(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
ドン引きされながらも、話はだいたいまとまってきた。
しかし、娘は準備金に固執している。
おそらく、3000万円は最低ラインなのだろう。借金はもっとあるな、と僕は推測する。
「信用できる事情だと、僕が判断できるかどうかによります。
増額するとしたら、どのくらいですか?」
「たとえば、──3500万円?」
3000万円が元本で、3500万円が元利一括?よくわからん。
これは、叔母に相談した方がよさそうだ。
事情を聞いても、持ち逃げされるリスクは残るし。
「仮に、その額をお渡しできたとして。
ちゃんと返して、いただけるかということですが。」
「そのことですけど。
詳しい事情は、話せませんが。
駒込さんとしては、あたしが逃げられないようにしたい、って話ですよね。」
「まあ、そうですね。」
ずばっと言われて鼻白む。なんだか僕がすごい悪人みたいだ。たしかに善人じゃないけど。
この娘、頭はいいがなかなか心臓に痛いことを言ってくる。
「それなら、たとえば。
あたしの脚をどちらか切って、逃げられないようにするとか。
そういうことをすれば、貸してくれますか。」
「!?」
なんて発想だ。温厚なサイコパスである僕すら、ちょっぴり引くよ。
彼女は、足でなくても、好きな部位で。とかさらに言ってる。
そんなもの、欲しくないって。欲しいのは、血なんだ。
──やっぱり、断ろうかな。
外見は結構いいし、頭の回転も速くて途中までは好感持ってたんだけど。
いかんせん、ネジがどっか飛んでる。
「そんなことで体を傷つけるのは、よくないと思いますよ。
もっと穏当なやり方がないか、考えさせてください。
それに僕も、そんなに近日中にその額を準備できるのか確認しないといけません。
電話をかけてきますので、その間に軽食でも、どうぞ。代金はもちろんこちら持ちで。
不安だったら、1回のフロントに直接行って注文してもいいですよ。」
「──はい。」
僕は娘を部屋に残し(僕の鞄は一緒に持って出た。中を漁られたら困る)、廊下に出た。
廊下は十分に通話できるくらい静かだ。防音性が高いドアのおかげだろう。
叔母の電話番号にかける。一発で出た。
「何、景ちゃん?」
「美里姉さん。今、面談中なんだけど、──」
かくかくしかじか、と頭のおかしい娘のことを話すと、叔母も状況がわかったらしい。
「間違っても、そんな話──脚とか腕とかの話ね──、乗っちゃだめよ?
ちょっとでも違法っぽいことを条件にしたら、それを証拠に脅迫してくるかもしれない。
おとり捜査なのかもしれないし。」
「そうだね。ただ、うーん、おとり捜査って感じじゃないけど。」
娘の様子を話す。社会人には、見えないことも。
「親の破産で大学にいられなくなりそう、とかかしら。
でも、腕とか脚とかって。たかが大学のために、そこまでしないわよね?
ちょっと危険な筋が相手にいるみたいなら、私も必要があれば手伝うし。
場合によっては兄さんたちの伝手、使ってもいいんじゃないかしら。」
「──それは嫌だ。」
「でも本当に困った事態になったら、私から兄さんに頼むわよ?」
まあ、芳しからぬ筋にはそれしかないな、と僕も思い、しぶしぶ承諾する。しかし。
「でも、どうすればいいかな?
持ち逃げされるかもしれない、ってところ。」
「そうね。でも話を聞いた印象だと、人間的にはまともに思える。
細かい話は聞かず、借金返済かどうかだけ確認。もし借金なら、返済先には、あなたが直接払う。
要は、その債権の買取りをするってことになるのかしらね。
そしてバックレ対策には、兄さんのところで使用人に使ってるアレをその子に付けさせてもらう。
それでどうかしら。」
「あれか、──」
「気が進まないのは、わかるわ。
でも、景ちゃんは、兄さんとは違うでしょ?
