「定時連絡がなくなったら、すぐに偵察が来るわ。あまり時間がないから来て」
アビゲイルに手招きされる。
僕が隣に立つと、彼女は遠心分離機みたいな装置を動かし始めた。
「――まずは、この魔石をここにセットして、と」
制御端末から取り外した魔石を装置に入れた。それが終わると慌ただしく別の場所に向かう彼女。金魚の糞になる僕。
「X線検査しましょう。そこに立って」
言われるがままに立った。
しばらくして「もういいわよ」と言われ、僕がアビゲイルの後ろに立つと、彼女はモニターを見ながら唸った。
「――頭部のCTも欲しいけど、さすがにここじゃ無理ね……私のも撮るから、合図したらこのボタンを押してくれる?」
言われた通り、彼女の合図でボタンを押す。
帰ってきてまた、うーんと唸るアビゲイル。
同じ画面を見ても僕には????
ピーピーという音が鳴った。
アビゲイルは装置から魔石を取り出して制御端末に戻し、また椅子に座るとモニターを見て、うーんと唸り始めた。
僕が彼女の後ろで薄気味悪い置物となって見守る先で、彼女は「あっ」と小さく声を上げると、部屋の奥から銃の形をした謎の装置を持ち出してきた。
それを制御端末にピッ。僕の側頭部にピッ。彼女のチョーカーにピッ。ゴトリ。謎の装置をテーブルの上に置いて腕を組み、ふーっと深呼吸。
手際、良すぎませんかねぇ……?
初めて来た施設でこの迷いのなさ。僕は胸中でゴクリ、生唾を飲んだ。
「――なんとなくだけど、分かったわ」
うそぉ……。
アビゲイルは椅子をくるりと回して僕に向き直り、足を組んで語り始めた。
「まず、この端末についてだけど、〈テレパス〉の魔法が結晶化したものね。テレパスは
アビゲイルが机の上の制御端末を指でツンツンと小突いて続ける。
「つまり端末が重要というよりは、テレパスが肝なの。だからこの端末じゃなくても、あなたに指令を出せるし、テレパスが使えるエイリアンなら装置すら
ほほー。
『じゃあ今も帰って来い的な声が聞こえているのは、エイリアンが街からテレパスを送っているから?』
僕はホワイトボードを使った。ホワイトボードに字を書くブッチャー。貴重な絵だと思う。
アビゲイルが頷く。
「――おそらくそう。そして、あなたの制御装置にも、私のチョーカーにも、
彼女は近くにあったラジオを指差して言った。
「受信専用で、事前に合わせておいたチャンネルに流れてくるメッセージを再生できる装置」
なるほど分かりやすい。
「そして爆破指令も、テレパスで送っていると考えられる。誰でも爆破指令を出せるわけではないと思うけど……でも、そう考えると端末を奪ったり、テレパスの送信機を探して破壊して回っても、あまり意味はないわ。対の魔石の情報さえ残っていれば、後からいくらでも送信機側は作り直せるし、その気になればテレパスの魔法を使えるエイリアンが直接、爆破指令を出したりもできる。その装置を外す以外に、あなたが自由になれる道はない」
やっぱりそうか。
僕の喉が無意識に鳴った。
「ジェヴォーダン。昨日、指令が自分に効いていないのだから、実は装置は壊れていて、自爆もしないのではないか、そう言ってたわよね?」
ブッチャーへの指令に強制力があって、僕にそれが効いていないということは、側頭部の制御装置自体が壊れているのではないか。
つまり、実際のところ、脳味噌バーンを恐れているのは僕の取り越し苦労で、僕の自爆装置はそもそも起動しないのではないか。僕はずっとそんな疑問を抱いていて、それを昨日、アビゲイルにぶつけたんだ。
「あなたが慎重な性格でよかったわ。装置自体は壊れていない。自爆装置は起動できる状態にある」
危なかった。セーフ。
「そもそも、制御装置によるブッチャーへの強制力自体が疑問ね。だってこれ、単にあなたの脳に直接メッセージを送り込むだけの仕組みなんだもの。あなたが指令に反して自由に行動できるのは、ある意味当然のことなのよ」
『他のブッチャーは――』
「自分で考える力が無いから、言われたとおり動いているだけね。きっと。一方、あなたは自我を保っていたから自由に行動できる。ただただ、そういうこと」
肩をすくめるアビゲイル。
「ブッチャーに暴走が多いという話も納得。だって強制力なんて、初めから無かったんだから。ブッチャーが指令を誤解すれば、あるいはどうしようもなく不機嫌になれば、当たり前のように別の動きをするわ」
そうなのか……僕はてっきり、ブッチャーはこの指令に逆らえないものなのかと思ってたけど、他のブッチャーは馬鹿すぎて言われたことに素直に従うだけという、そんな単純な話だったのか。
無意識に天を仰いだ。なんてこったのポーズ。
アビゲイルが僕の指を握って続ける。
「本当に……あなたが自分を残していて、そして用心深くて良かったわ……あなたが自由気ままに振る舞っていたら、あっという間に処分されていたに違いない。自我があるブッチャーなんて、危険すぎるもの」
『フェリスは、大丈夫かな』
僕は狐っ子フェリスと名前のやり取りをしてしまっていた。
「話を聞く限り、フェリスは大丈夫よ。どちらかというと、彼女はあなたを守ろうと動くわ。それ以外のエイリアンには、感づかれている様子はないのよね?」
フェリスが僕を? そう……かな? でもアビゲイルが言うならそうかも?
