※この作品はR-18です。

屠殺鬼   作:赤だし滑子

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燃え盛る森の中で

 エイリアン本隊は組織的な襲撃に遭(あ)っていた。

 

 驚いたのは、やっぱり敵陣に重装機械化歩兵(リプリー)が二体混じっていたことだ。

 

 コロニーにリプリーが三機も。

 

 ありえない。完全に待ち伏せだ。襲撃計画がバレていたとしか思えない。

 

 でも理由を考えている暇はなかった。

 

 僕は敵陣に後ろから突っ込むと、二体のリプリーの内、一体を強襲で撃破。そのまま敵の包囲を食い破って暴れ回った。

 

 突如として後ろから出現したブッチャーに人間勢は混乱に陥り、そこからはエイリアン勢と人間勢が森の中で入り乱れる混戦となった。

 

 一刻も早くアビゲイル達を乗せた馬車を探したかったけど、遠距離から機関砲で撃たれる危険性を考えると、どうしても先にリプリーを始末しなければならなかった。

 

 奇襲ができない状態で正面から対峙するリプリーはやっぱり難敵だった。周囲の目が残っている中で、僕の力を一部解放しようか迷ったほどだ。

 

 奴の機関砲は木々を突き抜けてくるけど、僕は木々を縫って接近しなければならないのが足枷になった。敵もベテランで、その地理的優位を使って上手く立ち回ってきた。おかげで接近までに時間がかかってしまった。

 

 結局、最後のリプリーを潰したのは周囲の戦闘音がまばらになった頃だった。

 

 エイリアン勢が勝ったのか、人間勢が勝ったのか分からないほどに、戦闘跡はめちゃくちゃな惨状となっていた。

 

 燃え盛る赤い森を、うろうろと彷徨(さまよ)う。

 

 ようやく馬車を見つけた。

 

 蜂の巣となって炎上する車両を前に立ち尽くす。

 

 いい的(まと)だもんな、馬車。

 

 ……。

 

 二度と得がたい女を二人、失ってしまった。

 

 しかも一人は僕の鍵になり得る女だった。

 

 これから先、アビゲイルほど頼れる女が僕の元に運良く転がってくるだろうか。

 

 タフで、強(したた)かで、賢く、そして美しい。僕の話に耳を傾けてくれる人。僕という人格が、この醜い肉の中に存在するという嘘みたいな真実を、本気で信じるお人好し。

 

 押し寄せてくる虚脱感を跳ね返すように、僕は夜空に向かって吠えた。

 

 ブッチャーの咆吼が森に轟(とどろ)き渡り、木々を震わせる。

 

 視界が赫々(かくかく)と染まっていく。

 

 とりあえず皆殺しにしよう。

 

 人間もエイリアンも関係ない。目に付くもの全てだ。

 

 一匹たりとて逃すものか。全部食らってやる。

 

 ……。

 

 ……いや。

 

 もう帰ろう。なんだか疲れた。

 

「――……ン! ジェヴォーダン!」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには死んだはずのアビゲイルがいた。ブッチャーの殺意が見せる幻覚だろうか。

 

「こっちに来てッ! 彼女が‼」

 

 駆け寄ってくるアビゲイル。

 

 本物らしい。

 

 ちょっとびっくり。

 

 まさか自力で馬車から脱出して隠れてたの?

 

 凄いよアビゲイル。僕の想像以上だ。

 

 彼女は慌てた様子で僕の指をつかみ、茂みに引っ張っていった。

 

 そこにはソバージュの子が寝かされていた。

 

 ただし口からは血を吐いて、お腹には布が巻かれているけど、それは真っ赤に染まっている。

 

「彼女、流れ弾に当たったの……回復魔法があるでしょう? 回復魔法が使えるエイリアンを連れてきて! 急いで! 失血死しちゃう‼」

 

 残念ながら、その回復魔法が使えるエイリアンは、さっき僕の目の前で機関砲の直撃を受けて飛び散ったよ。

 

 切羽詰まった様子のアビゲイルの肩を押さえて、森に向き直った。奥から気配が近づいてくるからだ。この感じは人間ではない。

 

 ガサリと森の暗がりから現れたのはライカンスロープ。頭から血を流した狼男が、興奮した様子でわめき散らしながら僕の方に詰め寄って来た。

 