無意味に苦しめたり、しなきゃいいだけじゃない。
本気で持ち逃げ・夜逃げに対策するなら、あれくらいしかない。」
「わかった。手に入る?」
「たまたま手元に何セットかあるの。今日、持っていく?」
そうだ。ここは神保町。
この叔母は、ここからほど近い名門大学で働いている。
「この話、進めていくとしたら、必要かな。ほしい。」
「8時には、上がれるわ。『わかばホテル』でしょう?
8時半に、ホテルのロビー。それで、どう?」
「それでいいよ。」
時計をみる。意外に時間が経ってる。1時間後か。
「よかったら、夕食も一緒に食べない?」
「──いいよ。」
「じゃあ、予約しておきましょうか。時間、ちょっと遅くてごめんなさい。
希望、あるかしら?イタリアンとか、フレンチとか。」
「どこ料理でもいいよ。ありがとう。」
まあ、今回の件に限らずお世話になりっぱなしだからな。
最近はいつも叔母が僕の家に来るばかりだったから、外食するのは新鮮だ。
「じゃあ、適当に。
お金は、──景ちゃんも、三千万くらいなら口座にあるでしょう?
急ぐなら、私の家に現金であるけど。」
「もちろん、大丈夫。今からの話だから。」
お金はあるんだ。僕も叔母も。
叔母は高収入だし、僕も怠け者で本業はぼちぼちだが、本業以外でまあまあ稼いでる。
加えて僕は金だけはある父から、相当大きな額の贈与を受けてる。
あまり自分のものって感じがしないけど。
10分くらいの話を終わって、部屋に戻る。
律儀にも何も注文せず、娘は待っていたらしい。
ただ姿勢は少し崩して、背もたれにしなだれかかってた。
少し、額が汗ばんでる?暖房、暑いのかな。
お待たせしました、と言って向かいに座る。娘も、姿勢を正す。
どこか余裕なさそうな目が、僕を見上げる。
(娘はかなり背が高い。180cmある僕と、おそらく10cm弱くらいしか違わない。)
「それじゃ、こうしましょうか。条件をお伝えします。
一、もしお金を渡す相手がほかにいるのなら、直接こちらから支払う、──」
僕の出した条件を、娘は聞いてメモしていた。
そのメモをみながら、娘は確認してくる。
「基本的に、構いませんが。
駒込さんが払ったのに、私が払ったってことにしてもらえるんでしょうか。
払ったってみてもらえなかったら、大変なことになるんです。」
「あなたご自身が立ち会ってもらって、確認して払うので構いません。
ただ、ご自身で払うより僕が払った方が安全かもしれませんよ。」
一種の債権買取になるのではないか、と伝えたが、娘はぴんと来てない様子だった。
正直、僕もあんまりわかってない。叔母の受け売りだし。
だいたい、ちゃんとした合法的な債権じゃないかもな。脅迫されてる状態とか。
ただ、そこは情報を教えてくれない以上、僕にできることはない。
一応、話を進めることにはしたけど、下手に関わると。
先方が「鴨、めっけ」みたいに、こっちにターゲット変更するってのはあり得る話だ。
そしたら逃げる。冷たいようだが、つきあってられない。
ただ、向こうがしつこく因縁をつけてきたら?
そりゃ、降りかかる火の粉は払うしかない。
僕はしょせん、体力があるだけの素人だけど。
叔母も、優美な外見に見合わず、相当に強い。──やっぱり手伝ってもらうか。
手を借りてばっかりだ。叔母離れがテーマのはずなんだけど。
それに気は進まないが、父に頼んで戦闘派の使用人を借りざるを得ないかもしれない。
「細かい話は聞きません。ただ、これだけは教えてください。
ご家族の借金の返済など、ですか?」
「──はい」
「それだけのお金を払えば、完全解決ですか?」
「──いいえ。一部返済です。次の支払期限まで、待ってもらえます。」
「そうですか。」
予想外に深刻だな。これで完全解決じゃない、ってことね?
