あれは俺がアルフォンス王子達と一緒に巨人族の国ヨトゥンでの騒動に巻き込まれ、その騒動が一段落した時の事だった。きっかけはそう、俺の生命線でもある魔銃ブレイザブリクが新たな英雄の召喚を可能とした光を発した日の事だった。
本来であれば俺がどの英雄を召喚できるか指定できず、貴重なオーブを犠牲にし召喚台の前でブレイザブリクの力で異界の英雄を呼び出すというもの。だがあの時は普段と違っていて今回は俺に何者かが召喚されたがっているようにも感じられた。
その為俺は一度アスク王国に戻り召喚を試みる事にした。オーブの手持ちは心許なかったが、今ならば、青の召喚石を狙えば来てくれる。そんな確信があった。だから俺はなけなしのオーブを使いブレイザブリクを召喚台目掛けて放射した。
召喚台から白い煙がプシューと漏れ、直後に眩い光が放たれる。光が晴れると中にいた英雄はとても大柄な女性だったし見覚えもあった。
筋肉質の身体に白い鎧を身に着け、巨大な槍フリムファクシを軽々と持つ金髪オッパイの美女……ついこの間ニザヴェリルのオッテル相手にとある大失態をやらかしたヨトゥンの第一王女ノートだったのだ。
「こ、これは……!?」
召喚に応じたノートはどういうわけか自身の身体をしきりに触っている。まるで今の自分の状況を信じられてないようにも見える。
「あ、あのすみませんそこのイケメンの御方、鏡か何かをお持ちではないかしら?持っていたら貸して頂きたいのですけれど!」
イケメン……?まさか俺のことか?周りには他に誰もいないし、ま、まぁいい。この前古物商から買った手鏡があったし、どうぞ。しかしイケメンか……うん、ノートの瞳と見る目は確かなようだ。うん、生まれてこの方誰にもいわれた事無かったけど、うん。
「ありがとうございます!」
ノートは俺から手鏡を奪い取らんとする勢いで受け取り自らの顔を写し出すと、目にいっぱいの涙を溜めて大泣きし始めた。
「ゆ、夢じゃない……この身体、この顔……戻ってる。あのブサイクな盗賊ではない。美しい私の顔に……うぅ…」
俺にはノートが何を言っているのかさっぱりわからなかったが、少なくとも召喚される前にとてつもない何かがあった事は確かならしい。俺が知っているノートはあんな激情家ではなかったし、盗賊とやらに何か奪われたのか……?例えば個人的なお宝とか。
「ご、ごめんなさい。お礼申し上げず……私はヨトゥンの第一王女ノートと申しますわ」
おや、ノートは俺を知らない?異界では俺とまだ会っていないのだろうか。それとも異界の召喚士は俺とは別の人物なのか。とりあえず俺は自己紹介を述べ、俺がノートを召喚した事を伝えた。
「では貴方がアスク王国の召喚士様!しかも異界の……そうですか、では私は……異界に来たという事ですのね……」
や、やっぱりショックだったのか?これまでに召喚した英雄は皆召喚に好意的だったけど、ノートの場合は未練があったのだろうか。
「未練……そうですわね。無かったと言えば嘘になります」
やはり召喚したのはマズかっただろうか?しかしまるで召喚を望んでいたような空気を感じたのだが。
「あ、あの……もし何だったら元の世界に送還しましょ」
ドンッッッ!!!