 ――帰る。俺を守れ。

 

 手に制御端末を持っている。僕のラッシャーは死んだみたいだ。

 

 ライカンスロープは横たわったソバージュの子を指差して何か言った。

 

 まぁ、何が言いたいのかは分かる。

 

 選択肢は……なさそうだ。

 

 僕は逡巡し、ソバージュの子の上にのしかかった。

 

 手のひらを彼女の額に押し当て、その頭をひと息に潰した。

 

 地面に赤い花が咲いた。

 

 ひゅーっと空気を呑んで石になったアビゲイル。

 

 ソバージュの子はもう助からない。大丈夫。今のやり方が一番痛みがないんだ。

 

 ……ソバージュの子の脳味噌、美味しそう。

 

 ――待て。警戒しろ。

 

「――う、ぁ……!」

 

 指令と同時に聞こえてきたアビゲイルの呻き声に、ソバージュの子の亡骸を前に食欲と戦っていた僕の視線が引き寄せられた。

 

 ライカンスロープが、アビゲイルを近くの木に乱暴に押し付けていた。彼女の貫頭衣をまくり上げ、自分のズボンをカチャカチャと外そうとしている。

 

 こいつマジか。

 

 まだ周囲に敵がいるんだぞ。

 

 この状況でアビゲイルをレイプする気なのか。

 

 アビゲイルは抵抗していたけど、狼男の腕力で押さえつけられて、身じろぎするだけだった。

 

「嫌(や)――や、めて! 離し……てッ‼ う、ぁ――っ!」

 

 アビゲイルが僕を見た。

 

「……助けて――ジェヴォーダン‼」

 

 彼女の呼び声が聞こえた瞬間、僕の中で何かが弾けた。

 

 そんなこと、シテイテ、彼女が、撃たれたら、ドウシテクレルッ‼ そんなに強くしたら骨ガ折レルダロウ‼ ヘタクソ‼ 犬コロノブンザイデ! アビゲイルニ! サワルナ――――ッ‼

 

 気が付くと、僕はライカンスロープの喉を食いちぎって、熱い血潮をすすっていた。

 

 美味い。強い奴の血は美味いんだ。

 

 くそっ……愚かな三下(さんした)どもめ……っ!

 

 まんまと罠に嵌(は)められやがって!

 

 お前らが不甲斐ないからソバージュの子が死んでしまったんだ。彼女は僕の、最高傑作だったのに……。

 

 ――くそッ、くそッ、くそッ‼

 

 クソッタレガッ‼

 

 僕は無意識の内に、夜空に向かって怒号を上げていた。

 

 ブッチャーの殺意あふれる雄叫びが燃え盛る森の熱を冷まし、周囲の喧噪が静まった。

 

 ふと、アビゲイルが落ちていた制御端末を拾い上げているのが目に入った。思い詰めた表情でじっとその装置を見つめている。

 

 静かに僕を見上げたアビゲイル。

 

 ……なにをしている。僕を制御する気か? 無駄だ。それは僕には効かない。説明してなかったっけ。

 

 そうか、アビゲイル……君は僕をコントロールする気なんだな。僕を自分の手駒にする気だ。千載一遇のチャンスだと思ったか。やっぱり油断ならない女だ、君は。この場でキツく再教育が必要だ。躾(しつ)けなおして、今度こそ力関係を分かラセテヤル――ッ‼

 

 ライカンスロープの頭部をグシャリと握り潰し、引き千切った。

 

 それを見て、アビゲイルは立ち上がった。

 

「――ジェヴォーダン。これ、私なら解析できるかも知れない……」

 

 彼女の首に伸ばしかけた僕の手が、止まった。

 

「アースピントは、様々なエイリアン達の道具を回収して解析もしていたの。このタイプのは初めて見たけど、設備があれば、あなたの頭の装置の仕組みも調べられると思う……だから、どこかにそんな設備ない?」

 

 空気を握り潰す。

 

 無意識に喉が鳴った。

 

 設備……か。

 

 今まで破壊した人間の集落には……ないな。設備は全破壊。老若男女は食料。その中でも元気の良さそうなのが捕虜だ。なにも残っていない。この街にはまだ防衛戦力が残っているから、君を連れて行くのは危険だ。

