日も沈みかけ、薪の爆ぜる音だけが静寂を乱す黄昏時。ラビアンは立ち込める
湯煙の熱気に包まれていた。その体型ゆえに並の湯船では胸が入りきらない
彼女にとって、風呂とは蒸し風呂に他ならない。敷き詰めた薬草が蒸されて放つ
独特の香りを楽しみつつ、全身へ薬効を染み渡らせる至福の一時であった。
「聖女様、加減は如何ですか?」
「大丈夫。このままで丁度良いわ」
ラビアンの周りには男達が群がって彼女の身を清めていた。
胸の谷間や先端等、自分一人では手が届かない場所が有る。
そんなラビアンに代わって体を洗う人手が必要なのだ。
「呪印の様子はどうなっていますか?」
「また形が変わって大きくなっています」
妖しく輝く呪印は以前よりも広範囲に浮かび、呼応するかの如く
ラビアンの肉体と精神を蝕む。異なる次元から上位存在を呼び寄せ、
宿らせる贄の証。本来ならば忌み嫌うべき刻印だ。
「そうですか。それは僥倖です」
しかし、ラビアンは安堵した様子で腹を撫でた。妊娠と出産で肌が
伸びているにも関わらず呪印の形が崩れる事無く残っているのは、
疑いようもなく超常の力が宿っているのだろう。
「あら、物足りなかったのかしら? 我慢しないで良いのよ」
ふと気づけば、いきり立つ逸物がラビアンの肢体に押し付けられていた。
溢れる母乳や彼女の体臭が密室で渦巻いているのである。これで雄の本能が
反応しない訳が無い。なので過剰に昂らせた男達の性欲を受け止めるのは
彼女にとって当然の義務であった。
「もう無理です! 何十回と搾られてますから出ません!」
半分泣きそうな声で男が叫ぶ。寄生虫の影響で常人離れした精力を得ているのに、
ラビアンは平然と枯れるまで『ご奉仕』するのである。その影響なのか、村人は
彼女が近くに居るだけで条件反射的に勃起する有様であった。
「ふふっ、冗談ですよ。でも、辛くなったらいつでも夜這いに来てくださいね」
微笑みながら囁くラビアンの手は自然と竿へと伸びていた。白魚さながらに
柔らかく細い指は、剣を振り回し弓を引く武僧とは思えない程柔らかい。
「それにしても、聖女様は疲れないんですかね? 儂らより早起きで夜遅くまで
働いているんでしょう? いつか体を壊しゃしないか気が気じゃ無いんでさぁ」
「まぁ、これでも修道院で過ごしていた時よりも楽なんですけどね~」
懐かしそうにラビアンは語り始めた。
「夜明け前には起きて、御祈りと聖歌を歌って、朝食を済ませたら日々の勤めを果たしてました。
あ、お勤めは此方に来てからやってる事と同じですよ。聖典の写本や裁縫、糸紡ぎと畑仕事に
治療の施術ですし。その後は昼食後に詩歌や読み書きの勉強。そして御祈りと沐浴をして――」
指折り数えて日課を数えるラビアン。さらりと言ってのけるが、この時点でも結構な重労働と
息を吐く暇も無い過密スケジュールである。
「――最後に晩御飯を食べて就寝。一日のお勤めが大体5~6時間で食事が
各1時間の三回で3時間程度。睡眠が4時間程だから・・・残る12時間は
御祈りと聖典のお勉強ですね。それと比べれば今は昼寝も出来る位は楽ですもの」
僧侶と言うのは基本的に知識層なのである。人伝に布教を行えば少なからず
情報の齟齬は生じる。人の記憶は移ろいやすく、だからありのままの情報を
記して残す識字能力は必須であり、相応の時間を掛けて勉強せねばならないのだ。
その合間に自給自足の生活基盤を整えねばならなかった修道院時代に比べれば、
分業体制が整っている今の方が仕事が減っているくらいだ。
「此方に来てからは寝てる時間の方が増えてますからね。もう少し動いた方が良いかしら?」
最近のルーチンと言えば、まず食事を済ませたら搾乳と種付けか出産。午後は運動がてら
