そんなことを考えていると、不意に僕らの前に立ち塞がる人影があった。殺す。
エルフ男だ。忍者娘と並んで、オーク将校の側近っぽい奴で、先日僕の目の前でタイターニアに暴力を振るった憎い奴だ。殺す。
僕が出かかった殺気を飲み込んで見つめる先で、エルフ娘とエルフ男が話し始めた。彼女達、兄妹かなにかかな。殺す。
エルフ男は彼女と話しながら、鋭い目つきで僕を睨んでいる。
なんとなくだけど、あいつ、僕がエルフ娘を辱めたことを知ってそう。瞳の奥に、憎悪の火がチラリと見えた。上等だ殺す。
ふと気が付くと、フェリスが僕の後ろに隠れていた。よく見るとエルフ娘も、なんだかエルフ男と話すのが
やがてエルフ娘はフェリスにバイバイし、エルフ男と連れ添って去っていった。月のない夜に気をつけろよ。悪いことをするとジェヴォーダンが来るぞ。
ぽつん、取り残されたフェリスと僕。
――ん?
その時、不意に感じる視線があった。
僕がその出元を探して
するとすぐに、遠く道の先、エイリアンの人の流れに不自然な気配を発見した。
僕らをつけているようだ。アースピントかな……?
でも、なんか動きが素人くさいな。訓練された動きじゃないぞ。エイリアンっぽさを出すためにわざとトーシロ演じてる?
それにしてもフェリス、君ってまだ狙われてるの?
ここまで
面倒だな……。
今、フェリスを失うわけにはいかない。僕はフェリスを餌にリディアに取り入って、この頭の制御装置を外してもらわないといけないんだ。フェリスに死なれると計画が
前回、フェリス宅はあっさりタンゴチームの襲撃を許していた。あれで僕の中の、エイリアン達の危機意識の低さが浮き彫りになったところがある。おそらく、人間を取るに足らない相手とか、そんな風に見くびってるんだ。亜人呼ばわりだからね。
人間だって弱者ってわけじゃない。特殊部隊が決死隊で飛び込んでくればエイリアンの一人や二人、仕留めることはできる。あの日だって、僕がいなければフェリスは危なかったと思う。
そういった慢心に乗じて、僕も兵士の頃は何匹ものエイリアンの上級将校を狙撃で仕留められていた節がある。
エイリアンは暗殺に比較的弱い。
ここは万全を期したい。
「△□〓〆○、ジボダン……?」
道でぼーっと突っ立って黙考する僕に、心配そうに眉をハの字にしたフェリスが何かを話しかけてきた。
つんつんと、そんな彼女の肩を指で叩く。
「り、でぃ、あ……?」
例の、頭文字単語法で、リディアの名前を出した僕。
フェリスの口が波線を描き、眉のハの字も角度が急になった。
これは……相当な苦手意識を持ったな。リディアに。
でもここは押し通す。
僕はリディアの名前を繰り返し指差しし続ける。
り、でぃ、あ! り、でぃ、あ!
僕の指差しリズムが加速していき、やがて彼女は観念したように小さく嘆息をついて僕を先導し始めた。
リディア宅は、そこからさほど離れていない場所にあった。
おお……。
フェリス宅も地中海様式のなかなかの邸宅だったけど、リディア宅も負けじとゴシック風の立派なお屋敷だ。月夜が似合いそうな感じ。
あの女子校、お金持ちのお嬢様学校なのは間違いないな。さらに言うと、フェリスもリディアもエルフ娘も、あとあのドラゴンお嬢様――アーシェラというらしい。リディアが言っていた――を含めた四人娘に関していえば、権力者の娘たちでもあると理解していいだろう。
フェリスが深呼吸して玄関をノックした。
玄関ドアの向こうから使用人らしきエイリアンが出てきた。悪魔風だ。
フェリスがひと言、ふた言声をかけると、彼の返答を待たずして、すぐに屋敷の奥からドタバタと駆け付ける女の子が一人。
息を切らしてびっくり顔のリディア。Tシャツとスパッツでラフな格好が新鮮だった。ラフな方が布面積が大きいんだね。
『フェリスの方から私を尋ねてくるなんて、天変地異の前触れかと思ったよ!』
応接間に通されてテレパスでお話しするリディアと僕。
『今日の運勢一位だったんだけど、ああいうのって、馬鹿にできないもんだね……。それで、今日はどうしたのジェヴォーダン?』
『フェリスがつけられている』
僕がそう切り出すと、彼女は一瞬はぁ? となって、すぐに目つきを鋭くした。
『つけられてるって……誰に?』
『分からない。たぶん、前の連中だと思う』
『前って?』