 

 ――僕の秘密の場所になら。

 

 人間やエイリアンから奪った物資がいくつも隠してある。

 

 今までもこうして乱戦になった後に一人で歩いて帰る機会は何度もあった。そのたびに色々とため込んでいた場所だ。

 

 でもそこはさすがに誰にも教える気はない。僕が脱出した後に拠点にするつもりの場所だから。いくらアビゲイルが協力的でも駄目だ。

 

「頭の装置さえ外せれば……あなたは自由になれるのよね? もう、こんな酷い扱いを受ることもないんでしょう?」

 

 アビゲイルの声が徐々に昂ぶっていった。

 

「――あんなに暗くて狭い場所に、たった一人で閉じ込められて。動物みたいに扱われて、見世物にされたり、危険な敵陣に単身で放り込まれたり。こんなちっぽけな装置で、まるで使い捨ての道具みたいに……! あんなに好きだって言っていた女の子まで殺すように仕向けられて……あんまりよ……」

 

 君は僕をそう見るのか。

 

「――ジェヴォーダン。私に、あなたを助けさせて。……ね?」

 

 彼女から得体の知れない圧力を感じ、一歩後じさった。

 

 踵に何かがぶつかった。

 

 ソバージュの子だ。頭部を失い、土の上で静かに横たわっている。

 

 ……時間がない。まずは、彼女に預けたモノを返してもらわなければ。

 

 飛び散った脳味噌を食べたい衝動を必死で押さえながら、ソバージュの子のお腹の布を剥ぎ取り、爪で腹を裂いた。

 

 指と舌を使って彼女に預けていたそれを探す。

 

 脂肪の少ない綺麗なお腹だ。何度も何度も僕を受け入れてくれて喜んでくれた素敵な女性。その奥に隠れてるピンク色の綺麗な彼女。爪とベロを駆使して、メスで切開するように丁寧に切り開いていく。

 

 ――あった。

 

 それをつまみ出してアビゲイルに顔を向ける。

 

 彼女はいつしか地面にへたり込み、青ざめさせた唇を戦慄(わなな)かせて、過呼吸気味に僕を見つめていた。

 

 僕が、ソバージュの子を食べ始めたように見えたのかも知れない。

 

「――なんで……なにを、どうして……?」

 

 これを君に預けるためだよ。

 

 指でつまんでいた小さく光るそれを彼女に見せる。

 

「……?」

 

 眉をひそめてそれを凝視するアビゲイル。

 

 僕がのそりと立ち上がって彼女に歩み寄ると、彼女は尻をついたまま後じさった。かなり、動転している様子だ。

 

 これは、フェリスが僕の牢獄に放り込まれた時に、僕を切りつけた阿呆が持っていた……たぶん、鍵だ。

 

 鍵というか、小さなメダル。

 

 でも、これでエイリアン達が僕の牢獄を開けるシーンを何度も見たことがある。

 

 たとえ鍵があっても、制御装置をどうにかできないと意味がない。でもいつか使えるかと思って、ソバージュの子の胎(はら)に隠しておいたんだ。まだ君には話していなかった。

 

 とにかく、ここはまだ戦場だから一刻も早く離脱しよう。

 

 僕が一歩前に踏み出すと、彼女はいやいやと首を振って後退した。ずりずりと尻を引きずって、やがて背中が木の幹にぶつかる。

 

 ……君は、どうしようもなくテンパると、すぐにそうやって、いやいやをする。

 

 凄く可愛いね、その仕草。何故だろう。その癖を見るとほっとする。もっといやいやさせたくなる。でも後にしよう。今はここから離れないと、君も、ソバージュの子みたいになっちゃうから。

 

 とりあえず、このメダルを君の胎(なか)に隠させて欲しいんだ。

 

 舌先にメダルを乗せ、彼女の股に舌を伸ばす。

 

「――⁉ いっ、やっ……! 嫌だから! そんなの嫌‼ やめてッ! ジェヴォーダン‼」

 

 凄い拒否っぷりだ。目を見開いて、見たことのない形相で僕を睨んでいる。

 

 ……メダル、血まみれだしね。

 

 抵抗されると上手く挿入できないと思う。ソバージュの子みたいに全てを受け入れてくれないと。

 

 押し問答している時間が惜しい。

 

