、彼女は僕の視線に気づいた。今まで気を張っていたのに、ついにジンジャエールを半ば無意識に飲んでしまったこと、しかも僕に素顔をさらしてしまったことに、今、気がついたらしい。きまり悪そうな顔をしている。
知らぬげな顔で、僕は続ける。
次が、最大の難関。
ほとんどまともな応募がなかったのは、この条件のせいだと思う。
「完ゴム、ハード、死傷補償あり、です。」
「『完ゴム』は、絶対ゴムを付けてくれる、ってことですよね。
ハード、ということは、──」
「はい。多少、苦痛を伴うプレイをします。」
彼女が、再び唾を飲んだ気配。緊張している。
じっと見定めるように、また鋭くなった目で、僕を見つめている。
「死ぬくらい、ってことですか?」
「できるだけ、けがをさせないようにと思っています。
ただし、苦痛が伴いますし、事故は起こり得ます。」
セ〇クスに付随して、ハードなプレイが入る可能性がある。というか、確実に入る。
一族の宿命。僕にも軽度ながら倒錯した性嗜好がある。
「この額は、それを織り込んだ数字ってことですね。」
彼女が考え込んでいる。
「ハードなプレイ、とは?」
「目白さんを拘束し、痛みを与えたり、恥ずかしさを覚える性的行為をしたりします。」
「『拘束』って、縛ったりするんですか?」
嫌そうな顔をしている。しかし、──僕はそれにたまらない興奮を覚えていた。
そう、僕はやっぱり変態なのだ。一族の血をちゃんと引いてる。
「はい。それだけでなく、鞭などを使うかもしれません。それ以外の道具も。」
そこまで細かい性癖の開示は、今は不要だろう。
だが、あらためてこの、普通なら避けるだろう条件を確認する。大事だから。
娘はあらためて、手元のメモに目を落としながら、その整った顔をマスクの下でしかめた。
人目のない山荘で、体の大きい男に拘束され、いたぶられる。
まともな頭なら、組織とかの後ろ盾がなければ、リスクが高すぎると思うだろう。