「――誰かっ! 助けてッ‼」
時刻は深夜。
アビゲイルが大声で叫びながら、エコーチームの施設の門に駆け込んでいった。
ここは山腹の森の中。
僕の拠点に似た、自然の洞窟を利用した施設だった。
入り口は小さく、これだけだと発見は困難だけど、近くに電波塔みたいな設備が立っていて、このカモフラージュがお粗末だった。おかげで遠目で見て違和感ありまくり。すぐに分かった。
僕らが襲わなくても、遠からずエイリアンに発見されて潰されていたと思う。
全体的に規模が小さい。おそらくここは、前線からエイリアンの動向を観測するための施設であり、かつ秘密の通信中継基地なんだ。であれば観測機器を始めとする様々な調査器具が揃っているはず。
僕らは今からこの洞窟基地を制圧し、中の機器をそっくりそのまま頂戴するつもりだ。
まずはエイリアンの施設から逃げ出してきたという
施設の入り口で兵士と話すアビゲイルの手には、僕の制御端末が握られている。
貴重なブッチャーの制御端末だ。これを手土産に見せびらかせれば、エイリアンの情報が喉から手が出るほど欲しいこの施設の門は簡単に開く。これも彼女の案だ。
次々と襲撃案を出す彼女には迷いがなかった。そんなアビゲイルの頼もしい姿を思い出していると、施設の扉が開いた。
――本当に開いたよ。
僕は少しアビゲイルの事が怖くなった。
彼女、実は、ものすごいやり手なのでは……?
僕はこの先、彼女を利用し、利用されるなどという高度な関係を保てるのだろうか……? 気付いたらアビゲイルの手の上でコロッコロ。あり得る。気を引き締めないと。
中に招き入れられる彼女の背中を見ながら、そんなことを考えていた。
正面から突っ込んで皆殺しにすればいい。という僕の
だから僕は待つ。
三十分くらい経っただったろうか。
――配置完了。外、見張り二名。門、二名。攻撃開始。
アビゲイルからの連絡がきた。
制御端末は、アビゲイルの手によって、彼女でも扱えるように簡単な改造が施されていた。わずか一時間の早業だった。
アビゲイルが施設の中を確認しつつ、元アースピントという経歴を話してコントロールまで入り込む。そこには諜報部の
そして、タイミングを見計らって、手土産に持って行った僕の制御端末を操作してみせる。
使い方を説明する形で、遠隔で僕に指示を出すんだ。
しかし、その仕組みを分かっていないエコーチームには、彼女の行動の意味は理解できない。まさか本当にブッチャーにメッセージを送っているなどとは、思いもよらないはずだ。アビゲイルが怪しまれることはない。これも彼女の案だ。
アビゲイルの作戦は、ピタリピタリと全てはまっていった。彼女の頭の中って、どうなってるんだろう。
僕はますます彼女のことが怖くなった。
――そう。僕は今、アビゲイルを恐れている。
実は、今の僕は、ある意味、絶体絶命の立場にある。
今、アビゲイルが制御端末の自爆装置を起動させると、僕は脳味噌バーン。彼女は首の装置が外せるかどうかは不明だけど、人間側に帰還できる状態にある。
でも彼女は僕を自爆させる方法は分からないと言っていた。装置自体にはメッセージを飛ばす機能しか無いらしい。
――本当なのだろうか。
本当は爆破する方法も分かっていて、僕を殺して逃げようと
とはいえスパイに騙し合いで勝てるはずもない。装置の解析を許可した時点で、僕は主導権を失ったも同然だった。
彼女は嘘をついておらず、僕の自爆の方法も分かっていない。語ってみせたとおり彼女は諜報部を毛嫌いして信用していないから、僕を助けて一緒に脱出するルートを最優先として考えている。彼女は僕を助けたいと言った。その言葉が本心である。彼女は約束を
そんな僕にとって都合のいいストーリーに、今は
かつてアビゲイルが僕の人間性に賭けたように、今度は僕が彼女の
結果、僕はまだ死んでいない。
賭けには勝ったようだ。
アビゲイルは僕を裏切らなかった――。
さぁ、始めるか。
闇夜を音もなく
通信塔の近くをうろついていた警備兵二人の首を、すれ違いざまに爪で
ブッチャーナイフを振りかぶり、通信塔に向かってフルスイング。けたたましい音を上げて鉄塔はへし折れた。
間髪を容れず施設の入り口に真正面から駆け込む。
まさか敵が正面から突撃して来るとは思っていない見張り二名を、ブッチャーナイフのひと太刀で撫で切りにしてしまえば、これで外の兵は全滅。残りの敵は全員施設の中に押し込む形となった。
施設は隠密性を重視している。やかましい警報などは鳴らないけど、施設の中からざわつく気配が漏れてきた。鉄塔が倒れる音と振動で、僕の襲撃に気付いたんだろう。
――地上一階、五名。地下一階、四名。私、地下一階。攻撃開始。
助走をつけて肩から体当たり。扉をぶち破った。
「――はぁ……ッ⁉」
「なんでここにブッチャーがッ‼」
「ひぃ……」
中には既に銃を構えた男が三名いた。僕の姿を見て、彼らは一斉に恐怖に顔を歪ませた。まさか襲撃者の正体がブッチャーだとは思わなかっただろうね。
左脇の男の頭を握りつぶし、同時に正面の男をナイフで脳天
右の一人が奥の部屋に逃げ込もうとするのが見えたけど、握りつぶしていた男の身体を投げつけたら巻き込まれ、メキャァッと鈍い音を残して一緒に吹き飛んだ。首があらぬ方向にひん曲がったから、死んだはずだ。
残りは二人だけど……。
ナイフをゴリゴリ引きずって一階を見て回る。
「くそぉおおおおおおおおおお――ペギュッ‼」
一人を見つけた。果敢にもアサルトライフルを撃ってきたけど、構わずブッチャーナイフを振り抜いて壁の染みにした。エプロンを撃ってもまったく意味がないのに。新兵かな?
