エロそうでエロくないちょっとエロい話 作:今欲しいものは描写力
notえろ。繋ぎです。
散歩をしている。
己は物書きの端くれであり、こうして散歩をすることで物書きのためのインプットに励んでいるのである。
言うなれば、散歩が仕事だ。いや、何かを取り入れることが仕事になるのだから、厳密には遊びも仕事に入るだろう。しかし…インプットに励んでいるということは、進捗が芳しくないということでもある。大抵、作家や小説家というのものは筆が止まると視察やあいであを取り入れるため等と嘯いて期限を引き延ばしにする生き物である。己もその例に漏れず、編集君に筆が進まんからよろしくと言ってやけ酒していたのだ。まぁ、ダメ人間という人種である。
これでも一応賞をとっており、そこそこに名の売れた物書きと自負しているが、それでもダメ人間には変わりない。なにせ、ナンパしながら嘔吐したのだ。ここに極まれりというやつだろう。
ふと…後ろを見やる。
いる
やはりいる。
女である。知らない女が家に居るというのがなんだか落ち着かず、己はただ一言「出かけてくる」と残して早々に準備を終わらせ家を出たはずだ。その時の女はキッチンで洗い物をしていたはずで、いってしまえば手が離せない状況で逃げ出したということである。
しかし、いる。
三歩後ろにまるで己が連れ立っているように淑女然として散歩に付いてきているのである………図らずとも寒い冗句となったことには頭から追い出し、女に胡乱な目を向ける。
朝と変わらずメイド服である。クラシカルメイド服だ。目立つ所の話ではない。だが己に付いて来るななどと言える勇気もないのだ。
当然だ。誰がディープキスで起こしてきた女に平時の対応をしろというのだ。その前の日に洗体というにはいささかいかがわしい行為をされているのにだ。女々しい?この状況に陥ってから言ってみたまえよ。事実は小説より奇なりというが、こんなのが事実だとしたら、この世は狂っているという他ない。しかし、現実で事実で真実なのだから、実際この世は狂っているのだろう。
ひとまず行きつけの公園に向かった。
公園のベンチに座り、ふぅと息を吐く。己がよくさぼり、もとい散歩に来る公園である。地域の子供の安全を心配する心優しい人たちによって、滑り台もシーソーもジャングルジムも撤去されてしまった殺風景な公園だ。平日、朝と昼の中間たるこの時間は人なんて己以外に居ない。なにせ少し外れたところにあるのだ。遊具が人気だったがそれも撤去されたために人が集まることはなくなった。来るとすれば、こうして己のようなさぼり目的であろう。
ふと、女はどうしたのだと辺りを見回す。そういえば、公園に入ってから姿を見ていない。てっきり後ろに付いてきていると思っていたが勘違いだろうか?
当たりを見回し、ついでベンチの後ろに首を向けてみて…しばらく固まった。
女は居た。確かに、三歩後ろ当たりの距離で、己とは違う方向を向いていた。ちなみにベンチの後ろは草木が生い茂る雑木林であり、女は植物に埋もれるようにして存在していることを追加しておく。
はて、何に視線を向けているのか。そちらに目を向ければなるほど合点がいった。
その視線は、この公園で唯一撤去されなかったトイレに向かっていた。己はただ、己のことなど気にするなと、どうせ家も割れているのだ逃げたりしないと声をかけた。
すると、女はこちらにちらりと視線を向けて、それからがさがさと草木を進んでトイレに進んでいった。その服装で林に居たのかと内心引きながらも、この女はちゃんと人なんだなぁというよくわからぬ感慨に耽る。
それからぼうっと、十数分。トイレの方を何とはなしに眺めていると女が出てきた。女か?女だと思う。
先まで着ていたメイド服とは打って変わった服装だった。トイレではなかったのか。どこからそんな服やアクセサリーを持ってきたのか。疑問が尽きないが、ただその顔、表情筋がピクリとも動かぬ鉄面皮と、瞳の奥に妖しく光を灯らせる目だけは変わらず、此方を見つめている。
女は現代風の服装となっていた。
艶やかな黒髪は後ろでひとまとめにされており、ちらりと見えるうなじがなんともいえない色香を漂わせる。
首元に視線をやれば金物のアクセサリーだ。キラリと光る白金色の短めのチェーンに目のような水晶のような蒼に染まった小ぶりの宝石が白い肌に燦然と輝いている。
トップスは黒の袖が少しばかり透けるようなタイプであり、後々調べてみるとどうやら袖コンシャスと呼ばれる袖が大きい服であるらしい。そして、服の上からでもわかるほどに胸が大きい。
