「――あっははははははっ!」
一方の僕は、感動に打ち震えていた。
言葉を直接やり取りしたのなんて、言うなればブッチャーとして生まれて初めてだ。
胸にじんと染み渡る感動だった。
なんて気持ちが良いんだろう。身体ふわふわする。
人間の頃は、会話できるということが、これほど幸せなことだとは分からなかった――。
彼女はひと通り笑うと、目尻を拭きながら、また僕に手を当ててくる。
「ひー、ひー……」
『あー、そうなんだ? フェリスって時々抜けてるところがあるからねぇ……了解、ジェヴォーダン。フェリスの騎士さん』
そう言って、リディアはまだ立ち上がれないフェリスを見た。
一応、彼女のお守りとして確認はしておく。
『フェリスを虐めてたの?』
『え? ……ああ、フェリスの騎士としては気になるよねー』
フェリスをチラリ、振り返る。
『違うよ、安心して。むしろ逆』
リディアがニヤニヤしながら続けた。
『……実はフェリスがね、ブッチャーと話がしたいから手伝ってって、私に言ってきたの。でもほら、私、別にブッチャーと話なんてしたくないしさー?』
肩をすくめて見せるリディア。
『しかも君って、前に学校で大暴れしたブッチャーだよね? アーシェラを圧倒できるブッチャーなんて、怖くて近づきたくもないって、一回断ったの。そしたらさ――?』
ペロリと唇を舐めた。
『フェリスが自分のこと、好きにして良いって』
なるほど。そういうことね。
『
『フェリスと話がしたい。リディアが通訳してくれるの?』
『うんうん。私が通訳するから、まかせてよ』
『ありがとう』
僕の礼に、リディアはグッと親指を立てて見せた。
それから、僕らはしばらく会話を続けた。
僕の設定はこうだ――記憶喪失。
それは便利なパワーワード。全ての疑問を問答無用。記憶にございませんでぶった切れる。
必要以上に僕の方から会話をしてはいけない。あまりにもペラペラと知的な会話をすると、逆に警戒心を持たれる恐れがあるからだ。
加えて、僕ってちょっと口が軽いっぽいんだ……だから余計な事を喋らないように、という僕なりの対策でもある。すこし頭が弱い風だと、同情を誘いやすいという期待もあった。
そして何よりも重要な点として、僕が喋れるという事実を他のエイリアンには口外しないで欲しい、というお願いを聞いてもらうことだ。
これは極めて重要だ。
アビゲイルの解析によって、ブッチャーは頭が悪すぎるから素直に言われたことに従っているだけだ、という背景が分かった。
言い換えると、自我を持つブッチャーは危険極まりないとエイリアンの目には映るはずだ。ブッチャーに詳しい軍事関係者に知られると処分される恐れがある。
僕に自我があるという事実をこれ以上広めてはならない。フェリスとリディアの二人には秘密にしてもらわなくては。
説得する方法について僕とアビゲイルは悩んだ。
結局、僕と同じく自我を持っていたブッチャーが処分されたのを見たことがある。という嘘を混ぜつつ、危険物扱いされて処分されたくない。フェリスとお話がしたい。もっと彼女のそばに居たい。そういう心情に訴えかける形のお願いにした。
大人に知られてはいけない重大な秘密を友達と共有する。それはティーンエイジャーの憧れ。若い子にはこっちの方が効く。アビゲイルの案だ。
これも正解だったようで、リディアは同情めいた顔になって頷いてくれた。
エイリアンとはいえ、しょせん女の子だ。
『――今日はちょっともう、お話出来ないかもだけど……なんかごめんねー? 我慢できなくて張り切り過ぎちゃった』
依然として目を回しているフェリスを
『私さ、ずっとフェリスとエッチしたかったんだ』
やっぱりガチレズさんは君なんだね。
『何回も告白したんだよ? ときにフォーマルな雰囲気で花束を持って。ときにカジュアルな感じで、私達一回付き合ってみない? 的な。でもあの子、ものすっごい奥手でさ……ずっと攻めあぐねてたの。それで限界まで圧縮されてた欲望がつい、爆発しちゃった。てへっ♪』