狩猟や魔物討伐、交易の為に近隣の街へ向かう人の護衛と搾乳。あるいは読み書きの教導。
そして食事を済ませて沐浴。最後に夜の奉仕と就寝と言った具合だ。
「ははぁ、そうですか・・・・・・ところで、この模様が大きくなってるのは
どういった理由か御存知なので? 何か良くない事の前触れなんじゃないか
心配なんでさぁ。こっちに来たばかりの時から見た目も大分変わってるんで」
暗闇でも妖しく光る呪印は、まるで生きているかのように今も蠢いていた。
「御心配無く。これは元々そういう類の代物なんです。折角ですから皆さんにも
詳細を知っておいて貰いましょうか。その方が安心して子作りに励めるでしょうし」
ラビアンは汗を拭いつつ己の過去を語り始めた。
@ @ @
「くっ・・・・・・まさか、ここまでとは思いませんでしたね」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるラビアン。採光用に設けられた
硝子の天蓋越しに見える空には城壁より巨大な体躯の怪物が目玉を動かし、
六本の足を聖堂の外壁に絡み付かせながら睥睨している様子が見えた。
聖堂の内部には数十人もの邪教徒が待ち伏せており、異形の怪物や人間の
成れの果てがひしめいている。背後は断崖に面した窓しか無く、飛び降りれば
運が良くても挽肉間違い無し。まさしく絶体絶命だ。
邪教団に内通している裏切者が居る可能性が高い。そう告げられた事が
全ての始まりだった。幾人も邪教の調査に向かい、帰って来なかった。
それだけ敵勢力が強大であるとも言えるが、同行者も付けずに調査を
命ずるなどの不可解な指示が出されている点が有る。その容疑者の
尻尾を掴む為に囮となって動いて貰いたいとラビアンは命じられたのだが・・・
「上位存在が既に顕現してるなんて・・・」
死人が彷徨う森を抜け、魔物と化した植物を切り払い、異常な肥大化を遂げた蜘蛛の巣を突破。
かつて村人だった異形の群れを振り切り、遂に邪教団の本拠地と成り果てたケッサリア聖堂の
膝元まで辿り着いて見せた。だが本拠地だけあって守りは固く、正面から侵入は厳しかった。
なので下水道から忍び込む事にしたのだが、そこは既に異界と化していた。
下水道では他者の肉を食わねば己が肉体を得られぬ不完全な召喚で生み出された、
ナメクジもどきの怪物が拘束されていた。しかし、頭上のソレは完全に重量を
無視した巨体で聖堂に張り付いている。悪魔の名をあやかり『セーレ』と
名付けられたアレが実体を持っていれば、その重さで聖堂は既に崩れ去っている筈だ。
つまり、完全な降臨まで至っていない。それなら打てる手は有る。
「後はどうにかして剣を届かせる術を見つけないと」
邪教徒が刻んだ呪印により、犠牲となった人々は次元の異なる存在を生み出す母体となった。
言い換えれば此方から別次元に居る本体へと物理的な干渉が出来る状態になっている。本来
上位存在は見る事も触る事も出来ないからこそ、現世へ干渉する為の依り代が必要なのだ。
もはや一刻を争う事態だ。今更撤退して報告をする時間は無い。だが、今のラビアンには
上位存在を攻撃する方法が無かった。唯一確実な方法はラビアン自身に呪印を刻む事。
そうすれば上位存在を産み出せる様に体が作り変えられるので、ラビアンからも上位存在へ
物理的に干渉・・・即ち、切り伏せられるのだ。失敗すれば苗床となるが、選択の余地は無い。
「ここまで、ですか・・・」
罠に嵌められた哀れな犠牲者を装い、観念した振りをして武器を捨てるラビアン。
邪教の信徒が両腕を振り上げると得体の知れぬ光が放たれ、青白い輪が幾重にも囲み、
身動きが取れなくなる。勝ち誇った笑い声を響かせ、真紅の光が視界を埋め尽くすと、
彼女の腹には悍ましき烙印が深く刻み込まれていたのだった。