ボトムスは白のロングスカートであるものの、野暮ったい印象を全く感じられないのは高身長であるからだろうか。やはり足が長く、腰の位置を鑑みても、お腹の範囲が小学生の拳一個分かと錯覚するほどである。
全体的には、下半身の身体のラインを隠しつつ、上半身のメリハリを強調するような服であるが、それでも隠し切れないほど足の長さや腰の高さであるし、自身の肌と相まって、よく黒が映える。そしてモノクロにならないよう、ワンポイントアクセントたるアクセサリーが素晴らしい。モノクロの中で色付きがあればそこに目を吸い寄せられるのは道理で、首に目を向ければ、そこから上下に視線を向ければ強調されてると思うほどの胸や綺麗すぎる顔に目がいく。ちょうど目線を向けてほしいところの間に視線を向かせる工夫をすることで、アピールポイントを絞っているのだと理解した。
確かに、己は訳なく納得した。この女に出会った時や洗体されてる時によく下半身に目を向けていたなと。
女は身長が高い。そして、その身長の大部分は足が占めているといっていい。メイド服もロングスカートであったが、それでもロングスカートの長さからして足が長いのは明白だった。とどのつまり、出会った者の多くは身長と、そのスタイルの良さたる足に目線が行きがちなのだろうということ。
女は自身の褒めるべき場所は他にもあると言いたいのだろう。現に、なぜだか自慢げな雰囲気を漂わせている。目線が上半身に行っているのがわかるのだろうか?女性は男性に向けられた視線に気づくという。いかんいかんと目線を外してから…疑問が堂々巡りした。
どうして、着替えたのだろう。
いや簡単な話だ。雑木林に入ってメイド服が汚れたからだろう。当たり前の話であった。まさか、三歩後ろを頑なに守るとは思わなかったから、後ろを気にせずベンチに座ってしまった。いやこの場合己が悪いのか?
女はまたもや、己の横を通り過ぎて、己の後ろに待機しようとしたので、慌てて声をかける。ベンチの隣でいいと。
そんな、女を雑木林にくぐらせてトイレで服を着替えさせて突発的ファッションショーを楽しむような感性は生憎持ち合わせていないので、ベンチの隣を叩きながら女に座るように促した。
女は己の横で止まり、こちらに人形のような視線を向けると、何も言わずに己の隣に座った。此方に視線を向けたまま。
…目を瞑る。天を仰ぐ。息を深く、深く吸う。吐く。感じる視線。居心地の悪さは最高点だ。
ひとまず、女に謝ることにした。昨日の事である。
ただひたすらに視線を合わせず、ナンパしたこと、吐いてしまって迷惑をかけたこと、洗体をしてくれたことや朝食を作ってくれたこと(情事は抜いて)に感謝と謝罪の言葉を並べた。
女はその間一言も喋らなかったし、ただひたすらに視線を向けていたと思う。目を瞑っていたからどういう顔をしていたのかとか全く分からないのだが。
そして、次に己は、女の素性を問うた。どうして昨夜あの場所に居たのかや、どうして家であんなにも尽くしてくれたのかということについて。
しかし、女は喋らない。喋ってくれ。昨夜の風呂場で甘ったるい低音で囁いてくれたじゃないか。あれは夢だったのか。
目を開ける。再度、問う。貴女は何者なのかと…。
だが、喋らない。頑なだ。いつも通りの鉄面皮であり、瞬き一つしない。数秒、数十秒と経って、ほとほと困り果てているとぴこんと電球が灯ったようにあいであが出てきた。
服の内ポケットをまさぐる。出てきたのは手帳とペン。あいであ帳である。インプットの時は大抵これを持って出かけ、これに書き留めるようにしているから、これが糸口になるはずだと思いついたのである。
女に手帳とペンを渡し筆談でもいいからと付け加える。女が喋りたがらないのか、はたまた、ただ口がきけないのか、だとするなら昨夜のアレはなんだったんだと思うが、これを渡せば反応は二分し状況は好転も悪転もするだろう。書き始めたら、それでよし。なにも反応しなければただ話したくないだけだ。
果たして、女はどちらか。じぃっと見つめて反応をうかがう。女は渡された手帳とペンを見つめてから、ページをぱらぱらとめくり目線を通していく…と。
やめてくれ、頼むからあまり見ないでくれ。上擦る声になったのは仕方ない。一応商売道具であるからあまり中身を見られたくないし、黒歴史ノートの発展版みたいなものであるから、他人に読まれるとダメージを受けるのである。
女はちらっとこちらを見て、パラパラとめくっていき、白紙のページに何かを書き連ねていく。どうやら、ただ声を出したくないらしいことがわかった。となると昨夜のアレはとてもレアな体験だったのだろう。結構好みの声質をしていたから、もう一度聞きたかったんだが…。