「ッ!?」
危うく舌を嚙むところだった。情けない話しだが一瞬の事だから何が起きたかわからない。ノートが突然地面目掛けて拳を振り下ろし、地面に大きな亀裂を作ったと気が付いたのはそれから数分後の事だった。
「許さない……私のこの身体を奪い取り、ヨトゥンを乗っ取ったあのコソドロ共……ダグちゃんの身体まで……」
それからもノートは何度も地面に向かって殴りつける。俺が貸した鏡もまたノートによって殴られ粉々に砕け散っている。
「うふふふふ……許さない。絶対に許さない……ふふふふふ」
今のノートにかける言葉が見当たらない。怖いから。無理だよ、どうやって止めたらいいんだよ。ノートはそれからもしばらくの間笑いながら地形を変えるような勢いで何度も地面を殴りつけたのだった。
※ ※ ※
「し、失礼しました。私とした事が、つい我を忘れて……」
「い、いえ、お気になさらず」
しおらしくなったノートがあやまってくるが、俺には気の利いた言葉など思い浮かばず、そう言うのが精一杯だった。俺はなるべくノートの怒りを再燃させないよう話しを聞いてみる。
聞いたところによると、ノートは奇妙な魔道書を使われ盗賊と身体を入れ替えられて城の兵士にいたぶられ拷問死してしまったらしい。本来であればそんな油断はしないはずなのだが、相手は二人いて先に妹のダグと身体を入れ替えノートに接近したようだ。ダグは盗賊の身体のままヨトゥンを追放され、今以上に発展する故郷をまざまざと見せつけられた。
き、きついな……。俺の陣営にも不幸な身の上の英雄はいるが今回のようなケースは聞いた事が無い。
「いっそのこと死んだ私の方がマシだったのでしょうね……残されたダグちゃんに比べたら」
やめてよ、そんな風に言われても俺にはどうする事もできない。この世界と目の前にいるダグがいた世界は全く別の似ている世界なだけだし、せいぜいノートを鍛えてあげる事しかできない。
「それですわエクラ様」
え、なに ? 俺にどうしろと。
「おそらくあなたの役目が終わったら英雄は元の世界へ帰還するのでしょう。ではその日の為に私は」
そこまで言うとノートは俺の前で宝槍フリムファクシを割れた地面に置き、俺の前に跪いた。
「貴方の槍となります。ですから私を鍛えてくださいませ。二度とあのような無様は晒しません。貴方の為になんでも致します。望むのならば、この身も貴方に委ねます。ですから……ですから、私を鍛えてください……ッ ! ダグちゃんを迎えに行かせてください ! 」
俺に協力してくれる英雄は多い。しかしここまで忠誠を誓おうとする英雄はいない。皆それぞれ忠義を尽くす王や主がいるのだから仕方ないのだが、取り敢えず俺はノートの要求を受け入れることにした。身を委ねるというのはまあ、成功報酬という事にした。
ヘタレ ? 知らん知らん、俺はそんな鬼畜野郎ではないのだ。
* * *
数日後
俺ができる事なんて本当にたかが知れている。ノートの育成なんてものの数日で終わった。
「こ、これでたかが知れている…… ! ? ここまで強くなるのに本当ならどれだけの年月が必要になるか。なるほど、最近のアスク王国の躍進に召喚士が大きく影響しているとは聞いていましたが、これなら納得もできますわね」
訓練後俺とノートの前に村の襲撃を画策していた盗賊の群れと遭遇。戦闘になるがノートの前方数十メートル先には村を襲おうとしていた盗賊達がいた。斧や魔法を使う敵も大勢いたが全員ノートが振るうクリムファクシの数振りで吹き飛ばされてしまった。以前戦ったノートとは違うスキルを持っていたようで、異界ではあれどさすがノートと言った強さであった。
(強くなっている。間違いなく以前の私よりも……これだけの力があればダグちゃんを救い出せる……いえ)
ノートが俺の方を見ている。そうだよな、いつまでも呆けていないで捕縛しないとな。俺は早速最寄りの兵士に連絡して盗賊の捕縛を依頼、ノートと共に一度城へ帰還することにした。
