(仮)僕と彼女が契約を結んで冒険する話。 作:Marchhatter
意外に娘の発想が物騒なことに、主人公は引く。
叔母とも相談し、逃亡防止に首輪をつけることにして、契約の合意が取れた。
娘の去ったあと、主人公は誰かの視線を感じる。
日付上は今日2回目の投稿ですので、ご注意ください。
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投宿先のわかばホテルに戻ったのは、8時を少し過ぎたあたり。
無意味な警戒かもしれないが、なんとなく背筋がチリついたので、軽く尾行をまく行動を取った。途中からは何も感じなくなった、単に寒の戻りの風のせいかもしれない。
ロビーに入ったとたんに視線を感じ、目を走らせると。
ソファに座っていた、濃紺のスーツに身を包んだ姿をみつける。こちらに、軽く手を挙げてみせてる。
「美里姉さん。早かったね。」
「ええ、景ちゃんに早く会いたくて。」
片目をつぶって見せてる、いつもは冷たそうな美貌。
そう、叔母はほかの人にはクールなんだけど。
僕に対しては、それはもう甘々に甘やかしてくれることがある。
なんていうんだろう、──まるで恋人みたいに振舞ってくれる。
実際そういうときは、叔母は僕を恋人代わりにしてるんだろうと思う。
僕がソファの横に座ると、叔母がそっと腕を絡めてきた。
びっくりして見返すと、ふふふ、と笑う。──また、からかわれた。
「エスコートしてくださいますか、『
切れ長な目が、いたずらっぽく輝く。
こんな風に、「景二さん」と僕を呼ぶときは。
たいていそういう、恋人ロールプレイをしてもらいたいときなんだ。
しかたなく一度腕を放してもらい、僕が先に立ち上がり。
立ち上がる彼女に手を伸べる。彼女は手を重ねて、優美に立ち上がる。
柔らかい指の感触に、かあっと頭が熱くなる。
抑えないと。
「どこまで?」
叔母さんはつないでた手を放し、今度はさっきみたいに軽く僕の腕に、後ろから腕を通してきた。
ふわあっと、いい匂いが香り。
僕は脳の芯が、軽くしびれるような感覚を覚えた。
「そうね、──たまには肉を食べたくって。」
僕にも、異存なかった。
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叔母のガイドに従い、ワインとステーキが楽しめる店に入る。
肉の匂いに、僕の脳のどこかがぴくぴくと快感を感じている。
「私は、フィレかしら。がっつり行くわよ、300グラム。
──景ちゃんは?」
貧乏性な僕は、安めのハンバーグにしようとしたのだが、叔母に阻止され。
国産牛のステーキを待つことになってしまった。
「もちろん、レアよね。」
「うん。」
ああ、ここも普通の人たちと違うところなのかな。同じなのかな。
僕の家族は、野趣あふれる、生き血のしたたるような肉が好きだったりするんだ。
もちろん、少し個人差はあるけど。曾祖母は肉が嫌いだったらしいし。
少なくとも僕は、ときどき、無性に芯まで火がとおりきらない、レアの肉をかじりたくなる。もちろん、馬刺しとか大好き。
おそらくは、この叔母も。
それからしばらく、ステーキが来るまでの間、僕は叔母と
サラダやサイドディッシュも頼んである。
「景ちゃん、それで。
彼女さんは、どんな感じ?」
サラダをだいたい片付け、フォークの手がとまったところで。
叔母が微笑を湛えて、僕の目を覗き込むようにして問いかけてきた。
ひときわ端正な美貌の叔母には、店内の客から時折視線が飛んでくる(僕はそういう視線、敏感なんだ)のだが。
いつもみたいに冷たい感じでなく、包容力と愛情あふれる笑みを受かべている今、集まる視線が増えている。間違いない。
「いや、彼女じゃなくて、──」
「あれ、『彼』だったかしら。もちろん、それでもいいのよ?」
くすくす、と僕を嵌めた叔母が、笑っている。クソッ、口では勝てない。
「その子、気に入った?」
「うーん、気に入ったっていうか──」
外見は期待してなかったけど、正直好みだ。
「普通なら、気に入らない相手に大金はつぎ込まない。
──いい子だったのね?」
「外見は悪くないっていうか、かっこいい感じだと思う。でも。」
まったく、心を開いてくれない。
警戒心、バリバリ。
ヤバそうな状況みたいなのだが、それも全く教えてくれない。
電話で一度報告済みだけど、あらためてもう一度詳しい情報を共有する(ただ、目白さんの名前(偽名だろうけど)や身元特定可能な情報は、避けた)。
「そうね。
そこらへんは、ゆっくり信頼関係をつくっていくしかないわね。」
叔母はちょっと遠くをみるような、柔らかな目つきで、賑わう店内に視線をやり。
赤いワインを、飲み干してみせた。
頭を上げたので、しみ一つない肌の、白い喉が艶かしくうごく。
白いブラウスの胸元は、少し開いていて、V字型に胸元がみえていて。
僕は、思わずそれに注目してしまい、股間が持ち上がるのを感じた。
「ほら、ステーキ来たみたい。美味しそう!」
珍しく少しはしゃいだような叔母の言葉、じゅうじゅうという鉄板の音。
とりあえずあの借金娘のことはどうでもいいや。血の味を楽しもう。
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ひとしきり、叔母は僕のパートナー関係の話題を忘れたように、それ以外のことをいろいろ話してくれる。
自分の近況、父や祖父の近況、世間の動向、そんなところだ。
僕はぼっちでろくに親族つきあいもしないから、叔母は貴重な情報源だ。
「ねえ、景ちゃん。──さっきの話、だけどさ。」
少しとろんと眠そうな感じになった、切れ長の目で、僕の顔を覗き込むようにして。
叔母は、また話を引き戻した。
「その子、ちゃんと落としてみたらいいんじゃないかな。」
「『ちゃんと落とす』って?」
「ほら。優しく温かく、守ってあげるのよ。
女の子は、そういう白馬の騎士さんに弱いから。」
叔母がそう、楽しそうな顔で言う。
叔母にもそんな、白馬の騎士がいた(あるいはいる)のだろうか?
