エロそうでエロくないちょっとエロい話 作:今欲しいものは描写力
たった一つの情事をどこまで描写できるか。
やはり、阿呆だ。
記憶の手繰り寄せが終わって、居の一番に出た感想だった。
布団の中で身悶えする。身体を反って背中を伸ばす。頭を抱え腹を出す。ブリッジ、世間でそういうものである。
持ちあがる布団と、そこそこに勃起してしまった己の分身が天を突いた。興奮してしまったのである。朝立ちという生理現象ではなく、ちゃんと、性欲が増した上での勃起であった。
今ここに、勃起でブリッジする男というエグめの醜態を晒す生き物が出来あがっていた。こんなところ、誰かに見られたら困る。そう思って、はたと抱えていた腕をズラして横を見る。
いる
昨夜の女は、昨日と変わらぬメイド服を着て、その美しくも動かない彫像のような顔で佇んでいる。
雰囲気がメイドというより、家政婦だ。足先しか見えぬロングスカートとシックで装飾が少ないクラシカルなメイド服で、その鉄面皮も合わせて本職のメイドである。
つまり、今ここにさらなる阿呆を披露する己が感じた恥辱は、女性に恥ずかしいところを見られたというものよりも、母親にエロ本やオナニーを見られたような羞恥であるということだ。
静かに、そっと静かに身体を下ろす。ぽすんと尻餅をつき、足を延ばして、手を下ろす。ふぅ…とため息を吐き、しばし瞑目。掛け布団に手を伸ばし、すっと持ち上げる。そのまま、頭のてっぺんまで覆い隠すと、胎児のように蹲り世界から己を断絶した。
死にたい
たったそれだけであった。自己嫌悪と羞恥で人はここまで心を殺せるのだという気づきがあった。いらぬ気づきであった。
哭きたい
泣きたいのではなく、哭きたい。号哭という熟語があるような、しくしくと鳴くようなものではなく、この世界に己が生まれ落ちた意義を問うような、声を枯らして、ただ哀を泣き叫ぶ様相を晒したかった。
人生のうちの絶頂と底辺を連続で味わった己は、このまま命を終わらせて、この俗世から旅立ちたかったのである。芋虫が蛹となり、蝶となるように。己も、芋虫から蛹に代わって、天国という宙を舞う蝶になりたい。その一心だった。
だがしかし、世界は本当に残酷なものである。
己を覆う薄っぺらい外殻は、何者かによって持ち上げられた。破かれたのである。
胎児の如く丸まっていた己に人工的な光が差して蛹を破る下手人の影を落とした。
女である。
女は持ち上げた毛布を足元へと降ろす。ぎゅうとベットのシーツを掴む己に手を伸ばして、ベットと己の隙間に手を差し込んだ。
すっくと持ち上げられたのである。俗にいうお姫様抱っこだ。内なる乙女がきゅんなどと疼いたような気がしたが、普通は逆ではないのだろうか。疑念に頭を支配される。
顔が近い。浴室に充満する湯気やアルコールのせいで曇った鏡越しや湯船の時の顔合わせではあまり記憶に残らなかった。
だから、こうしてまじまじと見つめると、鉄面皮の女にも特徴と言えるものがあることに気付く。
顔を上から下へと目線を滑らす。己は品定めでもするみたいに。どの立場から言っているのだと戒めるが、この女には女性を品定めするものではなく、美術品の何が美しいかを考え言葉にするためというものが最も的確だ。
女性に対する失礼というよりかは、こんな芸術品に三流以下のド素人が何を評価するんだという戒めである。
だれに対する言い訳を一通り並べ終え、己は女を評価した。
眉毛、細く長い。あまりにも動かないから一本線が二つ張り付いてるだけに見えた。だがこうして見ると、綺麗に揃えられており、毛のはみだし一つない。整えられていた眉毛だ。
目、少し切れ長。二重で目尻が長く細くに少しだけ垂れている。こちらをじっと見つめる瞳は、普通の日本人ではありえない濃い紫が滲んでいた。黒紫というのだろうか。遠目でみたらそこまで気にならないのだが、綺麗な、綺麗な瞳だと思った。追記するなら睫毛はつまようじ程度なら載せられそうだと思った。
鼻だち、すらりと流れ、整っている。目鼻立ちがいいと顔のバランスが整っているというが、それはきっと顔の中心を形成しているからなのだろう。小鼻も高く、毛穴一つさえ見えない。セメントかなにかで埋めているのだろうか?それほど滑らかでつるりとしていた。