なんだかなー。やめてもいいんだが。
ここまで聞いちゃったし、もう少し話につきあってみるか。
「あと申し訳ないのですが、持ち逃げ、夜逃げの対策として。
完済までは、目白さんの所在の確認用の首輪を着けていただくことになります。」
監視用というか、追跡機能やそれ以外に少々おぞましい機能をもたせた首輪を、つけてもらうことにする。
父がそれ目的の使用人(っていうか、ぶっちゃけ〇隷)に付けさせる目的で設計させ、開発したもの。
同じような悪趣味な大金持ちの一部に、売れてるらしい。メチャ高価格らしいけど。
叔母がなぜ持ってたのか、気になる。見本としてもらったのか、それとも使う用途があるのか。
まあ、そこらへんの細かいことは今はいい。
まるっと飛ばして、極力、穏当な表現で首輪の機能を彼女に説明する。
──主な機能は、GPSでの所在地同定。許可なく外せないような、安全機構。
使い方によっては危険な機能とかがある。
(ここはあいまいに説明して、詳細は省略した。首絞め機能とか、通電機能とかがある。)
危険な機能は停止できればそうするが、わからない。停止できなかったとしても、安易には使わない。
そんなふうに。
「あたしは、かまいません。
あとは、それを着ければ。そして、さっきの条件を守れば。
3500万円、イケますか?」
真剣な目が、じっと僕を見つめる。
僕にとっては紙の上の数字でしかなくて実感が湧かないが、かなりの大金だ。
それこそ、これくらいで人を殺そうと思う人もいるだろう。強盗殺人事件とか、ほんの少しのお金で人が殺されてるよね。この100分の1くらいのお金で。
深呼吸して、頷く。
「はい。3500万円ということですね。
正確には、いつ必要ですか?」
「来週の金曜日までです。
この後、相手に連絡して聞いてみます。
支払いが来週平日になっても、駒込さんは同席できるでしょうか。」
それは構わない。こちらが付けた条件でもあるし調整しよう、と伝える。
仕事が上がったし、今月は比較的空いてる。何とかなるだろう。
他に確認することがあるだろうか。時計をみる。1時間を少し過ぎた。部屋は2時間取ってあるが、叔母との約束を考えると、そろそろここらへんで終わらせないといけない。
あ、まずい。忘れてた。
「一つ忘れてましたが、契約の解除について。
契約の解除は、双方の自由で構いません。どちらかが望んで相手に通知すれば、その時点で、この契約が消滅することとしましょう。
ただ、解約後も準備金の返済義務は残るので、完済までは首輪は外せません。
逆に、目白さんに障害が残った場合の補償義務も、解約後も残ります。」
これは当然なので、異論がないところだろう。そう思ったのだが。
「!」
なぜか、目白さんが衝撃を受けてる気配。
契約を解除したら、首輪も外してもらえる、と考えていたのか?甘いよ。
「それって、最初の1回であたしが駒込さんに気に入られなかったら、即、解除ってなりませんか?」
なるほど。そっちか。
目白さんは、一定の期間、この契約からの収入を期待してるようだ。続けたいわけだ。
──難しいな。
でも解約できない縛りをつけると、叔母が懸念したように、この娘が「人身拘束だ」とか訴える材料にする可能性もある。
「ただ、どうしても嫌だというのに続けることはできないでしょう。目白さんの人権もある。」
「そんな、人権って、──」
怒りの色?
