※この作品はR-18です。

屠殺鬼   作:赤だし滑子

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狐っ子

 ここは地獄だ。

 

 僕は授業参観に来た親を思わせるポジションで直立不動。教室の後ろで一人、突っ立っている。

 

 その実態は地上有数の性獣だ。

 

 狼の群れに羊、ならぬ、羊の群れに狼状態。

 

 教室の中は雌(めす)の匂いで充満していて、とても耐えられそうにない。香水や石けんの匂いで紛れているけど、僕には分かる。この中には成熟したての雌が何匹もいる。みんなぴっちぴちの、ぷりっぷりだ。

 

 その結果、僕のエプロンにはテントが張りっぱなし。紙袋の下からはフーッ、フーッという野獣の息遣いが漏れ続け、女生徒達の戸惑いと怖れの空気が教室中に漂っている。

 

 教師の視線が痛い。

 

 でもこの状況で授業を続行する君達もおかしい。早く逃げなよ。

 

 ああ、もうだめ……キツすぎる。

 

 エイリアンの女の子達は後ろ姿が個性的。色とりどりの髪の毛に、可愛い獣耳がピクピク。愛らしい角がぴょこぴょこ。椅子から垂れた尻尾がピロピロ。翼がパタパタ。なにはともあれ、無作為抽出の上、教壇で襲いかかって性教材になりたい。

 

 アビゲイルに搾られていなかったら本気でヤバかった。彼女は僕の救世主だ。

 

 一限目が終わった。

 

 途端にドッと僕から距離を取る女生徒達。

 

 ……なんかこう、クラス中にバイキン扱いされている感がある。僕の精神は正常な人間のままだから、結構グサリとくる。

 

 この厄災(やくさい)を招(まね)いた張本人である狐っ子は、最前列の席で頭を抱えたまま、振り返ろうともしなかった。僕も頭を抱えたいのに、ずるい。

 

 一人の女生徒が、そんな狐っ子の肩をちょんちょんとしてから、恐る恐る僕に近づいてきた。

 

 やめてよ……近づくんじゃない。それソフトな拷問だから。

 

 うへー……みたいな顔になった彼女は僕をジロジロ。見れば、校庭で狐っ子と一緒にいた褐色娘じゃないか。君すごく健康的で可愛いよ。君はあの四人組の中で、特に狐っ子と仲が良いみたいだね。だから向こう行って。いい匂い。ピキピキ。

 

 世界で初めて憤死(ふんし)したブッチャーになりそう。

 

 こうして、紙袋の下でこめかみの血管を膨らませた僕の忍苦(にんく)の時は過ぎ、ようやく長時間休憩が来た。

 

 肩からシューシュー湯気を上げ、辛抱堪らず狐っ子の元に歩み寄る。

 

 ザザッと人垣が割れてモーセのごとく道ができた。その先には、あわわわわ……な狐っ子。

 

 そんな彼女に向けて、震える指で教室の外をビッビッと指差してみせる。狐っ子はコクコクと頷き、僕を引っ張って外に出た。

 

 廊下でオロオロと迷った挙げ句、狐っ子が僕を引き連れて向かった先は図書館っぽい場所だった。良い判断だ。ここなら人目は少ない。僕が入った瞬間、図書館係っぽい人がガタッと椅子を蹴って立ち上がっていたけど。

 

 足早に窓に寄って外を見た。空は良い。現実逃避できる。あ、ツバメ。

 

 しばらく平和な空を眺め、僕の暴れん棒が落ち着きを取り戻すのを待ってから振り返る。

 

 図書館は僕と狐っ子だけになっていた。

 

 シンッと耳の詰まる室内で、彼女は机に座って足をプラプラ。本を読んでいた。

 

 ……本か。

 

 じっくり時間があればエイリアンの言葉も覚えられそうだけど、生憎(あいにく)そこまで自由な時間がない。ちらっと狐っ子の開いた本を盗み見ても、やっぱり何が書かれているのかさっぱりだ。エイリアン達の歴史とか、ちょっとだけ興味ある。

 

 都合よく「ブッチャーの仕組み」みたいな本ないかな。この底なしの射精力の秘密を知りたい。じゃなくて、この頭の制御装置の解除方法をどうしても知りたい。これをどうにかしないと脱出もクソもないんだ。早くアビゲイルに相談しないと。

