「ジボダン!」
トテトテと屋敷から出てきたのは狐っ子フェリスだ。彼女は見た目、中学生から高校生といったところだけど、動きはまるっきし小学生だった。
僕のお守り任務は未だに続いている。ちょっと信じられない神経だ。この狐一族の神経は、しめ縄のように図太い。
でも今回ばかりは助かった。
さすがに女子校に連れて行かれる事はなくなったけど、その後も僕は時々こうして呼び出しを受けて、フェリスが外を歩く時の護衛として連れ回されている。
今日もバイトの途中で呼び出され、ミノタウロス店長の肩をツンツンして抜け出し、彼女の屋敷まで迎えに来たところだ。店長は万事承知している風に僕を送り出してくれた。
フェリスが街を歩き、僕がふさふさの尻尾と狐耳を眺めながら、その後ろをついていく。
彼女はベレー帽を被ることをやめたようだ。理由は分からないけど、なにか心境の変化があったんだろう。耳、見えてる方が可愛いね。
こうして彼女にあちこち連れて行かれるおかげで、街の様子もだいぶ知ることができた。今日の目的地はどこだろうか。
「#&△〓◎○#、※○☆。ジボダン〆◎△★◇?」
香ばしい煙がもくもくと上がる出店で何かを買ったフェリス。
道ばたのベンチに腰掛けた彼女は、僕に話しかけながら串肉を差し出してきた。ありがとう。もぐもぐ。タレ味。美味い!
ついでに肩にかけていたバッグからなにかを取りだして、追加で僕に差し出してくる。手に握られていたのは草だ。ミノタウロス店長に何を聞いたかは知らないけど、その草……もぐもぐ。ネバネバの味。美味い!
フェリスがベンチに座って足で空気をぷらぷらと漕ぎながら、僕と同じように串肉をもぐもぐと食べている。
彼女は、大型犬でも連れ歩いているような感覚なのだろうか。僕に対する警戒心が全くない。
それどころか、こうして熱心に餌付けまでしてくる始末。その内、お手とかやらされそう。おちんちんなら得意です。
僕、彼女に好かれるようなこと何もしていないどころか、彼女の
でもそんな彼女の、僕に対するこの
ふと、フェリスが僕を見上げてきた。頬張った肉のせいで両頬がぷっくりと膨らんでいる。
そこで僕が彼女の食べかけの串を指差して、小首をかしげてみせる。
僕の仕草を見たフェリスがゴックン。口の中の肉を飲み込んで言った。
「タプア」
ふむふむ。これはタプアという食べ物なのね。
続けて、お馴染みの草を指差してみせる。
「マリファナ」
なるほどなるほど。この草、マリファナっていうのか。
……え? これ
店長、昼間っからマリファナ食べてたのか……。
いや、単に言葉が同じだけだという可能性が……でも言われてみれば、この草って凄くスジっぽいし、甘い香りがして、確かにそれっぽい匂いだな。葉っぱの形も凄く似ている……店長ってやけに陽気だしな……。っていうか、マリファナって生で食べても効果あるのかな?
ま、いっか。
最近、僕もこの草がお気に入り。基本的に肉食の僕だけど、
フェリスは、食べちゃ駄目だよ。
ベロを伸ばして、クンクンと好奇心丸出しで草の匂いを嗅いでいたフェリスの手から草を取り上げた。「あっ……」とか残念そうな声を出してもだめー。
串肉を食べ終わったフェリスがペロリと指を舐め、立ち上がった。
また僕を先導して歩き始める。
彼女は道すがら、僕にあれこれ指差しながら単語を教えてくれる。その度に頷く僕。
「ドレン」、うん。
「ミサクラ」、うん。
「サータフーフ」、うん。
「バッフタンリコノアーレギョル」、ちょっとそれは無理。
そうこうしながら今日のお守りは終了。
今日は街の反対側にある公園が目的地だった。
今の時期、秋バラやコスモスが咲いているボタニカルな感じの公園で、フェリスはその庭園を見に行きたかったみたいだ。やっぱり花が好きなんだね。超似合ってる。
で、それに付き合わされたのがブッチャー。
せっかくのお花が台無しだよ。
それにしても僕、完全に犬扱いだなこれ。
公園まで犬を連れて散歩。優雅だ。実態はブッチャーだけど、そこは彼女はあまり気にしないみたい。公園にいた周りの人達は、凄く気にしていたよ?