僕が胸中で首をひねりつつ頷くと、アビゲイルがゆっくりと溜息をついた。
「――それで、私のチョーカーはそのテレパス受信機と、
ふむふむ。
「まず炸薬の量が多いわ。ブッチャー用なんでしょうね。そして装置の先端に――つまりあなたの脳の奥深くに、もうひとつ別種の魔石が入っているわ。魔石の種類は外さないと分析できないんだけど……でもジェヴォーダン、あなたの話を聞いてひとつ閃くものがあったの」
『その心は?』
僕の筆致に彼女は頷いて、続ける。
「昨日、お話しを聞かせてくれたじゃない? ブッチャーは死ぬと頭が弾け飛ぶからバッグを被っている、なんて
ああ、しまった。そのミートバッグの話、人間の兵士の笑い話じゃん。しかもフォックス発のジョークだし。ついうっかり……。
っていうか、ひょっとして僕、アビゲイルとお話している間に自分のことを大量にゲロってる……?
ドキドキと鼓動が早まる僕を尻目に、アビゲイルは続ける。
「まだ仮説だけど、その側頭部の装置は、あなたの鼓動か脳波をチェックしているのよ。だから死ぬとそれを検知して爆発する。無理に外しても、鼓動や脳波が止まったように見えて爆発する。そのセンサーが先端の魔石」
筋は通ってる。
「私は脳波だと思う。鼓動はすなわち血流、血圧の変化だけど、血圧の変化なんてとても不安定だから。前線で激しい戦闘をするブッチャーの生存確認には不向き。それに、ブッチャーはほとんど眠らないという話も脳波の可能性を後押しするわ。眠ると脳波が弱まるけど、眠らないならその誤作動の心配が少なくてすむから」
僕がアビゲイルの推理に舌を巻いている間も、彼女の熱弁は止まらない。
「この仮説が正しいとすると、その先端のセンサー魔石を
騙す……どうやって?
コトリ。首を倒した。
するとアビゲイルはいったん区切って、椅子の背もたれを押した。
キィィ……。
「――そしてその方法も……目星が付いている」
な、なんだってー!
思わず仰け反ってペンを落としたブッチャー。
「その制御装置はジェヴォーダンの脳波を見ているかも知れないけど、細かいところまで見ているわけじゃないわ。それはいくらなんでも難しすぎる。せいぜい、脳波があるな、ないな。くらいしか見ていない」
うんうん。
「テレパスの仕組みは詳しく分かっていないけど、脳波に干渉しているのは間違いないの。だから、テレパスを使えるエイリアンに、その装置の先端にある魔石にテレパスを送ってもらって、その間に抜いてもらえばいいわ。それで装置は騙せるはず。念のため、あなたの脳波をシミュレートできるよう、あなたとお話ししながらがいいわね」
テレパス
「……ジェヴォーダン。思い出して。あなた、女子校でドラゴンの女の子をしばき倒した時に、正体不明の念話を聞いたんでしょう?」
頷く。
「近くに端末はあった?」
首を振る。
「あなたが心の中でその声を
頷く。アビゲイルのヤンキー言葉に、やや驚きつつ。
「その子がテレパス持ちよ。褐色肌の子は、あなたに話しかけるだけでなく、あなたの言葉も聞けるわ。あなたと直接会話ができるエイリアン」
僕はパチパチと拍手を送った。ブラボー。
ブッチャーが拍手をするという珍景に、得意げに鼻を鳴らしたアビゲイル。
「――ありがとう。他にもテレパス持ちはいると思うけど、まずはその子が候補ね」
『どうやって抜いてもらえば?』
僕の素朴な疑問に、彼女は肩をすくめた。
「それは……これから考えていきましょう。今の話も、ただの仮説よ。まだ時間があるから、ここから使える装置を全部持って帰って、あなたの拠点で続きを調べて、もっと確度を上げないと。他にも実験がしたいわ」
『すごいね。名探偵だ、君は』
僕の素直な賞賛。
するとアビゲイルは机の上で頬杖をついて足を組み直した。小さく笑みを浮かべ、ドキリとする流し目を送ってくる。
「――ね? お話、役に立ったでしょう?」
……。
「だから、もっとお話しましょ♪」
――はい。
これにはがっくりと頷くほかなかった。