ここ数日で、彼女について分かってきたことがある。
アビゲイルは敵と味方をはっきりさせるタイプなんだ。
味方には慈愛の
彼女が時折見せる苛烈な言動は、敵に向ける時の顔だ。
どうやら僕は、彼女の味方の枠に入っているっぽい。
お人好しすぎる。ブッチャーを信じるなんて。
普段は柔らかな態度を見せているけど、一度やると決めたらキリッとエリートの一面を見せる。そんな切り替えの激しさもある。
それは性交の時もそうだ。普段は品のある
そうやって自分を使い分けなければやっていけないのだろう。エリートの世界ってやつは。
そしてアビゲイルは優秀だ。僕が見てきた人間の中でも断トツに優秀。
――恐るべき女。油断しては駄目だ。彼女は優秀なスパイなんだ。騙して盗み取るのが仕事。心から気を許せば、芯までしゃぶり尽くされる。
僕の自慢の芯棒ならしゃぶり尽くしてくれても良いけどね。
いかん……思考回路がどんどんエロおやじ風に……。
そういえば昔、フォックスにもそんな下ネタ的ギャグを僕に披露して喜んでる奴、いた気がするなぁ……まさかこれ、その影響なんでは……?
「どうしたの、ジェヴォーダン?」
な、なんでもありません。
ドキリとして振り返ると、アビゲイルが葉っぱに埋まったまま目を開けていた。
彼女が寝ていたのはフォックス仕込みの簡易
と、偉そうに言っても、ただの枯葉の山だけど。
野山で睡眠をとる時に使うやつだ。今が秋口なのが幸いした。枯葉は全部日干ししたから、虫もほとんどいない。クッション性、保温性に加えて通気性もあり、ブランケットと組み合わせれば、物資の乏しいサバイバル環境だと上等な寝床の部類に入る。
僕がこれを作って見せた時、アビゲイルは「器用なのね……」と感慨深そうに零していた。さすがにこれで身バレはしないと思うけど、いちいち言動が
「――んっ……んんーっ! ……朝ご飯に、しましょう!」
そう言って、アビゲイルはゴソゴソと枯葉の中から這い出してきた。
しましょう! って威勢良く言ったけど、作るのは僕なんだよね。
彼女が身支度を済ませる間、僕は火をおこし、肉を焼いた。
朝食は肉だ。
というかもう、ずっと肉。季節が秋だから山菜もない。キノコ類は、斥候として鍛えられた僕の目でも見分けに失敗することがあって、危ないから避けている。そもそもキノコってカロリーが低すぎて腹は膨れないし。
野生の木の実は、意外と無処理で食べられるものが少ない。アクがすごくて無理。月単位のアク抜きが必須。
だから肉しか食うものが無い。
でも幸い調味料は種類があった。奪った物資の中には塩、胡椒、香辛料に乾燥ハーブ、カレー粉なんかもあったから、なんとかアビゲイルも飽きずに食事ができていた。
昨晩は骨付き肉の煮込みカレー風味。軟骨まで美味しいやつ。その前は乾燥バジルを使った、なんちゃってジェノベーゼ・ソース。その前は
アビゲイルの頭脳を減速させないように、僕は誠心誠意、専属コックとして料理を
でも今朝は、ただの
僕の創意工夫を凝らした料理を食べ続けてきたアビゲイルが、意外にもシンプルな肉料理の出現を前に一瞬だけ眉をひそめたのが見えた。
ちょっとがっかりしたな、こやつめ。ふっふっふっ。
ところが結局、彼女は目の色を変えて、そのシンプルな肉にかぶり付いている。
「ムグムグ……ねぇ、ジェヴォーダン。このお肉、柔らかくてすっっっごく美味しいの。不思議……どうして?」
ふふふ……それは塩を振って数日間、秋風にさらし寝かした簡易熟成肉。うま味凝縮なのさ。胡椒だけでご馳走に早変わり。塩分濃度が最大のポイント。
胸中で含み笑いを送ってから、腕をまくって二の腕をパンパン。腕がいいからですよ、のジェスチャー。
それを見て吹き出すアビゲイル。
「――んふっ……あっははは! さすが、お肉屋さんね!」
調べるべきは調べ、考えるべきは考えた。基本方針は先日アビゲイルが語った通りとなる。あとはどうやって事を進めるか。今はそれを彼女と相談していた。
今日が拠点にいられる最終日。明日には、またあのエイリアンの施設に向けて帰らなければならない。
「ねぇねぇ、ジェヴォーダン。この辺りってどんなところなの?」
すっっごい難しい質問だね、それ。どんなところって、なんて答えれば良いのさ。地図でも書けばいいの?