最後の一人を探してゴリゴリと一階部分を彷徨う。
廊下の角から男が現れた。パチパチと銃身がスパークする巨大な銃を携えている――大口径レーザーライフルだ。
「死ねやあああああああああぁぁ!」
僕がブッチャーナイフを盾にしたのと、男が引き金を引いたのは同時だった。
ナイフに反射したレーザーが施設の壁を焼いた。
角度を調整し、レーザーの反射を男に向けていく。
「嘘、だろ……っ⁉」
反射したレーザーが男の髪の毛を焼いた。瞬間、男は自分が焼かれるのを恐れてレーザーの照射を止めた。その隙を見逃さなかった。
ブッチャーナイフを構えて突進し、体当たりで男を正面から
「ぱぅ――」
男はトラックに轢かれたかのような勢いで壁に叩き付けられ、ズルズルと崩れ落ちて動かなくなった。念のため、頭部を足の裏でペキャリと潰しておく。
高出力レーザを反射させた刀身の一部が、高熱で
危なかった。あんなの至近距離でまともに食らったら大やけどする。狭い通路で持ち出されるとレーザー系は脅威だな。
これにて地上一階は制圧完了。
地下室への入り口は――。
探すまでもなく、奥に地下への階段があった。
しかし階段を下りた先の扉は固く閉ざされていた。金属製の重々しい扉だ。
これを腕力でぶち抜くのは、ちょっと無理そうだな。
とりあえずヤクザキックで扉を蹴ってみる。
ズウゥン……と施設全体が大きく揺れた。でも扉はびくともしていない。なかなか頑丈だ。
さて、と……。
こんな事態も、アビゲイルは想定済みだった。扉を蹴ったのは合図だ。
実はこの程度の扉、僕の力を使えば
だから大人しくアビゲイルを待った。
ほどなくして、扉は向こう側から開いた。中から怒声が漏れ出してくる。
「馬鹿な! 貴様ッ‼ いったい何を――」
男の声を遮って、パンッという乾いた音が届いた。
ほとんど同時に、地下室に
目に飛び込んできたのは、男を人質に取って頭に銃口を突きつけているアビゲイル。羽交い締めにされて両手を挙げている男。
他方、彼女に拳銃を突きつけている男が二名。部屋の中はそういう配置となっていた。加えて、床には頭から血を流した男が一人倒れていた。
「ひっ……⁉ ぶ、ブッチぎゅぱ――」
一人、そしてまた一人と男どもの頭を握りつぶしてアビゲイルに歩み寄る。
それを見たアビゲイルも、人質に取っていた男の側頭部を撃ち抜いた。
地下室には僕とアビゲイルだけが残った。
これにて制圧完了。
僕が動き始めてから、たぶん、トータルで二十分もかかっていない。一方的なパーフェクトゲームだった。
……ちょっと、アビゲイル凄すぎない?
君、本当に後方勤務なの⁇ 特殊部隊も真っ青なお手並みだったけど。
僕が現役でも、こんなに鮮やかに制圧できたかは自信無いぞ……?
これがエリートスパイ……。
ボンド・ガールになれるね。素敵。今すぐ囚われの女スパイごっこで、秘密を吐くまで監禁凌辱したい。ちょうどここ、そんな感じの部屋だし。
それが終わったら、囚われのボンド・ガールを救出しに来た君のミスターボンドになって、トロフィー的にやっぱり飽くことなく一晩中抱きたい。要するにその凛々しい顔をアヘ顔に変えたい。
「――こんなに上手くいくとは思わなかった……あなたの手際を前に、エコーが面食らってコントロールが混乱したのよ。おかげで簡単だったわ」
アビゲイルが僕の胸に手を当てて見上げてきた。
「あなたは、プロなのね……ジェヴォーダン」
……君もね。