口、瑞々しくも麗しい。ぷるりと揺れる唇は、薄い桃が艶やかに彩られている。美味しそうと思った。俗に言うならむしゃぶりつきたいと思った。それほどのものだった。実際にはむしゃぶりつかれたのは己であるが。咄嗟に耳を掴んでしまったが、現実、片耳は穴が開いていた。
総評して、10点中100点を付けるほどの美しさだ。評価の上限を突き破るほどだと感じた。たぶん、私のような経験がない素人でも、一流の女遊び人でも、同様の感想を漏らすだろう。
エロい
やはり男はたったそれだけでわかりあえると思った。どれだけ美麗字句を並べたところで、この言葉で表せたらもうこれになってしまう。ただただ、えろい。えっちい。情欲を煽る。ちんちんにくる。勃起する。多種多様な日本語はあるものの、そのどれもが意味を同じくする。
エロいのだ。
総評、エロいという馬鹿丸出しの評価を下した己だがはたと気付く。
なぜお姫様抱っこされたのか。
起こすなら掛布団を引っぺがすだけでもよかったはずで、態々お姫様抱っこする必要性を測りかねていた。何か意味があるのだろうか。そんな己の抱き寄せた女。当然顔も近くなる。胴体も密着する。触れ合う体温は温かく、むにゅりという擬音とともに胸のましゅまろは変形した。
一瞬力を込めるも、即座に脱力する。御胸には勝てない。男の性だ。
どうされるんだろうとぼぉっと考えていると、己の意識をはるかに凌駕することが起きた。
抱き寄せられた己だが、それとは別に顔も近づく。胴体と密着するのはわかるが顔も近づける意味は何だろうと思っていると、そのまま鼻と鼻が触れ合う距離となり、そこで魔性を見た。
ぬろり、ねろり、どちらの音かもわからぬ音を纏わせて、舌が口からまろび出た。
女の舌はかなり長く、下に伸ばすと余裕で顎まで届きそうだ。ぬらぬらと唾液でコーティングされて妖しい光を放っており、まるで蛇の如く揺れている。
見る者を釘付けにする魔性の舌は、近づく顔に合わせて己の唇を舐めたのだ。
表面をなぞるようして、まるでリップでも塗るかのように唾液をまぶされていく。驚いて、唇を濡らすようにしまい込むと、そのまま唾液と飲み込んでしまい、生唾と共に喉を鳴らした。
そんな己に女はやはり鉄面皮であるものの、舌なめずりするように舌を動かした。艶めかしく妖しい動き、捕食されそうだと思った直後、その考えは現実のものとなる。
伸びた舌は、己の緊張で固く閉ざされた唇の隙間をなぞる。突破口を探すように、右に左に舌を動かし、穴を見つけたのだろう、ぐいと力を入れて口をこじ開ける。
ディープキス
こじ開けられた唇の裏をまず舐められた。唇と歯の間、歯茎と付け根たる肉を味わうようにして舐められたのである。
ゆらりゆらり、右へと左へと、丹念に、奥まで舐められる。歯は固く閉じているがゆえに、歯の防壁をノックするように叩き、往復する。
二度目の喉が鳴る。
まるで舌で歯磨きでもされているみたいだ。女はじぃとこちらを見つめ動かないが、舌だけは別の生き物かのように動いている。丹念に、丹念に、歯を磨かれていく。
己はついに観念して歯を開いた。諦めたように、舌を歯から生贄の如く差し出した。
即座に己の舌は女の舌に捕まって一周ぐるりと捕縛された後、ぐいと外へと引っ張られる。
己の舌は女のソレと比べるとかなり短く見えた。てっきり口内を蹂躙されると思っていたから、口を外に引っ張られて何をされるのだろうと混乱していると、
女は口を少しすぼめて、舌の根元にて唾液を泡立て口から漏らしたのだ。
垂れる唾液は、舌を辿って、己の舌へと伝っていく。目の前で見せつけられた、女の唾液が己に流れ込んでくる様というのは、あまりにも刺激が強すぎるものだった。
目を見開き、己の分身は痛い程に勃起する。ぎゅっと服の裾を掴み、未知の快感に耐える。御姫様抱っこされている理由がようやくわかる。逃げられないようにするためだ。この女は、己が逃げられないようにしてから未知の快感に溺れさせる気なのである。
実際、女は理外の力を十全に発揮し、己を落とす素振りを全く見せない。重心は安定し、不動の姿勢である。
クラシックなメイドに唾液を流し込まれるという刺激物の塊をぶつけられた己の脳はショートし、快楽をそのまま許容するしかなかった。
流し込まれた唾液はどこか甘く、妙に喉に張り付いた。
三度目の喉が鳴った。
じんわりと空っぽの胃に女の唾液が広がる。甘露か酒か、ずっと飲んでいたいと思うものだった。
求めるように、今度は自分から顔を寄せる。