 仕方なく舌を引っ込めて、メダルを指でつまみ直し、彼女の手に握らせた。

 

 ――カギ、タイセツ、モッテ――

 

 それだけ伝え、周囲に視線を巡らせた。まだ森の奥から銃声が聞こえる。ここは安全ではない。すぐに移動するべきだ。

 

 ――イコウ、アブナイ――

 

 しかし、手の中で光るメダルを凝視したまま動かないアビゲイル。

 

 ――アビゲイル、ケガ、?――

 

 怪我をしているなら、移動の前に応急処置が必要だ。僕はこんななりだけど、元斥候兵だから最低限の知識と経験がある。拠点に行けば医療品もあったはずだ。

 

 そんな僕の問いかけに、アビゲイルが静かに僕を見上げてきた。

 

 目が合った。

 

 彼女の目には濃い怯えの色が浮いていた。矢継ぎ早に起こった目まぐるしい暴力の嵐を前に頭と気持ちの整理がつかないんだろう。当然だ。

 

 数日に渡って密室で怪物と息が触れ合う距離で過ごし、エイリアン達に慰みものにされかけて、突如戦場に放り込また上に機関砲の雨に晒された。同じ境遇の同郷を無残に僕に殺され、狼男にレイプされかけて、今度は女の腸(はらわた)を引きずり出されるシーンまで見せつけられた。そして今目の前には全ての元凶である悍ましい屠殺鬼(ブッチャー)がいる。並の女なら発狂していてもおかしくはない。

 

 だが、しかし。

 

 しばらく僕の顔を見つめていたアビゲイルの榛(はしばみ)色の瞳に、間もなく強い意志の光が宿った。

 

 彼女は意を決したように息を吸った。

 

「――あなたは化け物じゃないわ。怖いところもあるけど、こうして話ができる。私のことを気遣ってくれて、戦場の中から救いに来てくれた。私が助けてと言えば助けてくれる。私がやめてって言えば、やめてくれる。私のことを、こうして大切にして守ってくれる。立派な心の持ち主よ。だから、ジェヴォーダン。私と一緒にあんなところから脱出しましょう? そうすれば、あなたはきっと穏やかに暮らせるはずよ」

 

 僕のことに関して重大な誤解があるみたいだけど……まぁ、いいや。勝手に誤解させておこう。そのほうが……都合が良い――。

 

「私が、あなたのことを理解してあげる。私なら、あなたの一番の理解者になれるわ。だから私を見て。もう大丈夫。私があなたをあそこから出してみせるから」

 

 恐るべしアースピント。

 

 ブッチャーを誑(たぶら)かそうとしているぞ。

 

 傍(はた)から見たら、僕より君の方が気が狂(ふ)れて見えるんじゃないかな……。

 

「私を信じて、ジェヴォーダン」

 

 ……。

 

 ――イドウ、ココ、アブナイ――

 

 アビゲイルの肩を叩いた。彼女はこくりと頷いてから、僕の指をひっしと掴んだ。ソバージュの子の亡骸(なきがら)に恐る恐る目配せして続ける。

 

「――その前に……お願い……彼女を綺麗に送ってあげて……」

 

 僕はアビゲイルの願いに応え、秘密の力の一端を明かすことにした。

 

 〈滅却(イモレイト)〉――獲物の烙印(らくいん)を押した相手を、抱擁の中で塵になるまで燃やし尽くす力だ。

 

 この能力を人前で見せるのは初めてだ。

 

 僕にはこういう、普通のブッチャーにはない凶悪な能力がわんさかある。

 

 僕の枷(かせ)が外れた瞬間、対応する暇も与えずにエイリアンどもを殲滅するために、ずっと隠し続けている力だ。

 

 その日が来ることを信じて、ずっと一人で研ぎ続けている爪。

 

 ずっと、ずっと一人で――。

 

 ソバージュの子を抱きかかえて火葬にした。地面を掘っても、ここを調べに来た人間に暴(あば)かれるからだ。

 

 名も知らない女が塵となり風となって消え去った後に、肩にのし掛かってくる果てしない徒労感があった。

 

 燃え盛る森の中で、それを跳ね返すために僕はまた、吠えた。

 

 僕はアビゲイルを秘密の場所に連れて行くことにした。

 

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