僕はリディアに、先日フェリス宅防衛戦に参加した時の話をした。
リディアはその事件を知らなかったようで、大層驚いていた。それからフェリスとリディアが話を始め、フェリスの方も段々と表情を怯えさせていった。
『僕には帰宅時間がある。今日のところは、僕はもう戻らないといけない。今すぐ連中がちょっかいを掛けてくることは無いと思うけど、なるべく早く君にこのことを伝えたかった。保護して欲しい』
僕の頭の制御装置は、僕が勝手にどこかに行かないように時間になるとギャンギャン言い出す。それを無視し続ければ脳味噌バーンなのだ。ずっとフェリスのお守りをしているわけにもいかない。
変態狐女が、また僕を護衛任務で連れ出してくれれば別だけど、その前にフェリスが
僕は尾行していたエイリアン――おそらくまた変装した人間――の特徴をリディアに伝えた。豹っぽい感じの女だった。
『それでね、リディア。僕がそう言ったとは素直に伝えないで欲しいんだ。会話できると思われたくないから。そうだな……君達二人が僕を連れて一緒に街を歩いている時に、僕が突然立ち止まって視線を固定した。リディアが僕の視線を追ったらそいつが逃げていった、くらいのぼかした感じにして欲しい。僕が不審者を嗅ぎ分けられることは関係者に知られていると思うから、それで彼らは動くと思う』
僕のお願いに、彼女は力強く頷いて、
『おっけーおっけー、任せて! フェニキアさんに伝えるよ』
『フェニキア?』
『うん。ジェヴォーダンもきっと見たことあるよ。フェリスのお姉さんだもん』
変態狐女=フェニキア。ようやく名前が分かった。
『今日はフェニキアさんに使いを送って、フェリスは私の家で預かるよ。だいじょーぶ、うちって結構強者が揃ってるからさ! ……ぐへへっ』
そう言って、リディアは欲に濡れた視線をフェリスの尻尾に送った。よだれが口の端に光っている。今晩の計画を練っているな。正直な女め。ちょっと意地悪してやろう。
『今日はフェリスのお願いじゃなくて、僕のお願いで来ただけだから、フェリスに悪戯したら駄目だよ』
『ぇ……ええ……? わかった……』
目に見えてしょんぼりしたリディア。素直だ。
『……なんかさ、ジェヴォーダンって、本当にフェリスの騎士みたい』
『そうだよ?』
僕はおどける感じで言ってみたけど、ニュアンス伝わったかな?
こうしてフェリスの件で僕ができることは終わった。
そろそろ帰ると伝えて部屋を出ようとすると、リディアに『待って待って』と腕を掴んで呼び止められた。
『せっかくだからさ、フェリスとお話しして行きなよ』
え、でもそろそろ時間が――。
『ジボダン……私の声、聞こえる?』
鈴を転がすような声音が頭に響いた。
ギョッとして振り返ると、僕の腕を掴んだリディアが、逆の手でフェリスの手を握っていた。
『――びっくりした? 私が触っていれば、こうやって意思の伝達もできるんだよ!』
『――びっくりした』
『ジボダンの声、やっと聞こえたーっ!』
コクリと頷いた僕を見て、ぱぁあっと、フェリスの表情が明るくなった。
僕は早速、
『僕はジェヴォーダンだよ、フェリス』
と正したのだけど、フェリスは
『うん。リディアから聞いた……でも、ジボダンじゃ駄目?』
と、おねだりするように上目遣いで僕の顔色を窺ってきた。
『……いいよ、ジボダンで』
『♪』
僕の第二の名前はジボダンになった。とりあえず礼を言っておく。
『今日はありがとう。凄く助かった』
『どういたしまして!』
と、笑ったフェリスがピタリと動きを止め、コトリと首をかしげる。
『……ちょっと思ってた声と違うね』
僕の心の声って、どんな声で聞こえているんだろう。少なくとも僕にはフェリスとリディアの声は肉声と変わらず聞こえてるけど……。
そんな僕の思考はリディアの元気な声に遮られた。
『なになに、なんの話? フェリス~、今日はジェヴォーダンと何をして遊んできたの~? おねーさんにも聞かせて!』
『ふふっ、聞いてよリディア。あのね、今日ね、ジボダンと一緒にお肉屋さんやったんだ! ティリエルも一緒だったんだよ。ジボダン、急にお店を任されて凍り付いちゃってね――』
そのあとめちゃくちゃお話した。僕の制御装置がギャンギャン言い出すまで。散々お話させられた。
アビゲイルもそうだけど、みんなお話が好きすぎる……。