そうして…書き連ねられた文章から以下のことが分かった。
女はとある屋敷にてメイドを勤めていたが、そのお屋敷の主人が引っ越しをして取り壊すことになり、それで解雇を言い渡されたらしい。
ただ主人からの紹介によって他の仕事はすぐに見つけられた。が、メイドとはかけ離れた仕事であり、女が不満を持ったらしい。
自身の職務はやはりメイドであり、その仕事を全うすることが自分の使命なのだということで、その仕事を3年で辞めた…はいいがこれからどうしようかと路肩で途方に暮れていたのが昨夜だったらしい。
なるほど、中々に刺激的な人生を歩んでいる。少し失礼と。女から手帳とペンをいったん返してもらい、インプットされたものからあいであを書き出していく。
スランプに陥りかけていたがこれなら脱せそうだと思いつつ、女に手帳とペンを再度渡す。女は己のあいであが書かれたページを見つつ、底に何やら書き足していく。横から覗くと、どうやらパラパラと見ていたことである程度己の書き方やあいであからの話の引き出しを理解したらしく、補足するように情報やあいであが書き足されていく。
うれしいような、余計なお世話なような何ともまぁ複雑な気持ちに支配されながらも、女に先を急かす。どうして己だったのかと。
メイドの仕事がしたいというのはわかり、文脈から女が己を次なる主人に定めたことは想像に難くない。だから、どうして己を見出したのか気になるのだ。こんなろくでもない人間より、他にいい人間が居るだろうと。
そんなことを話せば、女はだからいいんですという文言をこちらに見せつける。
メイドとは主人を助けるのが仕事であり、完璧な主人に仕えるメイドなんてほとんど無職も当然だと。この女、中々にパンクなことを言う。しかし、言いたいこともわかる。完璧な人間が居たらフォローのしようがない。それが女にとって不満なのだろう。だから、欠点だらけの己を選んだと…。
言い返したいところだが、事実である。なにせナンパして嘔吐して、情けないところを見せた挙句に風呂場でセクハラかましたのだ。そうして、仕事と称して平日の昼間に外をぶらつくのだ。これほどまでに欠点だらけの人間はそうそういない。居たら言ってくれたまえよ。きっとうまい酒が飲めるだろう。
とりあえず、とりあえずだが己を選んだ理由は分かった。
では次だ。昨日の洗体や朝の情事はなんだったのか。
そう問えば、女は少しばかり考に沈む。顎をペンで人回し撫でながら、サラサラと文字を躍らせていく。先よりも断然に文字が多い。一ページ丸々使って書かれたことは以下のものだった。
昨夜の洗体や朝の情事はメイドの仕事の一つであり、これからもやっていくこと。
希望があれば、そのほかの事、按摩や睡眠の手助け、散髪などもすること。
円滑で満足のいく奉仕が出来るようにどういったものがいいのか教えてほしいこと。
最後にはもう奉仕と言ってしまっているが、そういうことなのだろう。なんとすばらしけしからんことだ。やはり、我が世の春が来たらしい。そこまで考えて…親と少し思考が淀む。
そんな都合のいい話があるのだろうか。うまい話には裏がある。ここまで聞いて、己にほとんどデメリットがない。知らない女が家に居つくというデメリットくらいだ。タダで家事やら掃除やら夜枷をやってくれることに比べたら、あってないようなものである。
しかもだ。最初の事を思い出せ。確か…そう確か、女は目を光らせていた。確かに瞳の奥に妖しげな光を揺蕩わせていた。アレを見てからなんだか欲望に正直な気がする。そして、それは今もである。トイレから出てきたとき、女は目を光らせていた。
少しばかりの理性が、少しばかりの思考の淀みが、緩んだねじを締めあげる。
思い出せ。思い出せ。心が叫ぶ。洗体の時の事。情事は確かに思い出せるのに、話した会話は朧気だ。情事から徐々に言葉を取り戻していく。
あぁ、そうだ。
女は自らをあやかしといっていなかったか?どうして、なんで気付かなかった。いや気づかないようにされていたのだ。目が、あの光が、己を何かの術か力で欺いていたのだ。
ようやく、ようやく取り戻した理性をもって、ほんのわずかとなった力を振り絞って、なぜだか重くなった口を開く。
その目の光はなんなのだ。あやかしの女。
か細く絞り出された声は果たして女の耳を揺らすことが出来たのだろう。
女はそれを聞いて、此方に視線を向けた。
やはり光っていた。淡く妖々と。
そうして女はぽつりと言った。喋ったのだ。あのときの、甘ったるい低い声で。
あと、少しだったのに。と。
情事だけを書いていたいけど、物語である以上最低限のお話は必要だなぁと思いました。