 

 でもこの装置の話、彼女に素直に弱点ですって教えるのも憚(はばか)られる。あまり彼女に弱みを見せたくはない。

 

 そもそもの話、まだアビゲイルとは脱出方法などについて、ぜんぜん話ができていない。

 

 彼女との会話方法に問題があるのは間違いない。すぐにお互いを貪り合うような濃密な絡みになってしまう。

 

 彼女もいけないんだ。話を雑談に逸らすのは彼女の方だし、昨日なんて、会話そっちのけで僕を誘惑するんだもの。

 

 昨日のアビゲイルは本当にエッチだった。実は昨日から彼女のことが頭から離れない。来て、来て。だなんて、ぐうエロ。ほんと、どうしたんだろう、あの子。

 

 ……アビゲイル、僕が思っている以上に不安で寂しかったのかもな。こんな醜いブッチャーにまで縋(すが)ってくるなんて、ちょっとだけ憐れだ。

 

 僕はまだこうしてたまに外に出られるけど、彼女は一歩も外に出られない。ずっと一人で過ごし、その先に待っているのは醜悪な怪物によるこっぴどいレイプ。ゆくゆくは怪物の懐妊か、実験の上で処分。未だに気が狂ってないのが奇跡だ。

 

 そういえば、彼女の普段の生活を聞けたのは面白かった。アビゲイルの部屋は、どうも僕の牢獄とはそれほど離れていない場所にあるみたいなんだけど、案外、文化的な生活を送れているそうなんだ。

 

 言うなれば彼女は軟禁状態で、与えられたワンルームの中では自由らしい。サンルームまであって日光浴もできると。ただし、自殺や自傷に使えそうなものは一切なく、ペンも当然ない。まぁ、脱出計画を紙に書く馬鹿はいないから、それは別に良いか。

 

 この待遇の良さに関しては当然かと思われる。彼女達の最優先目標はブッチャーの赤子の妊娠であり、その妨げになるストレスなどにも配慮しているんだろう。また、彼女達にこっそり乱暴しようとする不埒(ふらち)な輩を近づけさせないためでもあると思われる。

 

 ストレス管理という観点で、食事もしっかりしているようだし、部屋の衛生状態も良い。なんと、人間の本もある程度は支給されるというから驚きだ。

 

 朝から晩までなにもない殺風景な牢獄の中で、ドッグフードを食べさせられて、使い捨て兵器さながらに戦場に放り込まれる。来る日も来る日も肉体労働。ただ働き。時に草を現物支給。そんな奴隷以下の僕よりぜんぜん良い生活してる。アビゲイルも、僕の暮らしぶりを聞いたらカワイソウとか言って同情を示していた。くそう。

 

 そんな回想に耽(ふけ)りながら本を眺めていると、いつの間にか狐っ子が振り返って僕を見上げていた。おずおずと何かを言っている。

 

「□&§☆△▲△§、#〒?」

 

 分かりません。

 

 とりあえず抱いていい女の子か、食べていいエイリアンを紹介してください。なんなら君が気に入らない奴でも良いよ。証拠を残さずこの世から抹消してあげる。

 

 そんなことを考えていると、彼女は「あっ」と何かを思い出したようにトコトコと本棚を行き来して、本を一冊持ってきた。

 

 本を開く。

 

 たくさんの絵と、うにょうにょした文字。

 

 これは絵本? ……いや、図鑑か。

 

 中には僕が知っているものもある。それ、マンドラゴラでしょ? 斥候をやっていた頃、敵陣の奥深くで野草を取って飢えを凌(しの)いでいる時に、うっかり引き抜いて大変な目に遭ったことがある。同行していた観測手から馬鹿扱いされた。根っこがセクシーポーズ決めてるのが面白いよね。

 

 僕がじっとそうして、うっふんポーズの挿絵(さしえ)を眺めていると、狐っ子がその絵を指差して言った。

 

「マンドラゴラ」

 

 お?