できれば首輪をお願いしたい。鎖を持ったフェリスに犬扱いされて街中を引き回される想像をすると、やや興奮する。
フェリスが僕を先導して夕暮れの街をスタスタ歩く。
彼女の後ろからついていくと、ふさふさの尻尾やピンとした耳が強調されて、すっごい狐。お持ち帰りした上、牢獄の中でひと晩中舐め回して毛繕いしたい。
何だろう……落ち着いた気分でフェリスを見ていると、妙に庇護欲が刺激される。他の獣人を見ても、尻尾を掴んでバックで突っ込みたいくらいにしか思わないのに。
これは、あれかな……ひょっとして、僕が元“フォックス”チーム所属だから、無意識の内に狐に親近感を抱いているとか、そんな単純な話なのかな。
もしそうなら、フォックスさまさまだ。おかげでフェリスを食べなくて済んだし、結果として僕はこうして自由の糸口を手にしている。
まさかブッチャーになった後もフォックスのお世話になるとは。世の中、何が繋がってくるか分からないものだな。
日が暮れる前、フェリスを屋敷まで送り届けた。
フェリスと一緒に玄関前で立ち止まる。
僕を見上げながらバイバイする彼女。
いつもならここでお別れだけど、いよいよパーツが揃った。やるか。
僕は玄関の一カ所を指し示す。それを見たフェリスがにこっと笑って言う。
「フェイグス」
別の場所を指差す。
「リンピオ」
さらにもうひとつ。
「スーブル」
その三つを繰り返し指差すローテーションを続ける。
「フェイグス、リンピオ、スーブル……フェイグス、リンピオ、スーブル……」
やがてフェリスは、はっと僕を見上げて興奮気味に口を開く。
「――フェリス?」
頷く。
「○§#&#☆○ジボダン、▲□、フェリス▼◇#!」
フェリスは両拳を天に突き出して、空に向かってよっしゃーっ、となんだかすごく嬉しそうだ。ついにインコがしゃべり出した時に見せる飼い主のガッツポーズに近いものがある。
彼女の教えてくれた単語の音を覚え、初めのひと文字を繋いで単語を作る。これは、とてつもなく遠回りな会話方法だ。でもこれ以外、僕にはできない。
これ、アビゲイルの策の一環。
僕はまず、フェリスともっと仲良くなる必要がある。
狙いは学友の褐色娘だ。
自爆機能付き制御装置を外せると
この作戦をアビゲイルがぶち上げた時、僕はもうフェリスの家に呼ばれない可能性を
けれどもアビゲイルは、また僕は必ず呼ばれると断言した。
彼女曰く、結局のところ僕は任務を果たしたわけだし、そして何より、全校生徒の前でフェリスが僕を
最終的にはフェリスの地位向上に大きく貢献できたと思われる。ジボダンの価値はむしろ高まったそうだ。
そもそもブッチャーである僕を家や学校に呼ぶ時点で、僕は並のブッチャーとは見なされておらず、変態狐女の僕に対する評価は相当に高いらしい。
そして僕は、こうしてまたフェリス宅に呼ばれた。
金髪の魔女の言うとおりになった。
これからもきっと、彼女の言うとおりになる。
――さぁ、ここからが本番だ。
僕はまた別の箇所を指し、新たな言葉を紡ぎ始める。
「う、て、ごぅ、る、あ、く、――」
もうフェリスも勝手が分かったもので、僕が指差す物の単語の先頭音だけを繋いで読み上げていく。
僕が伝えようとしている言葉はシンプルだ。アビゲイルはエイリアンの言語も多少は分かるらしく、フェリスにこれだけを伝えれば良いと、教えてもらった言葉。
「び、な、く……」
フェリスは息を呑んで僕を見上げた。
意味は「お話、したい」だ。
僕から、この
フェリスと僕のストーリーをひと通り聞き終えたアビゲイルの結論は、フェリスには僕に対する親近感が芽生えており、彼女の母性と共感性を刺激すれば、必ずどうにかして僕とコミュニケーションを取ろうとする。ということだった。
そこで褐色娘か、あるいは別のテレパスが使用できる誰かを頼るはずだと。幸い褐色娘とフェリスは仲が良さそうだった。褐色娘が来る可能性が高い。
僕には、フェリスが僕に対して親近感を持ち始めているとは到底思えなかったのだけど、アビゲイルは絶対にそうだと強弁した。
だって、僕がフェリスにやったことと言えば、顔面に潮とザーメンをぶっかけて、僕の極悪な淫棒を至近距離で見せつけ、彼女の見ている前でエイリアンを二人丸かじりで平らげた。さらに屋敷中を何日にも渡って追い回し、三日三晩枕元に立った。たぶん夢枕にも立った。彼女の目の前で人間を惨殺して、背骨まで引っこ抜いて見せた。おまけに彼女の、仲は良くなかったのかも知れないけど、学友を半殺しにした上で全校公開レイプ生食躍り食い寸前までいったわけだ。その帰りに羞恥プレイを強制するというおまけ付きで。
いくら何でも親近感は無理だろう、というのが僕の見立てだった。
いやぁ……しっかし、ほんとに
でもその結果は今、僕を見上げるフェリスの
アビゲイルの作戦勝ちだ。
そら恐ろしいのはアビゲイル。彼女、本当に魔女なのでは……?
僕はフェリスの答えを待たずに
この賭けの勝敗は遠くない内に分かりそうだ。
僕は胸中でほくそ笑み、精肉店に戻った。