……これで全部っと。
口の中に残っていた最後のコオロギ君が、監視員の背中にぴょんとくっついたのを確認して、ほっとひと息ついた。
あの後、アビゲイルを連れ帰りに来たエイリアンの背中に舌を伸ばし、ぴょん。
どこかに連れて行かれる途中に、僕の前を歩くエイリアンの背中にぴょん。
施設を連れ回される途中で周りの目を盗み、口を開いてぴょん、ぴょん。
丸二日ほどかけて三号軍団を施設にまき散らし、ようやく僕の仕事は終わった。タイターニアは、これで何がしたいんだろうか。
何にせよ、彼女の手助けをすることにやぶさかではない。
そして今、僕は肉屋のバイトに精を出している。
普通の肉切り包丁でモモ肉をドンッ!
骨ごとドンッ!
ぶつ切りながらも僕の計量スキルは完璧だ。グラム単位で調整可能。いよいよ極まってきた。職人芸の域に片脚を踏み入れていると思う。びっくり人間ショーにエントリーしたい。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
僕がそうやって、ますます自分の謎スキルに磨きをかけていた時、店先で静かなざわめきが起こった。
またフェリスの呼び出しだろうか。
彼女、ブッチャーを飼い犬のごとく連れ回す超人として、
まぁ、
僕が店先に注意を向けると、ミノタウロス店長と話をしていたのはフェリスではなく、オーク将校だった。
――豚ロース五〇〇グラム。
豚が豚食っちゃうよ……。
しかもちょっと小食なのが笑える。エイリアンが肉を買う時は、大体キロ単位なのに。ダイエット中かな? 僕が食べる時までにちゃんとリバウンドしといてね。
僕が豚ロースを包んで持って行くと、オーク将校がちょっと困惑気味に僕を見て何かを言っていた。彼の隣には、僕があとちょっとでハメ損ねた、眼球が真っ黒な悪魔っ子メイドもいる。
君も災難だね。あんな目に遭わされて、まだそいつの下で働いてるの? 言ってくれたら君も豚もまとめて食べてあげるからね。もちろん君は犯しながら食べるんだ。オーク将校の関係者は、もうみんな僕のターゲットになっている。
――ふと、グラァっと、景色の一部が動いたような感覚があった。
僕がオーク将校の隣に意識を集中すると、いつぞやの忍者娘がいた。先日、オーク将校の部屋で彼の両脇にいた一人だ。油断のない目つきが忍者
なるほど、そういう技もあるんだね。君を殺す時のために覚えておくよ。
くノ一と言えばやっぱり輪姦レイプだよね。昔、そんなことを言ってるやつがいた気がするけど、今なら分かる。僕の場合は一人だけど、負けないくらいハードに相手してあげる。
――おや? 向こうから悪魔将校が歩いてくるぞ。
悪魔将校が笑顔で挨拶すると、オーク将校はミノタウロス店長を交えて三人で何やら立ち話を始めた。
僕はその間に、仕入れ業者から新しい肉の受け取りを済ませる。
そうして店の冷蔵庫に肉を運び込んでいると、道の向こうから見知った顔が並んで歩いてくるのが見えた。今日は妙に知り合いが現れるな。
今度こそフェリスと、あれは……エルフ娘?
二人は何やら穏やかな雰囲気で会話しながら歩いてくる。
君たち喧嘩してたんじゃないの? もう仲直りしたの? 若いっていいね。
でもいくら喧嘩したからって、もうブッチャーの檻に友達を放り込んじゃ駄目だよ? 僕以外のブッチャーだったら、その子の人生、間違いなく終了するからね。
「あ、ジボダン! ※○▲◎☆◇〆〒●▲!」
フェリスが腕と尻尾をブンブン振りながら僕に近づいてきた。彼女は楽しげに僕を見上げて、訳の分からない言葉を語りかけてくる。ごめんね、さっぱりなんだ。
今日はリディアは一緒じゃないのか……残念。
っていうか未だにジボダン? 僕、リディアにジェヴォーダンだって名乗ったよね? まさか伝わってないの? その名前で呼ばれると脱力するから、そろそろやめて欲しい。
一方のエルフ娘は、ちょっと離れた位置で黙って頬を引きつらせている。
大丈夫だよ。僕だっていくら何でも真っ昼間にお世話になっている店長の店先でおっ始めたりしないから。そこまで恩知らずではない。
僕が店に戻ると、フェリスとエルフ娘は一緒に店先であれやこれやと言い合いながら、コロッケなどを物色し始めた。
学校帰りに買い食いとは、
そんな最低なことを考えていたら、突如ミノタウロス店長が僕の肩をパンパンと叩いて、笑いながら草を渡してきた。ありがとう。
もぐもぐ……と、草を
――よろしく。
装置から届いた最後の指令はそれだった。
なにが? とも聞けず、茫然と店に立つブッチャーが一匹。
店先には肉を求めるエイリアン達が小さな列を作っている。
ざわっ……ざわっ……。
彼らから湧き出す困惑のオーラ。
列の先頭にいたドワーフっぽい髭面のエイリアンが、恐る恐る商品ケースにあった肉を指差して「◇#☆□○……」と言った。
分かりません。このお肉欲しいの?