(この御方の敵を叩き潰す方が先ですわね。結局この御方は私に何も要求してこなかった。やろうと思えば私なんて好きにできそうなものなのに……)
ノートの熱い視線は俺の気のせいという事にしておこう。大体ノートくらいにもなれば男なんて引く手数多だろう。優秀な側近がいればノートはもう大丈夫。次に俺がしてやれることと言えば『ノートを元の世界に帰して望みを叶えてやる事』だ。その為にノートは俺の指示に従ってきたのだし。
だがそんな自由に異界を行き来できる手段なんて皆無と言ってよかった。なにせこっちはまだニザヴェリルとの闘いすら終わっていないのだ。俺はなるべくノートをヨトゥン関連の戦いには出さないように部隊編成を行う。お気になさらなくてよいのに……とは言っていたが……すまん。敵と相性が悪いだけなんです。
状況が変わったのはニザヴェリルとの闘いが集結し、今度はエンブラ帝国との闘いが激化してきた辺りだった。
繋がる絆
異界の英雄を借り受け次々と奥の階層へ進んでいくという新たな戦いである。ちょうどその頃奇妙な異界の噂を聞いた。
『ダグとノートが生存している世界がある』
これだと俺は考え、その異界に対してけっこう頻回にアピールをした。俺は強い英雄持ってるよ。すんごい美女だよ。俺イチオシだよ。とにかくひたすらその異界に情報を送ってやった。そのかいがあったからか、遂にその異界から『ご連絡』が来た。
繋がる絆終了後、夜半静まり返ったヨトゥンの城
「いや~この身体にも慣れてきたなあ」
「ええ全くですわねアニキ♡」
城の玉座では胡坐をかきながら美味そうにフルーツを口に頬張り種をプッと口から噴き出す女王ダグとその足にしなだれかかる姉ノートの姿があった。だが二人は先日王城から盗み出した怪しげな魔道書の効果で最初に盗賊の親分がダグ、次にダグになりきったノートを騙して子分がそれぞれ身体を入れ替えた。二人の演技の完成度は高く兵士の誰もが入れ替わりの事実に気が付かない。しかもダグとノートが治めるよりも上手くアスク王国やニザヴェリルと立ち回っているのは皮肉としか言いようがない。
その玉座の間は静かな物で、内側から鍵がかかれば外側からは誰も開けられない。力尽くでこじ開けようにも頑丈で開けられないのだ。入るためにはヨトゥン王族並みに強い力で強行するか、または王族しか知らない秘密の地下通路から忍び込むか。
秘密通路の存在は機密事項でありヨトゥン前女王が崩御した今、知っているのはダグとノートの三人しかいない。
そう、三人・・だ。
「うおおッ ! ? 」
「な、何事ですの ! ? 」
玉座の裏にある床が突然開いたかと思えば、突如大きな壁のようなものがぶちかましをしてきてダグとノートを玉座諸共吹き飛ばした。二人はスキンファクシとフリムファクシを構え突然の襲撃者相手に身構える。
「どうなってんだよ、この通路俺達のほかに誰か知ってんのかよ」
「そんなはずはない筈ですけど……」
二人は出来上がった大きな穴から出てきた巨体にぎょっとした。現れたのは怒りのあまり表情が無くなったヨトゥン第一王女ノートだったのである。
「お久しぶりね、コソ泥の皆さん……」
「な、なんでお前がここに……」
「そんな、王女の身体は俺がこうして……」
パラパラと土煙が昇る中ダグとノートを見据える異界のノート・・・・・・。居るはずのない女を亡霊を見るような目でダグ達は見つめていた。
「ま、まあいいですわ。どうやって身体を手に入れたかはともかく」
ノートは余裕を見せようと両足を大きく開き両手でピースサインを取る。それは以前盗賊にされたダグに対して行った侮蔑のポーズ。
「今やノートの身体は俺の物。この身体は俺たちの方が使える事、それは実証済みですわ。あなたの妹ちゃんでね」
ノート・・・の眉がピクリと動く。この世に二振りと存在しない筈のフリムファクシの柄を握る手が強くなる。それでも折れないのはヨトゥンの宝槍だからなのだろう。
「それに私たちはニザヴェリルを制し二国を手中に治めたヨトゥン美人姉妹 ! 」
ノートはくるくる回りながらダグの隣へ近寄りI字バランスを取る。