僕はちょっとだけ、醜い嫉妬心が疼くのを感じた。
「──私にも、そんな人がいてくれたらな。」
じゃあ美里さん、付き合ってる人はいないんですか。
問いかけの言葉が、口に出せない。
「それでね。そうそう。
私は、一族なんて半分どうでもいいと思ってる。」
そうなんだ。
僕もつねづね、そう思ってる。
ただ、今の話とどうつながるんだろう。
「一族はどうでもいい。
だって、今の時代、一族繁栄のために好きでもない相手と
僕たちの一族が、いつから存在しているのか、実はよくわからない。
中世や江戸時代は、一族の統制が厳しくて、なんとかまとまりを保っていたようなんだが。
基本的に、僕らの一族は個人主義者で、今ではまとまりは
個としての力が強いから、農繁期の労働力の相互融通とかのために結束を高める必要があった、典型的な日本の農村社会とは、ちょっと異質なんだよね。
僕らが絶滅しかけてるのも、一つにはそれが理由にある。
絶滅するのはまずい、って分かっていても。
自分のことが優先で、積極的にどうにかしよう、という動きはない。
祖父母の世代は、まだどうにかしたいと思ってるみたいだけどね。父世代以降は、もういいや、という感じ。
それが、一つはこの衰亡状態の一つの原因だと思う。
「だから。
景ちゃんは一族のことなんて気にしないで、本当に幸せになってほしい、って思ってる。」
グラスを揺らしている。あれ、そろそろ一本空くな。
大丈夫かな。僕は1、2杯だけ。しかも控えめな注ぎ方でしか飲んでない。
ということは、その残りはすべて叔母が飲んでるってことだけど。
「その子。その、彼女さんね?
今は、あまりお互いにいいところを見つけてないかもしれないけど。
試しに、とろとろに可愛がって、愛してあげたら?
それで変わらなければ、それは仕方ない。
だけど、もし。
その子も景ちゃんを愛してくれるようになったら。
そしてそこに、幸せがみつかったら、いいな。
──なーんてね。」
叔母の前にあった大きなステーキは、ほとんどすべて消えてしまっている。
その最後のひと切れを、叔母は上品にフォークに突き刺す。
「それと。
私も、幸せになりたいのよ。
私の幸せは、結婚でも、仕事でもない。」
ステーキを、口に含もうとして。
一瞬、白いきれいな歯がみえる。
僕らの一族の特徴である、少しだけ長い犬歯も。
「愛する人に、愛されたいだけ。」
少しだけ薄い色の目が、僕を妖しくみつめる。
そして白い歯が肉を咥え、紅い唇が閉じる。
ごく、とまた艶めかしく喉が動き。
ステーキの最後のひと切れが、消える。
「美味しい、な。」
僕はその彼女の様子を、魅了されて見つめていた。
「ねえ、景ちゃん、ところで
頼まれた
ただ、ここで渡して使い方をレクする、って。無理でしょう?」
だからホテルに戻って、ちょっとだけ部屋でお話ししましょうか。
それと、その彼女さん関係のお金の支払いとかも、要相談ね。
銀行口座からの振込みは足がつくけど、現金だと後からごねられるかもしれないわよ?
そう言って、叔母はチェックお願い、と店員さんに告げ。
ちょっとごめんなさいね、すぐ戻るから、と言ってトイレに消えていった。
僕はいつのまにか勃ってしまった自分の股間のそれを、なだめながら。
まだ自分のグラスに半分くらい残っていた、赤ワインを干したのだった。