僕が小首をかしげると、彼はそーっと指を二本立ててきた。
エイリアンはキロ単位だ。鶏肉二キロ。
店の奥に戻り、鶏肉二キロを包んで持って行く。どうぞ。
すると彼は商品を受け取り、代わりに硬貨を差し出してきた。
――さて。
これは、ぴったりなんだろうか。おつりが欲しいんだろうか。
とりあえず硬貨を四枚受け取り、それを眺め、硬直する僕。
ドワーフはその場から動こうとしない。僕の紙袋の奥に光る、赤いガラス玉の目に
おつり待ちぽいな。でも僕、硬貨の数え方が分からないよ……。
僕とドワーフがお互い見つめ合って途方に暮れていると、そこに元気いっぱいな助け船が現れた。フェリスだ。
彼女はトコトコ。店を回り込んで隣にくると、僕の手の上にあった硬貨を見て何やら元気よく話し、そして硬貨入れから適当な硬貨を数枚取り出してドワーフに返してくれた。彼はほっとした様子でそれ受け取って去っていった。
助かったよ!
お礼にほっぺを舐めてあげる。ペロリ。するとフェリスはにっこり笑って、遠くで眺めていたエルフ娘を手招きで呼び寄せた。
初めは険しい顔つきで首を横に振っていたエルフ娘だったけど、フェリスの止まらない呼びかけに、やがてしぶしぶと店に入ってきた。
カウンターの向こうに、今度はバルタン星人みたいな顔をしたエイリアンが立った。肉を指差して何かを言っている。そして、すっ……と上がった彼の腕はカニバサミ。もう数字すら分からない。それ、二っていう意味で合ってる?
――牛カイノミ一キロ、牛ランプ四キロ。
見ると、フェリスが制御端末を操作していた。賢い。賢いよフェリス。
店の奥に向かい、冷蔵庫に入った肉を包んで持っていく。
フェリスはお金のやり取りをしていたので、商品を隣に立っていたエルフ娘に預けた。彼女は困惑の色を顔に浮かべたものの、素直にそれをバルタン星人みたいな奴に渡していた。フォッフォッフォッ……と笑いながら去っていくバルタン的な奴。まさか本当に……?
こうして二人が僕の代わりに接客を担当してくれ、僕はいつもの肉を切って持って行く係に落ち着いた。
僕はバイトリーダーとして、彼女達に先輩面を吹かせたいところだったけど、そんな必要もないほどに彼女達の働きぶりはハキハキ。
いつもならミノタウロス店長がいるはずの店に、狐っ子とエルフ娘が立っている。しかも二人とも見た目がぴちぴちのJK風味だ。
フェリスはそこに加えて、やや体つきが幼い。
エルフ娘は薄くて
物珍しさに加えて、そういった男どもの欲望と庇護欲を同時に掻き立てる娘っ子らが店に立てば、あっという間に口コミはリアルタイムに広がって千客万来。僕が今まで見た限りで一番長い行列が店先に
おかげで店は大忙し。間違いなく今この瞬間バズってる。
僕がひたすら肉を切り、フェリスに持って行く。エルフ娘は途中から揚げ物を担当し始め、コロッケや唐揚げなどをどんどん
僕の近くに立たなければいけない揚げ物作業に、初めは顔を青くしていた彼女だったけど、段々と忙しさの中で僕に対する苦手意識も失われてきたようで、やがて髪を
フェリスは最初っから最後まで楽しそうだった。僕に指示を出せるのが楽しいのだろう。
そんなフェリスに対面する客どもの顔は、終始緩みっぱなし。
くるくると働く二人を見ながら、僕もいつもとは違うバイトの青春の空気を堪能した。
こういうの、ちょっと憧れてた。
行列が短くなってきたころ、ようやく帰ってきたミノタウロス店長はびっくり仰天。ブモーッ! 硬貨入れがあふれてたからね。
談笑するフェリスと店長。
そうか、あの二人ってちょっと知り合いっぽかったっけ。よかったよかった。見知らぬ第三者を勝手に店に入れたと、店長に叱られるかと思ってた。
その日はお肉のストックも尽きてしまい、それで店じまいとなった。
ミノタウロス店長が僕を施設に戻そうと店を出ると、フェリスがそれを
こうして僕はフェリスに連れられて施設へ向かうこととなった。
そう、彼女の中で僕はペットなんだ。学校の帰りに犬を散歩するJK。
もうそんな豪胆な姿を見せるフェリスにちょっかいを出そうなんて思う愚かな
エルフ娘とフェリスは、本当に普通に会話をしている。
これはあれかな……フェリスがエルフ娘の虐めで僕の牢獄に放り込まれ、後日その件でエルフ娘は変態狐女によって僕の牢獄でお仕置きされた、という僕の推理は的外れだったのかも。さすがに、わだかまりがなさ過ぎる。
いや、でもあの時、確かにお仕置きしろって言われたしな。
エイリアンって昨日喧嘩したら今日は友達、みたいなすごくさっぱりとした気性なのかな。リディアもちょっと……いや、だいぶ変わってるし、考えてることが分かんないや。