口の端から漏れる唾液がつぅと流れる。女の唾液混じりだと思うと、どこかもったいなくて、啜ってしまった。
みっともない姿を晒す己に、まだまだあると言わんばかりに女はさらに唾液を流しつつ、口を寄せた。
鼻息がかかる。美しい女は息ですら香しいというのだから驚く。
そのまま、一息に
己は口を捕食された。
唇と唇が互いに互いを押し潰す。しまい込まれた舌の勝者は女であり、敗者たる己は負けを晒した舌と一緒に口腔内を蹂躙される。
歯の裏、舌の裏、喉近くから上奥歯の柔らかい部分まで、隅々まで舐められる。
ずるり、じゅるり、音を立てて己の唾液を吸われていく。まるで自分が注いだ分よこせというように。己の口腔内から水分という水分を持っていく。
ちゅっちゅ、なんてそんなかわいらしいキスではない。会えて音に表すなら、ちゅ、じゅるり、ぬらり、じゅぞぞぞぞ!というようなものだ。下品で性欲を高ぶらせるだけのキス。愛を確かめ合う純情なキスではなく、お前はもう自分のものだから遠慮はいらないという、そんな捕食者が被食者に向けるある種の無慈悲ささえ感じられる。
その後、お返しと言わんばかりに、口にねじ込まれた舌から女の唾液が抽送されていく。
己の服だけでなく、女のメイド服にもしがみ付き、必死に快楽に耐える。
甘い甘い蜜が口腔内を喉を胃を、脳を蹂躙していく。
四度、五度、六度とたて続けに喉が鳴ってしまったのも仕方ない。飲まなければ溢れてしまう。尋常ではない量だった。
唾液と唾液の交換が終わると、女が舌を己の舌に絡めながら惜しむように口を放した。
そこで己が息をしていないことに気付いた。気づいてしまった。
止まっていた呼吸は吹き返し、浅く短い吐きを繰り返す。脳が未だ明滅していて、快楽を受容しきれていない。
女はまるであやすように己を揺らす。上下にゆっくり、左右に微小に。身体は正直なもので、幼少期の頃に味わった泣き止ませるためのあやしというのを大人になって経験しても、安心作用はあるらしい。幾ばくか思考は冷静となり、ゆっくり、深く息を吸って、吐いた。
口の端から垂れる唾液を腕で拭う。少し口惜し気に目で追ってしまった。
ファーストキスであった。ファーストキスがこんな刺激的なものでいいのか。我が世の春継続か?そんなくだらないことにまで思考を巡らせられるようになった頭で再度疑念が湧く。
なぜお姫様抱っこでディープキスされているのだ?
快楽を与えるためなら、お姫様抱っこなんてせず、ベットで寝ていたのだからそのまま襲ってしまった方が早いのではないか。態々お姫様抱っこしてディープキスする意味はあるのだろうか?
そう思っていると、女が動く。
自室を出て、廊下を通り、リビングへと連れ出される。
そこで鼻孔を擽る匂いに気付いた。少し首を伸ばしてみれば、朝食が並べられていたのである。
目玉焼き、ウィンナー、パンにコーンポタージュ、デザートだろうか。買った覚えのないバナナが剥かれて置かれていた。綺麗に切られている。お前の分身も下手したらこうなるぞという暗示だろうか…さすがに考えすぎか。
整然と並べられた朝食にお腹がぐぅとなるのを理解する。
そのまま、椅子までお姫様抱っこされ、ようやく椅子に開放された。
なるほど、朝食を作っていたから起こしに来たのか。起こし方がいささか過激というか刺激的だが、まったくもって問題ない。寧ろウェルカムである。
女は己を下ろすと、静かにこちらを身を下ろしている。
こうしてみるとデカい。己は170cm弱だったと記憶しているため、それよりも高い身長となると180か190か…頭が一つ分違っていたから190だろうか。なるほど、デカいわけである。
中々に威圧感はあるが、先のベロちゅーで威圧感よりも興奮を煽られる。えっちだったなぁなんて思いながら、ひとまず、コーンポタージュを啜る。
甘くとろりとした優しい味が口内に広がり、空腹の胃を満たしていく。
……
少しばかり冷めていたコーンポタージュを置いて、冷静になった頭で、やはり思う。
お姫さま抱っこでディープキスして起こす必要性はあるだろうか。
少しだけ冷えた朝食を食みながら、漫然と考える後ろで、どこか誇らしげに直立不動する女がいるのである。かくも変わらず鉄面皮ではある。
こうして、女と己の奇妙な生活は幕を開けたのだった。
ディープキスオンリー。ちょっと短い。