協力者が欲しい。
ドン! ドン! と肉を切り分けながら、厨房で僕が考えていた脱出計画は、こうだ。
あの制御端末を、もう一度僕の前に引きずり出す。持っているやつを殺す。周囲の奴らを殺す。武器防具を調達する。このエイリアンの街で好きなだけ殺す。満足したら森に行く。僕の隠れ家に潜む。今まで収集した兵器を持ち出す。エイリアンの追手があれば、森で迎撃して殺す。フォート88に潜入する。一人ずつ殺す。最終的にみんな殺す。
ざっくりしすぎている。
というのも、紙もペンもないから、じっくり地図に書き込んだり、資料を並べたりできないんだ。どうしても詳細が定まらない。このぼんやりした脳味噌もよくない。途中途中で発生するであろう障害に対するプランBを練っていく記憶的な余裕がない。
今も、やろうと思えば反乱はできるけれど、脱出の成功率は低いと思われる。
全て側頭部の制御装置、兼、自爆装置のせいだ。
とにかくこの頭に刺さった爆弾をどうにかしないといけない。
実際のところ、制御端末を奪うだけでは不十分だと思う。僕がエイリアン側のエンジニアなら、二重三重の安全策を講じる。
僕の
僕に犯されている女達はどうかというと、僕が喋れないせいでコミュニケーションが難しい。さらには彼女達もまた囚人なわけで。仮に意思疎通ができたとしても、糞の役にも立たない。
ではエイリアンはどうかというと、こっちは輪をかけてコミュニケーションを取るのが絶望的だ。
でももし、会話さえできれば。この街で不遇に
協力者を探すなら、やっぱりエイリアン側だろう。
でもいったいどうすれば……。
僕がそんなことを
視線をそちらに移すと、ミノタウロス店長が誰かと話しているようだった。
相手は知らない男だ。
長髪で、肌が紫色。角も生えているし、あえて言えば、悪魔系かな?
身なりがしっかりとした男だ。かつて斥候としてエイリアンを狙撃していた僕の印象としては、上級将校の一人だと思われる。
しかも結構な有名人っぽくて、人だかりができている。何をしに来たんだろう。
――合い挽き二キロ。
……普通に肉を買いに来ただけみたいだ。
僕が手早くミンチマシーンを回していると、ふと、そのマシンの稼働音に紛れて小さな違和感を覚えた。
ミンチマシーンは骨ごといくタイプのゴツいやつだから、結構大きな音がする。そんなゴロゴロと金属が転がる音に混じる、コツコツという音。
機械の故障かな?
音の出所を探ろうと、手を動かしながら耳を澄ませる。
異音は、その音質が明らかに機械の立てる音とは違っていた。
このミンチマシーンの音ではないみたいだ。
何かがマシーンに挟まったんだろうか。
人間は異物を身体の中に埋め込んでいて、それがマシーンに詰まることが、たまにある。取り出せなかった銃弾とか。骨折の補助金具とか。ペニスに埋め込んだ真珠とか。
試しに手を止めてみる。
すると少し遅れてから、コツコツ音が止まった。
マシーンを回す。コツコツ。止める。遅れて止まる。
何度やってもその応答。
まるで、このミンチマシーンの音に隠して発しているようにも思えた。
それはまるで、秘密の――。
その次の瞬間、全身に電撃が走って背中が反った。
僕の脳に染みついた兵士の記憶が、ブッチャーの鈍重なシナプスから蘇ってきて、その音の正体を暴き出した。
――落ち着け。騒ぎを起こすのはマズい。
平静を装い、計量した挽肉を手早く包んで店長に渡す。
肉を受け取った悪魔将校が笑顔で金銭を店長に渡し、去って行った。
その後ろ姿を見届け、店長の肩をツンツンする。
ミノタウロス店長が僕を振り向いた。
僕は指で、あっちあっちと指差して見せた。
僕がこうやって席を外したがる時は大抵、お手洗いなのだ。
ミノタウロス店長は頷いて
草を
そしてすぐに見つけた。
店の裏で、うずくまる人影。
その人影の前で立ち止まった。
ぼろ切れを被ったその人物は、振り返って僕を見て驚き、慌てて立ち上がった。
この誰かさんが、店の裏の配管を小突いていたんだ。
逃げようとするその人物の首を掴む。
僕が頭を壁に押し付けた勢いで、フードが取れて顔が見えた。
特徴のない、人間に似た種族。男だ。でも目の瞳孔がヤギのように横割れで、明らかに人ではなかった。
男は壁に押し付けられてなお、言葉を発しない。
紙袋越しに睨み合う僕ら。
そこで、鋭い爪をゆっくりと男の耳元に持っていき、壁をコツコツと叩いた。
困惑した様子の男の顔が、すぐに愕然となった。
「――嘘、だろ……あ、あんた……人間……なのか……?」
先ほど聞こえていたのはモールス信号だ。
すぐに分かった。僕も使っていたから。
エイリアン達はこのモールス信号という原始的な仕組みに未だに気付いていないのか、あるいはそれを無視している。
エイリアン達は強い。でも、どうも技術的な創意工夫は劣っているらしく、この単純な符号すらも盗聴された気配が無かった。もっとも、逆にエイリアン達の遠距離通信を傍受できたこともなかったけれど。
僕の勝手な予想なんだけど、技術の根っこが違いすぎるんだと思う。僕らの技術は物理現象の応用。彼らの技術は物理現象の上書き。
なんにせよ、僕ら前線の兵士にとってモールス信号は、とても便利な通信手段だった。電波でツーツー。時に鳥の声真似でピーピー。時にはこうして、構造物を叩いて連絡を取り合うこともあった。
僕はついに人間の言葉を発したこの男を見て、ははぁ、と思った。
彼は噂に聞いていた〈アースピント〉――〈対エイリアン諜報特殊部隊〉の一人なのだろう。
僕が所属したフォートの斥候部隊〈フォックスチーム〉と同様、アースピントは過酷な任務を
それがこれか。
エイリアンの街に潜入している、という非現実的な噂は聞いていたけど、まさか本当に潜入できているとは思わなかった。
……いや、ここは元フォートだ。造りはまんまエイリアン達が利用しているから、進入経路は人類側から見れば丸裸同然。ここまで来られて、かつ変装さえ出来れば、潜入すること自体は、なんてことはないんだ。
コツコツと壁を叩き、元フォックスチームだと伝えてみる。
「マジ……かよ……ブッチャーの変装……なんて、どうやって……そんな……」
彼は、この姿が変装だと考えたらしい。
確かに。そう思うよね。でも違うんだ。
様々な疑問が湧いてくる。
この男の目はどうした。いやこれは聞くまでもない。多分、変装用の装置だ。
何をしていたのか? スパイ活動だろう。
いつからここへ? それはどうでもいい。
モールス信号で、誰と連絡を取っていたのか? 聞くべきは、これだ!