まあ、たしかにお前が言うか!?って感じなのかもな。
この娘、正義感強そうだし、サディストのクソ野郎(と彼女は思ってる。否定できない)がそんなものを口実に自分をヤリ捨てる権利を主張しようとしてる、と思っただろうか。
「ただ、そうですね。最初はお互いに慣れる必要もあります。
3回までは、契約は解除できない、必ず会う。その間、どうしても目白さんが嫌になったら、性的な行為も止めるということでいいです。
その扱いは、最初の3回だけ。それ以降は解除、としましょう。
その最初の3回分は、会ってくれさえすれば、サポートを保障しましょう。」
逆にこちらが目白さんを嫌になって行為を望まなくても、最初の3回は必ず会うことにする、と伝える。
顔を合わすことさえ嫌、というのがあるかもしれないが、それくらいはお互い我慢だな。
「──わかりました。」
どことなく不満げで、落ち着かない様子。
まあ、行為は嫌だけどお金は欲しいよね。あさましい、とは思わない。人間としては当然だよ。
ましてやこの娘は被虐趣味なんて全くなさそうだし。
根拠はないけど、かなりS側じゃないかな。
女の子の間で人気がある、男役みたいなポジションの女王様タイプだと思う。
「後で契約書を作って、メールで案文をお送りします。
ただ、基本的には、条件はここでお話したとおりでいい、すべてYESで構いませんね?」
念を押す。
「3500万、お借りできれば。
あたしは、これで構いません。」
言質を取った。
彼女は、僕の血液補給係を兼ねた
「それでは、先方へのお支払いの前に待ち合わせて、サインすることにしましょう。まだ、日時は決められないですよね?」
「はい。すぐ、連絡して聞いてみます。それで。
今後至急、駒込さんに連絡したいとき、どうすればいいでしょうか。」
来たな。ここはネックだ。
連絡が不要とはいえないしな。
とあるSNSアプリを教える。匿名でアカウントが作れ、フォロー相手からのアクションはすぐに通知が来る。音声通話は無料。
旧式のスマホのストレージが既に容量一杯に近いらしく、空き容量を作るのに四苦八苦していたようだが、何とか入れてもらって相互フォローする。
こっちのアカウントも、偽名(駒込)で登録し、ニックネームを「だんごむし」と設定してる。死角はない。
時計を再度、確認する。もうそろそろ、いいだろう。
「それでは、以上で。楽しみにしています。
これは、今日、目白さんのお時間を頂いた、それに対する感謝のしるしということで。」
「──はい?はい。ありがとうございます?」
足がつかない現金がいいだろう。樋口一葉を一人いれた茶封筒を渡す。
意表を突かれた様子だが、感謝の言葉を口にして彼女は受け取った。
内線電話で、フロントに撤収を伝える。彼女も筆記用具を黒く四角いリュックにしまい込む。
それでは、と軽く促して部屋を出る。お互いに、一口も口を利かずにエレベータに乗り、降りる。
「清算はすませておきますから、どうぞお先に。」
「はい。今日はありがとうございました。」
丁寧だが、やはり気を許さない目を伏せて、彼女は一礼し。
そして去っていった。その後ろ姿を見送る。
清算を済ませて、外に出ようとしたとき、僕は敵意のある視線を感じて。
一歩、店に戻り。
そして注意を払って、暗くなってる外を伺いみた。。
「?」
すでに視線の主は、ここにはいないようだ。
心当たりはないが、──いくつか、想像はできる。
彼女はそこそこ、美しい容姿をしている。
男の平均身長を超えているし、万人受けはしないだろうが。
「──今カレか。」
そんなところだろう。
自分の彼女がこそこそ中年男と会ってた、って。そりゃ、気になるよな。
しかも、完全に誤解とも言えないのがやっかいだ。でもまあ、僕の問題じゃない。彼女の問題だ。
僕と彼女がパートナーになるのは、月に2日だけなのだから。
わざわざ追っかけて、教えてあげる義理はない。
それにだいたい、一族のなかでも鋭い僕の感覚でも、視線の主はみつけられなかった。
「もうすぐ、8時か。」
叔母がそろそろ仕事を上がる時刻だ。夜風が、意外に冷たい。
僕も一度ホテルに戻ろう。少し上に着こむか。大丈夫かな。