てへぺろしたリディア。
『すごく、分かる』
口をついて出た完全同意。
似たような辛い経験が脳裏をよぎって、つい、うんうんと
するとリディアは『わかるのー? ブッチャーがー?』などと、また笑い出し、僕の未だにカチカチにそそり立つ逸物をペチペチと叩いて『ジェヴォーダンって、なんかウケるね!』。
この子、度胸ある。
そこで、隠すことでもないので、僕が女の子を前にして我慢しないといけないケースが多々あることや、その後は少しやり過ぎてしまうことがあること、僕が女達を仕上げることに心血注いでいることなど、ブッチャーの普段の仕事ぶりを話してあげる。
久しぶりの会話に、僕の舌はよく回った。
リディアは熱心に僕の話を聞いてくれた。やり過ぎるとは、どんな感じなのか。女の子を仕上げるとどうなるのか。そもそも僕の息子を
『こんな立派なおちんちん……裂けちゃいそう』
『大変喜ばれております』
『えー、うっそぉー⁉ 巨チン堕ちなんて、エロ小説だけでしょ! あっはははははっ!』
あっ……この子、下ネタ好きだ。天然素材の面白い子だ。
健康的な見た目通り、中身もオープンで大変よろしい。
僕の中で小さな仲間意識が芽生える。
リディアは人見知りしない性格のようで、僕にも色々と話をしてくれた。
やがて彼女のとりとめのない話は、フェリスに収束していく。
『――でさ、結局は男を見つけたらバイバイってなる子が多いの、女子校って。それは仕方ないことだからさ。うん。分かってる。でもね……』
スーッと片手を顔の高さに上げたリディア。
『フェリスは死ぬまで室内飼いしたい』
グッと握り込まれる拳。
『一生、私の性奴隷にしたい』
力強い性奴隷宣言。
『これを機に、一年後にはどっぷり私色に染めて、私無しじゃ生きていけないようにしたい』
ちょっと危ない夢に続いて語られる妄想トーク。
『私が帰ったら、フェリスが玄関でモジモジしながら裸エプロンで迎えてくれるから、まずはじっくり視姦して一日の疲れをそこでリフレッシュ』
ふむふむ。
『ディナーを給仕するフェリスはやっぱり裸エプロン。私は素知らぬ顔でフォークを床に落として、それを拾うフェリスのお尻や尻尾の付け根、それから肩甲骨の浮き出しをオカズに夕食をとるの。やだ、どうしよう……食が進みすぎて太っちゃうかも』
太ったリディアは見たくないな……。
『それで夜、私がベッドの上でグラスを片手にパンパンと手を叩くと、ネグリジェに着替えたフェリスが部屋に入ってきて、私の前で恥ずかしそうに服を脱ぎ始める。すると少しずつ見えてくるのは、隠すべきところが隠れていないドスケベな下着』
オープンクロッチのこと?
『それを見た私は、半分くらい脱いだところで我慢できなくなって、床の上に押し倒して襲い掛かる。後は朝まで。部屋のあらゆる場所で。夜明けはベッドの上でフェリスの耳をしゃぶりながら優雅に迎える――』
リディアがキリッと語り切って、うんっ! と力強く頷いた。
『そんな未来が欲しい』
なんて羨ましい……。
『あぁ~、私も男に生まれてればなぁー。フェリスを君みたいなデカチンでアヘらせてあげられるのに……はひはひ言ってるフェリスの失神アクメ顔を独り占めしたい……っ!』
くぅーっと、ひと口目のビールを飲んだおっさん顔になったリディア。
彼女のフェリスに対する
この僕が、ちょっと引くくらい、熱く語っている。
僕はその情熱に負けた。彼女達が熱く絡むシーンを想像してアドバイスを送る。
『そんなリディアにはペニスバンドをお勧めします』
『? ぺにすばんど……? なにそれ』
え、知らないの? レズレズなくせに
僕が得意げにレズビアン用の疑似男性器の話をしてあげると、彼女は、ははぁ~と感心そうな声を上げた。
『お互いに刺さった状態になるから、腰を振ると二人で一緒に気持ちよくなれるよ。一穴タイプと二穴タイプがあって、二穴タイプの方が安定してて、激しく責められるからオススメ』
僕の話を聞いて黙って
『――ちょっと、ジェヴォーダン……君って……』