 

 同じ発音のものも、あるのか。

 

 思わず頷(うなず)いた。

 

 それを見た狐っ子が表情を明るくして、また色々と指差しながら単語を口にし始める。

 

 ほとんどは僕の知らないものだったけど、たまーに、知っているものと単語が一致する項目があった。その度に頷いてやると喜ぶ狐っ子。なにこの遊び?

 

「フェリス」

 

 狐っ子が自分を指差して言った。

 

 君は、フェリスって言うのか……へぇ~。

 

 うん、と頷いた。

 

 するとフェリスは、にひひ……と笑ってから、次に僕を指差した。

 

 ジェヴォーダンだけど。

 

 僕ってほら、喋れないんだ。

 

 一応、声は出せるけど「ア゛ー」とか「ヴゥゥゥ」とか「ボエェェェ」ってな感じで、ゾンビっぽい音しか出ない。自分でも気持ち悪いから滅多に声は出さない。

 

 というわけで、何もできずに直立不動でいると、そんな僕の様子を見たフェリスが腕を組んでうーんと口をへの字に曲げた。

 

 それにね、あんまり頭良いって思われたくないんだよ。君たちエイリアンには、僕を侮(あなど)っていて欲しいんだ。その方が殺す時に簡単だし、見下していた相手に殺される時のアホ面を拝めるから。

 

 そんなことを考えていたところ、フェリスが唐突に「ぱ」とか「ひぇ」とか言い出した。

 

 白痴(はくち)顔になって「ぶ」「へぁ」「るー」と続ける。

 

 なになに、急にどうしちゃったの? 大丈夫? すごく心配になる……というか、ちょっと怖い。なんで遠いところを見つめながら表情を消すの? 元から表情豊かな君がやると、より一層エクソシスト風に見えるからやめて。

 

「りゅ」「う」「み」と、一音ずつ区切って声を出し続けるフェリス。

 

 なんとなく、彼女の意図が読めてくる僕。

 

 どうしようかな……。

 

 僕が迷っていると、ついに彼女の口から正しい音が出てきてしまう。

 

「じ」

 

 ……。

 

 僕は逡巡して、頷いた。

 

 おお……と、お宝を見つけたような顔になるフェリス。

 

 続けて彼女は手刀で自分の首を切る仕草をし、首をかしげた。

 

 ……もの凄く物騒なジェスチャーを頂戴したけど、どういう意味? 僕を煽(あお)ってる?

 

 じっと動かない(動けない。意味不明すぎて)僕を見て、彼女はまた一音ずつ発音を続けた。

 

「ぼ」。頷く僕。ニコッとしながら首を切る彼女。

 

 そのジェスチャー何なの?

 

「だ」。頷く僕。ニコッとしながら首を切る彼女。

 

 ……あれかな、このジェスチャーは終了を示しているのかな?

 

 確かに、ある意味フィニッシュの仕草だけど、殺し合いでやる挑発行為だよそれ。お花畑の中、笑顔で跳ね回ってそうな君の見た目にふさわしくない。

 

「ん」。頷く僕。ニコッとしながら首を切る彼女。

 

 そして、頷く僕。

 

 フェリスは「ジボダン!」と言って椅子の上で背筋をぴんと伸ばした。狐耳もぴんと伸びている。尻尾まで。

 

 実はちょっと違うんだけど、もういいや。ジボダンで。「ェ」とか、「ヴォー」とか伝えるの、激ムズ。

 

 まぁジェヴォーダンって、僕が勝手に名乗ってるだけだし。なんだっていいよ。

 

 鐘が鳴った。

 

 フェリスは慌てて本を仕舞い、廊下に出て行く。僕もそれを追った。

 

 ところで、さっき図書館へ来る途中も思ったんだけど、女の子同士、廊下で堂々とチュッチュしてるのは何なの? しかもそこら中で。女子校ってレズ養成所なの? 僕、学校とか行ったことないから分からないんだけど、素敵。

 

 ぜひ僕の息子も、竿役としてその楽しそうな遊びに混ぜてあげて欲しい。貝合わせよりやっぱり男根よねっ! っていう世紀のムーブメント、起こしてみせる。

 

 その後、僕は廊下に立ってフェリスを見守るというひとつの解を見出し、その日は事なきを得た。

 

 はぁ。ここは地獄だ。早く牢獄に帰りたい……。

 

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