――お仕置きしろ。お仕置きしろ。お仕置きしろ。
今日の指令は、よく分からない。
僕の側頭部に刺さった制御装置から聞こえてくる指令は、いつだって適当だけど、今日のはもう大雑把すぎて、どうしていいか戸惑う。
ブッチャーは時々コントロールを失って使役する者の意図とは違う行動を取ったりする。それはブッチャーの脳味噌が空っぽだからだと考えられている節があるけど、僕はこの指令の大雑把さ加減が、その理由の半分くらいを占めているのではないかと疑っている。
で、お仕置きってなに?
ブッチャーの仕事は多彩だ。力があるから重機として肉体労働に駆り出されることもあるし、こうしてその場限りの特殊な指令が下ることもある。
エイリアン達は、ブッチャーをなんでも言うことを聞く、便利でちょっと取扱注意な道具とでも考えているのだろう。
前に一度だけ要人的な女エイリアンの護衛任務に就いたこともあった。その警備員が、一番危険なのに。
僕の真っ赤なガラス玉の眼球をぎょろり、壁を背負った女に向ける。
彼女はキッと眼光鋭く、僕に向かって両手を突き出して身構えていた。
腰までまっすぐに伸びた艶めく
先日の狐っ子事件は結局、床に転がっていた剣と、残された男達の遺留品。そして僕の背中に残った傷に鑑みて事情をくみ取ってもらえたようで、お咎めは無しだった。
僕は危うく壊れたブッチャー判定を受けて処分対象になる寸前だったんだ。思い返すだけでもあの馬鹿野郎どもにむかっ腹が立ってくる。もう食べちゃったけど。
背中の傷は放っておいてもすぐに治る程度のものだったけど、回復魔法で治してもらった。
ただし経過観察として、しばらくは命令にちゃんと従っているか、勝手に誰かを襲わないか、などのチェックを受けているみたいだ。最近鏡の向こうに、いつも以上の気配を感じるのはそのせいだろう。
今さらっと魔法という概念を持ち出したけど、これ本当。エイリアン達は、人間の科学テクノロジーを超越した魔法と呼ばれる技術を使う。これがエイリアン達の強みであり、弱みでもある。
彼らエイリアン達は、人体改造をやってのけるほどの力を持っているのだけど、それは魔法という謎技術に根ざしていて、とてもピーキーなんだ。
どういうことかというと、例えばこの部屋。監視カメラの類いがない。というか、彼らは監視カメラの技術がない。だから監視用の透け鏡なんてローテクな仕組みを使っている。
人体改造をしたり、時空を飛び越えて別の世界からやって来られるほどの技術がありながら、監視カメラひとつ作れないとは、これ如何に?
魔法だ。
魔法にはできることと、できないことがはっきりしていて、広い応用を利かせづらい。それが彼らの組織を内側から観察してきた僕の結論だ。彼らは得意なことと、そうでないことの差が激しい。
ひとつ溜息をついて、エルフ娘に向かって一歩踏み出す。
彼女は何かを叫びながら、突きだした両手から炎を吹いて、僕に浴びせ掛けてきた。
熱い――でも、それだけ。
彼女が使っているのが魔法。そしてブッチャーの皮膚は尋常でない防御力がある。生物を超越していると言っていい。触媒無しで放たれる魔法程度では火傷ひとつ付かない。
もちろん彼女がワンドとか、アミュレットとか、そういう〈魔法触媒〉を使って集中して魔法を打てば、きっと僕も怪我をするだろう。
実際、僕はエイリアンの魔法使い達と一緒に戦場に出たことがある。彼らの放つ魔法の数々が、人間側の物理兵器を圧倒した場面を何度も見てきた。僕も人間の斥候として戦っていた頃には随分手を焼かされたものだ。
でもそれが、実は魔法触媒によってブーストされた結果の威力だったと知ったのは、ブッチャーとしてここに囚われて、彼らの生活を間近で見るようになってからだ。
魔法触媒の形は多種多様。指環だけの場合もある。だから人類はその偉大な性能を認識できていない。まさか木の枝にそんな力あるなんて思わないよ。人間の兵士はみんな、エイリアンは素手で、とてつもない力を使う難敵だと認識している。
でも、魔法触媒は使う時に妖しく光るんだ。僕はそれにブッチャーになってから気が付いた。今では、見れば、なんとなくどれが触媒なのか分かるようになった。
そんな魔法触媒がなければ、今の僕からすれば魔法など児戯に等しい。
一歩。二歩。僕が炎を無視して歩み寄ると、エルフ娘は歯ぎしりして部屋を走り回り、僕の接近から逃れた。
もうかれこれこうして小一時間、ずっと牢獄の中を追いかけっこをしている。
牢獄はそれなりの広さがあるので、僕が本気で追い回さない限りこの状態がずっと続くわけだけど、お仕置きって、これで合ってる?