たっぷり時間をかけてから、パッと顔を上げる。
『――ちょー面白いじゃんっ!』
超笑顔。
『ほら、私達って女子校だからさー? 知識とか経験が偏ってるんだよね。しかもお嬢様ばっかりだから、男と付き合うどころか男友達も制限されてたりするんだー。だからジェヴォーダンの生々しい話って、すごく興味ある……大変勉強になります』
敬礼ポーズでキラリ、目を光らせたリディア。
僕が差し出したベロを、彼女は無言で掴んだ。
これが同好の士というやつだろうか。スケベ同盟結成の瞬間だった。
僕も、リディアによるフェリス調教過程って興味ある。その時は、ぜひ助手として活用して下さい。僕の息子を派遣します。
『――ところで、リディア。彼女の名前を聞いて欲しい』
近くで僕らの様子をじーっと見ていた嬢に、顔を向ける。
嬢は僕の視線に気が付いて、コトリと首を倒した。表情は消えてるけど、めちゃくちゃ愛らしい仕草。
それを見たリディアは、ばつの悪い表情になって耳の裏を掻いた。
『んー……あの
少し力んでしまい、四肢の拘束具がミシリと音を立てた。
顔を引きつらせて一歩引いたリディアが、隣に立つ嬢にひと言ふた言声をかけた。
「〓▽■○※#△◎、〓★◇☆#?」
「……〒#〓★」
うーんと唸ったリディア。
すると嬢が思い出したように抑揚のない声で「&◎、〆&〒□★……? ……☆■※〓?」と言った。
リディアが、
「■◇○? ジェヴォーダン」
と答えた。
その時、嬢の目が
リディアがまた僕に手を当ててくる。
『――ごめん、やっぱり名前ないって』
そうなのか……。がっくし。
『――彼女のことが、好きなの?』
リディアの怪訝そうな問いに、どう答えるか迷った末、ひとつ頷いた。
一瞬目を細めたリディアが口元を緩めた。
『じゃあさ、こうしようよ。ジェヴォーダンが私の
それは願ってもない……っ!
でも直後に小さな落胆が僕の肩に降りた。
リディア経由だと、さすがに脱出の相談はできない。僕は嬢を
それに、君の恋路は僕の手助けがなくても、もうすでに王手に差し掛かって見えるんだけど、それでもいいのかな?
ちらりと奥を見やると、フェリスがのろのろと立ち上がり、衣服を直しているところだった。結構長い時間、倒れていた。相当よかったんだろう。ひょっとして初イキだったとか? なんにせよ、あと二、三回で
ま、いっか。
僕はリディアの提案に乗っかることにした。純粋な好意で言っているような空気を感じたからだ。
少しでも彼女との接点を確保するべきだし、単純に嬢とお話できるだけで嬉しい。
リディアはフェリスを抱えて帰った。フェリスが立ち上がってなお、ふらふらと目を回していたので、さすがに心配になったらしく、出直してくると言っていた。
さながら台風一過。賑やかな女子の喧噪が去って、独房にまた、沈黙が来た。
彼女達が出て行った独房の入り口を見ながら会話の余韻に浸っていると、その視線を塞ぐようにして、嬢が僕の前に立った。
微笑んだ彼女の紫紺の瞳。その中心を縦に裂いた金色の
嬢は突然、僕の首に手を回し、抱きついて、耳元に口を寄せた。
「――タイターニア――」
かすれを含んだ
彼女は僕の耳穴を舌で
「タイターニア」
と言った。
タイターニア。
それが彼女の名前。
名前を教えてもらえた。それが、僕に対する信頼の証であり、僕が彼女に受け入れられた証であり、同時に僕らの絆の証だと思えた。
「ジェヴォーダン」
タイターニアの甘美な声音が僕の脳をくすぐった。
それは澄み切った天使の
タイターニアが僕を名前で呼んだ。
まるで愛の告白を受けたかのごとく全身が火照った。
心ノ臓がギリギリと締め上げられた。
すると一転して、全身の血流が氷結した。
凍えるような寒さの中、身動きひとつできない。
息が詰まる。
そうして硬直する僕に、タイターニアが口づけた。
柔らかく、ぬめった舌が僕の上顎を舐め上げた。
直後、僕の金縛りが解け、ぞろぞろと、何かが僕の口内に侵入してくる感覚があった。