「愛するアニキの子分、ノートですぶぎゃ ! ? 」
気が付けば身体が勝手に動いていた。ノートはかつての自分の身体の顔面を殴り倒す。聞くに堪えなかった、自分の身体が口に出す言葉も。見るに堪えなかった、この玉座の前でふざけた態度をとる身体自体も。
「油断するなよノート、こいつは元とはいえノート。自分の身体の事なんて知ってるんだからさ」
ダグはまだ余裕の態度を崩さない。彼女たちの中ではニザヴェリルとの闘いを制したことが自信に繋がっているのだろう。
「りょ~かいですわアニキ」
ダグとノートはノート・・・を挟み撃ちにするように展開し、それ以上の言葉無く同時にスキンファクシとフリムファクシを振りかぶり攻撃を仕掛ける。斧と槍、二つの攻撃が同じタイミングで襲い掛かる。
だが
「「ぐあああッ ! ? 」」
同じタイミング、強力な攻撃、本来なら強烈な一撃だったのだろう。だがダグ達は知らなかった。今目の前にいる不届きものは召喚士の力を使い呼び寄せられた本来とは違うノート、持っている力も異なっている。攻撃特化の二人とは違い今のノートは守備に秀でている。おまけに同時にとは言っても迎え撃つノートが棒立ちでもしなければ同時に攻撃を受ける事態は成立せず、先にノートへ向かい返り討ち。続けざまにダグの攻撃を正面から受けきり、必殺の一撃を喰らわせたのだ。
かつてスキルによる相性倍加で攻撃を耐えきったダグ……盗賊であったが今回は耐えきることなくノートの一撃に倒れた。昔持っていた相性激化がまだ備わっていればまだ勝ち目は見えた。だがそのスキルはもう無く、異界の力を得たノートは召喚士による強化を受けている。勝ち目などあるわけがない。
「ノート……ノート ! ぐ、くそぅ……」
ダグは吹き飛ばされた相棒を見る。だが腹部から出血しているその姿は誰の目から見ても致命傷であった。
じゃり、と異界の存在となったノートが履くサンダルの音が鳴りダグに近寄ってくる。
「へ、へへ……いいのか ? 俺をここで殺したら、せっかくでかくしてやったヨトゥンがどうなるか……」
ノートの視線は揺るがない。絶対に油断しない、その決意は揺るがない。そこにはオッテルに熱い視線を浴びせていた王女の姿は無かった。
「そうかよ……へ、まあ……しばらく王女として好き勝手できて……たのしか」
ダグの言葉は最後まで口にされる事無く、ノートのフリムファクシによってダグの生命活動は途切れた。背後では弟分の魂もまたこの世に残ってはいなかった。
「こうも簡単に倒せた……あの時油断さえしなければ……申し訳ございません、母上……ダグちゃん……」
ヨトゥンの女王と姉が突如賊の襲撃によって亡き者にされた。青天の霹靂とも言えるその知らせは各国に知れ渡り、ヨトゥンはその対応に追われるのだった。それがまさか本物の第一王女の仕業だとは誰も知ることは無い。知っているのは当の本人と異界の召喚士だけであった。
「えっと……少し離れてくれるか ? 歩きにくいんだけど」
「いえいえ、お世話になったお礼がまだですから」
「姉ちゃんずるいよ。あたしだってお礼したいんだからさ」
数日後、召喚士のブレイザブリクが反応し緑の召喚石を撃つと、今度はノートと同じ異界のダグが姿を現した。身体を入れ替えられ、拷問による後遺症でこの世を去ったダグなのは何者かの意図ではないかとエクラは訝しんだ。そんな事わかるわけもないのでエクラは美人姉妹によるサンドイッチ状態を内心『うひょひょい ! 』と大喜びしていた。その姿をアスクの城の柱から悔しそうに眺めていた女性英雄もいたが、この鈍感野郎は気が付かない。
『トールの軍勢が攻めてきたぞー ! 』
トールの大軍勢による戦い『ミョルニル』の開幕である。
「あら大変。行きますわよエクラ様、ダグちゃん」
「あいよ姉ちゃん、召喚士さん ! 」
ちょ、待ってとサンドイッチ状態で二人に引きずられながらエクラもミョルニルに赴く。異界の存在として生まれ変わったノートとダグは比翼の存在として今後もエクラの戦いを助けていくことになるのだった。