僕が黙っていると、アビゲイルが続ける。
「――よかったら案内して欲しいな! もう後は相談するだけだから、お散歩しながらでもできるでしょう?」
お話の次はお散歩……。
僕は
アビゲイルと生活を始めてから、あまりにも僕の感情表現のパターンが少ないことに気が付き、必要に駆られて様々なサインを編み出した。
喉を鳴らす他には、口を開けて見せたり、首を倒したり。でも溜息は駄目。僕の溜息はホラー感がすごいから落ち着かないらしい。
変わりどころだと、指をパチンと鳴らすというジェスチャーなんかも使えるようになった。だいぶ表情豊かになったと思う。顔はキモいままだけど。
僕らはすでに文字を使わなくても、アビゲイルが喋り、僕がジェスチャーで相づちを打つという形で簡単な会話ができるようになっていた。
「――いいじゃない。ほら、近くに川もあるのよね? 私、水浴びしたいなぁ~~~……ジェヴォーダンが、ほら……あれ……をかけてくるから」
アビゲイルが恥ずかしそうに少し俯いて言った。
彼女、淫語を使うのが苦手みたい。
天下無敵の性獣である僕がイチコロになるほど、性根はいやらしいくせに。このギャップが可愛い。
「良い香りだし、お肌すべすべになるから嫌いじゃないんだけど、たまには身体をさっぱり洗いたいかーもー……駄目?」
……良い香り? 今、良い香りって言った? 嘘はよしなってば。僕にはただのイカ臭い匂いにしか感じられない。
『どんな匂いなの?』
あえて掘り下げてみる。
「んー、そうね……トップノートはパチュリとか、ウッディな香りがベースなんだけど、そこにバニラとミュゲの香りが隠れているような感じ。ちょっとリリーの香りも感じるかな。時間が経つと、ラストノートには段々とシトラスとアンバーが顔を出してくる」
そんなに高級そうな香りが……。
思わぬ品評におったまげ。口をカパッと開けた僕。これは驚きのサインだ。
それを見て口に手を当てて笑ったアビゲイルが、次いで僕の耳に口を寄せ、声を潜めて
「うふふっ――(味もね、コーラを飲んでるみたいなのよ? 喉にピリッとするけど、慣れてくると癖になる感じ)」
そ、そうなんだ? どおりで、嬢が美味しそうに飲むなと思ってた……。
「だから、嫌じゃないのよ? でもコーラを浴びたら、あとで身体を洗いたくなるじゃない?」
そう言われると完全同意。
っていうかそこまで力説しなくても、身体洗ってくれてもいいからね? 止めたりしないから。むしろ今まで気が付かなくてごめんね?
『食べ終わったらいこう』
僕は食後にアビゲイルを連れて川に向かった。
渓流はそれほど遠くない場所にある。耳を澄ませば森の奥から水音が聞こえるほどだ。少し歩けばやがて川は見えてきた。それなりに幅があって深い。
「ああぁぁぁっ! 久しぶりの水ううううぅぅっ!」
アビゲイルは僕の目の前でポイポイと服を脱ぐと、ザブザブと川に入っていった。もう僕に対する羞恥はないんだね。当然だよね。でもなんかちょっと寂しい。
「――つっっっめたっ‼」
彼女は口をいーっとしながら身体を沈めた。
バシャァッと手を上げ、
「ジェヴォーダンも早くっ!」
え、僕も……?
「もー、早くって‼」と、すごくテンションが高いアビゲイル。渋々エプロンを脱いで水に入っていく僕。
「――あったかーい」
アビゲイルが僕に抱きついて顔をほっとさせていた。僕は湯たんぽ役だった。
「――んんん……もっと暖かいのが現れた……」
そりゃね。君に裸で抱きつかれたらね。
「でも……後でね。水浴びの意味がなくなっちゃうから」
むしろ今、汚れ切っていただいたほうが、後で汚れるよりもいいのでは?
僕、青姦大好き。アビゲイルも好きでしょ? 知ってるよ。君はアウトドア派なんだ。だって外でする時の方が明らかに感じてる。気が合うね。
でもアビゲイルが青姦が好きな理由、ちょっと分かってるんだ。
つまり、彼女は外でセックスするのが好きなのではなくて、何かを話しながら大声で喘ぐスタイルが好きなんだと思う。牢獄とかエイリアンが近くにいると、やっぱり人間の言葉は出さないほうが良いから。
大声で、もうだめ、死んじゃう、許してジェヴォーダン。僕の背中に爪を立てて抱きつき、ベロをムグムグ。肩を噛み噛み。口で許しを請いながらも、同時に身体は快楽を請うてしまう。これほど抱き甲斐がある女も珍しい。
まぁ、それはともかく。僕が川縁での青姦を提案しようとした、ちょうどその時。森から大きな影が現れた。
それは大きなクマだった。グリズリーかな。
僕に抱きついていたアビゲイルの全身に緊張が走ったのが分かった。グリズリーって思ってたより大きくてビックリするよね。水を飲みに来たんだろう。
まぁでも、放っておけば帰るだろう。そう思って、アビゲイルの尻肉に手を伸ばした矢先、グウォウ! とクマが
なになに? なんでそんなに興奮してるのさ。
……ああ、冬眠前か。
仕方ないから、アビゲイルを連れて川から上がる。
こちらに近寄ってくるクマの前に仁王立ちとなった。
僕の身体は大きい。グリズリーが立ち上がったのと同じくらいある。重量感まで含めるとグリズリーを上回ってすらいる。
水の中から現れたのが、まさかこんなにでけぇ奴だとは思っていなかっただろうクマは、僕を前に一瞬
「ね、ねぇ。どうするの……?」
アビゲイルが僕の後ろでオロオロしていた。
そうね、どうしようか……。
おもむろに首を川に向け、舌をビシュッと伸ばした。
「え? ええ? ええ……?」
カメレオンめいた速度で
僕はそれを一度口に咥えると、動転するアビゲイルを尻目に、クマの顔面に軽く投げ付けてやった。
クマは鼻っ面に魚を食らって数歩だけ後退した。
それから二、三回僕に向かって吠え、しばらくして下に落ちた魚を咥え上げたクマは、大人しく森に去っていった。
僕らは黙って森に消えていくクマの後ろ姿を見送った。
さ、アビゲイル。風邪ひくよ。早く水浴びを済ませて戻ろう。
彼女の肩を叩き、彼女を抱きかかえて川に戻った僕は、湯たんぽになった。
湯たんぽの報酬は手で一発だった。ごめんね川の生き物のみんな。