言付かった苡月は突然のことに少し戸惑いを見せていたものの、こちらへ帰って来たばかりで勝手がわかっていないだけと思ったからか、特に理由を聞いては来なかった。
陽は走りながらそんな先刻の状況を思い出し、
「――これからちょっとやりにくくなるかな。や、苡月が悪いわけじゃねぇけどさ」
「こういうものだと理解してもらうようにすれば、なんとでもなるよ。…状況次第では無理くりでも構わない。なににせよ、あの子を巻き込むわけにはいかないんだから」
「そうだなー…」
そう言葉を交わす二人の前を走る
「この先のコミュニティセンターです」
「了解」
辿り着いた区内の公民館は、柵で囲われた敷地や駐車場を含めて閑散としており、遠くから地域のクラブ活動に興じる子どもの声が聞こえてきたりと、普段と何も変わらないような空気感で佇んでいた。
「…
「ああ、間違いない」
今までのパターンを鑑みて疑念を向けてくる陽へ、蒼矢は静かに返した。片手を添えるその腕は細かく震え、色白の肌が透けるように青さを増す。
「まだ"狩場"にはなってないようだね。…敷地内を少し確かめようか」
そう言う葉月に呼応し、三人が揃って公民館入口へを歩みを進めた途端、各々の胸元が淡い光を帯び始めた。
「…!」
「狩場出来る前で助かったな、被害最小限じゃん」
「そうだね、早く転送してしまおうか」
「…はい」
一足先に首から下がる銀色のペンダントをシャツから引っ張り出し、陽は鎖の先に黄色く輝く鉱石を握る。
全員が転送準備に入る中、蒼矢は口元だけで小さく呟いていた。
「…誘われてる気がする」
一瞬の空気の移り変わりを経て、三人は全く違う景色の中に立っていた。
目の前に建っていた公民館も、その脇の駐車場も消え、360度どの角度を見渡しても全ての日常風景が無くなり、空間の色を上下に割る地平線だけが視界に収まっている。
空間内には三人だけが在り、彼らもまた、今さっきまでの各々の私服から揃いの装いへ様変わりしていた。
ポイントカラーを色違いにしたそれは、前腕から先をプロテクトグローブ、脚をロングブーツで覆った戦闘スーツで、彼らはその劇的な変化を日常のことのように無反応で受け入れる。
彼らが今いる空間は『転異空間』と呼ばれ、普段生きている世界――『現実世界』とは干渉しない空間である。
この蒼矢・葉月・陽に加え、先ほどの会話で名が挙がっていた
『転異空間』はセイバーたちが造るいわゆる戦闘フィールドであり、『現実世界』と[異界]の狭間に存在すると言ってもいい。現実世界へ侵入した[異界のもの]をこの空間へひとまず呼び込むことで『現実世界』への被害を最小限に抑え、最終的には彼らを討伐あるいは[異界]へ還すことを目標としている。