男は配管を叩いていた。この配管は下水に繋がっている。下水にまだ別の人間がいるんだ。
誰が? 何人? 目的は?
コツコツ。
「――それは、言えない……! 分かるだろう……⁉」
そうだった。アースピントはエリートスパイだ。同胞だったとしても、情報を漏らすわけがない。口を割らせるにも時間と設備がいる。
……。
僕の協力者になってもらえるか?
「は、離して、くれ……向こうで、話そ、う……」
僕がアースピントに協力し、エイリアンの内部情報を渡す。
彼らは僕の脱出を手伝う。
そんな関係。
……いけるか?
「#◇、★○§◎#▲。☆§☆※▼▽&§△#?」
後ろから声がした。聞き取れない。エイリアンだ。
男を拘束しながら振り返ると、先ほど肉を買っていった悪魔将校と護衛が三人、僕らを遠巻きに見ていた。悪魔将校が僕に何かを話しかけていて、護衛は剣を抜いている。
僕が暴走して、エイリアンを襲っていると勘違いしているな。
コツコツと、男がこっそり壁を叩いた。
――タスケテ、カリハ、カエス――
護衛が僕を囲みながら近づいてくる。時間がない。
どうする?
……。
……そうだ……きっとそうに違いない。
天啓が舞い降りた。
決断の時だ。
いつかは勝負に出なければいけない時が来る。
それが今だ――。
人差し指と親指の爪で、ゆで卵をつまむように、男の眼球を引っかけて引き抜いた。
視神経ごとズルリと引き出された眼球はつるっとしていて、本当にゆで卵みたいだった。
「――っ⁉ ぎゃああああああああああああああああああ――ッ‼」
絶叫を上げて暴れる男は無視し、それを悪魔将校の足元に放り投げる。
コロコロ転がった眼球には、異質な装置が付いていた。
さらにもう片方の眼球もつまみ出して、今度はそれを指でブチュリと潰してみせる。
すると指に残ったのは疑惑の装置であって、コンタクトレンズ状のそれが、男の眼球を偽装するものだろうと僕は睨んだ。
そのコンタクトレンズも、ぴんと指で弾いて悪魔将校に放ってやる。
彼はそれを拾い上げて興味深そうに眺めていた。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
君達が、僕を、裏切ったからだ。
首を掴んでいた手に力を込めた。コキッという音と乾いた手応えがあった。
アースピントは、信用できない。
彼らは与えられた任務をこなすために全てを利用する。自分が生き残るために。それがスパイというものだ。だから僕も利用される。つまり、彼らと協力関係を一時的に築けたとしても、最後に僕はまた裏切られる。
当たり前だ。危険なブッチャーを
彼は帰ったらすぐに僕のことを調べるはずだ。そしてフォート88に見捨てられたという過去に行き着き、僕を危険因子と見なす。素直に解放するわけがない。
そしてそれは正しい。彼らは頭が良い。必ずそういう結論になる。
僕は自由に動けない以上、彼らの策謀の裏をかく準備ができそうにない。対抗策も持っていない。アースピントに正体を明かすと、とことん利用されることになる。退路を断たれる可能性も、背中を撃たれる可能性もある。
あるいは、僕を制御する端末を奪取して、僕を兵器として再利用するかも。
――絶対に御免だ。
これ以上、弄ばれてたまるかッ!
アースピントは、敵だ。
「――ジェ……ヴォ、ダン……」
男はそう言い残し、動かなくなった。
……あ。初めに名乗った僕の名前、覚えてくれたんだね。嬉しいよ。僕が名乗ったのって、実は君が第一号だったんだ。
協力し合える未来も、あったのかも。
だけど、そもそもの話、僕はもう人間は信用していないんだ。僕に見つかったのが不運だったね。
スパイ男は僕の手によってくびり殺された。
彼は置き土産を三つくれた。
ひとつ。僕にもコミュニケーションの手段があったことを思い出させてくれた。
ふたつ。このエイリアンの街には、まだモールス信号を解する誰か人間がいるという情報をくれた。
そして最後――。
コンタクトレンズをしげしげと眺めながら、僕に歩み寄ってくるこの悪魔将校に、僕の有用性をアピールするというプレゼントだ。
ありがとう、名も知らぬ誰か。
お礼に君の肉は今すぐ店頭に並べてあげよう。僕って、この通り、お肉屋さんなんだ。肉はやっぱり鮮度が命だからね。タイムセールで売り切っちゃおう。
早く店長のところに持って行って知らせなくちゃ。ご褒美にまた草くれるかも。