このエルフ娘、この一連の追いかけっこでなにかを反省した素振り、いっさい見せてないけど?
僕が心底困惑するのは、それじゃあと、少し加速してエルフ娘を襲おうとすると、「殺すな、犯すな、殺すな、犯すな」という指令が混じるんだ。
殺しても犯しても駄目らしい。
じゃあどうしろと?
僕は
犯して、殺して、食らうしか脳がないのに、その内のふたつを封じられたら、後はもう食うしかない。でも食えば死んでしまう。結局なにもできない。
殺さず、犯さず、お仕置きする。
もうちょっとこう、具体的にお願いしたい。
……これ本当に僕の正常性を試すテストなのかなぁ?
禅問答でもやらされている気分になってくる。
――ブッチャーは来る日も来る日も、犯し、殺し、食らっていた。
――そこへ師が訪れて言う。
――犯し、殺し、食らって何とする。
――エルフの娘を手酷く仕置くのです。
――すると師は、摩羅を取り出して弟子の前で
――師よ、摩羅を磨いてどうするのですか。
――摩羅を磨いて、金を出すのだ。
――摩羅を磨いて金がでますか。
――しからば問う。犯し、殺し、食らったらエルフの娘を仕置けるのか。
――では、どうすればエルフの娘を仕置けますか。
――牛車が動かぬ時、お前は牛を殺すのか、それとも車を食うのか。
凄い公案だ。難問すぎる。解けたら悟り開けそう。
ちがうちがう、現実逃避してる場合じゃない。
これだとにっちもさっちも行かない。常識を破らなくては。
立ち止まって憮然とエルフ娘を見つめる。
彼女はそれを見て、不敵に口角をつり上げた。
……今、僕に勝ったと思ったな?
ちくしょう。こうなったら僕の……人間様の知恵ってやつを見せてやる……!
黙考する。
殺さず、犯さず、お仕置きする。
お仕置き――要するに、このエルフ娘は何かをやらかして、それを反省させたい。二度とそんなことしたくないと思わせるような、一生もののトラウマを植え付ける。
「〒□○§▽〒□△▼! ◇★#■! ◇★#■!」
鏡に向かってえらそうに胸を張り、勝ち誇ったように喚いているエルフ娘。
でも、冷や汗が流れ落ちた跡が、頬に残っているよ。
絶対にトラウマを植え付けてやるからな。
エルフの娘を手酷く仕置くんだ……!
決然と睨み付けた。
殺さず、犯さず……あ、怪我はいいのか!
長いトンネルの出口を見出した僕は、ピシャッと舌を伸ばした。
彼女の細い腰をベロで捕らえて、グイッと僕の方に引き付ける。
エルフ娘は愕然と顔を引きつらせて僕の腕の中に収まった。
すかさず、手で空気を引っ掻く素振りを見せながら、彼女の顔に爪を近づける。
これで顔に傷を付けてあげよう。何なら服を切り裂いて多少怪我もさせてあげる。素っ裸にして追い回すのもありだ。とにかく怖い思いをさせるんだ。どうせ回復魔法で怪我は治るけど、これは怖いだろう。僕の顔も至近距離で見せつけるという大サービス付き。
案の定、エルフ娘の整った顔が泣きっ面に歪んだ。
彼女は腕の上から僕に締め上げられていてピクリとも動けない。
歯茎剥き出しの口を開け、ブッチャーの息を至近距離からハァーッと吐きかける。
「ひぅっ……」
小さな悲鳴をゲット。
続いて、鋭い爪をその染みひとつない肌に沿わせようとして――。
――怪我をさせるな。殺すな。犯すな。お仕置きしろ。
……勘弁してよ。
僕は途方に暮れた。